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三三話 贈り物

 突如、頭上から降り注ぐ瓦礫。

 ルイーズは不調の影響で、反応がわずかに遅れてしまった。

 水の防壁ではとても防ぎきれない。彼女は咄嗟にその場に蹲り、両手で頭を抱える。


 だが、待てども衝撃は来ない。

 不思議に思って顔を上げると、自身の周囲をすっぽりと覆うように、氷で出来たかまくらのような防壁が築かれていた。


「お嬢様! ご無事ですか!」


 かまくらの入口には、サビーヌの姿があった。

 彼女の足元には、叩き砕かれた瓦礫の残骸が四方に散乱している。どうやら、降り注いだ瓦礫を全て豪打によって粉砕したようだ。

 ルイーズに気づいたサビーヌは一瞬目を見開いた後、ふっと安堵の息を吐く。


「私が駆け付けなくても、問題なかったようですね」

「そんなことないわ。それよりサビーヌ、あなた、聴覚も視覚も声も戻ったのね」


 ルイーズの言葉に、サビーヌは頷く。


「瓦礫が崩れたと同時に敵が目の前から消えたのです。その瞬間失っていたもの全てが機能するようになりました。……けれど、お嬢様の頭上に瓦礫が迫っていたときは、本当に肝が冷えました」

「敵が離れたことで、能力の効果が解けたのかしら

?でも、貴女が無事で本当に良かったわ」


 ルイーズは胸に手を当て、そっと息を吐いた。

 状況はまだ完全に終わっていないが、サビーヌが戻ってきてくれた。それだけでも、心強さが段違いだった。


「──ジル様は!? ジル様はご無事ですか!」


 ルイーズを守るように作られたこの氷の防壁は、間違いなくジェルヴェールの能力によるものだ。

 あの一瞬で、ルイーズを、そして自分自身を守るのは至難のはず。ノクスとの激戦の中で、それをやってのけたとなれば、それだけで心配は拭えない。


「俺なら、心配ない」


 サビーヌが横に身を引き、視界が開ける。

 そこに立っていたのは、無傷のまま静かに此方へ歩み寄るジェルヴェールの姿だった。


「ルイーズ嬢、君は無事か?」


 ジェルヴェールはルイーズの前で片膝をつき、そっと手を差し伸べる。

 だが、ルイーズはその手を取ることなく、勢いよく彼に抱きついた。

 両腕をジェルヴェールの首に回し、顔を肩口に埋める。


「ご無事で……何よりです……。ジル様に、もしものことがあったらと思うと、わたくし……っ」

「ルイーズ嬢……」


 ルイーズの声は震えていた。恐怖と、安堵と、張り詰めていたものが一気に崩れた感情の発露。

 たしかにジェルヴェールは、ノクスに引けを取らない戦いぶりを見せていた。

 だが、明らかにノクスは本気を出していなかった。

 本気を出せば、あの程度では済まない。そんな不気味な“余裕”が、確かにあった。


 だからこそ、ルイーズは怖かった。

 何か一つ歯車が違えば、ここにジェルヴェールの姿はなかったかもしれない。

 それを考えるだけで、身体の芯が震えた。


 ──ジル様に、もしものことがあれば、わたくしはきっと耐えられない。


 彼が傷を負った姿を見ただけで、頭の中は真っ白になった。

 冷静さなど吹き飛び、自分を見失いかけていた。

 身体が毒に侵されていなければ、あのとき、我を忘れてノクスに突っ込んでいたかもしれない。


「……はっ!そうだわ、ノクスは……!」


 ハッと顔を上げてノクスの姿を探す。

 だが、視界のどこにも、ノクスの姿は見当たらない。


「奴なら、上にいる」

「って、ひ、ひあああっ!わ、わわたくし、なんてはしたないことをっ……!申し訳ございませんっ!」


 不意に耳元で聞こえたジェルヴェールの声に驚き、慌てて彼から距離を取る。

 感情のままに抱きついたことを思い出し、ルイーズの顔は真っ赤に染まっていた。


「おい!てめぇ、いいとこで邪魔してんじゃねぇよ!」


 頬を押さえるルイーズの頭上から、怒鳴り声が降ってくる。

 顔を上げると、遥か上空にノクスと、巨大な異形の姿があった。


 それは、猿の顔、狸の胴体、虎の四肢、蛇の尾──まさしく伝説に語られる“鵺”そのものだった。

 しかも、体長は優に五メートルを超えている。


 ノクスの身体には蛇の尾が巻き付き、まるで獲物を捕らえるように拘束している。

 さらに、その背には先程まで敵として現れた“サンエン”と呼ばれた三人の姿も見えた。いずれも意識を失っているようだ。


 この短時間で、四人全員を捕え、悠然と空を飛ぶその身のこなし。ただ者ではない。


「No.6!聞こえてんのか!てめぇ、溶かされてぇのかコラァ!」


 苛立ちを露わに叫ぶノクスを、鵺の姿をした珍獣は完全に無視したまま、上空からルイーズたちを静かに見下ろしていた。


「貴方は……!」


 サビーヌが目を見開き、一歩前に出る。

 その瞬間、蛇の尾の先──鵺の蛇頭がブリゲゴールの懐から何かを取り出し、こちらに向かって投げた。


 銀色に光る細長い物体がサビーヌの足元に落ちる。

 拾い上げてみると、それは一本の注射器だった。


「これは、解毒剤!?」


 サビーヌが目を見開く。


「てめぇ……!裏切ったのか……ッ!?」


 ノクスが怒声を上げるが、鵺は淡々と告げた。


「既に、別の“依代候補”を確保した。全世界に散っていた仲間にも、撤退命令が下っている。──“次の段階”へ移る、との御達しだ」

「……ちっ」


 ノクスは舌打ちとともに、それ以上は言葉を継がなかった。

 その目は苛立ちと困惑を隠せていない。


 ──依代“候補”…?


