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十話 ミアvs鵺

 ミアはルイーズと別れ、デープと総帥が待つ陣へと合流した。

 そこには、双子の弟ラジーブをはじめ、カラン老子やルーノ国の面々も顔を揃えていた。


「来たか、ミア」

「ラジーブ。戦況は?」


 ミアの問いに、ラジーブは肩をすくめながら拗ねたように答えた。


「爺様とダルシアクの総帥が、敵と戦ってる。俺たちも加勢しようとしたが、爺様に止められた」


 おそらく、ラジーブは野生の勘のような本能で、No.1がいる方角へと向かったのだろう。

 だがミアは、デープの判断を正しいと見ていた。


 相手は、あのNo.1だ。

 三年前、ミアとラジーブの父であり当時の国王を始め、ルーノ国の精鋭たちを一夜で屠った存在。

 ルイーズの手前、強気に出たが、正直に言えばミア自身、今なおNo.1に勝てるとは思っていない。

 少なくとも、一対一では不可能だ。

 だが今回は違う。勝つことはできなくとも、足止めできれば可能性はある。

 ルイーズ、ミア、そしてヒミコ。六域に到達した三人が揃えば、勝機が見えるかもしれないと、ミアは考えていた。


 一番の希望だったラシェルは切り捨てた。

 あの無効化能力さえ制御できれば、世界を変える鍵となったはずだ。

 だが、現時点で三域の彼女ではナンバーすら倒しきれない。

 その程度で、上位ナンバーやましてや始祖神に届くはずもない。


 ヒミコは自称始祖神に捕らわれ、生死も不明。

 希望をつなぐ道は、せめてルイーズがNo.4を撃破できるかどうか。それにかかっていた。

 だからこそ、ミアはNo.4を孤立させるため、No.1を足止めする策に出たのだ。


「ラジーブ、あんたもダルシアクの人たちと一緒に撤退しな」


 ミアは静かに、しかし明確に告げた。


「あいつは、あんた達が束になっても到底かなう相手じゃない」

「舐めるなよミア。俺は強くなった。お前にはまだ及ばないが、かつての父上や爺様にだって負ける気はしねぇ!」


 ラジーブは食い下がるように反論した。

 その言葉に、ミアの瞳が鋭く光った。


「……あんた、それ本気で言ってんの?確かに今の爺様なら、あんたでも一回くらいは勝てるかもね。十戦して一回、運が良ければって話だけど」


 ミアは一歩、ラジーブに近づき低く言い放った。


「五域の能力があるからって、一人じゃ五域級の珍獣すらまともに倒せてないくせに、調子に乗るな!」


 ミアの叱責に、ラジーブは言い返そうと口を開くが、言葉が出なかった。

 実力はミアのほうが上だと、誰よりも本人が理解している。

 言っていることも、悔しいほどに正しい。

 奥歯を噛みしめ、拳を強く握り締めたその時。突如、空からエネルギー弾が降ってきた。


「ミア様、後ろ!」


 ラジーブの側近の一人が鋭く警告する。

 ミアは素早く振り返ると、無造作に片手を前に出し、飛来したエネルギー弾に触れた。

 その瞬間、エネルギー弾は爆発することなく霧散した。


 ミアの能力は【記憶】。

 彼女は六域に到達しており、今の行動はエネルギー弾の「存在していた記憶そのもの」をかき消したものだった。


「……今、話の途中なんだけど?」


 ミアは無感情とも皮肉とも取れる口調で、上空を睨みつけた。


「説明中とか変身途中に攻撃するの、暗黙のルールでNGって知らないの?」


 視線の先には、空中に浮かぶ異形の獣、鵺がいた。


「危険人物ランキング一位の貴女に、のこのこ出て来られては困るのでね。こちらも……本気でいかせてもらうぞ!」


 そう叫ぶと、鵺は天を突くような雄叫びを上げた。

 その凄まじい音圧に、戦場の空気が一変する。

 デープや総帥すらも攻撃の手を止め、周囲にいた者たちは一斉に耳を塞いだ。


 雄叫びが止む。

 数秒の静寂ののち、山の彼方から地鳴りが響き渡った。


 土煙が上がる。その向こうから、数十体の異形が現れる。

