十八話 大型連休突入
ルイーズはロランが傍にいることも忘れ、ジェルヴェールに思いの丈をぶつけていた。ふと視線を感じてそちらを向くと、気まずそうにするロランと目が合い、恥ずかしさで死にたくなった。ロランは気にしないように言ってくれたが、穴があったら入りたい気分だ。
その後、ジェルヴェールの件については、国王陛下にだけは思い出したことを正直に告げた。
ただし、その情報は厳重に秘匿されることとなった。
ジェルヴェールは既に“死没者”として記録されており、敵勢力に生存を知られるわけにはいかなかった。そのため、彼の立場は変わらず、引き続きジェルヴェールとしてロランの側近を務めることになった。
それから、ルイーズはソレンヌから保健室での出来事について話を聞いた。翌日にはロラン、レナルド、ソレンヌを交えた話し合いが行われたそうで、そこでロランの冷静かつ威圧感ある話術に押され、レナルドは観念して非を認め、ソレンヌに正式に謝罪したとのことだった。
ちなみに余談だが、ルイーズがルベンをお姫様抱っこで保健室まで運んだ話が、学校中に広まってしまっていた。
以後、ルベンは生徒たちから哀れみの眼差しを向けられ、バツの悪そうに顔を伏せる場面が多くなったが……ルイーズはというと、少し──いや、正直に言うと“かなり”スカッとしたという。
「ついに明日から大型連休ね」
「はい!お姉様もエドも、たくさん遊びましょうね!」
「おう!これから一週間、朝から晩まで訓練ができるなッ!」
「「それはエドだけでやって頂戴」」
いろいろあったが、ストレンジ学園もいよいよ明日から大型連休に入る。
生徒たちの間には自然と浮き立った空気が広がり、皆それぞれ帰省の準備を整えつつ、友人たちと別れの挨拶や休暇中の予定を立てていた。
普段であれば、それぞれが自由に帰途につくところだが、今回は学園からの指示により、一度寮生たち全員が学園本棟の正門広間へと集められた。
というのも、以前、ルイーズが見た“予知夢”において、生徒誘拐事件が示唆されていたからである。その後、学園側とストレンジ騎士団が水面下で対策を練っており、今回はその警戒措置の一環だった。
「お兄様!」
「待ってたよ、ルイーズ」
広間に集まる生徒たちの中、ルイーズ、ソレンヌ、エドの三人は、見慣れた三人の姿を見つけ、笑顔で声をかけた。後ろからは、サビーヌをはじめ、それぞれの従者が荷物を持ってついてくる。
「この声はっ!私の天使ルウィィィズゥゥゥ!」
「ラファエル、やれ」
「……了解」
……ということで、お久しぶりのルイーズの兄たちの登場である。
このやり取り、実に八年変わらず続いている。
マティアスはというと、幾度となくグエナエルやラファエルに妨害され続けているにもかかわらず、まったく諦める気配を見せない不屈の精神の持ち主だ。
ソレンヌとエドが、引き気味なのも無理はない。
──というか、サビーヌは見慣れた光景のはずなのにソレンヌとエドに混じって、ややドン引き顔するのは辞めなさい。
「グエナエル兄様、本当に大丈夫ですの?」
ルイーズは、ラファエルとマティアスがいつものように小競り合いを始めたのを横目に、落ち着いた様子でグエナエルに近づき、声を掛けた。
ラファエルはまだ高等部の生徒であり学園に籍を置いているが、マティアスとグエナエルはある事情で今回ストレンジ学園に呼ばれていた。
それは、今回の事件に関連するものであり、マティアスが開発した機械と、グエナエルやストレンジ騎士団の協力によって、学園の生徒たちを外に出さずに自宅へ安全に帰還させる試みが行われようとしていた。
本来、事件が起こるのは大型連休の終盤。
生徒たちが学園に戻る道中を、犯罪者集団が狙うとされていた。
しかし、帰還のタイミングで生徒たちの安全を確保できるかを確かめるため、まずは学園からの転移が正常に行われるかの試験が行われていたのだ。
