二八話 分散
研究所へと潜入する騎士団と留学生達。
サビーヌの報告によると、捕虜となっている者達は左の最奥にいるということで、西棟を目指して進軍を開始した。
研究所内からは、ストレンジを持つ者や重武装をして凶器を手にした者達が、彼らの前に立ちはだかる。
「フン、小童共が。手応えのない奴等ばかりじゃのう」
総帥が先導し、敵を次々に薙ぎ倒していくが、急にその動きが止まった。
「どうされましたか、総帥?」
「来るなっ!下がれ!!」
中央騎士団の団員が急に立ち止まった総帥に駆け寄ろうとするが、総帥はその進行を制止した。
次の瞬間──
ドゴォォォォン。
大きな音と共に、総帥の姿が消え、目の前に巨大な土壁が現れた。
「HAHAHAHAHAHA。流石、私のゴーちゃん三号だ。素晴らし~い威力・DA☆」
上空からの声が響き渡る。
全員が顔を上げると、そこに現れたのは、土壁と思われた物体が変形した、15メートルを超える巨大なゴーレムだった。
その肩には、金髪で長髪の男が立ち、前髪をかき上げながら夜風に髪を靡かせている。
「ん~っ、皆様初めまして。私はカミーユと申す者・DA☆。ナンバーはナイン(9)を授かる者・DA☆」
カミーユと名乗った男は、独特の口調で自己紹介を始める。
「と、いうわけで皆様には死んでもらうの・DA☆」
──どういう訳だよ!!
脈絡のない言葉に、騎士団達は内心で思った。
カミーユが次の攻撃を繰り出すべく、ゴーレムの反対の腕を振り上げた。
「や、やばいぞ」
「あんなもの一撃でも喰らったら終わりだ」
「デカすぎるだろ」
団員達は、何とか食い止めようと臨戦態勢に入るが、15メートルを超えるゴーレムとの戦闘は初めてで、及び腰になりかけていた。
その時、団員達の前に立ち塞がった影があった。
その影の正体はジェルヴェール、ロラン、セレスタン、ヴィヴィアン、デジレ、ピエール、ドナシアン、レオポルド、ポール、そしてサビーヌだった。
「私が腕の付け根を凍らせて、動きを一時的に止めますので、ロラン殿下はそこを狙って下さい」
「ああ。私の爆破威力では、せいぜい腕一本を吹き飛ばすくらいだろうな。だが、動きを鈍らせるくらいは出来るだろう」
「威力が爆散しないように結界でロラン殿下の補助を致します」
「三分、動きを止めていただければ傀儡の操作権を奪えるのですが……」
「俺のフェロモンはあの化物には通用しないだろうから、本体を狙うか」
「そうですね。ただ、まずは先方に降りてきていただかなければなりません」
「僕のストレンジでも、あの大きさのゴーレムを止めるのは難しそうだなぁ」
「ドナシアン殿下、御安心を。俺の風であの者を引き摺り下ろします」
「手応えありそうな奴が出てきたじゃねぇか。そのデカブツ粉々に砕いてやる」
「お嬢様救出の邪魔をする者は誰であろうと許しません」
十人は好戦的な目をして、臨戦態勢に入った。
レナルドとフェルナンは、突然の事に呆然とするしかなく、すぐに対応することができなかった。
十人が構えを取ったその時──
「待たんかッッ」
ビリビリと空気が揺れるような、大きな声が響いた。
そして、彼らの行く手を塞いでいたゴーレムの片腕にヒビが入ったかと思うと、次の瞬間、それは粉々に砕け散った。
「チッ、ジジィ生きていたか」
ポールが吐き捨てるように言った。
ゴーレムの大きな拳でできたクレーターの底に、まるで何事もなかったかのように立つ総帥の姿があった。怪我ひとつなく無傷でその場に立っていた。
「此処はワシにお任せ下さい。殿下達はルイーズ嬢たちの救出を最優先でお願いできますじゃろうか。ポール、お主も殿下達と共に行け!」
「し、しかしこれほどの力を持つ者相手に一人では厳しい──」
「ドナシアン殿下。爺様なら心配いりません」