 四足、六足、翼のあるものもいれば、地を這うものもいた。

 山肌を揺るがしながら、珍獣たちの群れがこちらへと殺到してくる。


「珍獣の群!?」


 驚きの声が上がる。

 鵺の能力は【万獣支配(ばんじゅうしはい)】。

 通常、珍獣は決して群れず、人にも懐かない。

 だが鵺は、四域までの珍獣を自在に操る異能の持ち主だった。

 この数と制御力は、まさに鵺の脅威を象徴している。


「来るぞ!」


 デープが叫ぶより早く、土煙を巻き上げて珍獣たちが突進してきた。

 牙を剥くもの、鋭い爪を閃かせるもの、毒気を放つものまで様々だ。

 地響きと咆哮が入り交じる。

 こうなっては、ラジーブも貴重な戦力だ。撤退しろなどと言っていられない。


「ラジーブ、こうなったら珍獣共を蹴散らすぞ!」


 ミアが鋭く叫ぶ。


「ああ、わかってる!」


 ラジーブも即座に応じ、拳を構えた。

 その時、珍獣たちの群れが一斉に飛びかかってくる。

 だが、ミアは一歩も引かない。


「邪魔だ!」


 ミアは手を突き出し、空間ごと珍獣たちの記憶を乱した。

 突進していた珍獣たちの動きが一斉に鈍る。

 彼らは自分が何をしていたのか一瞬で見失い、無防備に動きを止めた。


「今だ、ラジーブ!」

「おうっ!」


 二人は一気に間合いを詰める。

 ラジーブの拳が、目の前の大型珍獣の顎を砕き、ミアは懐に潜り込んで別の個体の意識を断った。


 しかし、鵺が上空から再び咆哮を放つ。

 呼応するように、後方の山から新たな珍獣の群れが姿を現す。数は、先ほどの倍以上。


「どんどん送り込んでくるつもりか!」


 ミアは顔をしかめながらも、静かに構えを取り直した。

 デープも総帥も珍獣の相手で手一杯だった。

 珍獣の一部は、ルイーズたちの方にも向かっている。

 ルイーズは六域の使い手だ。並みの敵なら問題ない。だが、今、彼女はNo.4と交戦中のはず。

 No.4と珍獣を同時に相手取るのはさすがに厳しいだろうとミアは考えた。


 さらに、ダルシアク国から来た者たちがどれほど戦えるのかも分からない。

 このままでは、無駄に犠牲が出る。


「ラジーブ。それからお前たち三人はダルシアク国の者たちを守れ。カラン老子、こちらの珍獣はお願いできますか」


 ミアは即座に指示を飛ばす。

 ラジーブとその側近三人は、いずれも五域以上の能力者だ。珍獣との戦闘経験も豊富。戦力の分配としては最善だと判断した。


「了解じゃて」


 カラン老子は微笑みながら頷いた。

 どこか頼もしいその表情に、ミアも一瞬だけ気を緩めた。

 だが、ラジーブは食い下がる。


「向こうには騎士団の連中がいるんだろ?俺たちが向こうに行ったら、こっちはたった四人になるんだぞ!」


 その言葉に、ミアは間髪入れず答えた。


「四人で十分だって言ってんだよ」


 それは虚勢ではない。

 こちらには、先代国王デープ。ダルシアク国の守護者と呼ばれる総帥。そして、その二人を鍛えた達人・カラン老子がいる。

 騎士団やストレンジ騎士団が束になろうとも、この三人と肩を並べられる者は、世界に何人もいない。

 ラジーブも一瞬反論しかけたが、すぐに状況を悟り、悔しげに口を閉ざした。


 だが、ミアも油断はしていない。

 これは賭けだ。

 今のところ、No.1は動く気配を見せていない。

 だが、もし奴が出てくるようなことがあれば、戦況は一気にひっくり返る。とはいえ、ラジーブたちが残っていたところで、No.1に対抗できるわけではない。


 であれば、ルイーズの方へ戦力を送り込み、いち早くNo.4を撃破させる方がまだ希望があると、ミアは決断した。

 それが今、この場でできる最善の一手だった。


「行くぞ、てめぇら!」


 ラジーブが吠えると、拳を強く握った。

 次の瞬間、彼の全身を中心に、空間がぐにゃりと歪んだ。

 ラジーブの能力は、重力を自在に操る。

 彼は自らに斥力をかけ、周囲の空気を弾き飛ばすようにして宙を跳んだ。

