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四話 マティアスとハロナ

「各自、好きな者と組んで特訓するように」


 総帥の後を引き継ぎ、ギャスパルが指示を出す。

 ルイーズは休憩を挟み、仲間たちの訓練を見学するつもりでいると、マティアス、ヘンリー、ラファエルの三人がこちらに向かってきた。


「おい、お前、勝負しろ」


 マティアスはジェルヴェールを指差し、決闘を申し込んだ。

 マティアスの技術力は確かに優れているが、この訓練ではほとんど体術がものを言う。

 王子の護衛を務めるジェルヴェールと、非戦闘員のマティアスでは、勝負になるはずがないことは誰の目にも明らかだった。


「ラファエルと!」


 マティアスはラファエルを前に出して言った。


 ──自分じゃないんかい!


 その場にいた者たちが、心の中で思わず突っ込んだのも無理はない。ルイーズは呆れた表情を浮かべ、深いため息をついた。


「デジレ殿下は私とやろう。千里眼で君の恥ずかしい過去を暴いてやろう」


 今度はヘンリーがデジレに対して無関係な挑発を始める。

 訓練と全く関係ないことを言い出すヘンリーに、誰もが困惑した。


「マティアス兄様」

「ヘンリーお兄様」


 ルイーズとソレンヌの額には怒筋が浮かんでいた。

 二人が兄たちを追い払おうとしたその時。


「なぁに年下に絡んでんだい。アホ共」


 マティアスとヘンリーにダブルパンチを食らわせて、一人の女性が現れた。


「ハロナ様」


 ルイーズが驚いた表情で声を上げると、


「やあ、久しぶり、ルイーズ嬢」


 そう応じたのは、マティアスやヘンリーと同じストレンジ騎士団に所属しているハロナ・アルバーティだ。

 彼女の出身はルーノ国で、留学に来た際にダルシアク国が気に入り、そのままストレンジ騎士団に加入してダルシアク国で暮らしている。


「何をする、ハロナ」

「誰がアホだ」


 後頭部を抑えて、反論するマティアスとヘンリー。

 だがハロナの鋭い一言が二人の口を封じた。


「いいのかい、ヘンリー。アレットに君が年下をいじめていたことを告げ口しても」


 ハロナの言葉に、ヘンリーの顔色が急変する。


「そ、それは……」


 ヘンリーの目が泳ぎ、言葉が詰まった。

 アレットとは、ヘンリーの婚約者であり、近々結婚が決まっている女性だ。

 アレットは侯爵家の令嬢で、ルイーズも一度だけ会ったことがあるが、凛とした姿勢と優しさを兼ね備えた素晴らしい女性だ。


「実は、お兄様ったら、アレット様に惚れ込んでいて、頭が上がりませんの」


 ソレンヌがルイーズにこっそりと耳打ちした。


「なるほど……」


 ソレンヌの言葉に、ルイーズは納得する。

 確かに、アレットにこんなことを知られたら、ヘンリーは相当困るだろう。


「ほら、あんた達、あたしが基礎からみっちり相手してやるから、こっちに来な」

「ハロナ、離せ。俺にはルイーズのお邪魔虫を排除する役目が……」

「はいはい、お邪魔なのはあんただよ」


 そう言って、ハロナは抵抗するマティアスの首根っこを掴んで、二人を力強く連行していった。

 問題児二人をまったくものともせず、頼もしい姿を見せるハロナに、ルイーズとソレンヌは感動の表情を浮かべた。


「「不束な兄ですが、どうぞよろしくお願い致します」」

「邪魔したね」


 深く腰を折る二人に、ハロナはにっこりと笑い、ひらひらと手を振りながら去っていった。


「ラファエル兄様も、勝負しなくていいですからね?」

「……わかった」


 ルイーズの言葉に、ラファエルは一瞬、肩を落としたように見えた。