ドナシアンがそう言おうとした瞬間、レオポルドに先を制された。
「ガワワワワワワ!ワシも見くびられたもんじゃ。殿下よ、心配は無用じゃ。こんな小童ワシ一人で十分じゃわい。それに、部下達は此処に残らせる故、安心して下され」
総帥は力強く言い放ち、その言葉を裏付けるように拳を固く握りしめた。
「oh……なんて悲しいこと・DA☆身の程知らずの爺さんを葬らなければならないとは。老いぼれをいたぶる趣味は私には無いというのに……な~んて、そんなわけねーだろ。自分の力量も分からない耄碌ジジイはさっさとくたばりやがるの・DA☆」
敵は破壊されたゴーレムの腕を修復しながら、逆の腕を総帥目掛けて繰り出してきた。
「力量が分かっておらんのはどっちじゃ、小童がァッッ!!」
総帥はその言葉と共に、突き出されたゴーレムの拳に自らの拳を叩きつけた。衝撃が走り、ゴーレムの動きが止まる。だが、それで終わりではなかった。総帥の拳がゴーレムの腕を一発で砕き、ゴーレムはその場で粉々に崩れ落ちた。
その一撃が放つ圧倒的な力に、周囲はしばらくその場に凍りついた。
「行くぞ。救出が先決だ。此処はジジィと部下に任せておけば大丈夫だろう」
殆どの者たちが総帥の力に唖然としていたが、ポールの言葉に我に返り、彼らは先を急いだ。
その後、研究所に向かう途中で、誰一人として敵の姿は現れなかった。そのおかげで、彼らは順調に進むことができた。緊張感を抱えつつも、足取りは確かで、無駄な時間を取らずに西棟へと向かっていく。
西棟に辿り着いたとき、そこは今までの場所とはまるで異なる雰囲気を漂わせていた。薄暗く、冷えた空気が立ち込めており、どこか不気味さを感じさせる。
不安を抱えつつも、彼らは躊躇うことなく中へと足を踏み入れた。仲間を助けるため、愛する者を救い出すために、心の中で決して揺らぐことのない信念を持って。
「何か聴こえる」
西棟の入口で、レナルドが少し警戒した様子で耳を澄ましながら言った。
「これは……歌、なのか?子供の声が聴こえる」
レナルドの言葉に全員が耳を澄ますが、声などは一切聞こえない。とりあえず、彼等は先を進むことにした。
二百メートル程歩いた頃、ついに全員の耳にもその子供の声が届いた。
でんでらりゅうば
でてくるばってん
でんでられんけん
でーてこんけん
こんこられんけん
こられられんけん
こーんこん
二人の少女が歌を口ずさみながら手遊びをしていた。
「ねぇねぇ、次はもっと速くしよーよ」
「待って、ユメ。おにーさんおねーさんのお出ましばい」
「あ、本当だ!やぁっと来た。来るの遅かーっ。ユメねユメね、君たちが来るのずぅっと待っとったとよお?」
ジャポンヌ国独特の着物を身にまとった、十歳ほどの少女たち。二人は瓜二つの顔立ちから、双子だろうと推測できた。
「ねぇねぇ、誰がユメと遊んでくれると?おにーさん?それともおねーさん?」
「ユメ、ダメだよ!敵の前ではちゃんと番号で言わんと!」
「あ、そーやった。忘れとったぁ、ゴメンね。ウツツ」
「あー、また名前!それも、ウツツの名前勝手に言ったあ!」
「それならウツツだってユメの名前、最初に呼んだたい」
「あ。そうやんね、ごめんね」
二人の噛み合っているような、噛み合っていないような会話に、ジェルヴェールたちは一瞬呆気に取られた。敵だと自称してはいるが、無邪気にじゃれ合う姿はどうにも緊張感に欠ける。
戦うには及ばない。そう判断した一同は、なるべく関わらずに済ませようと、気配を殺しながら少女たちの脇を通り過ぎようとした。
「ねぇ……わい達は勝手にどこ行きよっとや?」
「遊んでくれるってゆーけん、ずっと待っとったとに無視するとか酷かやん?」
