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二六話 鎖された廃墟

 サビーヌは捜索範囲を広げ、ドビュッシーの三つ隣の町まで足を運んでいた。

 そんな中、マティアスからの連絡が入ると、即座にドビュッシーへと引き返した。


「熊のような大男がいるから、その方と合流するようにとマティアス様は仰いましたが……もしかして、あの方のことでしょうか」


 ドビュッシーの町は森に囲まれた静かな場所であり、町全体を見下ろせる小高い丘に、重厚な鎧とマントを纏った体躯の良い男が一人、仁王立ちしていた。


「確かあの御方は、ラクロワ家の嫡子にして、中央騎士団の副団長。それを熊のような大男呼ばわりとは……さすがはマティアス様ですね」


 遠目からでも分かるその圧倒的な存在感。

 こんな大物を「そっちに寄越したから合流して」の、たった一言で済ませるマティアスの胆力には、主の次兄ながら舌を巻く思いである。


 おいそれと、近付けるような御方ではないが、これ以上彼をいつまでも待たせるわけにもいかない。

 サビーヌは無音で駆け寄り、ポールの斜め後方に立った。全力疾走で駆けたというのに、額には汗一つない。

 そして、彼女がポールを見つけ、この地に到達するまでに要した時間は、わずか一分であった。


「……あんたか。マティアスが言っていた、ルイーズ嬢の侍女ってのは」


 振り返りもせず、ポールが問う。

 それにサビーヌは深々と頭を下げて応じた。


「左様にございます、ポール・ラクロワ様。お初にお目にかかります。ルイーズ様の侍女を務めております、サビーヌと申します」

「マティアスにも言ったが、俺に着いて来れねぇようなら置いて行く。足手まといになるようならさっさとカプレ家に送り返すからな」


 そこでようやく、ポールはサビーヌに一瞥をくれる。

 目線とともに、殺気に似た威圧が放たれる。中央騎士団副団長としての“圧”は、一般人なら立っていられないほどの重さだ。


「心得ております」


 しかし、サビーヌはその威圧を涼しい顔で受け止め、まったく表情を変えなかった。


「ほう……随分と肝の据わった侍女だな」


 ポールは顎に手を添え、興味深そうにサビーヌを見返したがサビーヌは応えず、ただ静かに頭を下げるのみだった。


「俺は森の中を探す。あんたは町を回れ。十五分後、ここに戻るぞ」

「畏まりました」


 普通の者ならば、十五分で町全体の捜索など到底不可能だ。

 だが、ポールも分かったうえでけしかけていた。森の中の捜索も、同様に時間がかかる。

 それでも、サビーヌは戸惑うことなく即答した。


 ──カプレ家はとうとう侍女まで規格外か……面白ぇ。


 ポールは愉しげに口角を上げ、二人は各自、捜索へと走り出した。


 十五分後──


 二人は、ぴたりと約束の時間に元の場所へと戻ってきた。


「森に異常はなかった。そっちは何か見つけたか」

「はい。北西の集落外れに、元は研究所と思われる廃墟がありました。ちょうどその建物に、黒ずくめの集団が入っていくのを目撃しました」


 ポールは目を見張る。


 北西。ここから最も遠い位置にある地点。

 馬車でも往復に一時間はかかる。だが、サビーヌは十五分で往復し、かつ町全体の捜索までやってのけたことになる。


「く、くくくっ……。本当に、カプレ家の連中は使用人までもが面白ぇ」


 ポールは愉快そうに笑いながらサビーヌを見下ろした。


「だが、今はお嬢様方の救出が先決だな。応援を待ってる暇はねぇ。マティアスに連絡したら、すぐ突入する。……あんたはどうする」

「勿論、同行させて頂きます。主を救い、護るのが私の務めですので」

「いいだろう!ならば、着いて来い!」


 マティアスに連絡を取り、廃墟の座標を報告すると、二人は一瞬にしてその場から姿を消した。

 その動きはもはや人間離れしており、通りすがる人々の目には何かが風のように過ぎ去ったと、そう感じるだけだった。

 それほどに、彼らの駆ける速さは異質であった。

 二人は風を裂いて廃墟へと向かう。


「こんな場所に、こんな建物があったとはな……。おい、あんた。本当に中に人がいるのか?」

「はい。ストレンジを持つ者が三十五名、持たない者が二十名ほど。左奥の部屋に二十人ほどが集まっており、そのうち五人が常に動き回っています。見張りと見て間違いないかと。ルイーズ様方も、恐らくその一室に囚われていると思われます」


 二人は廃墟へとたどり着いたが、周囲には見張りの姿どころか、人影すら見当たらなかった。

 ポールは気配を探ったが、建物内からも反応は無い。不審に思い、隣のサビーヌへ問いかけたが、彼女は間髪入れずに応じた。


「あんた、透視か何かか?」

「いえ。私のストレンジは熱視力です。この建物を発見した際、周囲の様子だけでも探ろうとしましたが、近づくことすら叶いませんでした。周囲一帯に、強力な結界が施されているようです」

「研究所一帯を覆う程の結界の持ち主か。面倒な相手だな。力技でぶち破ることもできるが……解除できる奴を呼んだ方が話は早いか」


 そう呟くと、ポールは耳に嵌めた通信機のボタンを押した。


「こちらポール。アイロス団長、マティアス、聞こえるか。今ルイーズ嬢らが囚われていると思われる廃墟に到着した。だが、建物周辺が結界で完全に覆われている。解除できる術者を寄越せるか?」