 側近の三人もすぐに追随する。

 重力場の歪みに引っ張られるように、彼らは一直線にルイーズたちの元へと向かっていく。

 土煙を巻き上げ、珍獣たちの群れを軽々と飛び越え、敵陣に突き刺さる流星のように一直線に飛んでいった。


「ラジーブ……頼んだよ」


 ミアは短く呟くと、正面に視線を向けた。

 自分たちに向かって殺到してくる珍獣たちの牙を、睨み据える。

 カラン老子が変形操作で地形を波のように揺らし、バランスを崩した珍獣たちを、デープと総帥が次々と殴り倒していく。


「爺様たち、珍獣は任せた。私は、あそこで高みの見物をしてるやつの相手をしてくる」


 ミアは視線を遠くに向けた。上空、悠然と佇む一つの影。


「一人で大丈夫か?」


 デープの問いに、ミアは力強く頷いた。


「ああ。足止めするだけだから、問題ない」


 ミアの真意までは読み取れなかったが、デープはミアを全面的に信頼していた。

 彼女が「問題ない」というなら、それを信じて自分たちは珍獣の掃討に専念するべきだ。

 迷いはなかった。互いの役割を理解していた。


 ミアは足を踏み込むと、ふわりと地を離れた。

 自らの身体に「重力は存在しない」という認識を書き換えたことで、現実がそれに従った。

 すなわち記憶を改変し、自ら無重力の存在となったのだ。


 ──認識改変は反動があるから、本当はあまり使いたくないんだけど。


 飛行を可能にする認識改変は、長時間続ければ、通常の身体に戻った際に筋肉痛のような激しい反動をもたらす。

 それでもいまは躊躇している余裕などなかった。

 ミアは空気を蹴って上昇し、鵺の眼前へと躍り出た。

 上空で、鵺と目を合わせたミアは、にやりと笑う。


「仲間にやらせるなんて、つまんないことしてないで……私の相手、してくれよ」


 挑発するように言い放つと、鵺は冷ややかに微笑んだ。


「君も仲間に任せているじゃないか」

「信頼して任せてるんだよ。私が、あんたを倒すまでの間――ね」


 ミアが言い終わると同時に、空気が爆ぜた。ふわりと浮かんでいた身体が一気に加速する。弾丸のように直線で、鵺へと突っ込んだ。

 だが、待ち構えるのは異形。

 猿の顔が歪みにやにやと笑い、狸の太い胴が膨らみ、虎の四肢が地を穿つ。

 蛇の尾が、ぶんと鋭く唸った。

 ミアの突撃に合わせて、鵺の尾がうねるように振るわれた。

 その瞬間、空間が悲鳴を上げた。


 バギンッ!!


 見えない壁に叩きつけられたような感覚。

 ミアはとっさに腕をクロスして衝撃を受け止め、空中で回転する。

 認識改変による無重力がなければ、即死すらありえた一撃だ。


 ──……冗談じゃないね


 ミアは舌打ちすると、空中で態勢を立て直し、今度は迂回するように横から攻めかかった。

 鵺は狸のような胴を波打たせ、虎の前脚で地を踏み鳴らす。


 ドンッ!!


 ただの踏み込みが、爆発のような衝撃波となってミアを襲う。

 だがミアは、そのわずかな隙間をすり抜ける。


「どうした、動きが鈍いよ!」


 挑発するように叫びながら、猿面をめがけて拳を叩き込もうとする。

 しかしそのとき、鵺の蛇尾が襲いかかった。


 ミアはとっさにバックステップし、蛇尾をぎりぎりで回避する。

 空気を裂く音と共に、蛇尾がミアの目の前をかすめた。


 ──領域はせいぜい四域といったところか。だが、戦い方が上手いな。


 知能もある。

 感覚も鋭い。

 生半可な攻撃じゃ、この鵺には通じない。

 でも、足止めができればそれでいい。


「全力で、遊んでやるよッ!!」


 ミアは叫び、さらに速度を上げた。

 肉体の限界を超え、認識すら歪め、異形と空中でぶつかり合う。

 虎の爪が空を裂き、ミアの拳が猿面を打つ。

 狸の胴が跳ね、蛇の尾が刺し込む。

 肉と肉、力と力、意志と意志の激突が、戦場の空に火花を散らしていった。

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