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九話 ハッピークラップ

「君たちがルーノ国で実践経験を積んで強くなればと思ったが……もう、何もかも遅い。ゲームや物語のように、現実は甘くない。No.1が出てきたということは……奴らは本気で世界を取りに来たということだ」


 ミアの声は低く、どこか諦めを滲ませていた。

 肩にのしかかる後悔の重さが、言葉の端々から感じ取れる。

 恋人を差し出してしまったこと。その罪悪感と引け目が、彼女の足を縛っているようだった。


「私は……あのとき、他に道がなかったなんて……そんなものは言い訳だ。私が自分の命を選んだ事実は変わらない。大切な人を交渉の駒にして、生き延びた。そんな私が、今さら何かを守れると思うか?」


 自嘲気味に呟いたその瞬間──。


 バシン、と乾いた音が響いた。


 ミアの頬に、もう一度ルイーズの平手が走っていた。

 瞠目するミアをまっすぐ見据え、ルイーズは強く、そして厳しく言い放った。


「いい加減にしなさい、ミア。あなたが生き残ったのは、逃げたからじゃない。諦めなかったからよ!」


 ルイーズの声は震えていたが、決して弱々しくはなかった。怒りとも、哀しみともつかぬ熱が込められていた。


「恋人を差し出した?だったら、それを無駄にしないで戦いなさい!あなただけが生き残った意味を、見せなさいよ!」


 ルイーズはミアの肩をぐっと掴む。

 ミアの目に、迷いと痛みが浮かぶ。その奥で、遠い記憶が揺れた。

 あの瞬間の情景が脳裏に蘇る。


 交渉の場──

 自分が交渉の駒となったと知ったときの、レイアンの穏やかな笑顔。


『……みんなは“最強の戦士”だと言って、まだ幼い君に頼った。ミアも、そんなみんなの期待に応えようと、最強であろうとしたね』


 優しい声が、心の奥に響く。


『ミアより年上で、なのに弱い俺を君は慕ってくれた。……その時、何もできない自分が悔しかった。でも今、ようやく……ようやく俺にもできることがある。最強であろうとする君を、俺は守れる。これが、俺にできる唯一の“強さ”なんだ』


 ──あのとき、恋人のレイアンは笑っていた。


 その身を捧げることを、決して恐れていなかった。

 むしろ、誇りにさえしていた。


『泣くな、ミア。……最後に、君を護らせてくれてありがとう。弟を、ルーノ国を、頼む』


 そう言って、泣きじゃくるミアをそっと抱き寄せ、額にやさしく口づけを落とした。

 その温もりが、今でも残っている気がした。


「ミア様ぁーっ!ミア様、ご無事ですか!」


 切羽詰まった声とともに、駆けてくる小さな影。

 ミアを探していた少年、カウアがその姿を見つけ、真っ直ぐに飛び込んできた。


「カウア!無事で良かった」


 ミアは彼の顔を見て、心からの安堵の表情を浮かべる。

 それは、守りたいと願ったものがそこに在ると実感した瞬間だった。


「ミア様、敵が……。ラジーブ様たちが既に応戦に向かわれましたが、どうしましょう」

「ああ、今行く」


 ミアは彼の顔を見て、心からの安堵の表情を浮かべる。

 それは、守りたいと願ったものがそこに在ると実感した瞬間だった。

 彼を守ると誓ったあの日の想いが、今、再びその身に宿る。

 ルイーズの叱咤が、眠っていた覚悟に火をつけてくれた。


「すまない。不甲斐ないところを見せたな。ルイーズ、君の言う通りだ。私は、カウアとこの国の人々を守るために生きている」


 静かに、しかし力強く言い切ったミアの瞳には、もう迷いはなかった。

 その様子を見て、ルイーズは満足げに口元を綻ばせる。

 まるで誇らしげに、そして頼もしげに。


「ええ、そうこなくっちゃ。わたくしも、大切な人を守るためにここにいるのです。……わたくしは、わたくしの“力”で未来を切り拓くと決めました。それが、六域を冠する者としての覚悟ですわ」


