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二一話 孤児院と賊

「「「お姉ちゃーん!」」」


 元気いっぱいの声が響き渡る。

 ルイーズたちは今、とある場所を訪れていた。


「折角のお休みに、こんな所まで足を運んでいただきありがとうございます」

「シスター、お久しぶりです」


 ここは、ペルシエ家が管理する領地にある孤児院。

 ルイーズ、ソレンヌ、エドの周りには、小さな塊がまとわりついていた。


「ねぇねぇ、お姉さんたちはだぁれ?」

「ルイーズ姉ちゃんたちの友達なのか?」


 ルイーズに抱きついていた少年がロマーヌとエルヴィラに目を向け、興味津々に首を傾げる。続けて、八重歯の覗く元気な少年が問いかけた。


「こら!初対面の人には敬語を使いなさいって、いつも言ってるでしょ!」


 声の主は、その少年たちより少し年上の少女。怒りながら二人の頭に拳骨を落とした。


「痛いよぉ……うわーん!」

「いってぇな!何も殴ることないだろ!」


 一人は泣き出し、もう一人は涙目で睨みつける。

 子どもたちのやりとりに思わず目を丸くしていると、エルヴィラがすっと歩み寄る。ルイーズの足元でしゃくりあげる少年をそっと抱き上げた。


「わたくしはエルヴィラと申します。ルイーズ様たちと同じく、仲良くしてくださいね」

「私はロマーヌ。よろしくね!」


 ロマーヌは明るく手を振り、エルヴィラは穏やかに微笑んだ。

 ロマーヌは持ち前のフレンドリーさですぐに子どもたちと打ち解け、エルヴィラは大人しく落ち着いた子たちに本の読み聞かせをして人気を集めていた。


 やがて、エドとロマーヌは外に遊びに出かけ、室内にはルイーズ、ソレンヌ、エルヴィラの三人が残った。

 彼女たち以外にも、ソレンヌの付き人やサビーヌ、王宮から派遣された護衛騎士たちが同行していた。


「ソレンヌ様、少しお時間をいただけますか?」

「はい。どうなさいましたか、院長?」


 年配の院長に呼び出され、ソレンヌは一度場を離れた。

 それからしばらくしても、ソレンヌは戻ってこなかった。

 そろそろおやつの時間である。ソレンヌ邸の料理長が特別に作った菓子を振る舞おうと、外に出ていたエドやロマーヌ、子どもたちを呼びに行こうとしたその時だった。


「キャーーーッ!」

「何ですか、あなたたちは!」


 外から、シスターたちと子どもたちの悲鳴が響いた。

 ただ事ではない。ルイーズはすぐさま状況の異常を察した。


「エルヴィラ様は建物の中に留まってください。サビーヌと護衛の皆さんは、エルヴィラ様と子どもたちをお護りください」


 ルイーズは即座に指示を出し、子どもたちをエルヴィラたちの元へ集めさせた。

 そして、自らはすぐに窓辺へと向かい外を確認する。


 視線の先では、武器を手にした男たちが孤児院に押し寄せ、数人の子どもたちを捕らえていた。

 その前に立ちはだかっていたのはエド。敵を鋭く睨みつけ、まさに一触即発の気配だ。

 ロマーヌや護衛たちも加わり、何か言い争っている様子が見て取れる。


 唇の動きから読み取るに、エドと護衛たちはロマーヌに対し建物の中へ戻るよう指示しているらしい。だがロマーヌは首を横に振り、「私も戦う」と言っているようだ。

 彼女のストレンジは【植物操作】。植物の成長を促し、種から伸ばした蔦で相手の動きを封じたり、鞭のように使うことができる。だが、彼女は一国の王女であり、エドの判断は正しい。


