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二二話 ストレンジ狩り

「さて、洗いざらい話していただきましょうか」


 ルイーズは捕らえた賊の一団を縛り上げ、そのリーダー格の男に冷ややかな視線を送った。


「ストレンジ狩りはあなたたちの仕業?」


 ソレンヌの話では、子どもから大人まで、ストレンジ持ちと知れた者たちや街の警備に就いていた衛兵までもが、次々と姿を消しているという。


「知らねぇな。知ってたとしても誰が言うかよ」


 男は吐き捨てるように言った。その態度に、ルイーズは表情ひとつ変えず名を呼ぶ。


「エド」

「おっけー」


 ゴンッ!


 言葉より先に響いたのは重く鈍い音だった。

 エドが返事の直後、躊躇なく隣の賊の一人に掴みかかり、勢いよく頭突きを叩き込んだのだ。

 身体強化を施している彼女は無傷だったが、頭突きを受けた男は一撃で沈み、額には見るも痛ましいたんこぶが浮かんでいた。


「ひっ……!」


 残った賊たちはその光景に目を見開き、リーダー格の男は明らかに動揺している。


「ああなりたくなければ──」


 言葉を途中で切ったルイーズは、手を掲げて空中にいくつもの水球を作り出した。

 水球の中で、冷たい水が小さく脈打ち始める。何かがその中に潜んでいる気配がした。

 だが、次の瞬間──


「素晴らしい。よくもまぁ、私の攻撃を止めてくださいましたね」


 パチパチと、皮肉げな拍手の音が場を裂いた。

 フードを目深に被った黒ずくめの人物が、闇の中から姿を現した。

 ルイーズの水球の中には、無数の短剣が捉えられていた。


「誰です?攻撃するにしては、随分と見当違いな方向に撃たれたようだけど?」


 ルイーズが鋭く問いかける。短剣は、彼女たちではなく、縛り上げられた賊たちに向けられていたのだ。


「いえいえ、狙いは正確でしたよ。役立たずのゴミは、処分しなければなりませんからね」

「お、お前は……!」


 リーダー格の男が声を上げた瞬間、黒ずくめの男はクスクスと笑い出す。だがその笑いは、突然ぴたりと止まった。


「頼んだ依頼すら満足に遂行できないとは。まったく、幻滅です」


 その声は先ほどまでとは打って変わって、冷え冷えとした無機質な響きを帯びていた。


「あなたが、ストレンジ狩りの主犯格なのですか?」


 ソレンヌが鋭い眼差しで男を睨みつけ、問いただす。


「主犯……とは言えませんが、ストレンジ持ちを集めているのは確かですよ」

「何のために!?彼らをどこへ連れて行ったのですか!」

「どこって……目の前にいるじゃありませんか」

「え?」


 ソレンヌは思わず目を見開いた。

 そして縛り上げられている賊たちに目を移す。ストレンジを封じる特殊な縄で拘束されている者たちを、じっと見つめた。


「嘘ですわ!」


 ソレンヌが即座に否定の声を上げる。


「どうして、そう言い切れるんですか?」


 男が冷静に問い返す。声音に揶揄うような色が混じっていた。


「だって……この中に、失踪した人間は一人もいませんもの!」

「ほう。つまり貴女は、顔が変えられている可能性を最初から除外していたわけですね」

「捕まえた賊たちの中に、顔を変えられるストレンジを持つ者なんていなかったはずですわ!」


 言い切るように、けれどわずかな動揺を含んだ声でソレンヌは反論する。

 だが男は、それを楽しむかのように、わずかに口元を緩めた。


「他人の顔を変える者が“こちら側”にいたとしたら?」

「なっ……!」


 黒ずくめの男の言葉に、ソレンヌの顔色が見る見るうちに蒼白へと変わっていく。


 ストレンジには無数の種類がある。火や水、風、土といった四大元素に限らず、防御、治癒、幻術、記憶操作など、その範囲は多岐にわたる。中には、日常生活でしか役に立たないような、珍妙で一般的に知られていないものすら存在する。


