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二五話 救援

 アイロスたちが大広間へと転移すると、そこには団員と何やら揉めているレナルドとフェルナンの姿があった。


「レナルド殿下。お帰りなさいませ」

「アイロスか!すぐに私たちを父上のもとへ送れ!」


 レナルドはアイロスの姿を認めると、わずかに安堵の表情を浮かべた後、開口一番に強い口調で命じた。

 王城の結界を管理しているのはアイロス本人であり、彼が許可すれば城内から王宮への転移が可能となる。だが、アイロスはその場から動こうとはしなかった。


「陛下はただいま御多忙です。お急ぎのようですが、ご用件をお聞かせいただけますか?」


 たとえ王子であっても、容易に陛下との謁見が許されるわけではない。

 本当に王へ直訴すべき緊急性のある事態なのかを見極めるため、アイロスはあえて用件を問い質した。


「一大事だ!すぐに父上に会わせろ!早くしなければ、ルベンとラシェルが危ないんだ!!」


 レナルドは気が動転しているのか、怒声に近い声で訴える。


「それは……どういうことでしょうか。しかし、その前に治療を受けていただかねば。お怪我をされています。医療班を呼びますので、その後でお話を──」

「どうもこうもない!いきなり知らない奴らに襲われたんだ!それに、悠長に治療などしている時間はない!今もルベンたちは戦っているんだぞ!!」

「レナルド殿下、まずは落ち着いてください」

「落ち着いてなどいられるか!一刻も早く動かなければ、ルベンもラシェルも、他の皆も……!」


 レナルドは完全に冷静さを失っていた。まるで、かつて癇癪を起こした際のルベンを彷彿とさせるその様子に、アイロスは沈黙のまま、彼の隣で身体を支えているフェルナンへと目を向けた。


