一話 総帥による拉致
総帥は今、ストレンジ学園にいた。
高等部での用事を終え、現在は中等部の廊下を悠々と歩いている。
「総帥!一体どういうことですか!」
中等部二年から三年の教室を繋ぐ廊下で、目を釣り上げながら追ってくるのは中等部教師のシーグフリードだった。
「うるっさいのう。今日から夏休みの間、生徒を何人か借りるだけじゃと言ったじゃろうが」
「ですから!それをちゃんと説明してくださいと申し上げているのです!」
「学園長の許可はちゃんと取ってあるぞ」
「なっ……!?そんな話、僕は聞いていません!」
「それは、ほら……今さっき学園長に許可を取ったばかりじゃからな」
「事前に知らせてくださいって言ってるんです!!」
総帥は気怠げに鼻をほじりながら返答し、それにシーグフリードの声はさらに大きくなった。
「ガワワワワワ、細かいことは気にするでない、若造」
「生徒を目の前でいきなり連れ去っておいて、細かいことで済むはずないでしょう!」
「毎年高等部で行われている訓練に、今年は中等部生も選抜されて参加することになっただけじゃ」
なんでもないことのように笑い飛ばす総帥に、シーグフリードは頭痛を覚える。
例年、高等部では夏休みの期間中に騎士団やストレンジ騎士団と連携した訓練が行われていた。
進路を視野に入れ始めるこの時期、生徒にとっては将来を見据える大きな機会でもある。特に、騎士団への入団を志望する者にとってはまたとない実戦経験となる。
一方で、騎士団側にとっても次代を担う人材を見極め、鍛えるための場でもあった。
それが、なぜか今年は中等部生もその訓練の選抜対象になったという。
「中等部生はまだ成長過程にあり、身体も未熟です。だからこそ、これまで厳しい訓練には高等部の生徒だけが参加していたのでは?」
問いかけるシーグフリードに、総帥は飄々とした口調で答えた。
「そうも言っておれん状況でな。それに、ルイーズ嬢などは幼い頃から定期的に騎士団で訓練を受けておるぞ」
「ルイーズ嬢は、あの子は別格ですから」
その言葉に、総帥がふと歩みを緩め、横を歩くシーグフリードに静かに視線を向ける。
「……そうかのう。ワシからすれば、ルイーズ嬢も他の子と変わらんよ」
その声音が、これまでの軽口とは明らかに異なることにシーグフリードは気付き、思わず口を閉ざした。
「確かに、ストレンジ能力においては彼女に敵う者はおらんじゃろう。だが彼女は、ただの女の子じゃよ。他と違うというのならば覚悟じゃろうな」
七歳の時、彼女は国家機密と呼ばれる真実を知らされ、そして決断した。
人よりも強大な力を持って生まれた。ただそれだけの少女が、早すぎる覚悟を迫られた。
友人のソレンヌやエドと無邪気に笑い合う姿を見れば、彼女が他の子供たちと何ら変わらないことは明白だ。
体だって、未だ成長の途中。すでに完成された存在などではない。ただ、その未熟な身に力を抱えてしまったがゆえ、より早く安定を求められただけなのだ。
総帥は、そんなルイーズを幼い頃から見守ってきた。
過酷な運命に巻き込んだ大人の一人として、責任の重さを自覚している。
だからこそ、心のどこかで願ってしまうのだ。
彼女には、他の生徒たちと同じように。
幸せな日々を、当たり前の未来を、どうか歩んでほしいと。
それが、厳しいことだと知りながらも。
「ともかく、その片腕に抱えたソレンヌ嬢だけでも降ろしてあげてください!」
「それはできん。ソレンヌ嬢は重要な餌じゃからの」
「餌って……そのような言い方、いくらなんでもッ!」
思わず声を荒らげるシーグフリードに、総帥は露骨に嫌そうな顔を見せた。
「本当に、貴殿はうるさい男じゃのう。そこまで生徒が心配ならいっそ、引率として貴殿も一緒に来れば良かろう」
そう言いながら、総帥は不意にシーグフリードの首根っこを鷲掴みにした。