 けれどすぐに、変わらない表情で頷き、ルイーズの頭を優しく撫でると、高等部生が集まる場所へと戻って行った。


 その後、各々が訓練服に着替え、演習場に集まり始める。

 ソレンヌやエドたちも着替え終わり、次々と演習場へと足を運んだ。


「レオ、特訓するぞ!」

「おう!望むところだ!」


 エドとレオポルドは演習場に到着すると、すぐに走り出して場所を確保しに行った。


「お姉様、わたくしに体術を教えていただけますか?」

「ええ、いいわよ。じゃあ、場所を探しましょうか」


 ルイーズは、少し周りを見渡しながら、空いている場所を探していると、少し離れたところでハロナを見つけた。

 ハロナはルイーズたちに気づくと、すぐに歩み寄ってきた。


「ルイーズ嬢、すまないが、マティアスを見なかったか?」

「いえ。マティアス兄様がどうかされましたか?」

「いや、三十秒ほどヘンリーと手合わせしている間に、マティアスに人形を置いて逃げられてしまってね」


 困った表情でハロナは言った。その様子を見た周囲の面々は、ハロナたちがいた場所に視線を移した。


「床が気持ちぃなー」

「サア、カカッテコーイ」

「ヘンリー!いつまで死んだフリしている!三十秒しか戦ってないだろ!」


 その場はカオスそのものだった。床に伏して立ち上がろうとしないヘンリーと、カタコトで話す、マティアスに似せたロボットがそこにいた。


「「ほんっとーに、申し訳ございません」」


 ルイーズとソレンヌは、思わず顔を両手で覆い、恥ずかしさに顔を赤らめながら謝罪した。何とも情けない兄たちである。


「いやいや、君たちが悪いわけじゃないから……あ、いやがった!誰か、小石とか持ってないかい?」


 ハロナは謝罪するルイーズとソレンヌを宥めながら、マティアスの姿を捕らえ、ルイーズたちに尋ねた。


「どうぞ」


 ジェルヴェールは小石ほどの大きさの氷を作り、それをハロナに渡した。


「ありがとう。って、冷たっ!」


 ハロナはお礼を言って氷を受け取るも、その冷たさに驚きの声を上げた。


「一撃必殺」


 氷をしっかり握りしめ、片足を上げる。

 足が地面に着くのと同時に、彼女は腕を振りかぶり、氷を投げ放った。

 氷は正確に狙いを定め、マティアスの頭に命中した。


「あ、やば。やり過ぎたかも」


 ハロナはすぐに後悔の言葉を漏らす。その言葉に、周囲の面々は驚きの表情を浮かべた。

 駆け寄ってみると、マティアスはすでに気絶していた。


「あれ、天使がいる。ここは天国か?」

「マティアス兄様、大丈夫ですか?」

「マイエンジェルルイーズぅぅぅ!」

「大丈夫なようで良かったです」


 数分後、目を覚ましたマティアスは起き上がり、すぐにルイーズに抱きつこうとする。しかし、ルイーズはそれを華麗に避けた。


「あ、あの、すまない。気絶させるほど強く投げるつもりはなかったんだ」


 ハロナはしおらしく、気まずそうにマティアスに謝罪した。


「お前、俺よりアホだろ」


 ハロナは嫌味を言われるだろうと思っていたが、予想外の言葉に呆気にとられた。


「だってそうだろ。お前の能力は、一日一回きりの一撃必殺だってのに、俺に使うなんて」


 ハロナの能力は一撃必殺の技で、相手を捕える力を持っているが、使える回数には制限があり、一日一回しか使えない。


「そもそも、お前の持ち味は体術なのになんで騎士団に入らなかったんだよ?入る場所間違えたんだろ?俺が団長に言って、移籍できるようにしてやろうか?ストレンジ騎士団はストレンジが重要だってのに、一日一回しか使えないストレンジなんてポンコツだろ」

