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二四話 レナルドの帰還

 此処へ来て、どれほどの時間が経ったのだろうか。

 視覚、聴覚を奪われた身体では、体感時間すら曖昧になっていく────


 ルイーズは、黒ずくめの集団に連れられてゲートを潜ると、そこは薄暗い建物の内部だった。重苦しい空気と鉄の匂いが鼻を突く。


「二人に危害を加えられたくなければ、黙って着いて来い」


 声に促されて背後を振り返ると、ソレンヌとエドが意識を失ったまま担がれているのが目に入った。

 そして、二人の首元にはご丁寧にも鋭利な刃物があてられている。

 そんなに脅さなくとも、ストレンジが使えない今、まともに抵抗する術はない。体術だけでストレンジが使える相手に敵うはずもなく、彼らに従う以外の選択肢は残されていなかった。


「言う通りにするわ。二人に危害が加えられない限りはね」


 ルイーズは前方を歩く二人の男を睨みつける。その視線に含まれた意味を、彼らは正確に読み取ったようだった。


「その二人は丁重に扱え。大事な人質だ」


 その一言で、ソレンヌとエドの首にあてられていた刃が引かれる。

 ルイーズはわずかに安堵しながら、男たちの後を歩き出した。

 途中、ソレンヌとエドは別の部屋へと連れて行かれたが、先導していた男が「手を出すな」と命じていた。下っ端の者たちが勝手に手を出す心配は、少なくとも今はないだろう。


「……入れ」


 やがて辿り着いたのは、重厚な造りの扉の前だった。金属音が重々しく響き、扉が開く。

 中に入ると、薄明かりの差し込む鉄格子の窓と、広すぎる空間にぽつんと一脚、椅子が置かれていた。


「そこの椅子に座ってください」


 促したのは、かつて孤児院で対峙した男だった。

 ルイーズは一歩近づき、椅子をじっと見つめる。一見、普通の椅子だが、警戒は怠れない。


「何の仕掛けもない、ただの椅子です。安心してください」


 彼女の疑念を読んだように、男が静かに告げた。

 ルイーズはしばし沈黙したのち、黙って椅子に腰を下ろす。しかしすぐさま、太い鎖で椅子に縛りつけられた。


 ──縄じゃなくて鎖……子女に対する扱いじゃないわ


 内心で憤るルイーズに、男が笑みを浮かべる。


「ルイーズ嬢には、これくらいしないと逃げられそうですからね」


 先回りされた返答に、舌打ちしたくなる衝動を抑える。

 ルイーズは口を開いた。


「わたくし達をどうするつもり?あなた達は一体、何を企んでいるの?」

「教える義理はない。だがまあ、安心しな。あんたと、あとの二人には利用価値がある。だから生かしてやるよ」

「その言い方だと、助かるのはわたくし達三人だけに聞こえるんだけど」

「そう言ったのさ。街の連中はおまけ。お前たちをおびき出すための道具にすぎない」


 男の口調は、まるで人の命を数に数えていないような冷たさだった。


「なっ……!それじゃあ、街の人々はどうなるの!?」


 ルイーズの声に、男はわざとらしく顎に手をやる。


「そうだなぁ。ガキ共はまだ使い道がある。だから、それ以外なら返してやってもいいが……」


 言い終える前に、男は一度言葉を切って、フードの奥でニヤリと笑った。


「それ以外の連中は……埋めるか」


 凍りつくような宣告。思わずルイーズは眉をひそめる。


「領民達の心の隙間を?」

「ポジティブだなっ!?」

「ぶふっ……」


 ルイーズのボケに思わず男が突っ込む。もう一人の男が吹き出した。


「土に還すって言ってんだよ!」


 男の意図は分かっていた。けれど、あまりに悪趣味だ。

 まったく、冗談の通じない連中である。


「そんなことをすれば、上が黙ってないわよ」

「そんなこと、百も承知さ。だが、本当は気づいてるんだろ?」


 男が一歩、ルイーズへ近づき、椅子越しに覗き込む。


「上層部に裏切り者がいるってことにな」


 その言葉に、ルイーズは下唇を噛みしめた。


 こんな大規模な事件を、上が知らないはずがない。

 それを隠蔽できる力を持った者が関わっている。

 それは、あの日襲撃を受けた瞬間から、うすうす感じていたことだった。


「あなたたちは何者なの?なぜ、あなたたちの存在が感知されないの」


 ──ストレンジ騎士団に裏切り者がいる。それは間違いない。


 騎士団の所属者、教員、政府関係者を含む公職に携わる者は、徹底した身元調査を受け、ストレンジ騎士団によって認可された者のみが任に就く。

 さらに、全員が騎士団での登録を義務付けられており、始祖神の一件以降は、定期的に”情報読取型”のストレンジ能力者による問診が行われている。つまり通常であれば、裏切りなど起こるはずがないのだ。