「フェルナン。詳しく話せるな」


 アイロスの重みある声音に、フェルナンは静かに頷いた。

 その間に医療班が駆けつけ、レナルドとフェルナンの応急処置を行いながら、二人から事情を聞き取る。

 話によると、今日はルベン、レナルド、フェルナン、それに同じクラスの級友たちが、王都を見て回るのが初めてだというラシェルを連れて、王都巡りをしていたという。

 日も傾き、そろそろ帰ろうかという頃。突如、黒ずくめの男たちが五人現れ、ラシェルの引き渡しを要求してきた。

 彼女の無効化のストレンジを狙ったものだと即座に察した彼らは、それを拒否。結果、乱戦へと発展したのだという。


「私のストレンジは“超聴覚”。戦闘にはまるで向かない」

「僕のゲートで皆を逃がそうとしたんだけど……その時、今までとは比べものにならない力を持った敵の仲間が現れて、次々とクラスメイトを捕らえ始めたんだ」

「ラシェルだけでも逃がそうとした。でも、あいつは“ラシェルを逃せば、他の仲間を殺す”と……そう脅してきた」


 レナルドとフェルナンの声には、悔しさと怒り、そして無力さが滲んでいた。


「見つけました!王都東区六番街!いまだ交戦中。敵のストレンジ感知完了!」


 二人の話が終わらぬうちに、後方から鋭い声が上がる。

 情報支援班に属する感知能力者が、ラシェルたちの現在地を突き止めたのだった。


「救助に向かいます。ラファエルとアドルフを連れて行きます」

「お前たち、頼むぞ」

「よっしゃ!ラファエル、暴れるぞ!」

「アドルフさん、気が早い……」


 グエナエルは即座に人員を選出し、アイロスへ伝える。

 頷くアイロスに応じて、アドルフは拳を握りしめて気合を入れ、にやりと笑う。


「兄さん、アドルフさん、ラファエル。これ、通信機つけて行って」


 マティアスがポケットから取り出した通信機を三人に放る。

 彼らは手早く耳に装着し、準備を整えた。

 そして次の瞬間、グエナエル、アドルフ、ラファエルの三名は、転移の光と共にその場から姿を消す。


 レナルドとフェルナンは、その一連の動きにただ呆然とするしかなかった。

 ついさっきまで自分たちが必死に事情を説明していたかと思えば、何の前触れもなく救援部隊が編成され、出動していったのである。

 あまりの迅速さに、言葉も出ないまま見送るしかなかった。


「心配いらん。あの三人がいれば、ルベン殿下と級友たちも無事に戻って来るだろう」


 静かに断言するアイロスに、周囲の空気が少し和らいだように思えた。


「団長。ペルシエ公から通信です。陛下が、レナルド殿下たちに直々に話があるとのことです。お繋します」


 背後支援にまわっていた騎士が報告し、大広間に設置されていた魔導通信装置を操作した。

 次の瞬間、天井のホログラムに浮かび上がったのは王と宰相の姿だった。


「話は聞かせてもらった」

「……父上」


 レナルドの声が掠れる。彼の父、現王その人が静かに口を開いた。


「よく聞け、レナルド。お前たちが襲撃を受けるより先にソレンヌ嬢、ルイーズ嬢、エド嬢が攫われた。今回の襲撃者どもと同じ組織によるものと見ている」

「ソレンヌたちが!?」


 レナルドの瞳が見開かれ、顔色が変わる。


「お前の持つ“超聴覚”は、数キロ先の音すら拾える有用な能力。今、選べ。ルベンたちのもとに戻るか、それともソレンヌ嬢たちの捜索に加わるか」


 陛下の声は冷静で、情を一切感じさせなかった。


「しっかりと考え、慎重に答えよ」


 レナルドは拳を握り締めた。そして、僅かの沈黙の後、まっすぐにホログラムの王の目を見つめて答えた。


「私は、ルベンとラシェルの元に戻ります」


 重苦しい空気が広がる。ジョゼフとアイロスが静かに目を閉じ、王もまた眉一つ動かさず問いを重ねた。


「理由を聞こう」

「ソレンヌたちの元には、ルイーズとエドもいる。彼女たちは、私が言うのもなんですが、強いです。しかも既に救援も出ているのなら、私は今も危険に晒されているルベンとラシェルの元に戻るべきです。……ラシェルは、私たちが守らなければならないのです!」

「……そうか」


 王はジョゼフ、アイロス同様静かに目を伏せ、低く唸るように応じた。


「それより父上、私たちのほうにも増援を──!」


 言いかけたレナルドの言葉が終わる前に、ホログラムが消え去った。


「っ……!」


 通信が切れたその場で、レナルドは思わず舌打ちした。だが、彼はまだ気づいていなかった。この返答が、自らの進む未来を決定づける分岐点であったことに。


「なんだ、これは!?」


 先程まで、気付かれないようにレナルドを今にも射殺さんとする眼差しで睨み付けていたヘンリーが、水晶玉を覗き込んで叫んだ。その声に導かれるように、アイロスたちも彼の元に集まる。

 水晶に映っていたのは、ルベンたちの救援に向かったグエナエルたちの戦況だった。


「こいつまさか、複数のストレンジを使っている?」


 映像の中、一人の敵が常識外れの力を発揮していた。


「妹と同じで、パワーストーンを使っているのか?」

「いや、違う」


 感知能力者の一人が即座に否定する。


「私のストレンジ感知では、奴の持つ力は“念力系”で一括りにされますが……それでも複数の反応を確認しました。少なくとも、二つ以上のストレンジを使っているのは確実です」

「馬鹿な……通常の人間では、一つが限界のはずだ……!」


 アイロスは食い入るように映像を見つめ、拳を強く握った。


「他の奴らも、同様に複数のストレンジを?」

「いえ、確認できたのは今の男だけです。他の者達は一つのストレンジしか今のところ使ってませんね」


 ポールの問いにヘンリーが答えると、マティアスがすかさず通信機を取り出し、声を飛ばした。


「グエナエル兄さん!状況はどうですか!」


 だが、返答はない。


「チッ、通信妨害されてるのか」


 マティアスが舌打ちと共に通信機を睨みつけた。だが返答は依然としてなく、ただ雑音が耳に届くだけだった。


 刻一刻と戦況は悪化していく。

 ラファエルは避難誘導を続けていたが、敵の妨害を受けて何度も進路を変更せざるを得なかった。そのたびに戦闘を強いられ、一般市民やストレンジ学園の生徒たちは命懸けの逃避行を強いられている。