無邪気な声音とは裏腹に、少女たちの身体からは、齢十歳とは到底思えぬ冷たい殺気がじわじわと滲み出す。空気が凍りつくような静寂が一瞬、廊下を支配した。
「「私達はNo.8。此処から先は通すなって言われとっけん、通っちゃダメー」」
二人は声をそろえてそう告げると、ぱっと両手を広げ、道を塞ぐように並び立った。無垢な笑顔のまま、まるでそれ自体が罠のように。
「ピエール。この子たち、どう思う?」
「手強いですね。かなり」
「やっぱりかぁ。じゃあ、ここには誰か残らないといけないよね」
「そうですね」
デジレの問いかけにピエールが即答すると、周囲に緊張が走る。
少女たちの放つ異質な気配は、ただの子どもでは済まされない。
放っておけば、後方を脅かされる可能性すらあった。
「デジレ王子、僕も残りましょう」
「ドナシアン殿下が残られるのならば、俺も」
「レオポルドはあっち。エド嬢を助けに行かなくちゃでしょ?」
「しかし──」
レオポルドが躊躇いを見せると、その隣から静かに声が上がった。
「ならば、俺が残ります。レオポルドさん、婚約者さんを助けに行ってください。ロラン殿下……お傍を離れることをお許しください」
名乗り出たのはセレスタン。いつになく真剣な面持ちだった。
「セレスタン、君が自分で決めたことなら、何も言わないよ。ただ、一つだけ約束だ。必ず私の元に、生きて帰って来ること。いいな」
「はい!」
ロランの言葉に、セレスタンは力強く頷いた。その一瞬の視線の交差に、信頼と覚悟が込められていた。
こうして、デジレたちの判断により、彼らは二手に分かれることとなった。
「仕方ねぇな。殿下たちに何かあったら大変だ。俺も残ろう。それに……ガキにしては、なかなかの力を持っていそうだしな」
ポールは唇の端を吊り上げ、獣のような笑みを浮かべる。その表情は、まるでこれから始まる戦いを心から楽しみにしているかのようだった。
中央騎士団副団長であるポールが残るのであれば、この場の防衛は任せて安心だ。救出組の面々も、自然と気持ちが引き締まるのを感じていた。
「嬢ちゃん達の遊び相手は、俺達がしてやるよ」
ポールが飄々とした調子で声をかけると、双子の少女たちはぱっと顔を輝かせた。
「本当に!?」
「やったあ、遊ぼう遊ぼう!」
その純粋ともとれる反応に、面々は思わず眉をひそめる。が、ポールはお構いなしに少女たちへと歩み寄った。
一見すれば、無邪気な子ども。だが、その内に秘めた力は本物だ。だからこそ、相手取るのはこの男で十分だと皆が感じていた。
ポールは腰をかがめて彼女たちと目線を合わせると、ふと振り返って声をかけた。
「あ、そうだ。レオポルド」
「はい」
ポールの呼びかけに、レオポルドが即座に応じる。
「念のため、これを持っていけ。マティアスが作った簡易結界装置だ」
そう言って、ポールはズボンのポケットから箱型の装置を取り出し、レオポルドに手渡した。出陣前、マティアスから直接受け取ったものだ。
「救助の際に役立つかもしれねぇ。それに、今回は使わなくても、いつか必ず必要になる時が来る。持っておけ」
「……わかりました、兄上。ありがとうございます」
レオポルドは真剣な表情で結界装置を受け取り、深く頭を下げた。
こうして、残る組と救出組に分かれた一行は、最後に静かに頷き合い、視線を交わした。
ジェルヴェール、ロラン、ヴィヴィアン、レオポルド、レナルド、フェルナン、サビーヌの七人は、迷いなく前方の扉へと駆け出していく。
「此処からお嬢様達が囚われている部屋まで、障壁はありません。一気に行けます」
サビーヌは人の気配を探りながら、確信を持ってそう告げた。
彼女の言葉通り、進路を阻むものは何もなかった。彼等は一直線に走り抜け、ついに、ソレンヌ達が囚われている部屋の前へと辿り着いた。