「聞いても、都合よく答えが返ってくるとは思わないことだな」


 眼前の男の冷ややかな声が、広い部屋に反響する。


「サンエン」


 男が短く命じると、天井から三つの影が静かに降り立った。


「猿ども、この女の視覚、聴覚、そして声を奪え」

「「是」」


 だが、一人は男の指示を受けると目を見開き、口元を凝視していた。もう一人は目を瞑ったまま動かず、二人は「是」と声に出して応じたが、最後の一人は頷くだけだった。

 サンエンと呼ばれた男たちがルイーズの周囲に音もなく立ち、無言で手を翳す。


「──何をっ」


 唇が動いたその瞬間、声が出ないことに気づく。はくはくと形だけが残り、音はない。

 次の瞬間、視界が暗転した。目を瞑ったわけではない。だが、目の前に広がるのは闇だけ。


「お前は依代だ。準備が整うまでは、大人しくしていてもらう」


 その言葉を最後に聴覚までもが、闇に閉ざされた。


 ──……は……まだ……か。


 視覚と聴覚を奪われながらも、微かな気配は感じ取れる。

 そして、遠く、雑音混じりに誰かの声が耳奥に届いた。完全に聴覚が消えたわけではないようだ。


「──無効化……守られ……」


 ──無効化?もしかして、ヒロインであるラシェル嬢のことかしら?


 耳の中に膜が張られたような感覚で、音がはっきりと聞こえない。

 それでも、ぼんやりと聞こえた言葉から、ソレンヌと同じように彼女も狙われているのだろうと察した。無効化能力を持つのは、現時点ではラシェルだけだ。

 部屋にあった複数の気配が遠ざかり、扉の先へと消えていった。ルイーズは一人、部屋に残された。


「依代は手に入れた。だが、無効化の娘も確保せよと、あのお方から直々に命が下った」

「ですが、第二・第三王子、ストレンジ騎士団団長のご子息……その他のストレンジ保持者たちが彼女を護衛しており、近づくことすら困難とのことです」

「私が行きましょう」

「いいのか、ヒロノブ」


 報告を受けていた男が、隣に控える人物へと目を向けた。


「ええ。ルイーズ嬢でさえ気付けなかったこの顔ならば私の存在に気付く者はいないでしょう」

「そうか。ならば、早急に無効化の娘を連れて来い」

「承知」


 ヒロノブは静かに頭を下げ、報告役の配下と共に瞬間移動でその場を後にした。


 #


「来たか」

「招集された者は全員集まりました」


 ジェルヴェール達が出立してから一時間程が経過した。ストレンジ騎士団が所有する塔の中、アイロスによって呼び集められた者達が、研究所のとある一室に集結していた。


「お前達を呼んだ理由は既に知っているな」

「ええ、存じております」

「カプレ家、ペルシエ家、ミュレーズ家の者にとっては、身内が攫われたとあって直ぐにでも助けに行きたいだろうが、今回は別の者達に救出を任せたい」

「アイロス団長、一つ宜しいでしょうか」

「何だ。ヘンリー・ペルシエ」


 今回、研究所に集められたのは、二十歳前後の男達、計十人。ストレンジ騎士団団長であるアイロスに認められた者達で、国内でも強力な力を持つ者ばかりだ。

 カプレ家からはグエナエル、マティアス、ラファエルの三兄弟。ペルシエ家からは長男ヘンリー・ペルシエ。ミュレーズ家からは次男アドルフ・ミュレーズ。ラクロワ家からは長男ポール・ラクロワ。他にも、ダルシアク国内で名の知れた強力な能力者が集められていた。内二人はストレンジ騎士団に所属する庶民出の者だ。


「失礼ながら、その者達は本当に信用足る人物でしょうか」

「それは、君達より強いのかという質問で良いのかな?」


 ヘンリーの言葉の意図を読み取ったアイロスが、率直に尋ねる。


「俺も待機なんて納得がいかない。妹を誘拐されているんだ。勿論、俺達より強い奴が救出に向かってるんだろうな」

「アドルフ、口の利き方を改めろ」

「分かってる」


 彼らはルイーズ達の救出の後方支援として呼ばれたのだが、戦闘狂の気を持つアドルフはその待遇に納得がいかない様子だ。言葉を選ぶことなく、直球でアイロスに尋ねる。グエナエルが注意を促すが、アイロスは片手を挙げて制した。


「君達がここに来る前に同じことを聞かれたよな?なぁ、マティアス?」


 愉しそうな笑みを浮かべたアイロスが、マティアスを見やる。マティアスは、同い年で幼馴染のヘンリーと共にソファに深く腰掛けて、ぶっすりとむくれていた。


「マティアス。君は彼らに会ってどう感じた?」


 マティアスが妹のルイーズを引くほどに溺愛していることは、ここにいる全員が知っている。何かあれば、真っ先に周りの制止を聞かずにルイーズ救出に向かいそうなものだが、今回は救出を他の者に任せ、後方支援に回っていることに、周囲は驚いていた。