 学園の生徒たちも各々のストレンジを駆使して応戦していたが、戦闘経験の差は明白だった。敵は数こそ多くはないものの、一人ひとりの実力が群を抜いている。技も、動きも、まるで“狩る”ために最適化されたような冷酷さがあった。


 ルベンは足を負傷し、戦線離脱を余儀なくされていた。戦場の片隅で仲間に守られながら横たわるその姿は痛々しく、敵の容赦ない襲撃がどれだけ苛烈であるかを物語っていた。


 その最前線にいたのが、グエナエルとアドルフだった。

 グエナエルの瞬間移動能力を駆使し、アドルフと共に息の合った連携で敵の背後や死角へと現れては攻撃を仕掛ける。だが——


「くっ……全部防がれてるだと……!」


 その全てを、敵はまるで予測していたかのように捌いていた。まるで彼らの動きが先読みされているような錯覚すら覚える。

 そして、誰も気づいていなかった。敵は五人。しかし、交戦中なのは四人。

 つまり、もう一人が、ラシェルに忍び寄っていたのだ。


 「不味い!一人、土の中に潜ってます!」


 感知能力を持つストレンジ騎士団の団員が顔を強張らせて叫んだ。しかし、その警告は一瞬遅かった。

 突如として地面を突き破り、土塊と共に現れた黒ずくめの男が、ラシェルの背後から襲いかかる。気づいた時にはもう遅く、彼女は強引に拘束されていた。


 そこから敵の動きはまさに電光石火だった。

 ラシェルに気を取られたグエナエルとアドルフ。その一瞬の隙を逃さず、強敵の男が反撃。二人の間をすり抜けるようにしてラシェルを拘束した男のもとへ跳躍すると、瞬間移動で眩い光と共に、二人の姿はその場から忽然と消えた。