次の行動を察していた随行の騎士団員が、無言でゲートを発現させる。
「な、なにを」
言い終える前に、総帥はシーグフリードを勢いよくそのゲートの中へと放り込んだ。
「よし、これでようやく静かになったわい。ガワワワワ!」
豪快に笑いながら、再び歩き出す。
目指すは三年生の教室。目的の生徒がそこにいるのだ。
勢いよく引き戸を開けると、教室中の視線が一斉に注がれた。
「授業中、失礼するぞい!」
唐突な訪問者と、その腕に抱えられた人物を見て、生徒も教師も目を見開く。
「そ、総帥……!?それにソレンヌ!?」
怪我もすっかり癒え、通常授業に戻っていたルイーズが、目を見張って立ち上がった。
「お……お姉さま……」
総帥の腕に抱えられていたソレンヌが、ルイーズの声に反応して微かに顔を上げる。だが、すぐに力なく項垂れた。
「あ、あの……総帥殿。本日は、いかなるご用件で……?」
教壇に立っていた中年の教師が、突如として現れた大物の来訪に戸惑いながら、緊張の面持ちでおずおずと尋ねる。
「授業中にすまんのう。生徒を数人ばかし、借りていく」
そう言い放つと、総帥は迷うことなくルイーズの席へと向かい、その周囲に座る留学生たちの姿を確認する。
「おお、纏まっておって助かったわい。よし、お前たち今からルーノ国へ行くぞ」
突然の宣言に生徒たちがざわめく中、総帥は手近にいたピエールの首根っこをむんずと掴み上げた。
教室の出入口付近に待機していた騎士団員が即座にゲートを開く。
総帥は迷いなく、その中へピエールを投げ入れた。
「ピ、ピエール!?」
「貴殿もじゃ」
ピエールの姿が消えたのを見て慌てて立ち上がったデジレも、同じように掴まれてゲートの中に投げ込まれる。
「わ、私たちは自分で入りますので、投げるのはやめていただけませんか……!」
残るはルイーズ、ロラン、ジェルヴェールの三人。
ロランが丁寧に進言するも、総帥は聞く耳を持たない。
「気にするな。手間が省けるだけじゃ」
そう言ってロランを掴み上げ、容赦なくゲートの中へ放り込む。
「貴殿で最後じゃ」
総帥はニヤリと笑い、太い首を左右に傾けてごきりと音を鳴らす。
しかしその動きを予測していたジェルヴェールは、既に席から立ち上がっていた。
総帥の太い腕が、迷いなくジェルヴェールへと伸びる。
だが次の瞬間、ジェルヴェールは幾本もの氷の柱を出現させ、それを足場にして軽やかに跳ね、ゲートの前へと移動してみせた。
「総帥の手を煩わせるまでもありませんよ」
静かに着地し、ゲートの前で一度だけ振り返る。
そう言い残し、彼は自らゲートの中へと姿を消した。
「ふん。可愛げのない奴じゃ……」
そう呟きながらも、総帥の顔にはどこか嬉しそうな色が浮かんでいた。
彼の素性を知る総帥は、内心でジェルヴェールの成長に満足げに口角を上げる。
だが、そんな余韻を遮るように声が響いた。
「あの、わたくしは?」
ルイーズだった。
総帥は先ほど、「ジェルヴェールで最後」と言った。
ならば自分は──と、一瞬不安を覚えた彼女は、首を傾げながら尋ねる。
「おお、そうじゃった。貴殿は餌じゃ」
我に返ったように総帥が応える。
「餌、ですか?」
思いがけない返答に、ルイーズは戸惑いを隠せずに問い返す。
「他にも、どうしても連れて行きたい奴がおってな。貴殿らはそやつらを誘き寄せる、云わば餌じゃ。ガワワワワ!」
豪快な笑い声を響かせながら、総帥はルイーズの腰に腕を回し、そのままソレンヌと同じように脇に抱え上げた。
ルイーズは、総帥の性格も腕力も誰よりよく知っている。
無駄な抵抗をするだけ時間の無駄だということも、身に沁みて理解していた。
そのため、されるがままに抱えられる。
「邪魔したな」
そう一言だけ告げて、総帥はソレンヌとルイーズを両脇に抱えたまま、騎士団員と共にゲートの中へと消えていった。
嵐のような訪問と撤退だった。
突風が過ぎ去ったあとのように、教室には静寂が戻る。
