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十三話 ルベンという男

第三王子のルベンや第二王子のレナルドの生い立ちが出てきます。割と暗い設定ですので興味の無い方は飛ばして次話からお読み下さい。

これを読まなくても本編に支障はありません。


※胸糞表現が少しあります。

「なんで!なんで!なんでなんでなんで!!」


 ヒステリックに叫ぶのは、レリア・パストゥール。ダルシアク国王の側室であり、第二王子と第三王子──ルベンとレナルドの実母だった。


「どうしてお前たちは、そんな容姿で生まれてきたんだい!?」


 ──また始まった。


 ルベンは心の中で呟いた。

 冷めた目で、騒ぎ立てる実の母親を見つめると、レリアと目が合う。


「なんだいその目は!!」


 レリアは、ルベンの反抗的な視線に逆上し、その頬を勢いよく打った。平手が乾いた音を立て、痛みと共にルベンの首が振れる。


「なんでお前たちの髪は茶色なのよ!陛下と違うのはもちろん、私の色ですらない!それに、唯一あの人と同じ目の色だというのに、お前達はあの人のように澄んだ青い瞳ではなくくすんだ青色なの!!」


 レリアの苛立ちは、ルベンとレナルドの容姿に向けられていた。


 陛下は、神々しさすら感じさせる輝く銀髪に、澄んだ青の瞳を持っている。

 レリアは、深い紺色の髪と、冷ややかな水色の瞳をしていた。

 だが、二人の間に生まれたルベンとレナルドは、どちらにも似ていない、茶色の髪と濁った青い瞳。まるで異物のような容姿。


 そのせいで、王宮の中ではずっと囁かれていた。

 「本当に陛下の子なのか」と。

 レリアは必死に否定した。

 陛下の子だと、何度も、何度も叫ぶように。

 けれど真相など知れず、ルベンもレナルドも、それを知ろうとも思わなかった。


 ルベンたちには、他にも兄弟がいる。

 異母兄──第一王子は、まるで陛下を縮めたように瓜二つ。

 異母弟──末の王子は、瞳こそ母親譲りだが、髪は透き通るような銀。

 王の血を正しく受け継いだ、“本物の”子どもたち。


「こんな容姿で生まれたのは、僕たちのせいじゃないのゆ!」


 レリアの部屋を出た後、ルベンは思わず口にした。

 レナルドが悲しげな顔でこちらを見つめるが、何も言わずに目を逸らした。


 二人で与えられた部屋へと向かう途中、廊下の窓から微かに笑い声が聞こえた。

 その音に誘われるように、ルベンはふと足を止め、窓の外を覗いた。


「ルベン?」


 不思議そうにレナルドが首を傾げ、ルベンの視線を追う。


 中庭では、銀髪の少年とアクアマリンの髪をした少女が楽しそうに笑っていた。

 その奥には、金髪に澄んだ青い瞳をした貴婦人、そして、彼女の肩に自然と手を置く陛下の姿。


 ギリッ。


 噛み締めた奥歯から音が漏れる。


 胸の奥が焼けるように苦しくて、ルベンはその場から逃げるように、廊下を大股で歩き出した。


「ルベン! 待ってよ!」


 レナルドが慌てて後を追ってくる。


 ──嫌いだ。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。


 この世のすべてが、憎くてたまらなかった。


 ──父上も、母上も、兄上も……。たとえ父に疎まれていたとしても、母には愛されているあの弟も。みんな嫌いだ!!


 それでも、レナルドだけは違った。

 レナルドだけは、唯一の味方。唯一、分かり合える存在。

 だからルベンも信じていた。レナルドにとって、自分こそが唯一の存在だと。……なのに。


「レナルド!将来あなたの婚約者となり、伴侶となるお方よ。ペルシエ公爵家のソレンヌちゃん!」


 レリアが上機嫌で紹介した少女。その場には、ルベンも同席させられていた。

 自分には関係のない話なのに、なぜ同席を?と不満に思ったが、すぐに悟る。

 この女は、いまだに双子の見分けがついていないのだ。

 レリアだけでなく、王宮にいる誰一人として、ルベンとレナルドの見分けがついていなかった。

 二人は日頃から互いに入れ替わって遊ぶゲームをしていたため、どちらかを呼び出すときには、入れ替わりを防ぐためにまとめて呼び出されることが多かった。今回も、その一環なのだろうとルベンは思った。


 実の母親ですら判別できないのだから、他の者たちに見分けがつくはずもない。レリアは双子のどちらかを見るたびに、視線を逸らし、曖昧に笑ってごまかしていた。

 そんな中で紹介された少女、ソレンヌは、恥じらいながらも確かな意志を持ってレナルドの方に視線を送っていた。


 ──驚いた。


 初対面で、ルベンとレナルドを見分けた者など初めてだった。だが、初めてだったのはルベンにとってであって、レナルドとソレンヌはすでに顔見知りだったのだ。

 数ヶ月前、ソレンヌが王宮で迷子になったとき、レナルドが偶然出会い、助けたことがあった。それをきっかけに、ルベンとレナルド、そしてソレンヌの三人で過ごす時間が増えていった。