 もし、彼の言葉が事実であるなら、この場にいる賊の一団はもともとは街に暮らしていた平民や、失踪した警備兵たちであった可能性があるのだ。


「そこの君。コードネームではなく、本名を名乗りなさい」


 黒ずくめの男に名指しされた一人の人物が、俯きがちに口を開いた。


「……セ、セルジュ・カミーユです」


 その名を聞いた瞬間、ソレンヌの双眸が大きく見開かれる。震える唇、わずかに後退する足。

 どうやら、彼は間違いなく、行方不明になっていた人物の一人らしい。


「どうやら、これで信じていただけたようですね」


 男はゆっくりと肩をすくめ、薄ら笑いを浮かべた。


「……目的は何ですの」


 ソレンヌの問いに、男はあっさりと答える。


「そこの男も言いましたが、あなた方が目的です。特に、ソレンヌ嬢。あなたをおびき寄せるための手段がストレンジ狩りだったというだけの話です」

「何故、わたくし達を狙うのですか」


 ルイーズが一歩前へ出る。だが、それ以上の返答はなかった。

 男の口元から笑みが消え、その代わりに、空気が張り詰めるような圧が周囲を包み込む。殺気だ。


「ソレンヌ、エド。至急、ここから離れて頂戴」


 ルイーズは二人にだけ聞こえるよう、小声で指示を出した。


「さて、少々喋り過ぎてしまいましたね。まあ、あなた方を捕らえれば結果は同じこと。……一応訊きますが、大人しく従ってくれますか?」

「いいえ。逆に、あなたを捕らえてその後ろにいる黒幕を吐かせてもらいますわ」

「……ふ、ふふ……ふははははっ。これは傑作だ。面白い冗談ですね!」


 男から発せられる殺気が、さらに膨張する。

 それは、肌に突き刺さるような圧。針のように神経を刺し、冷や汗が背を伝う。エドは即座に臨戦態勢を取ったが、初めて向けられる本気の殺気に、ソレンヌは言葉を失い、身体を強張らせていた。


 男は、人を“道具”としか見ていない者の手口で、賊だと思われていた者たちを殺そうとした。ためらいも情も無い。それは、殺しに慣れた人間。いや、殺人鬼のそれだ。

 こんな男を、まだ経験の浅いソレンヌや、血気盛んなエドに任せるわけにはいかない。そう判断したルイーズは、静かに言葉を紡いだ。


「ソレンヌ。捕虜たちを一箇所に集めて、エドと共に孤児院へ戻りなさい。子供たちとシスターたちを連れて、瞬間移動で街の外へ脱出するの。……それまで、わたくしが時間を稼ぐわ」

「私も戦う!」

「エド。ソレンヌを、お願いね」


 エドが案の定食ってかかろうとするのを、ルイーズは静かながらも強い口調で制する。

 その視線に、エドはふとソレンヌへ目を向けた。小刻みに震える彼女の体。それが、彼を現実に引き戻す。

 悔しげに唇を噛みながらも、エドは頷いた。


「話は済んだか」


 男が静かに問う。声に焦りはなく、むしろ余裕すら感じさせた。


「あら、話が終わるまで待っていてくださるなんて、お優しいのね」


 ルイーズは軽やかに微笑み返した。だが、内心は鋭く警戒していた。

 男はルイーズの挑発に一切動じず、無言で身構える。

 ルイーズは、敵が放った短剣を封じ込めた水球の一つを手元に引き寄せる。水の膜を裂いて中から短剣を取り出すと、それをしっかりと握り締めた。

 鋭い視線を交わし、両者は静かに対峙する。空気が張り詰め、刹那、時が止まったかのようだった。


 先手必勝。動いたのはルイーズだった。


 一気に距離を詰めて振るわれた鋭い斬撃。男はそれを短剣で受け止め、火花が散る。そしてその直後、四方から拳大の石がルイーズを包囲するように飛来した。

 水を纏った一閃が、男の目前に迫る。だが男は即座に短剣でそれを受け止めた。鋭い金属音が響くと同時に、四方から拳大の石がルイーズに向けて飛来する。

 反射的に後方へ跳び、ルイーズはその全てを躱し、石は虚しく地面に落ちた。


 ──念動力……!それも、かなりの使い手ですわね。


 空中で水球の中に収めていた短剣が、男の意志に応じてゆっくりと回転を始める。それは、いつでも飛び出してくるという無言の威圧でもあった。


「貴方……一体、何者ですの?」


 問いかける声には鋭い探る色があった。

 これほどの念動力を操る者であれば、ただの賊ではない。貴族か、それに準ずる立場であるはずだ。


「さすが、ルイーズ嬢。規格外の強さだ。これだけでは倒せませんね」


 男の口調は冷静かつ、どこか楽しげだった。まるで彼女の力を知っているかのように。

 その言葉にルイーズの眉がわずかに動いた。


 ──わたくしの力を知っている……?