「ロマーヌ様を中へお連れします。エルヴィラ様、彼女が来たらすぐに王城まで避難できますか?」

「ええ、大丈夫です。けれど……」

「室内の子どもたちは心配いりません。サビーヌは私の次に戦闘能力が高いので、負けることはありません。それに、恐らくソレンヌもすぐ駆けつけるはずです」

「……わかりましたわ」


 エルヴィラが小さく頷くのを確認し、ルイーズはサビーヌに目を向けた。

 するとサビーヌが黙ったままルイーズに向き直る。声は出さず、微かに唇だけが動いた。


『賊の中に、ストレンジ持ちが複数います。ご注意を』


 サビーヌのストレンジ【熱視力】は、サーモグラフィーのように対象の熱を視認できる能力。建物越しでも敵の位置や情動、ストレンジの有無さえ見極めることができる。


 ルイーズは僅かに眉根を寄せ、思考を巡らせた。

 相手がただの賊ではなく、能力者も混ざっているとなれば事態は一層深刻だ。

 彼女は唇だけを動かし、もしもの事態には何よりもロマーヌとエルヴィラの保護を最優先するようサビーヌに命じる。

 サビーヌはわずかに頭を垂れ、その指示を静かに了承した。


「お姉ちゃん、お外で何が起きてるの?」


 大人たちの張り詰めた空気と、外から聞こえる騒がしさに、子供たちはエルヴィラの周りに集まり、不安そうに震えていた。


「大丈夫。お姉さんたちがちゃんと守ってあげるからね。みんなは、サビーヌやエルヴィラお姉さんの言うことをよく聞いてね」

「ルイーズお姉ちゃんは……?」

「私は、外にいるシスターたちと、みんなを連れ戻してくるよ。すぐに帰ってくるから安心してね」

「……ほんとに戻ってくる?」


 涙を浮かべながら縋るように尋ねる子供たちに、ルイーズは優しく微笑みかけ、近くにいた子の頭をそっと撫でた。


「もちろん。ちゃんと帰ってくるよ。だから、ここで待ってて」


 その言葉に子供たちは小さく頷き、「待ってる」と震える声で応えた。

 ルイーズは外に出ると、孤児院の周囲に水のストレンジで滝の壁を作り、視界を遮る。


「姐さん!」

「この滝のカムフラージュが効いているうちに、ロマーヌ様は子供たちと一緒に建物の中へ」

「私も戦う!子供たちが、何人か捕まってるの!」

「存じております。ですが、ここは我々にお任せください。護衛の皆さん、ロマーヌ様を安全な室内へお連れください!」


 そう言うとルイーズは懐から一つの飴玉を取り出し、迷いなくロマーヌに近づいた。


「ロマーヌ様、失礼いたします」


 素早くその飴玉をロマーヌの口の中へ押し込むと、彼女は言葉を発そうとしたが、声が出ないことに気づく。

 それは、かつてシーグフリードがレナルドとルベンに使った、あの“無音キャンディ”だった。ひと舐めするだけで十数秒間、発声ができなくなるという代物だ。

 ロマーヌは抗議の眼差しを向けたが、護衛たちによって半ば強引に孤児院内へ連れていかれた。


「エド、準備はできてる?」

「OK。いつでも」

「子供たちを取り戻すわよ」


 ロマーヌと子供たちの避難を確認し、ルイーズは周囲を覆っていた滝を解除した。その瞬間、今度は透明な結界が周囲を包む。ソレンヌのストレンジだ。彼女が事態に気づき、孤児院の防衛に動いたのだ。

 エドはマティアス特製の収納ポーチから、先日、新たに購入した武器を取り出す。


「お、嬢ちゃんたちが出てきたぞ」

「子供たちを見捨てるのかと思ったぜ」

「ギャン泣きしてたぞ?ひどいお嬢ちゃんたちだなあ」


 男たちは下卑た笑みを浮かべながら、捕えた子供たちに武器を向ける。


「おっと、動くんじゃねぇよ?下手に動けばこの子たちが怪我するぜ?」


 その言葉に、ルイーズとエドの動きが一瞬止まる。ざっと見て敵の数は二十人以上。いずれも粗暴な風貌で、明らかにただの盗賊ではない。

 ルイーズはピッピコのゲートを開き、ネンを召喚してサビーヌに連絡を取った。


『そちらの様子は?』

『瞬間移動を使える者が侵入しました。内部にて戦闘が発生しています』

『ロマーヌ様とエルヴィラ様は?』

『ロマーヌ殿下は戦おうとされていましたが、エルヴィラ嬢がそれを止め、次元移行の能力で共に王城へ向かわれました』


 ルイーズは安堵の息をつく。王城の内部へは結界により直接入ることはできないが、転移先はストレンジ騎士団が管理する「塔」に設定されているはずだ。あの二人であれば、事情を正確に報告できるだろう。