ぽかんとした生徒たちと、呆然と立ち尽くす教師。
誰もが、今の出来事を脳内で処理しきれていなかった。
「ここは……ストレンジ騎士団の本拠ですか?」
「そうじゃ。ストレンジ騎士団からも数人同行させるため、迎えに来たというわけじゃ」
ルイーズたちが転移して辿り着いた先は、厳かな雰囲気を纏う巨大な建物だった。まさしく、ストレンジ騎士団の本拠地。
だが、先に飛ばされたはずのジェルヴェールたちの姿は見当たらない。どうやら彼らは、さらに別の場所へ移されたようだった。
「これは総帥殿。お待ちしておりました」
出迎えたのは、年老いた使用人。“爺や”と呼ばれる男だった。
「爺やか。アイロスはどこじゃ」
「アイロス様より、全て聞き及んでおります。……騎士団の方、私の手に触れ、もう片方の手で総帥に触れていただけますか」
爺やの指示に従い、騎士団員が片手で爺やに、もう一方で総帥の腕に触れる。
すると一瞬、空間が歪み、四人の姿はその場からかき消えた。
転移した先は、静まり返った一室だった。
迎えるように現れたのは、ストレンジ騎士団のローブに身を包むアイロスだった。
「総帥殿に御足労いただき、誠に申し訳ございません」
「気にするな。それより、準備は整ったのか」
「はい。二人を騙して、この部屋に閉じ込めることには成功しましたが……ご覧の通りです」
アイロスは苦々しい表情を浮かべ、部屋の隅へ顔を向けて示す。
ルイーズたちも釣られるように視線を向けると、そこには不自然に置かれた、分厚い金属製の箱が鎮座していた。
「……奴らは、この中に?」
「はい。中にいるのは間違いありません」
「ふむ。奴らのことじゃ。何かしら仕掛けを施しているだろうな」
「恐らくその通りかと。対・総帥用に設計された仕掛けらしく、誰も手出しできない状態です」
「正しい判断じゃ。無闇に触れれば、こちらに怪我人が出るだけじゃからな。……二人を連れて来て正解だったわい」
「なるほど。だから、ルイーズ嬢とソレンヌ嬢もご一緒だったのですね」
その言葉でようやく、ルイーズとソレンヌは総帥に言われた“餌”という意味を理解する。
この部屋に閉じ込められている者たち──彼らに対抗し得るのは、身内である自分たちしかいない。
ストレンジ騎士団に所属しており、ダルシアク国の守護神とまで謳われる総帥相手に真正面から喰ってかかる人物は、二人しかいない。
そして、最も厄介な二人の行動パターンや癖を熟知しているのが他でもない、ルイーズとソレンヌだった。
その確信が、二人の中に静かに落ちる。
「まあ、二人のことは後でよい。それで、ルーノ国へ向かう者たちは決まったのか?」
「ええ。ストレンジ感知能力を持つ人物は希少でして、該当者は一人しかおりませんので、国の有事に備え今回は同行させることはできません」
「ふむ……」
「代わりに、ストレンジ騎士団から追加で五名を選抜し、同行させることになりました」
「つまり、元の五名に加えて十名体制ということじゃな」
「はい。また、感知能力者が不在となる分、医療班も三名から五名へと増員しております」
「うむ、それならば問題なかろう」
総帥は一同を見渡し、力強く頷いた。
「貴殿たちは、先にゲートを潜って乗船しておれ」
「「「承知いたしました!」」」
その場に控えていた隊員たちは、すでに事情を把握していたようで、迷いなく次々とゲートへと身を投じていく。
残されたルイーズとソレンヌは、黙ってその光景を見送った。
「さて、残るはこやつらじゃな。他の者は下がっておれ」
総帥はルイーズとソレンヌを静かに降ろすと、アイロスと騎士団員たちに部屋の出入口付近へと下がるよう促した。
静まり返った室内に、総帥が左手を軽く握り、右手の手根部で拳を押して指を鳴らす音が響く。左右を入れ替えて同じ動作を繰り返すと、重い足取りで箱に近づいた。