 念動力はよく見られるストレンジではあるが、ここまで高水準の使い手は限られている。ルイーズが知る限り、その域に達しているのは、ラファエルと騎士団の数名程度だ。


「しかし、念動力でわたくしの動きを止められないのならラファエル兄様程の使い手ではないわっ!」

「私が、念動力“だけ”しか使えないと、いつ言いました?」

「なにっ!?」


 なおも飛来する石を、水の壁を展開して防ぐ。バチンと跳ねる音とともに水面が激しく揺れた。直後、ルイーズは地を蹴って前へと踏み込み、男に向かって一閃を繰り出す。

 だがその瞬間、突如として熱風が彼女を襲った。


「くっ――!」


 両腕を交差させ、水の防壁を強化する。だが、耳元でジュッ……という嫌な音がした。

 熱風ではない。──これは炎だ。


「どういうこと……ソレンヌと同じストレンジだとでもいうの……」


 ルイーズの動きが、驚愕によって一瞬止まる。

 ソレンヌはパワーストーンを自在に行使することができる。だが、それができるのは彼女一人、そう認識していた。少なくとも、ルイーズの知る限りでは。


「ソレンヌ嬢とは違いますよ」


 男は淡々と否定する。


「では、複数のストレンジを保持しているというの?」


 にわかには信じがたい。だが、現実に“念動力”と“炎”の両方を使っている。


「それも違います。私が本当に持っているのは、念動力だけですからね」

「……は?」


 思考が一瞬、追いつかなかった。

 どういうことだ。

 念動力しか持たないというのに、なぜ炎が扱えるのか。

 理解不能な現象に、ルイーズは背筋を冷たくすした。


「何も驚くことではないのでは? ソレンヌ嬢の他にも、複数のストレンジを使える人物が私の目の前にもいるではないですか」

「!?……何者ですの。貴方、少なくとも内部の人間ですわね」


 ルイーズの指摘に、男は口角を引き上げ、いやらしく笑った。

 その瞬間、ルイーズの背筋を冷たい悪寒が走る。

 男が言ったソレンヌの他とは間違いなく、自分のことだろう。

 だが、ルイーズがピッピコの力を使役できることを知っている者は、極めて限られている。ソレンヌもエドも知らない。

 知っているのは家族と、サビーヌ、そして王城や宮廷で働く上層部のごく一部だけ。


 ──内部に、裏切り者が?それも、かなり高い地位の……


 すぐにでも陛下へ引き渡すべきだ。

 ルイーズは決意し、戦闘の出力を一気に引き上げた。

 地面を蹴った瞬間、土が抉れ、足元が凹む。

 エドよりも速い速度で、一直線に男へと突進した。


 男は念動力、火、風といったありとあらゆるストレンジを駆使して攻撃を仕掛けてくるが、すべてが遅い。

 ルイーズは舞うように回避し、男の懐に踏み込む。

 その瞬間、腹部に防御強化がされたことに気付いた。

 即座に判断を切り替え、男の右腕と襟を掴む。股下に片足を差し入れ、左足で軽く足払い。

 男の体が右へ傾くのを感じ取り、ルイーズは腰を落として回転、背中に男の体重を乗せた。

 右腕を肩にかけ、脇下で襟を掴んだまま肘を差し込み一気に腰を立てる。

 重力に抗えず、男の両足が宙を浮く。

 そのまま両腕を鋭く振り抜き、タイミングを見計らって右手を放した。

 男の体は一回転しながらルイーズの前方へ叩きつけられ、背中を地面に打ちつけて呻き声を上げた。


「観念なさい。貴方は──」


 男の右手を掴んだまま、顔を見下ろす。

 フードの下から覗いたその顔に、ルイーズは目を見開いた。


「……誰?」


 見覚えのない顔だった。


「貴方も、顔を変えているのね」

「ふっ、それはどうでしょうね……いたた……」


 男は腰を強く地面に打ちつけ、顔をしかめた。


「貴方の知っている“私”が素顔か、それともこの顔が素顔か……どちらだと思います?」


 男は観念したように、ひとつ息を吐き、地面に身を投げ出したまま嘲笑を浮かべる。


「姐さんっ、逃げ──!」


 エドの叫びにルイーズが顔を上げる。

 視線の先には、黒ずくめの人物たちが複数、姿を現していた。

 その中には、捕らえられたエドとソレンヌの姿がある。

 二人は力なく項垂れ、口と鼻には布が当てられていた。恐らく、睡眠薬のようなものを嗅がされたのだろう。

 すぐに駆け出そうとした瞬間、ルイーズの前に別の黒ずくめの集団が立ち塞がる。


「……何をしている」


 その問いかけは、ルイーズが倒した男に向けられたものだった。

 声をかけた人物は、伏している男を見下ろし、男はその声に応じるように薄く笑って答えた。


「いやー、すみません。やっぱりルイーズ嬢は手強かったです」


 その報告に、黒ずくめの男は溜息をこぼし、そのままルイーズへと視線を移す。


「あの二人を傷つけたくなければ、大人しく捕まってもらおうか」


 ルイーズは目の前の男を鋭く睨みつけた。

 だが、奥に見えるエドとソレンヌはすでに意識を失っている。敵の手に落ちた仲間を、今すぐに救出できる保証はない。

 わずかな逡巡の後、彼女は深く息を吐き、両手を上げた。


「……分かりましたわ」

「捕らえろ」


 命令に従い、左右に控えていた黒ずくめの人物がルイーズに手錠をかける。

 それは、ストレンジの発動を封じる特殊な拘束具だった。

 これでは、ピッピコを呼び出すことすらできない。


 ──サビーヌ達は無事、逃げ果せただろうか。


 ルイーズは思考を巡らせる。

 ソレンヌが気絶した時点で、結界は解けていた。優秀な侍女であるサビーヌのこと、裏口から脱出している可能性はある。

 さらに、先に逃したロマーヌとエルヴィラが無事にストレンジ騎士団へ辿り着いていれば、救援はそう遠くないはずだ。


 黒ずくめの一人がゲートを開いた。

 エドとソレンヌは男たちに担がれ、次々とゲートの中へ運ばれていく。

 そしてルイーズもまた、連行されるまま、その門をくぐった。


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