『今、ソレンヌ嬢と合流し、室内にて戦闘中。敵は十名。これより鎮圧に移ります。』

『鎮圧したら、ソレンヌに賊を外に放り出すよう言ってちょうだい。事情聴取はこちらで行うわ。』

『承知致しました。お嬢様、どうかご無事で。』


 念話を切ると、ルイーズは静かに男たちの方へ向き直った。


「一度だけ言うわ。今すぐその子たちを離しなさい。従えば、悪いようにはしないわ」

「嬢ちゃん、状況が分かってねえのか?」


 ひときわ目立つリーダー格の男が、あざけるように笑った。


「それは俺たちが言うセリフだろうよ」


 男たちは下卑た笑いを浮かべ、子供たちに凶器を向けた。


「お姉ちゃーん、助けてぇぇぇ!」

「怖いよおおぉ!」

「うるせぇっ!」

「黙らねぇと殺すぞ!!」


 なんとも無粋な連中だ。

 ルイーズは冷ややかな目で賊たちを見据えた。これほどの殺気を前にして気づかぬとは、どれほど鈍いのか。

 彼らは知る由もないのだ。目の前にいるエドが、オーギュスト家に続く戦闘狂一族・ミュレーズ家の令嬢であることを。

 彼女の目は獣のそれに変わっていた。瞳孔は細く、鋭い。猫というよりは獅子。今にも喉元に飛びかからんとする気迫に、まったく気づかぬ愚かさに、もはや哀れみすら覚える。


「貴方たちの目的は何?」


 ルイーズが問いかけると、エドはまだ動かず、じっとタイミングを計っていた。彼女は無暗に飛び出すような愚か者ではない。実際に子供たちが傷つけられるまでは、ルイーズの許可が降りぬ限り動かないと決めていたのだ。


「俺たちの目的はお前たちだ」


 リーダー格の男が一歩前に出た。その言葉に、エドがわずかに反応し、身構える。


「ルイーズ嬢とエド嬢。間違いねぇな。他にペルシエ家の令嬢と、他国からの留学生が二人。全員、ここにいるはずだ。出て来い」


 その発言に、ルイーズとエドは表情を変えずとも内心で驚愕していた。


 ──こいつらは何者だ?


 彼女たちの動揺を見透かしたように、男は嫌らしく口の端を吊り上げた。


「姐さん」

「……ダメよ。こいつらの中に、ストレンジ持ちがいるわ」


 ルイーズは小声でエドに告げる。彼女たち二人で相手を倒す自信はあった。だが、相手の持つストレンジの種類が不明である以上、こちらから手を出すのは危険すぎる。油断すれば、今度こそ子供たちに被害が出る。

 そして何より、敵は情報を持っていた。

 明らかにこちらの素性や能力を把握している様子。だとすれば、これは単なる場当たり的な襲撃ではない。


「人違いではありませんか?」


 ルイーズが冷静に返すと、男は首を横に振った。


「いや、間違いねぇ。情報とあんたらの容姿、あまりにも一致してる。それに、水のストレンジ。さっきのは、ルイーズ嬢の能力で間違いない」


 ルイーズの脳裏に、一つの懸念がよぎる。


 ──この襲撃は、例の生徒誘拐事件と繋がっているのか?それとも、まったく別の計画か?


