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八話 No.1襲来

 ルイーズとミアが港に着く少し前──


 空を裂いて進む黒き影。

 それは一体の巨大な鵺。その背に乗る男が二人。


「いや~、久々の狩りだなんて燃えるねえ。まさかNo.1のキミが一緒とは、予想外だったけど?」


 一人は愉快そうに笑みを浮かべながら、風を受けてなびく長い翡翠色の髪を手で梳いた。

 片目を隠すように流された前髪、片側に編み込まれた三つ編みが風に揺れ、リボンのようにしなやかに踊る。だが、その優雅さは、彼の放つ不気味な空気を引き立たせているだけだった。


 整った白い顔立ちは中性的な美しさを持つ。しかし、鼻先に塗られた真紅のペイントと、頬を裂くように描かれた血のようなスマイルマークが、その美貌に滑稽さと狂気を刻み込んでいた。

 目元の紫の逆三角、そして頬の紅のスマイル。笑顔を強制するようなその顔は、道化を装った悪意そのもの。


 着ているのは、純白のクラシカルなタキシードジャケット。

 だが襟元や袖にはアーガイルチェックの柄が施され、どこか子どもじみた遊び心を感じさせる。胸元のリボンタイは目が痛くなるほどの毒々しいカラーで、人目を引くには充分すぎる存在感だ。

 指先には黒革のグローブ。その手は髪を弄び、顎を撫で、落ち着きなく、気まぐれな仕草を繰り返す。


 その隣、鵺の背で仰向けに寝転んでいた男が、やや怠そうに口を開いた。


「面倒くせぇが、始祖神直々の命令だからな」


 彼は道化のような奇抜さは一切ない。

 ダークブラウンの髪は無造作に撫でつけられ、短くも襟足にかかる程度に伸びている。戦場の風を幾度も浴びてきたかのような荒れた髪型。

 頬と顎には薄い無精髭。無骨な輪郭と引き締まった横顔が、静かな色気を漂わせていた。


 黒のロングコートの襟元には白い毛皮の縁取り。胸元には銀のチェーンが渡され、その中央には深緑の石を埋め込んだ留め具が光っていた。

 華美ではないが、品のある装飾が彼の只者ではない存在感を物語っている。


「始祖神サマも人が悪いよねえ。あの方に届く存在なんて、人間ごときにいるはずないのにさあ。いっそ滅ぼしちゃえばいいのに。ま、僕も人を痛めつけるの好きだから、方針には賛成だけど♢」


 道化師の口調は軽い。まるで遊びにでも向かうような調子だ。


「……あの方が目指してるのは、そんな単純なものじゃねえよ。気まぐれで人間を生かしてるわけじゃねぇ」

「へえ?じゃあ、どんな崇高な理由で?」


 問いかけながら、道化は身を乗り出すようにしてNo.1の顔を覗き込んだ。

 だがNo.1は鬱陶しそうに寝返りを打ち、片目を閉じたまま呟いた。


「俺にも、お前にも理解できねぇ……めんどくせぇ世界だよ」

「え~?なにそれ~?もしかしてNo.1のあんたは、始祖神サマの思考も分かってますアピール?さっすがトップは違うなあ」


 からかうような口調に、No.1の眉が僅かに動いた。

 そして、無言のまま起き上がると、道化の頭を無造作に鷲掴みにする。


「……No.4。てめぇ、そのうぜぇ口、閉じねえと殺すぞ」

「やだなぁ、義兄さん。冗談も通じないの?ほらほら、ジョーク、ジョーク」


 そう言いながら、道化はへらりと笑う。

 その表情には怯えも緊張もない。ただ底の見えない狂気だけが、そこにあった。


「チッ……」


 No.1は短く舌打ちし、手を放す。

 その瞬間、彼らの乗る鵺が羽ばたきを強め、速度を上げた。


「No.1、No.4、まもなく到着します」


 鵺の声に、二人の男は視線を前方へ向けた。

 雲間から、目的地ルーノ国の港が見え始めている。


 その姿を視認したのは彼らだけではなかった。

 空を裂くような膨大な気配に、ルーノの戦士たちもすぐさま反応する。上空を見上げた者たちの目に映ったのは、空を滑空する巨大な影──鵺の姿。


 総帥とデープは即座に臨戦態勢に入った。

 総帥が拳を振り下ろすと、大地が砕け、隆起した岩塊が宙を舞う。それを巨人化したデープが片手で掴み、迷いなく投擲した。


 岩の飛来は速く、狙いも正確。しかし、鵺に向かって突き進むその塊は、ただの岩などではなかった。接近するにつれて、その巨体はまるで空を覆う“壁”のような圧を持って迫る。