「彼らのストレンジの力なら問題ないかと。それに、今はまだ俺たちよりも劣っているけど、潜在能力を引き出せれば、五域でも上部に食い込む力を秘めていると思いますよ」

「お前がべた褒めとは珍しいな」


 グエナエルより一つ年上のポールが、驚いた様子でマティアスの頭を撫でながら言う。その手を払いつつ、マティアスは機嫌悪そうに言葉を続けた。


「別に褒めてるわけじゃない。潜在能力だけなら俺たちよりも上ってだけです。経験値や頭の回転なら、俺たちの方が断っっっ然勝ってます」

「ほう。だが、お前程の男が認めたのだろう?お前は危ない賭けには出ない。それに、ルイーズ嬢に危険が迫っているとなれば、なおさらだ」

「貴方の爺さんがついてるから今回は後方支援に回っただけです。それに、先程も言った通り、能力だけならうちのルイーズにも引けを取らない連中です」


 マティアスの言葉に、ストレンジ騎士団に所属する者達以外が驚いた。ここにいる十人は、国内でも指折りのストレンジ使いばかりだ。そのため、ルイーズが異常な能力の持ち主であることは皆よく知っている。

 一般的なストレンジ使いと比較すれば、四域程度の能力で川の水を自在に操ることができる程だ。一方で、ルイーズは海を操るほどの力を持つ。そのため、ルイーズが異常な能力者であることは疑いようがない。


「だが、彼らはまだ実践が足りない。そのため、俺たちが必要なんだ。ポールさんやアドルフさん、他の数名は戦闘に特化したストレンジ使いだから、もし向こうが危なくなったら、すぐに現場に向かってもらいます」

「それまでは、私たちのストレンジを存分に活用できるわけだな?」

「ああ。ヘンリー、お前の千里眼と、俺が作った通信機で、救出に向かっている連中に指示を出す」


 ここに集められた者たちは後方支援に特化した者たちと、前線で活躍する者たちに分かれている。後方支援にはストレンジ感知能力を持つ者もいる。

 彼の目の前にはダルシアク国全土の地図が広げられ、範囲を絞って捜索を行うことで、どこで、どんなストレンジが使われているかを察知することができる。


 ルイーズ、ソレンヌ、エドのストレンジが使われれば、彼にはそれがすぐにわかり、居場所もすぐに割り出せるだろう。だが、その捜索が難航しているということは、三人がストレンジを使えない状態か、捜索範囲外にいるのだろう。時間がかかりそうだが、居場所がわかり次第、すぐに救出チームに合流し、援護に向かう予定だ。

 もし場所が突き止められれば、グエナエルの転移能力で現場に直接赴くことができる。

 現場を確認した後、ストレンジ騎士団の拠点に戻り、結界や呪術を解除できる者を送り込む。戦闘力に特化したポールやアドルフなども、迅速に駆けつけることができる。そのように、計画は着々と進んでいた。

 だが、突如として、アイロスに呼びかけが来た。


「失礼します!アイロス団長、レナルド殿下及びご子息がゲートを使ってこちらにご帰還されました。至急、大広間にお越しください」


 その言葉に、部屋の中の者たちは驚きを隠せなかった。今の時刻は大分日が傾き、月が顔を覗かせ始めた時間帯である。王族であるレナルドがこんな時間に外を歩いていたこと自体、異常だが、ゲートを使って帰還するということが何よりも不可解だった。


「グエナエル、大広間への転移を頼めるか?」

「団長、待ってください。俺たちも同行しても構いませんか?」

「こんな時間帯に殿下がお戻りになるのも気になるが、何よりも、恐らくお忍びで外出されたのであろうはずなのに、ゲートを使って戻られたということが一番気になる」

「ソレンヌが大変な時に自分達は遊んでいてこんな時間にお戻りとは」


 アイロスの指示を仰いだグエナエルに、マティアスは同行を希望し、ポールは王子の行動に疑念を抱いていた。ヘンリーは、自分の妹を軽視するレナルドに対して、当然のように不満を口にした。


「良いだろう。しかし、君たちには話を聞くだけだという約束を守れるならば、同行を許可する」


 血気盛んな者たちが多いため、王族であろうとも不敬な行動をとりかねない。しかし、アイロスもまた、ポールと同じく王子たちの不可解な行動に強い疑念を抱いていた。そのため、同行を許可したものの、条件を設けた。

 渋々ながらも、その条件を呑んだ彼らはグエナエルの転移で大広間へと移動した。

 大広間に到着すると、そこにはかすり傷を負ったアイロスの息子と、レナルドの姿があった。

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