 二人の視線が交差する。

 言葉はなくとも、そこには確かな意識が宿っていたた。


「ルイーズ。君はあのピエロの男を頼めるか?私は……No.1を引きつける」


 ミアは鵺の背に座す男を見つめる。

 その姿に、背筋を這うような圧を感じながらも、口元には戦士の笑みを浮かべていた。


「なっ……!相手はNo.1よ!?二人で協力すれば──!」

「ダメだ、ルイーズ。恐らく、No.1はピエロの男が倒されれば退く。あいつは三年前、どれだけ手下がやられようと見向きもしなかった。だが、ナンバーの仲間だけは何があっても見捨てなかった」


 ミアの声には、過去の記憶から来る確信があった。


「だからこそ、ピエロを落とせば道が開ける。私は囮になる。奴の注意を引きつけるために、爺様たちに加勢する」


 言葉のひとつひとつに覚悟が滲む。

 あのとき守れなかったものを、今度こそ守るために。

 そして二度と、誰も差し出させないために。


「あ、あの……僕はどうしたら……」


 所在なさげに問うカウアの声が、緊張の空気を僅かに和らげた。


「ミア、彼はわたくしが連れて行くわ。学生たちはまだ戦える段階にない。負傷者や学生たちと一緒に逃げてもらうわ」


 ルイーズの冷静な判断に、ミアは頷いた。


「助かる。よろしく頼む」


 そう言い残し、ミアは身を翻して総帥たちの元へ駆け出した。


「あなたのことは、わたくしが必ず守るわ。着いてきて」


 ルイーズはカウアに優しく声をかけ、着いてくるように促した。

 その間にも、道化師の男を相手に騎士団とストレンジ騎士団は激戦を繰り広げていた。

 転移系のストレンジ能力者たちは避難誘導に回され、負傷者の搬送が急がれる。

 騎士団隊長ギャスパルは前線で指揮を取り、シーグフリードは避難の指示を飛ばしていた。

 ルイーズとカウアは、避難民をまとめるシーグフリードの元へ駆け寄る。


「ラーゲル先生!」

「ルイーズ嬢ですか! 無事でよかった!」


 ルイーズの姿に、シーグフリードはわずかに目を見開き、安堵の表情を浮かべた。


「これから生徒と負傷者を安全な場所まで避難させます。君も彼らと一緒に──」

「先生、この子をお願いします。わたくしは騎士団の加勢に向かいます!」

「ちょ、待っ──!」


 シーグフリードの制止も聞かず、ルイーズはカウアの身柄を預けると前線へと駆け出した。


 その時だった。


「アハハ……そっちの人達を痛めつける方が、手っ取り早く任務が終わりそうだ」


 まるで遊びを続けるような軽やかさで、No.4が動いた。

 その目は、避難しようとする者たちへと向いている。


「──っ!」


 ルイーズと同等の速度で、敵が避難民を追うように飛び出した。

 咄嗟の事態に、一瞬反応が遅れたルイーズ。しかし即座に、水球を発生させて放つ。


 水球は、男の横腹に見事命中した。

 だが、手応えがない。

 本来なら吹き飛ばすほどの圧力で放ったはずが、男はわずか数メートル滑っただけで、ぴたりと足を止めた。

 無傷ではない。だが、まるで痛みを楽しんでいるような顔をしていた。


「……今の、攻撃したのはキミかい?」


 横腹を抑えながら、ゆっくりとこちらへ振り返る。

 不気味な笑顔。

 壊れた玩具のように歪んだ口元。


「素晴らしい!今の一撃、とても良かったよ!とても殺意の湧く一撃だった」


 男は恍惚とした表情で空を見上げると、両手を頬から首へと撫で下ろし、ゾクリとするほど官能的な仕草で喜びを表現した。


「何故ルーノ国にダルシアク人がいるのかと思ったけど……まさかキミまでいるとはね。思わぬ手土産が増えて、嬉しいなあ♣︎ねぇ、ルイーズ・カプレ」


 No.4は空を見上げたまま、視線だけをルイーズに向けた。


「あなたたちの目的は何ですの?」


 ルイーズは臨戦態勢を崩さずに問い返す。声には静かな怒気が混じっていた。


「僕たちは、ルーノ国に逃げ込んだジャポンヌ人を探してるだけだよ。大人しく差し出してくれていれば、こんなに怪我人を出さずに済んだのに♢まあ、僕としては抵抗してくれた方が嬉しいけどね♣︎」