 聞き慣れぬ単語が、ルイーズの胸に不気味な重さで沈んだ。

 ノクスやサンエンの目的は、この場の戦闘だけではない。

 何か、もっと根深い、次なる布石がすでに打たれているのかもしれないとルイーズは悟った。


「そこの娘は、始祖様の依代候補である。死なれては困る。今日のところは引き下がるが、いずれまた相見えよう」


 鵺の姿が、もくもくと立ち上る黒煙に包まれていく。

 声も、姿も、闇の中に飲み込まれ、次の瞬間には、彼らの気配すら消えていた。


 残されたのは静寂と、満天の星空。


 ルイーズはしばし、その空を呆然と見上げていた。

 あの異形の鵺、そしてノクスと名乗った男。彼らはいったい何者なのか。


 ──少なくとも、あの誘拐事件には出てこなかったはずだ。


 いや、そもそも、誘拐事件の黒幕もゲームでは不明のままだった。

 三章以降の物語をルイーズは知らない。

 もしかして、彼等は三章以降に関わって来る人物なのだろうか、とルイーズは思った。


 一章の終盤に、二章で登場するはずの人物が介入してくるという、ありえないイレギュラー。

 そして、誘拐事件に現れるはずのない強敵ノクス。

 本来は盗賊団が主犯で終わるはずの事件も、姿形を大きく変えてしまっている。


 ──この世界はもう、わたくしが知っている『ストレンジ♤ワールド』じゃない。


 改めてそう痛感した。

 ルイーズの知る物語は、すでに分岐し、別の道を歩み始めている。


「……どうして……」


 小さく漏れた声に、誰も気づかなかった。


 ──わたくしはただ、ジル様と共にいたいだけなのに。彼と、普通の恋をしたいだけなのに。


 なのに、どうして“始祖様の依代候補”などと呼ばれ、命を狙われなければならないのか。

 あの鵺の言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。


 もしかすると、これは……かつて陛下たちが語っていた、始祖神との戦いに関係しているのだろうか。と考えを巡らせた。


「お嬢様?」


 サビーヌの声が、どこか遠くから聞こえるように感じた。

 視界が揺れ、色彩がぼやけていく。


「ルイーズ嬢──!」


 今度はジェルヴェールの声。

 けれど、それももう、まるで水の中にいるように聞こえる。


 足元が崩れる感覚。身体がふらつく。


 目の前にいたジェルヴェールが、驚きに満ちた表情でこちらを見ていた。

 何かを言おうとしたのかもしれない。けれど、口からは一言も出ない。


 音も、光も、重さも──すべてが遠ざかっていく。

 そして、ルイーズの意識は、深い闇の中へと落ちていった。



 #


 夢を見た。とても、とても悲しい夢。まるで今まで歩んできた軌跡をなぞるような、儚い記憶の夢だった。


 王妃エヴリーヌが亡くなり、最愛のスタニスラスまでもが亡くなったとの訃報が届く。

 それでも、何故だかルイーズには分かっていた。スタニスラスは、生きている、と。