 大型連休を前に、ストレンジ学園、ストレンジ騎士団、王国騎士団は連携して警戒を強めていた。

 生徒誘拐に関する情報は常に探っていたが、何一つ具体的な動きは掴めていなかった。

 本来、ストレンジ持ちの生徒を狙うには、それ相応の規模と計画が必要なはず。だというのに、ここまで情報の痕跡がないとなると、あまりにも不自然すぎた。どこかで情報が隠蔽されているのか、それとも背後に大きな組織が絡んでいるのか。

 ルイーズの表情は変わらずとも、思考は既に次の手を模索し始めていた。


「お姉様!」


 ソレンヌが、室内にいた賊たちを捕え、瞬間移動で外へ出てきた。


「女二人は逃走!二人は瞬間移動で逃げましたっ!」


 捕縛された賊の一人が悔しげに叫ぶ。


「やってくれたな。嬢ちゃん達!」


 リーダー格の男の額に怒りの青筋が浮かんだ。


「お前達、子供たちを──」

「エド!暴れてよし!ただし、目の前の男以外よ!」


 ルイーズは即座に命令を下した。目の前の男からは、どこか嫌な空気を感じたのだ。命令を下される前に潰しておきたい、と判断するには十分すぎる直感だった。

 その瞬間、極限まで身体強化されたエドが風のように駆けた。

 否、正確には風どころか、姿さえ捉えられぬ速さで、彼女はリーダー格以外の賊たちを次々に無力化していった。


 ──子供たちを助けるまでは良いけど、放り投げるってどういうことよ!


 空中を舞う子供たちを見てルイーズが苦笑しつつも、素早くソレンヌと連携。空中でキャッチし、小型の結界を作って次々と中へと収容していく。捕まっていた子供は五人。全員無事だった。


「ソレンヌ、彼らをサビーヌのもとへ転送して」

「はい、お姉様」


 ソレンヌが転送能力を発動し、子供たちは一人残らず安全圏へと運ばれた。


「な、何だ。何が起こっている」


 リーダー格の男は、仲間たちが次々に倒されていく様子をただ茫然と見つめていた。エドの姿は捉えられない。ただ、恐怖だけがじわじわと胸を侵食していく。


「子供たちを人質に取ったのは、完全に失策だったわね」


 ルイーズが静かに言う。

 彼らはエドを怒らせた。武器を携えているにも関わらず、素手で次々と賊の鳩尾を撃ち抜いていく様は、まるで獣が縄張りを荒らされた怒りをぶつけているかのようだった。


 ──というか、武器持ってるのに素手って、邪魔じゃないのかしら……


 そんな呑気なことを考えていたルイーズだったが、リーダー格の男が動こうとした瞬間、彼女の姿は一瞬にして彼の背後に移動していた。


「くそっ──」

「動かないで。首と胴がさよならしたくなければ答えなさい」


 手には水と超音波を纏わせた刃。その水刃が首筋に軽く触れた瞬間、男の肌に細い切り傷が走り、血が滲む。ほんのわずかでも切れることを、身をもって証明してみせたのだ。

 男の顔が青ざめ、喉がひくりと鳴った。


「お、俺たちは……雇われただけだ!命だけは……助けてくれ!」


 ルイーズが尋ねる前に、男は自ら口を開いた。


「誰に雇われたの?」

「わ、わからねぇ!黒いコートにフードを被った奴だった。顔も見てねえ!」

「名前は?」

「知らねぇ!本当だ、信じてくれ!」


 水刃がもう一寸、喉元に近づいた。


「ひぃっ!ほ、本当に知らないんだって!」


 ルイーズが気絶させて記憶を探るべきかと考えていたその時、ソレンヌの静かな声が響いた。


「お姉様、少しお待ちを」

「なに?」

「今、この街で“ストレンジ狩り”が頻発しているそうですの。院長から詳しく伺いました。彼らはその一端に関わっている可能性がありますわ」


 ルイーズは目を細めた。ソレンヌが戻るまで少し時間がかかっていた理由は、それだったのか。領主の娘であるソレンヌには、院長から現状の報告がなされていた。


 ストレンジ狩り──ストレンジ持ちを狙った襲撃事件。生徒誘拐事件とも関係がある可能性が高い。


 ──ならば、この男にはもう少し“お話”してもらう必要がありそうね。


 ルイーズは水刃を引くことなく、冷たい視線でリーダー格の男を見下ろしたのだった。

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