 ──避けきれない。


 それでも、誰一人として怯まず、騒ぐこともない。


「俺がやる。お前たちがやると砕けた残骸が鬱陶しいからな」


 立ち上がったNo.1が、鵺の頭上へと跳び出す。

 片手を前に掲げ、迫る岩塊に向けて指を伸ばした。

 次の瞬間、触れる直前で土壁は霧のように掻き消えた。


「ヤツめ、今何をしたんじゃ!?」

「わからん。だが、間違いなく一人だけ“格”が違う。あれは危険じゃのう」


 デープと総帥は、眼前の敵にこれまでにない緊張を抱く。


「今度は僕が行く。No.1とNo.6は、そこで高みの見物でもしてなよ♢」

「ああ、そうさせてもらうわ」


 No.1は気だるげに欠伸をひとつこぼしながら、鵺の背に戻って腰を下ろした。

 代わるように、白のタキシードを纏った道化師が、ひょいと背に立つ。

 風にひらめく三つ編み。

 その下の顔に刻まれた、紅と紫のピエロペイントが陽の光を受けて不気味に輝く。


「お~~~い、ルーノの皆さ~ん!聞こえてますか~?」


 両手を大きく広げ、芝居がかった動きで港の人々に声を投げかける。


「僕らねぇ、ちょっと探し物してるんですよ~。ジャポンヌ国から逃げてきた可哀想な人たち、見かけませんでした~?」


 くるりと一回転し、首をかしげて微笑む。だがその目だけは、凍てついたように冷たい。


「もう、バレてるんですよ?ルーノに匿われてるって♢」


 愉快そうに言いながら、目線を鋭く変える。


「わざわざ始祖神サマの名代として来てるんですからぁ、優しいうちに出てきてくれると、こっちも助かっちゃうな~なんて」


 口元に指を添えてクスクスと笑う。が、周囲の空気が一気に重たくなった。


「……もちろん。拒否されるなら、それはそれで楽しいんですけどね?」


 一拍。

 その低く落とした声に、港に集まる者たちの緊張が走る。


「そんな者たちは知らんな。そのまま帰ってもらおうか」


 デープが応じる。声には確かな威圧がこもっていた。


「ふぅん……ここまで言って、まだ隠すんだ?野蛮だって聞いてたけど、案外優しいんだねぇ、ルーノ人って」


 口元は笑っている。だが、次の瞬間道化師が指を鳴らすと、港の一角で爆音が轟いた。

 何人もの騎士が、一瞬にして弾け飛ぶ。まるで地雷が仕掛けられていたかのような爆発。


 男は、静かに鵺の背から跳び降りた。

 そこに、ピッピコの転移で駆けつけたルイーズとミアが姿を現した。


「やあやあ皆さまご注目!笑いと驚き、涙と拍手の大行進!今日の主役はこの僕、世界一おかしなピエロの登場だ!さあ、手を叩いて!足を鳴らして!ショーのはじまりだよー!」


 道化師は両腕を大きく広げ、観衆に向けて高らかに口上を述べた。軽快な声が風に乗り、港中に響き渡る。


「皆も一緒に歌ってネ♣︎幸せなら手をたたこう、パンパーン!」


 彼が手を叩いた瞬間、奇妙な轟音と共に騎士団とストレンジ騎士団から一人ずつ吹き飛ばされた。まるで目に見えない空気砲が一点に集中して放たれたかのような衝撃。誰もがそれを予測できなかった。


「幸せなら足鳴らそう、ドンドーン!」


 今度は軽快な足踏みと共に、地面が大きく揺れる。まるで小規模な地震が起きたように地面が波打ち、近くにいた者たちはよろめき、次々と倒れた。


「ミア!わたくしたちも行きましょう!」


 ルイーズは即座に援護に向かおうとミアに呼びかけた。しかし、ミアからの返事はなかった。焦る気持ちを押さえながらミアの顔を覗き込むと、彼女は一点を凝視したまま動かない。

 その視線の先には、総帥とデープが鵺と激しく交戦する姿があった。


「……なんで、奴が……」


 ミアの口から、かすれたような声が漏れる。


「どうしたの?ミア?」


 明らかに様子がおかしい。気のせいかもしれないが、その肩がわずかに震えているようにも見える。

 道化師が引き起こした地震のせいだと自分に言い聞かせようとするが、どうにもそれだけではない気がした。

 次の瞬間、ミアはルイーズの肩をがしっと掴んだ。


「ルイーズ!大事な者たちだけ連れて、今すぐ逃げろ!!」


 取り乱したような声。ミアの目には、怒り、憎悪、そして何よりも恐怖が浮かんでいた。掴まれた肩には力がこもりすぎていて、指が食い込むほど。


「いたっ……ミア、落ち着いて。あなたほどの実力者がそんなふうになるなんて、どうしたの?」


 ルイーズは痛みに顔をしかめながらも、必死に彼女を宥めようとする。

 だが、ミアの意識はすでに別のところにあった。視線は宙を泳ぎ、唇が震えながら言葉を紡ぎ出す。


「おかしいって……普通、物語ってさ……弱い敵から順番に出てきて、こっちはレベル上げて、だんだん強くなっていくもんだろ?これから経験積んで、やっと強くなろうって時に、なんでボス級がいきなり来んの……?順番……おかしいだろ……」


 バチンッ!!