 導かれるように、彼女は南の森へと向かった。


 そこで出会ったのは、スタニスラスによく似た少年。名をジェルヴェールと名乗った。

 だが彼は、スタニスラスであって、スタニスラスではなかった。

 記憶を失い、自分が何者かも分からずにいたのだ。


 ──思い出して欲しい。


 口に出して叫びたかった。

 けれど、ルイーズはその想いを押し殺し、彼にある物を手渡して、その場を後にする。

 その夜、堪えきれずに涙が止まらなかった。


 それから、彼女は渡した品を通じて、彼のもとへ通うようになった。

 彼は記憶を失っていた。ルイーズのことなど、何一つ覚えていなかった。

 それでも、会えるだけで嬉しかった。共に過ごすその時間が、なによりも愛おしかった。


 けれど、その幸せは長くは続かなかった。

 別れは、想像よりも早く訪れた。


 次に彼と再会できるのは、六年後だとルイーズは告げた。


 ──六年も、待てない。やっと会えたのに。どうして、また離れなければならないの。


 幾ら心の中で叫んでも、時間は無情に流れ続けた。

 ジェルヴェールと過ごした一年はあっという間だった。

 それなのに、彼と会わなくなってからの一日は、まるで永遠のように長く感じた。


 ──会いたい。会いたいよ……


 心の奥底から、張り裂けそうなほどの想いが溢れ出す。なのに、彼はどこにもいない。


 ──寂しい。悲しい。


「ジル様……」

「スタン様……」


 何度も、何度も、声が枯れるまで名前を呼び続けた。

 目を閉じれば、彼の姿が鮮やかに浮かぶ。

 けれど、どれだけ手を伸ばしてもその姿は掴めない。

 目を開けば、そこにあるのは、彼がいない現実。


 それでも、信じていた。

 届かぬ想いなどない、と。

 信じて、彼を待ち続ける。

 じゃないと、今にも彼への想いに押し潰されてしまいそうだった。


 ──だから、どうか……どうか、もう何処にも行かないで……


 そう、願ったはずなのに。



 何で、何で彼は倒れているの?

 ねえ、ライ。わたくしよりもジル様を先に治してよ。

 何で皆は泣いてるの?

 心臓が止まった?

 バカ言わないで。そんなことあるはずないじゃない。

 やっと、やっとジル様と会えたのよ?

 ジル様が死ぬはずない。

 死んだら、今度こそ手が届かない場所に行ってしまうじゃない。

 どれだけ待っても、もう二度と会えないなんて──そんなの、そんなの耐えられない。


 ルイーズは隣で眠るジェルヴェールへと手を伸ばす。

 その手は、酷く冷たかった。

 まるで、彼という存在がすでにこの世のものではないと語るかのように、体温を失っていた。


 ──うそ。嘘よ……

 こんな未来、あり得ない。

 スタン様だけじゃない、今度はジル様まで失うなんて──


 そんなの……


 ──やだ。やだ……やだ、やだ、やだ、やだ……!