 No.4はにこりと笑うと、両手を広げてルイーズにゆっくりと近づいてきた。

 攻撃する気はないとでも言いたげな無防備な態度。しかし、その背後には不穏な気配が滲んでいた。


 そこへ、No.4を追ってきた騎士団員たちが追いつき、すかさず攻撃を仕掛ける。


「幸せならその手を燃やそう」


 No.4が楽しげに口ずさみ、二回手を叩いた瞬間、近付いた騎士団員の体が突如業火に包まれた。


「ぐ、あああああッ!!」


 騎士団員が地面を転がり、絶叫とともにのたうち回る。

 ルイーズは即座に水のストレンジを展開。

 火を消し止め、騎士を守るように立ちはだかった。


「皆様、ここはわたくしに任せてください。少々本気でいきますので……巻き込まれぬよう、速やかに退避を」


 背を向けかけた騎士たちが一瞬ためらうが、ルイーズの決意に押されるように僅かに後退した。しかし、いつでも攻撃出来るように体と視線は敵に向けたままだった。


「ん~♤ サシで戦うのも楽しそうだけどさ、僕、沢山の人を殺すのも好きなんだよね。キミとは後でたっぷり遊んであげるから、少し待っててよ」


 No.4は人差し指を頬に添えて甘えるように微笑んだ。

 だが、次の瞬間、その目がギラリと光り、ルイーズに殺気が向けられる。


 直感が告げた。

 ──来る!


 ルイーズは即座に後方へ跳躍した。


「幸せなら目を閉じよう」


 No.4が右目、左目と順に閉じる。

 その瞬間、ルイーズの身体に異変が起きた。

 筋肉が硬直し、手足が動かない。

 口も、声も出せない。

 力が抜け、ストレンジも発動できなくなっていた。

 状態異常解除のために召喚すべきピッピコすら、呼び出すことができない。


「ルイーズ嬢!!」


 避難する生徒たちの列から、焦ったような叫び声が上がった。

 視線だけを動かすと、声の主がロマーヌだと判った。


「姐さん!!」


 エドたちが加勢に走ろうとするが、それをシーグフリードが必死に制止している。


「アレ、キミの友達?友達を殺されたら、キミはどんな反応するのかな?僕のハッピークラップの能力でこの場にいる全員幸せの国へ送ってあげる♢」


 No.4はにやりと口角を歪め、愉悦に満ちた瞳でこちらを見つめていた。


 ──やめて!!


 叫びたかった。止めたかった。

 でも、口は動かない。声も出ない。

 ただ、眼だけが強く訴えるようにロマーヌたちを見つめていた。


「キミたちの絶望は、僕の幸福。ああ、考えただけでゾクゾクするなあ♢」


 快楽に酔うように、No.4は狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 ルイーズが動けなくなったのを見て、騎士団員たちはすぐさまNo.4へと襲いかかった。