生徒たちには、転移系ストレンジを込めたパワーストーンが三つずつ配られた。
そのパワーストーンは、マティアスを中心にストレンジ騎士団が開発した小型スティックの先端に装着することで、目的地への転移を可能にする。
転移後、生徒はスティックに取り付けられたボタンを押すことで、目的地に無事到着したか、それとも別の場所に誤って転移してしまったかを学園側に知らせることができる。
万が一転移に失敗した場合は、学園の教師陣と、ストレンジ騎士団に所属する千里眼などの能力者たちによる捜索班が、生徒の行方を追って救出に向かう手はずとなっていた。
この試験は朝から順に進められており、初等部・中等部・高等部の順に生徒たちは帰宅していく。
「初等部の生徒たちは、全員無事に自宅に到着したようだよ。今のところ、計画は順調だ」
グエナエルはルイーズの問いに穏やかに答えると、自然な手つきで彼女の頭を優しく撫でた。
この世界において十五歳といえば、すでに立派な淑女と見なされる年齢である。しかし、ルイーズの兄たちにとっては、いつまで経っても可愛い妹でしかないのだ。
それにしても、カプレ公爵家の血筋は伊達ではない。グエナエル、マティアス、ラファエルの三兄弟はいずれも見目麗しく、女生徒たちの注目を集めていた。
正門までの道中、ちらちらと視線を向ける少女たちの様子に、ルイーズは内心でため息を吐く。これが高等部生になれば、ただの好奇心が熱視線へと変わるのだろうなと、ルイーズは遠い目をした。
「ルイーズ嬢」
背後から呼びかける声に振り返ると、そこにはドナシアンと留学生たちの姿があった。彼らは連れ立ってこちらに向かってくる。
「おはようございます、皆様」
ルイーズは優雅にカーテシーをして挨拶した。ソレンヌとエドもそれに倣って丁寧に頭を下げる。
「これはドナシアン殿下に、留学生の皆様。おはようございます。皆様におかれましては初めてお目にかかります。私はルイーズの兄、カプレ公爵家の長男、グエナエルと申します」
「次男のマティアスと申します」
「三男のラファエルと申します」
いつの間にか、グエナエルの隣にはマティアスとラファエルも並び、揃って礼を述べる。その様子はまさに貴族然とした優雅さを備えていた。
一通りの自己紹介と挨拶が終わると、ルイーズたちは正門前の人混みを避け、少し離れた場所へと移動した。
「へぇ、これが転移装置か。面白いね」
デジレが手に持った小型スティックを興味深げにまじまじと見つめる。
「そのスティックに力を込めると、装着したパワーストーンが反応し、指定された場所へ瞬時に転移します」
珍しくマティアスが真面目に説明をしている。その姿にルイーズは少し驚き、内心で感心した。
一通り説明が済むと、それぞれが帰宅の準備に取りかかった。
なお、留学生たちは引き続き学園近くの王城に滞在することになっている。わざわざ学園まで足を運んだのは、この試験の様子を視察するためだった。
「では、また五日後にお会いしましょう」
ルイーズ、ソレンヌ、エド、そしてロマーヌとエルヴィラは、男性陣から少し離れた場所で集まり、五日後の再会を約束した。
大型連休は七日間。そのうち後半の三日間、彼女たちは女子だけで街へ繰り出す計画を立てている。王都から近いペルシエ家の領地を活かし、初日は王都観光、残りの二日間はソレンヌの本宅で過ごす予定だ。
国王陛下からも正式に許可が下りており、ロマーヌとエルヴィラにはソレンヌの案内でペルシエ領を紹介することになっている。
ルイーズは、ロランの背後に控えるジェルヴェールの姿にそっと目を向けた。これから一週間、彼と離れると思うと胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさを覚える。
けれど、我儘は言えない。
ルイーズは、名残惜しさを胸に抱きながら、ジェルヴェールの姿を心に焼き付ける。
こうして、ルイーズたちはそれぞれの家路についた。