「いやああああぁぁぁ……!」


 はっはっ、と荒く呼吸を繰り返しながら、ルイーズは飛び起きた。

 胸が上下に波打ち、視界が涙で滲んでいる。

 その背に、そっと手が添えられ、やさしく上下に撫でるような動きが伝わってくる。


「お嬢様、大丈夫ですか?夢見が悪かったようですが……」


 そこにいたのは、侍女のサビーヌだった。

 ルイーズは言葉もなく、彼女に抱きつき、顔を胸元にうずめた。


「夢を見たの……とても、怖い夢……。ジル様と会えなかった日々と、以前ユメが見せた、ジル様がいなくなってしまう未来……」


 言葉にするたび、無意識に身体が震える。

 怖くて、怖くて、どうしようもなかった。


 ──もしも、本当にこの世から彼がいなくなってしまったら、わたくしはどうなるのだろう。


 想像するだけで胸が潰れそうだった。

 彼のいない世界など考えたくもない。

 心を切り裂くような、どうしようもない感情が、胸の奥から押し寄せてくる。


「お嬢様、大丈夫です。ユメの予知夢はあくまで“可能性”です。対策を立てれば、避けられる未来でもあります」


 サビーヌは優しく語りかけながら、背中を静かにさすってくれる。

 その温もりが、次第にルイーズの心を解していく。

 乱れていた呼吸が、徐々に落ち着いていった。


「……ごめんなさい。取り乱してしまったわ」

「いいえ。いつ、いかなる時も主を支えるのが、侍女の務めですから」

「ありがとう、サビーヌ」


 本当に、彼女がいてくれてよかった。ルイーズは、心からそう思った。

 たった一人では、きっとこの悲しみに耐えられなかった。

 今まで、どれほど辛い時も乗り越えられたのは、いつも彼女が隣にいてくれたから。


 彼女と一緒に未来を変えるための対策を立て、無謀ともいえる行動に踏み切ることができた。

 サビーヌが「大丈夫」と言ってくれるなら、きっと大丈夫だ。

 そう信じることができた。


 ユメが見せた未来を、この手で変えてみせる。

 彼の運命を、絶対に守ってみせる。


 そう決意したそのとき、ふと、ルイーズはある“違和感”に気づいた。


「ここは?」


 見慣れない天井。白を基調とした清潔な室内。

 どう見ても、自分の部屋ではなかった。


「病院でございます。お嬢様はあの日、誘拐事件のあとから一週間も、ずっと意識を失っていたのです」

「一週間も!?」

「はい。目を覚まされなければどうしようかと、私は気が気ではありませんでした」


 サビーヌの表情に、不安の色が浮かんでいた。

 よく見ると、彼女の目の下にはくっきりとクマができている。

 どれほど心を砕き、眠れぬ夜を過ごしていたのかが見て取れた。


「ごめんなさい。そんなに心配をかけてしまって……」

「い、いえ。お目覚めになられて……本当に、よかった……です」


 言いながら、サビーヌは少し顔を背けた。

 その声音には、わずかに震えが混じっていた。


 ──ああ、本当に。わたくしは、たくさんの人に支えられている。


 ルイーズは、そっとサビーヌの手を握りしめた。


「旦那様とコーデリア様たちにご連絡をして参りますね」

「あ、サビーヌ。それは、ちょっと待って頂戴」


 ルイーズは枕元で立ち上がろうとするサビーヌを制した。


「お父様とお兄様への連絡は、明日にしてくれるかしら」

「承知いたしました。では、コーデリア様だけにご連絡して参りますね」


 ルイーズの意図を瞬時に汲み取ったサビーヌは、微笑を浮かべて一礼し、部屋を出ていった。


 父や兄、特にマティアスが来れば、病室が騒がしくなるのは目に見えている。今はまだ、静かにしていたかった。


 それから程なくして、サビーヌと共にコーデリアが姿を現した。どうやら別室で仮眠を取っていたようだ。


「お母様、ご心配をおかけして申し訳ありません」

「無事に帰ってきて、無事に目を覚ましてくれただけでもう、何も言うことはないわ」


 コーデリアはそう言うと、目にうっすらと涙を浮かべながら、ルイーズをしっかりと抱きしめた。目の下には濃いクマができている。


 サビーヌと交代で、ずっと付き添ってくれていたのだろう。