「幸せならかがんでみよう」


 男が軽く屈んだ、その瞬間ふっと姿が消える。

 騎士団員たちが男がいた場所へと一斉に攻撃を放つも、その刃は空を切った。


「幸せならその手を燃やそう」


 別の場所から不気味な歌声が響き、No.4の姿が再び現れる。

 今度は、避難する者たちの方へと歩を進めていた。

 その殺意が、はっきりとルイーズの友人たちへと向けられているのを、誰もが悟った。


 ジェルヴェール、セレスタン、ロラン、ヴィヴィアン、ピエール、ドナシアン、レオポルド、サビーヌ──

 仲間たちが次々と敵を迎え撃とうと動き出す。

 だが、その誰よりも早く飛び出したのは、デジレだった。

 男が手を二度叩いた瞬間、デジレの身体が炎に包まれた。

 No.4の狙いはロマーヌだった。それを察したデジレが、彼女を突き飛ばし、身を挺して庇ったのだ。


「兄様!!」

「デジレ!!」

「デジレ様!!」


 悲鳴混じりの叫び声が次々に上がる。

 ジェルヴェールがすかさず氷のストレンジを放ち、燃え盛る炎を鎮めた。


「ロマーヌ、怪我はないか……?」

「うん……うん……兄様が庇ってくれたから。でも、私のせいで兄様が……っ」


 ロマーヌは、目にいっぱい涙を浮かべながら答えた。


「はあ~……?自己犠牲?そういうの、マジで興醒めなんだけど。しかも兄妹?そういう“美談”ってやつ?そういうの、ほんと胸焼けするわ……」


 No.4は小馬鹿にしたように悪態をつきながらも、どこか苛立っているように見えた。

 その言葉の端々に、妙な動揺が滲んでいた。


『いい?本当にピンチの時に、自分を助けられるのは自分だけ。誰も助けてなんかくれないんだから!甘えるな!強くなりなさい!』


 No.4の脳裏に、遠い記憶がふっと蘇る。

 同じ緑の髪を持つ、年上の少女が、厳しい眼差しで彼にそう言い放っていた。

 記憶は続く。

 大人になった彼女が、戦場で敵に敗れ、血に染まりながら手を伸ばしてくる。

 掴めなかったその手。

 伸ばされたままの手が、彼の中で焼き付いている。


 「ああ~……イライラする。もう、いいや。全員死ねよ♤」


 苛立ちをぶつけるように息を荒く吐き、頭をガシガシと乱暴にかく。

 次の瞬間、男の瞳が凍りついたように鋭くなる。

 動きを止め、殺意を宿した視線が仲間たちへと突き刺さる。


 「幸せなら指鳴ら──」

 「させません!!」


 鋭い声と共に、空間が揺らぐ。

 エルヴィラの次元移行の能力が発動し、No.4の足元の地面が歪んだ。

 一瞬にして、男の身体が首から下ごと地面へと飲み込まれる。


 「動くな」


 ドナシアンの声が重なる。

 言霊のストレンジが放たれ、地面に埋まった男の動きを完全に封じた。

 地面に首だけを出したNo.4は、まるで戯けたように口元を吊り上げた。


 「……へぇ。やるじゃん。僕をここまで封じたの、初めてかも♢」


 しかし、笑みの裏に隠された怒気は確かにあった。

 その目が細く鋭く細まった瞬間、地中に埋まっていた彼の身体の周囲が、不気味な音を立ててひび割れ始める。


 「幸せなら笑って逃げろ、ハッハッハ──」


 くぐもった声と共に、地面が爆ぜた。

 爆発的な衝撃波が四方に放たれ、土煙と石片が周囲を襲う。


 「くっ……!」


 間一髪で身を引いたドナシアンが、腕をかばいながら後退する。

 空間がねじれ、土煙の中からNo.4が悠々と立ち上がった。

 彼の体は傷一つない。まるで拘束されていたのが幻だったかのようだ。


 「 天墜氷牙(てんついひょうが)


 即座にジェルヴェールが詠唱し、敵の頭上に巨大な氷の山塊が出現する。

 鋭利な氷の尖塔が重力に引かれて落下していく。

 No.4はそれを見上げ、愉悦の笑みを浮かべた。


「幸せなら叫んでみようウオオオオォォォォ!!!」


 その咆哮はまさに破壊そのものだった。

 空気が震え、大気が揺れ、衝撃波が氷塊を包むように走る。

 氷は衝撃でヒビを刻まれ、粉々に砕け散った。


「いやぁー、さすがストレンジが優れているとされるダルシアク国の学生たち」


 土煙の中、No.4は一歩、また一歩とこちらへ歩を進める。

 その足取りは不気味なほどに穏やかで、まるで“勝ちを確信した者”のそれだった。


 「じゃあ、次は僕の番。楽しい楽しい、お・し・お・き・タ~イム♣︎」


 その言葉と共に、彼の周囲の空気が僅かに重くなった気がした。

 熱気とは違う、殺意にも似た圧が辺りを包み始める。


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