「敵の追跡は」


 アイロスが鋭く声を飛ばす。


「今……範囲を広げて捜索中です……っ」


 応えた感知能力者の団員の額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいた。


「……頼む。見つけてくれ」


 アイロスの低く重い声に、団員はわずかに微笑み、青ざめた顔のまま無言で頷いた。今にも倒れそうなほど消耗していたが、それでも懸命に感覚を広げていく。

 やがて、震えるような声が漏れる。


「……見つけました……。ペルシエ領にある……ドビュッシーという町……。詳しい場所までは……すみ、ません……」

「ここまで分かれば十分だ。無理をさせたな。ゆっくり休め。ここから先は私たちが引き継ぐ」


 アイロスは穏やかに言い、塔の中に控えていた他の団員たちに目配せを送る。すぐに数人が駆け寄り、疲弊した団員を慎重に抱え上げて医療施設へと運んでいった。

 その背中を見送る間もなく、アイロスは即座に次の指示を飛ばす。


「マティアス、総帥たちへ状況を報告しろ」

「了解」

「ヘンリーはグエナエルたちが戻るまで、そのまま周辺の様子を監視してくれ」

「任せてくれ」

「ポール、先にひとりで向かえるか?」


 名を呼ばれた青年が口の端を吊り上げる。


「誰に言ってるんですか。ようやく俺の出番ですよ。上等だ」


 ラクロワ家の長男、ポール・ラクロワ。彼の目に宿る光はまさに猛獣のようで、圧倒的な殺気と闘志に場の空気が張り詰めた。


「あ、ポールさん、待って。町に着いたら、ルイーズの侍女を一緒に送ります」


 その緊迫感を打ち破ったのは、マティアスの軽い口調だった。


「は?おいおい、侍女って……お前、本気か?」


 眉をひそめたポールに対し、マティアスは機械を弄りながらあっさりと返す。


「本気ですよ。彼女、普通に強いんで。ストレンジなしの物理火力なら、オーギュスト様並みの強さっすよ」


 オーギュストとはポールの父であり、北方軍団長を務める最強の武人。その名を出されて、ポールも目を細めた。


「ほう、父上と同格か。そりゃ気になるな」

「それに、彼女は貴方の役に立つ。しかも、ルイーズの護衛として側に仕える侍女ですよ。興味湧きません?」

「……確かに、それは唆られるな。分かった。同行は認めよう。ただし、足手まといになるようなら、即座に送り返すぞ」

「どうぞご自由に。それと、これ持って行ってください」


 興味津々な顔を向けるポールに対し、マティアスは淡々とした調子で返しながら、弄り終えたばかりの小さな正方形の箱を差し出した。


「これは何だ?」

「結界装置です。内部に結界用のパワーストーンを組み込んであります。ラファエルが土を操って防御壁を作っていたのを見て、必要だと思って急いで作りました」


 何でもないことのように語るマティアスだが、この装置を作り始めてからまだ十分も経っていない。

 その手際の良さと発想力に、周囲で見守っていたストレンジ騎士団の団員たちは「普段からこれだけ動いてくれたら…」と、心の中で揃ってため息をついていたという。


「おう、ありがとな。これでルイーズ嬢たちを結界に閉じ込めておけば、俺は思う存分暴れられるってわけか」

「暴れるのは構いませんけど、ルイーズに傷一つでもつけたら、ただじゃ済ましませんから」

「わっはっは!安心しろ、この俺が行くんだ。心配無用だ!」


 ポールは豪快に笑い飛ばし、気負いのない態度で答える。


「……貴方、段々お爺さんに似てきてますね。疲れる……」


 ため息をつくマティアスの様子に、周囲の団員たちは思わず苦笑する。豪放磊落な気質はラクロワ家の血筋。中でも、祖父の総帥譲りなのだろう。

 ポールはマティアスの言葉を軽く受け流すと、アイロスの指示に従って転送装置へと向かい、一足先にドビュッシーの町へ飛び立った。


「アイロス、私たちも町に向かう。転送装置を使わせてくれ」


 苛立ちを隠さず、レナルドが声を上げる。


「殿下たちは、転送装置の充填が完了次第、総帥たちの元へ向かっていただきます。その後、彼らと共にドビュッシーへ」

「そんな悠長なことをしている暇はない!今すぐラシェルを助けに行かねば、手遅れになるかもしれないんだぞ!」


 レナルドが憤る中、アイロスは冷静に返した。


「殿下に万が一があっては、より深刻な問題になります。すでにポールが現地に向かっています。彼の報告を待たずして、敵地に殿下を送り込むことはできません」

「……もういい!フェルナン、行くぞ!」


 我慢の限界を超えたレナルドは、側にいたフェルナンを連れてゲートを使おうとした。だが──


「無理ですよ、殿下」


 アイロスが静かに制する。


「今のフェルナンにはドビュッシーまで向かうだけの力が残っていません。中継を挟んだとしても、到着前に力尽きてしまうでしょう」


 アイロスは、息子であるフェルナンの限界を誰よりも理解していた。

 フェルナン自身もそれを悟っていたため、反論の言葉は出てこなかった。


「ですが、総帥たちと合流すれば問題ありません。ストレンジ騎士団に所属する優秀なゲート使いのほとんどを、すでに彼らに随伴させています」


 その言葉に、ようやくレナルドも頷く。

 こうしてレナルドとフェルナンは、転送装置の充填が完了するのを待ち、総帥および留学生たちが待つペルシエ領へと送り出された。

残り十話弱で既出内容は終了します。来月から新話を執筆していくにあたり、毎日更新が難しくなります。

隔週ないし最低でも月一更新できるように頑張ります。

いつも拙作をお読みいただき心より感謝申し上げます。

また、いいねやブクマ等励みになっております。今度こそ完走目指して頑張りますので、今後ともストワをよろしくお願いいたしますm(_ _"m)

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