「ポールさん、申し訳ありません。先程レナルド殿下たちを総帥のもとへお送りしたばかりで、転送装置の再充填にあと二十分は必要です」

「おいおい、そんなに待てねぇぞ。ゲートやテレポートが使える奴はいないのか?」

「ドビュッシーまで直接行ける者は……申し訳ありません。グエナエル兄さんも今、避難させた住民たちの混乱収拾に追われていまして……」

「チッ。できれば潜入の体で結界を解除して中に入りたかったが……こうなりゃ仕方ねぇ。潜入がバレるが結界ぶっ壊していいな」

「こちらアイロスだ。総帥と殿下たちをそちらへ向かわせている。合流してからなら、突入を許可する」


 通信を終えると同時に、何もなかった空間が揺らぎ、ぽっかりとゲートが開かれた。

 最初に姿を現したのは、威厳をまとった老戦士の総帥。続いて次々とゲートが開き、レナルドや留学生たち、さらに中央騎士団・ストレンジ騎士団の精鋭がドビュッシーへと送り込まれた。


 ゲートの術者の能力上、この場所へ転送できる人数には限界があった。集まったのは、総帥と殿下たちに加え、中央騎士団とストレンジ騎士団からそれぞれ五名ずつ。限られた戦力での急襲となる。


「孫よ、待たせたのう。……それにしても、この場所が敵に発見されておったとはな。五十年前結界を張り、完全に封印したはずだったのじゃが……どうやら破られてしまったようじゃのう」

「なんだジジィ、この建物のこと知ってるのか」

「爺様と呼べ、馬鹿者ッ!」


 総帥は険しい表情で、廃墟をじっと見据えていた。

 その視線には、ただならぬ重みがあった。周囲もその雰囲気を感じ取り、自然と緊張が走る。

 だが、そんな空気をあっさりと打ち破る存在が、ひとり。

 中央騎士団副団長にして、総帥の孫。豪放磊落な男、ポール・ラクロワだった。

 総帥は呆れたようにポールの頭を拳骨で殴りつけた後、簡潔に建物の正体を語った。


「この建物は、もともとストレンジを持つ珍獣を収容し、実験・研究を行っていた施設じゃ。かつて、王都でも表立って語れぬ研究がここで進められておった」


 ストレンジ持ちの珍獣に関する研究は、国家間でもしばしば行われている。

 それなのに、なぜこの場所が五十年もの間、人目に触れず封印されていたのか。

 ドナシアンを含む留学生たちの間に、微かな疑念が芽生えていた。


「総帥。五十年前に一体、何があったのですか」


 ドナシアンが静かに問いかけた。


「人体実験じゃ。珍獣が持つストレンジを、一般人でも扱えるようにする実験が行われていた。それにより、多くの命が失われた」

「そんな非道なことが!?珍獣と人間の構造がまったく異なることは、数百年前から既知の事実のはずです!」

「それに、人体への負荷の掛かる研究はどこの国でも禁止されているはずではないのか!」


 総帥の言葉に、ロランとデジレが続けざまに声を上げる。

 かつて“八将”が存命だった時代、各国は幾つかの共通法を制定した。その中でも特に重く扱われていたのが、「人体への過剰な実験の全面禁止」である。


「王の目を盗んで行われていたのじゃよ。行方不明者が相次いだことで調査を進め、我々がこの場所に辿り着いた。中は凄惨を極めておった。人間と珍獣が、まるで同じもののように扱われておったからのう」


 総帥の声は静かだが、その奥にある憤怒は明確だった。

 当時、総帥らが研究施設の関係者を捕らえ、事実の隠蔽と再発防止のため、複数の結界師の手で施設そのものを覆い隠したはずだった。


「研究資料の大半は持ち出して焼却した。だが、すべてではなかった。そして今、この場所にペルシエ領の民たちが囚われているというのなら、単なる収容施設ではあるまい。救出を急ぐぞ」


 総帥の言葉に、一同の胸に不安がよぎる。何か、ただならぬものが潜んでいると。

 だが、それを振り払うかのように、総帥は強く言い切った。


「突入の準備は良いな!」


 頷きが波のように広がり、最後にポールが前へと歩み出る。


「ポール任せたぞ」

「おう。任された!」


 ポールのストレンジは【次元干渉】。異なる次元へと接触し、影響を及ぼす力。その性質ゆえ、空間や結界といった障壁に対して特に有効だった。


 彼は拳を握る。

 その右腕は、もとより常人の二倍はあるが、力を込めることでさらに膨張し、隆起した筋肉が不自然なほど盛り上がっていく。


 渾身の力を込めた右拳が、何もない空間を殴りつけた。


 バキッ……と空気に音が走り、見えない壁に無数のヒビが走る。枝分かれするようにヒビが拡がり、やがて──


 パリンッ。


 割れる音と共に、空気の膜が砕けた。

 同時に、けたたましいサイレンが廃墟となった研究所全体に鳴り響いた。


「行くぞ、お前たち!我らが姫君たちと民を、必ず救い出すのじゃッ!!」


 総帥の咆哮が大地を震わせる。

 その声に呼応するように、騎士たちは一斉に吠えた。


「「「おおぉぉおーーー!!!」」」


 鳴り響くサイレン音を突き破る咆哮と共に、中央騎士団とストレンジ騎士団の面々が、廃墟の中へと雪崩れ込む。


 目的はただ一つ。

 囚われた者たちの、そして仲間の救出。

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