目の前のそれは、あまりに不自然で明らかに「怪しい」箱だった。
総帥が箱に手を伸ばしたその瞬間、激しいバチバチという音と共に電流が走り、全身を駆け巡った。
「うっ……ぐうぅ。小癪な……」
総帥が顔をしかめる中、箱の中から聞こえてきたのは、拡声器を通した男の声だった。
「無駄だ、ジジイ。ずっと前から対ジジイ用に造っていたシェルターだ。いくらジジイでも、これは壊せまい」
声の主はマティアス。そして、すぐ後に続くのはソレンヌの兄、ヘンリーだった。
「俺もヘンリーも、訓練には同行しない!」
「私たちはそんな横暴には屈しないからな!」
力強い決意が込められた言葉だったが──
「そうか。そんなに嫌だったか。それならば仕方ないのう」
総帥はあっさりと手を引っ込め、淡々とした口調でそう告げた。
箱の中では、勝利に酔いしれるマティアスとヘンリーが小さくガッツポーズを決めていた。
「ルイーズ嬢とソレンヌ嬢も一緒なら、二人に格好いい兄の姿を見せたいと思ったんじゃが……検討違いだったようじゃな。はぁ……なんとも情けない」
肩を落とし、わざとらしく嘆息する総帥。
「ルイーズ嬢とソレンヌ嬢には、わざわざ来てもらったのに申し訳ないのう」
「いえ、それは……総帥が謝るようなことではございませんわ。マティアス兄様がいつもご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」
「そうですわ。ヘンリー兄様が不敬を働いたこと、身内として深くお詫び申し上げます」
ルイーズとソレンヌは、兄たちの振る舞いを恥じ、総帥に深々と頭を下げた。
総帥は、ダルシアク国の守護神と称される人物。
王にも並ぶ威光を持つその人に対して、不遜な態度をとるなど本来なら許されるはずもない。
だが総帥は、そんなマティアスとヘンリーの無礼をとがめることもなく、ただ受け入れる。威圧で服従させるのではなく、寛容と理解をもって導く。
それが彼の人柄であり、だからこそ人々に愛され、憧憬の対象となっているのだ。
「貴殿らが謝ることではない。それにしても……ふむ、残念じゃが二人は諦めるとしよう。ワシらも移動しよう」
そう言って、総帥はルイーズとソレンヌの背にそっと手を添え、優しくゲートへと誘導した。
「ま、待て!ルイーズだと!?」
「ソレンヌがいるのか!?」
ガタガタと音を立てて、マティアスとヘンリーが箱の中から勢いよく飛び出した。
「ジジイ!ルイーズたちを人質に取るとは、なんと卑怯な!」
「総帥ともあろうお方が、していいことか!」
人質とは、とんだ言いがかりである。
マティアスとヘンリーは口々に総帥を非難するが、動いたのは総帥ではなく、彼らの妹たちの方だった。
「マティアス兄様。総帥にそのような口の利き方はおやめください。尊敬すべきお方に対して、そのような態度、幻滅いたしましたわ」
「お兄様。嫌だからといって逃げ隠れるなど、ペルシエ家の者として恥ずかしい限りですわ」
「る、ルイーズ……」
「そんな……ソレンヌまで……」
愛する妹たちに叱責され、マティアスとヘンリーは意気消沈してうなだれた。
「どちらが年上かわからんな」
「全くですな」
その様子に、総帥は呆れたようにため息を吐き、アイロスも小さく頷いた。
もはやこれ以上、妹たちの前で醜態を晒すことはできないと悟った二人は、渋々ルーノ国への同行を受け入れた。
ゲートを潜る直前、最後尾にいた総帥に、ルイーズが一歩近づいて声をかけた。
「総帥、ストレンジ感知能力者が必要でしたら、サビーヌをお連れくださいませ」
「サビーヌ嬢を?」
「はい。彼女のストレンジは感知系でして、ストレンジ騎士団の方ほど高性能ではありませんが、視界に映る範囲であれば、屋内にいようと外にいようと、ストレンジを持つ者とそうでない者を見分けられます」
「なるほど。確かに、それは使えるな」