 ソレンヌがレナルドの婚約者候補として紹介されてからは、レリアのヒステリーも徐々に収まっていった。

 王位継承権を有していたのは、四人の王子の中で第一王子スタニスラスただ一人だったが、ソレンヌの父親は宰相であり、王の最側近でもある。

 その娘を娶れば、レナルドに王位継承権が与えられる可能性が高まる。


 世襲制とはいえ、王位継承の在り方は必ずしも固定ではない。王の意志によって候補を指名することも、除外することもあった。

 レリアは、ソレンヌの婚約が決まったことで、ようやく陛下が自分に注目したのだと勘違いした。


「どうして、どうして陛下はわたくしの元に来てくださらないの!レナルドに宰相の娘をあてがったというのに!!」


 彼女は知らなかった。

 本来、ソレンヌはスタニスラスの婚約者候補として呼ばれていたのだということを。

 しかし、迷子となったソレンヌがレナルドと出会い、彼に恋をしたため、彼女たっての希望によって婚約者候補の相手が変更されたのだと。


 そして、双子が六歳になった年。

 王妃が病に倒れ、亡くなった。さらに程なくして、王妃の忘れ形見であり、王に最も愛された王子・スタニスラスまでもが急死するという、相次ぐ不幸が王宮を襲った。


 訃報を聞いたその日、レリアは狂ったように高笑いを上げ続けていた。

 人が死んで笑うなど、正気の沙汰ではない。だが、ルベンもレナルドもそのことを誰かに告げることはせず、あの不気味な光景を心の奥底に封じ込めた。


 それからしばらくして開かれたお茶会の場で、新たな少女が姿を見せた。


「お初にお目にかかります、レナルド殿下、ルベン殿下。此度、ルベン殿下の婚約者候補となりました、カプレ公爵家長女、ルイーズ・カプレと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」


 彼女は、以前スタニスラスの傍にいた、アクアマリン色の髪を持つ少女だった。

 ルベンは、事前に彼女が婚約者候補になったと知らされていたが、スタニスラスを喪った彼女がどれほど絶望しているのかを想像していた。

 だが、彼女の瞳は生きていた。光を失わず、気丈に前を向いていた。


 ルベンが挑発しても、彼女は怯まずに静かに引き下がる。そして彼やレナルドの悪戯が度を超えた時には、厳しく口を挟んでくる。

 最初はただの口うるさい“お下がり”だと思っていたのに、ふと気づけばアクアマリンの髪を目で追いかける自分がいた。


 だが彼女の瞳は、時折どこか遠くを見つめる。思い出の向こうに、誰かを想っているような視線だった。

 ルベンはすぐに分かった。彼女はまだ、スタニスラスに心を残しているのだと。

 死してなお、彼女の心を掴んで離さないスタニスラスに、強い嫉妬を覚えた。


 陛下に愛され、王妃に慈しまれ、そして死んでも尚、ルイーズに愛されている。


 レナルドには、ルベンだけでなくソレンヌもいる。いずれ二人は結婚するだろう。レナルドもまんざらではない様子だ。


 ──そうなれば、僕は一人だ。


 その想いに囚われた瞬間、得体の知れない恐怖に喉を締め付けられた。

 孤独に飲み込まれるような、不安が心をむしばんだ。


 ──嫌だ。僕を見ろ。僕もここにいる。僕を見ろよ!!!!


 そう叫びたくなる衝動を抱えたまま、ルベンは周囲に強く当たるようになった。

 婚約者候補であるルイーズにも、他の人々にも、苛立ちと怒りをぶつける日々が続いた。


 二人が成長しても、悪戯好きな性格は変わらなかった。

 変わった点と言えば、スタニスラスの死後、忙しそうにしていたレナルドがまたルベンと一緒に悪戯をして遊ぶようになったことだろうか。

 そのたびにソレンヌが咎めに来るが、レナルドは煩わしげに彼女を追い返す。最近のソレンヌは、怒ってばかりなのだという。


 ──羽を伸ばしたい時に、羽を掴まれるような感覚。窮屈でしかない。それをソレンヌも、ルイーズも分かってないんだ。


 そんなある日。

 二人は、ラシェルという少女と出会った。


「本当に、そんなことをして楽しいんですか?……無理して笑っているように見えます」


 知ったような口ぶりに最初は怒りを覚えたが、ラシェルは臆することなく何度も話しかけてきた。

 その真っ直ぐな言葉は、次第に二人の心に届くようになっていった。

 否定せず、ただ受け入れてくれる存在。

 身分は庶民だが、可憐で優しい、まるで春風のような少女。

 彼女に心を奪われるのは、時間の問題だった。


 ──他にも彼女に好意を寄せる男は多いけど、王子である僕たちに敵うはずがない。


 ルベンは思った。

 レナルドにはソレンヌという婚約者がいる。いずれ国王になれば、ラシェルを側室として迎えることも可能だろう。


 だが、自分なら正妻に迎えることができる。


 ルイーズのこともあるが、彼女はスタニスラスを失った哀れな娘だ。妾として置いてやれば良い。ルベンはそう考えた。

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