「マティアス兄様」


 ルイーズがちょんちょんとマティアスの肩を叩き、言葉を止める。


「何だい?マイスウィートエンジェブッッ!」

「言い過ぎです♡」


 ルイーズは、にっこりと微笑んでから、マティアスの頬に鉄拳を見舞った。


「ハロナ様、愚兄が申し訳ございません」


 ルイーズは慌てて謝るが、ハロナからは反応がない。

 顔を俯け、肩を震わせているその姿に、ルイーズは少し驚く。まさか泣いているのかと心配しながら、彼女の元へと歩み寄った。


 すると、ハロナは顔を上げることなく、近くに立っていたジェルヴェールに手を差し出した。

 ジェルヴェールはその意図を理解し、氷の塊を渡す。


「なんだよ!そんなこと言わなくたっていいでしょ!バカマティアス!!」


 ハロナは顔を上げると、怒りを露わにしてマティアスに向かって氷を投げつけた。


「次!」


 手のひらを再び差し出し、補充を要求する。

 氷を手渡す度に、彼女の手のひらから氷が無くなっていく。


「ちょ、待て。ハロナ、君のバカ力で手当たり次第に投げられたら、さすがに怪我するだろ!」

「怪我しろ馬鹿野郎!」

「何をそんなに怒ってるんだよ」


 マティアスは逃げながらハロナに問う。だが、本人は本気で何が悪かったのか分かっていないので始末が悪い。

 ハロナは今日のストレンジを使い切ったため、投げる氷は標的から外れているが、投げる力は尋常ではなく、周囲には恐ろしいスピードで氷が飛んでいった。


「ハロナ様、周囲の方に当たってしまうと危険ですので、この辺で」


 ルイーズはそっとハロナの手を取り、氷弾を放つのを止めさせた。


「マティアス兄様も、ちゃんと謝ってください」


 その一言に、マティアスは不満げに眉をしかめながらも渋々戻ってきた。


「ポンコツとか言って悪かったな」

「そんなことで怒ったんじゃないわよ!」


 謝られた瞬間、ハロナはむくれた顔で強く否定する。


「じゃあ、アホって言ったことか?でも、それなら先にアホって言ったのはハロナの方だろ?」

「違うってばバカ!……その、騎士団に移籍しろとか勝手に決めつけるから……!」


 ハロナの声が小さくなり、語尾が曖昧に濁る。


「え?本気でストレンジ騎士団を希望して入ったってこと?」


 マティアスは本気で間違って入団したと思っていたらしく、驚きを隠せない様子で問いかける。ハロナは、恥ずかしそうにこくんと頷いた。


「なんでだよ。ハロナなら体術もすごいし、騎士団の方が絶対向いてるだろ」


 その問いに、ハロナは黙り込んでしまう。視線を逸らし、顔を伏せたまま小さく肩を震わせた。


 隣にいたルイーズは、ふとハロナの耳が真っ赤になっていることに気づいた。そして、まさかと思いながらも一つの答えに行き着く。


「ハロナ様……もしかして、マティアス兄様のこと……」


 小声でそう囁くと、ハロナはピクリと反応し、顔を真っ赤にして目を見開いた。


 ── まさか、あのマティアス兄様に想いを寄せる女性が現れるとは!


 ルイーズは驚きを隠せなかった。

 というのも、マティアスは顔こそいいが、性格が致命的だった。

 そのせいで、これまで彼に近づいた令嬢たちは、ことごとく彼の中身に幻滅して去っていった。


 加えてマティアス自身も、ルイーズ以外の女性には興味がなく、家族が勧める縁談も片っ端から断ってきた。

 由緒ある家の娘であろうと、貴族らしい品行方正な相手であろうと、マティアスはどこか受け入れようとしなかった。


 けれど、その理由もルイーズにはなんとなくわかっていた。

 いまでは五域のストレンジ能力を持ち、王国にとって欠かせぬ存在となったマティアスだが、幼い頃の彼はまるで別人だった。


 ストレンジ学園への入学には、「十歳以上かつ一域以上の能力保持者」であることが条件となる。

 子爵家以上の貴族の子どもたちは、たいてい五歳までには一域を発現している。

 だが、マティアスは九歳になっても零域のままだった。潜在能力こそあったが、肝心の力が発現しなかったのだ。

 その状況を変えたのが、当時まだ二歳だったルイーズであると、家族から聞かされていた。


 力が目覚めるまでの間、マティアスは幼馴染のヘンリーを除く周囲の人々から、冷たい目で見られ、時には"落ちこぼれ"として虐げられてきた。

 そのせいで、家族とヘンリー以外には心を開こうとせず、常に他人を遠ざけて生きてきたのだ。


 ──マティアス兄様の、あの性格を知ってもなお離れず、それどころか恋心を抱いてくださる女性がいただなんて……。


 ルイーズは、ただただ驚いた。だが、それ以上に嬉しかった。

 重度のシスコンで、時には困った兄だと感じることもある。

 けれど彼女にとって、マティアスは頼もしくて、誰よりも優しい、かけがえのない兄だった。


 ──お兄様にも、いつか妹離れして、自分の幸せを掴んでほしい。


 心からそう願っていたルイーズは、兄に訪れたかもしれない“幸せ”の芽に、そっと背中を押すつもりでいた。

 そういうことなら……と、これ以上マティアスがハロナの地雷を踏まないよう、釘を刺そうとした、そのときだった。


「なんだ。まさか、知り合いの俺とヘンリーがいるからストレンジ騎士団に来たのか?」


 鋭くも的外れではない推測に、ハロナの瞳が潤み、ますます赤面する。


「……寂しんぼなやつだなー」


 マティアスが軽口を叩いたその瞬間。


「氷、頂戴!」


 ハロナが再び氷玉を要求し、ジェルヴェールが慣れた手つきでそれに応じる。


「は、ハロナ様、お待ちください!ジェルヴェール様も、これ以上凶器を渡さないでくださいませッ!」


 ルイーズは慌ててハロナの腕を押さえ、ジェルヴェールに叱責する。


 ──まったく、先が思いやられます……!


 後日、ハロナにマティアスのどこを好きになったのかルイーズが尋ねたところ、彼女はぽつりと語った。

 留学時代、今のような荒々しい口調のせいで周囲から疎まれ、孤立していたハロナに、声をかけ、庇ってくれたのがマティアスだったのだという。


 貴族らしからぬ言動を日常とするマティアスにとっても、腹に一物ある令嬢たちとは違い、飾らず思ったことを口にするハロナの気質は、むしろ好感が持てたのだろうと、ルイーズは納得した。


 もちろん、相手が相手なだけに恋の道のりは平坦ではない。

 けれど、ハロナにはどうか頑張って、マティアスの心を射止めてほしい。

 そう願うルイーズの中には、純粋な応援の気持ちと、そしてもう一つ、少しだけ打算もあった。

 マティアスに幸せになってもらうことが、自分とジェルヴェールの恋路を邪魔されない最善策でもあるのだから。

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