ルイーズの提案に頷くと、総帥はルイーズと共に再び学園へ戻り、サビーヌを伴ってゲートを潜った。
ゲートの先に広がっていたのは、波に揺れる大型船の甲板だった。
そこには、既に到着していた騎士団員、ストレンジ騎士団、医療班、そして中等部・高等部の生徒たちが待機していた。人数にしておよそ百名ほど。
「総帥!これはどういうことか、説明しろ!」
中等部のルベン、レナルド、ラシェルら取り巻きが数人、怒りをあらわにして詰め寄る。
特にルベンは、状況がつかめずに苛立ちを隠さない。
「ルベン殿下よ。そう焦りなさるな」
総帥は彼をやんわりと宥めると、船首に立った。
その姿に、自然と全員の視線が集まる。
「騎士団、ストレンジ騎士団、医療班の者たちはすでに知っておるが、これより、我々はルーノ国へ向かう」
ルイーズとソレンヌは、総帥に同行する間に交わされた会話から、おおよその状況を把握していた。
だが、それを知らされていなかったのが中等部・高等部の生徒たちで、しかもこの出発が決まったのは今朝だったという。
「ルーノ国へ行く目的は訓練じゃ。今朝、国王より正式な許可が下り、出立が決まった」
「訓練なのは理解しました。ですが、なぜ中等部の生徒まで?」
半ば拉致のように連れて来られたシーグフリードが疑問を呈する。
「合同訓練じゃ」
「合同訓練、ですか?」
「ルーノ国といえば、体術に優れた民が多いことは知っておろう。八カ国の中でも、ストレンジに頼らぬ戦闘能力では随一。いかなる状況でも動ける“土台”を鍛えるには、これ以上の地はない」
近年、治安は徐々に悪化しつつある。
つい先日、連休中に起きた一連の事件は、皆の記憶にも新しい。
それは、非力な自分たちを思い知らされる出来事でもあった。
ただ、ルイーズ、マティアス、ドナシアン、ロラン、デジレの五人だけは、異なる解釈をしていた。
あの襲撃には、「始祖」に関する気配があったからだ。
今、この場でそのことを知るのは、彼ら五人と総帥の計六名だけ。
陛下や彼らの父親たちもまた、過去に“ナンバー”を名乗る始祖の手下たちと交戦した過去がある。
それが事実であれば先日の事件も、始祖絡みである可能性は極めて高い。
あの場で“ナンバー”とまともに戦えたのは、総帥とポールの二人のみ。
他の者たちは、幸運にも命を繋いだだけにすぎなかった。
ちなみにポールも同行を希望していたが、今回は騎士団副団長としてダルシアク国の守りに回っている。
「今回の訓練は、ルーノ国側からの提案もあってのこと。話が来た以上、断る理由もない。許可が下りた時点で、即時行動に移したのじゃ」
しかし──。
その言葉の裏に、総帥がまだ何かを隠しているのではないかと、ルイーズとマティアスは感じ取っていた。
本当に事前に提案があったのなら、学園側への事前説明も、準備期間も設けられたはずだ。
それがなされなかったのは、突発的な事情があったからだ。
事実、二日前──。
ルーノ国から、ダルシアク国へ緊急の報せが届いた。
内容は、隣国ジャポンヌ国からの亡命者について。
その者は将軍の息子で、数名の供を連れてジャポンヌを脱出。曰く。
「自称・始祖神の部下たちが突如現れ、ジャポンヌ国を掌握した」
将軍の娘が敵に囚われる寸前、国全体に強力な結界を張り巡らせ、内部に閉じ込めたという。
それにより、内部の敵は外へ出られず、外部からも結界を破れる者でなければ侵入できない状態になっている。
総帥は、この事態を重く受け止めた。
ジャポンヌ国の国境を調査する必要がある。
そして、再び始祖が動き出したとあれば、その戦いに備えて戦力の底上げが急務だと判断した。
だからこそ、総帥は「合同訓練」という名目で動き出した。
そして、ルーノ国からの入国許可が下りたその日のうちに、行動を開始したのだった。
全ては、迫る脅威に備えるため。
そして、始祖との決戦に向けた布石でもあった。