 ミアの両頬に鋭い痛みが走る。


「ミア!しっかりして!!」


 痛みと共に、意識が現実に引き戻される。目の前には、目を吊り上げたルイーズの顔が映っていた。

 ルイーズは両手でミアの頬を叩き、その瞳に生気が戻ったのを見て、すぐに言葉を続けた。


「ミア、彼らについて知っていることを教えて!六域のわたくしとあなたが逃げるなんて……それだけは無しよ!」

「……戦うなんて、無理だ!」


 ミアが震える声で叫んだ。その目は、遠く鵺の背を指していた。


「鵺の背に乗っている男が見えるだろ。あいつのナンバーは……No.1なんだよ」


 その瞬間、ルイーズの瞳が見開かれる。


「ナンバーはね、5以降は入った順でもあるが、No.4より上は強さそのものを意味する。あいつは最強格なんだ」


 ミアの声は震えながらも、どこか諦めを含んでいた。


「奴は三年前、一度このルーノ国に現れた。手下と仲間を連れてな。気配を察した当時の国王だった親父と私、それに数人の精鋭が立ち向かった。普段は競い合っていた他部族の強者たちも、あの時ばかりは手を取り合って共に戦ったんだ」


 ミアは過去の記憶を辿るように、ぽつりぽつりと語り始めた。


「爺様は、他の者たちが山から降りないよう部族をまとめてたから、奴のことは知らない。……もしかしたら、気配で気づいたかもしれないけどな」


 その目に浮かぶのは、哀しみとも悔しさともつかない、沈痛な色だった。


「気づいたら辺りには、私一人しか生きていなかった」


 言葉を失うルイーズ。その重さを理解しきれずとも、その痛みは伝わってきた。


「それでも、当時の敵のNo.2を道連れにしたんだ。こっちも壊滅状態だったが、向こうもダメージは大きかった。互いに痛み分けだったと。……そう思いたい」


 そして、ミアは小さく呟いた。


「一人生き残った私の前に、始祖神が現れた。そして……交渉したんだ」


 ルイーズの目が驚愕に見開かれる。


「私は……恋人の命を差し出して、生き延びた」


 その一言に、静寂が落ちた。


「……私は、生き残ったクズだよ。奴らの狙いは、最初から私だった。私がこれからもっと強くなると見越して、奴らは“あえて”引いた。目的は果たしたんだ。だから――」


 ミアは拳を握り締め、鵺の背にいる男の姿を睨みつける。


「No.1が出てきたってことは……もう“遊び”の段階は終わったってことだ」


 ナンバーの内情について詳しいミアに、ルイーズはわずかな引っかかりを覚えたが、今は些末なこと。

 ミアの言葉が事実ならば、敵のNo.1がすでに姿を現しているのなら、彼さえ倒してしまえば、残る強敵は始祖神ただ一人となる。


 もちろん、それがどれほど困難な道かは分かっている。

 ミアの胸中を思うと痛ましいが、立ち止まれば、三年前のルーノの惨劇が繰り返されるだけだ。


「彼の能力はわかるの?」


 ルイーズが問うと、ミアは首を横に振った。


「いや、わからない。当時、私はすでにルーノ国最強と呼ばれていた。奴の相手は私がして、親父がNo.2を引き受けていた。けど、戦ってる間、あの男は一度もストレンジを使ってこなかったと思う。」


 その曖昧な言葉に、ルイーズは眉をひそめた。


「思うって、どういうこと?」

「互いに肉弾戦だったんだ。正面から殴り合って、記憶を読み取る暇も、脳に干渉する余裕もないほどの攻防だった。……かすかに読めたのは、No.2が彼の女だったってことだけだ」


 ミアの視線が遠くなる。


「親父がそのNo.2を倒した瞬間、あいつ……No.1が怒りで我を失ってな。次の瞬間、私は吹き飛ばされて、意識が途切れた。気づいたときには私以外、誰も生きていなかったんだよ」


 ルイーズは言葉を失う。

 つまりその男は、“ストレンジを使わず”に、当時のルーノ最強だったミアを一撃で打ち倒したというのだ。

 だが、それは三年前の話だ。


「でも、それって三年前の話でしょ?」


 ルイーズが静かに口を開く。


「わたくしたち、今は十五歳よね。三年前、あなたはまだ十一か十二歳。子どもの三年は、成長の差がとても大きいわ」


 ミアの瞳が、わずかに揺れた。


「それに、今はわたくしもいる。六域を冠する者として、負けるつもりなんて毛頭ないわ。それに、総帥もみんなもいるもの。負ける気がしないわ」


 その言葉は虚勢ではない。

 自信というよりも、共に歩んできた仲間たちへの深い信頼と、何があっても退かないという決意の現れだった。


 ストレンジ狩り事件を経て、彼らは確実に力をつけてきた。

 ジェルヴェールやソレンヌたちは、それぞれの壁を越え、己の限界を塗り替えてきた。

 ルーノ国への移動中も鍛錬を欠かさず、ジェルヴェール、ロラン、レオポルドの三人はついに五域へと到達した。


 他の者たちもまた、過去の自分たちとは比べものにならないほどの成長を遂げていた。

 あの頃の無力な自分たちではない──そう胸を張って言えるだけの歩みを、仲間たちは積み重ねてきたのだ。

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