 ──本当に……お母様には迷惑ばかりかけてるわね。前世を思い出したときも、今回も。


 ルイーズは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


「あ、そういえばルイーズが眠っている間に、ソレンヌちゃんやエドちゃん、それからドナシアン殿下に留学生の方々までお見舞いに来てくださったのよ」

「見舞いの品も、他の方々からたくさん届いております」


 サビーヌが言葉を添えると、視線で示された先に、病室の半分を埋め尽くすかのような花束や箱、果物などの品々が目に入った。

 贈られてきた品々は、どうやら貴族関係者や学園関係者からのものらしい。

 その中には留学生の方々が置いていったというフルーツバスケットもあり、病室の床頭台の上に整然と並べられていた。


 ふと、バスケットの横に何かが置かれているのが目に留まった。


「これは?」


 手に取ってみると、それは菫色と青色のパワーストーンが交互に連なった、繊細なブレスレットだった。

 王都巡りの際、店先で長いことルイーズが見つめていたものだった。

 買おうかどうか悩みに悩んで、ようやく購入を決意した時にはすでに売り切れていた、あのブレスレット。

 目の前のそれは、まさにその時の品と寸分違わぬデザインだった。


「あの……これって、どなたかの忘れ物?」


 ブレスレットを手にしたまま、ルイーズはサビーヌとコーデリアに問いかける。最初に思い浮かんだのは、やはり母であるコーデリアの存在だった。


 自分と同じアクアマリンの髪に菫色の瞳を持つ人間など、他に思いつかなかった。


「さあ、誰のかしらね?」


 しかし、返ってきたコーデリアの言葉は意外なものだった。


 ということは、やはり母のものではない。とすれば、この病室を訪れた見舞客の誰かということになるが……。


「お嬢様、それは“落とし物”ではなく、“贈り物”ではございませんか?」


 サビーヌが穏やかに微笑みながら言った。


「身につけていたものを、わざわざ床頭台に置いていくとは考えにくいですし……。それに、菫色を持つのはお嬢様だけ。贈り主はお嬢様を思って贈ったものでしょう」

「贈り物……?で、でも、どなたが……?」

「誰かは分かりませんが、直接渡すのが恥ずかしかったのではありませんか?」

「あらあら、随分とシャイな子なのね。折角だから、ルイーズ、受け取ってあげなさいな。それと、そういう子はあまり詮索されるのを好まないわ。何気なく、腕にでも付けておけば、きっと喜ぶと思うわよ」


 母娘の言葉に、ルイーズの胸にふっと浮かんだのは、ジェルヴェールの姿だった。

 菫色と青、まさにルイーズとジェルヴェールの瞳の色。


 デジレも淡い青色の瞳を持っているが、王子という立場で婚約者でもない令嬢に贈り物をするとは考えにくい。


 そうなると、ジェルヴェールが最も可能性が高い。


 そういえばあの日、エドとレオポルドが戻ってきたとき、一時的にジェルヴェールの姿が見えなかった。あの時に購入したのだろうか。


 ──まさか、本当に、わたくしに贈るつもりで?


 自惚れてはいけない、と分かっていながらも、思考は都合の良い方向へと流れていく。


 ──嬉しい。


 もしこれがジェルヴェールからの贈り物だとしたら、それだけでこのブレスレットは宝物になる。

 ルイーズは静かに笑いながら、それを腕にそっと通した。


 二人の瞳の色を映したブレスレット。それを身につけているというだけで、胸が高鳴る。


 誰かに問い詰められても、「幸運のストレンジが付与されていたから」とか「自分の瞳の色と合っていたから」と、理由付けはできる。


 そんな小さな喜びに包まれながら、その日一日、ルイーズの頬は緩みっぱなしだった。

 そして珍しく、サビーヌもそのことには何も言わなかった。

既出の内容に追いつきましたので、次回からは新話となります。

また、毎日更新ではなくなりますので何卒ご了承頂けますと幸いです。

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