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五話 外務卿との会談

「ルイーズ嬢、ソレンヌ嬢、よく来てくれた」

「「国王陛下、ドナシアン殿下、ご機嫌麗しゅうございます。ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」」


 ルイーズとソレンヌは臣下の礼を取り、頭を深く下げた。

 ルイーズ達は今、国王陛下に招集され謁見の間にいた。

 陛下の隣にはドナシアンが座しており、ここには王の重鎮ばかりが集まっている。

 そのため、ルイーズとソレンヌは珍しく緊張していた。


「顔を上げよ。今日お前達を呼んだのは他でもない、ルイーズ嬢とソレンヌ嬢、それと我が息子であるドナシアンの三人に頼みがあってな」


 ──頼み?


 言葉には発さないが、陛下の突然の言葉に疑問が浮かぶ。

 十八歳から成人として扱われる世界だが、十四歳、十五歳はまだ子供と見なされる年齢。

 少年少女に対して、陛下直々に頼み事があるとは、滅多にないことだ。

 だが、ルイーズはすぐにあることに思い至った。

この場にいるのは、王の側近ばかりであり、特に外務卿がいたことが引っかかる。

 普段は近隣諸国を駆け回っており、王都にはあまり滞在しない外務卿が何故、ここにいるのか。


「陛下、後は私の方からご説明いたしましょう」

「うむ」

「ルイーズ嬢、ソレンヌ嬢、大きくなられましたな。お会いしたのはお二人がまだ幼い頃でしたので、改めて自己紹介させていただきます。私は外交の仕事を務めさせてもらっています、ヤニク・カニャールと申します」


 ヤニクは一歩前に進み出て、陛下に伺いを立てる。

 頷いて了承を得ると、ヤニクはルイーズとソレンヌに向かって丁寧に頭を下げた。


「ドナシアン殿下には既に話を通しているが、君達にも関わってもらいたい案件がある」


 言いながら、ヤニクは背後に控える部下から何かの書類を受け取った。


「我が国では常々、各国からの留学生を受け入れていることは存じているだろうか」

「はい。ダルシアク国はストレンジの育成に力を入れており、能力向上やストレンジに関する知識は世界一と各国からも認められております」

「そのため、各国からの留学申請があった際にはストレンジ学園への留学を許可し、ダルシアク国民と共に学ぶことで、各国との友好を築いていると認識しておりますわ」


 ヤニクの問いに、ルイーズとソレンヌが順番に答える。


「うむ、その通りだ」


 答えが満足いくものであったようで、ヤニクは大きく頷きながら相槌を打った。


「今まではラマニス国以外からの留学生を、期間をずらして各国から受け入れてきた。だが、今年度、ラマニス国を除く六カ国全てから留学申請があった」


 その言葉に、ルイーズとソレンヌは驚愕の表情を見せた。

 ルイーズはゲームの知識から、他国からの留学生がやって来ることを知っていた。

 彼女が把握しているのは、第二章まで。マラルメ国とオルディアナ国からの留学生が登場する範囲である。

 それだけに、今回ダルシアク国を除く七カ国中、実に六カ国から留学の申請があったという話は、予想外の事態だった。


 ちなみにオルディアナ国の王子は、ダルシアク国へ来る前にマラルメ国へ留学しており、同国の王子と共にストレンジ学園へ転入してくる。

 その展開はルイーズも知っている、重要なイベントのひとつだ。


 さらに彼女は、日本で生きていた頃に見た新章──第三章の発表も思い出していた。

 その章では、ジャポンヌ国とルーノ国からの新たな留学生が登場し、新キャラクターとして物語に加わるのだ。


「君たちには、その留学生たちの応対を頼みたい」


 ヤニクの言葉に、ルイーズはすぐさま違和感を覚えた。肝心なことを語らず、表面だけの情報で了承を取り付けようとしているのが見え透いている。


 ──まあ、外務卿たる者が、こちらがただ頷くと思っているわけではないだろうが。


「発言を許していただけますか?」


 ルイーズが静かに声を上げると、陛下が穏やかに頷いた。


「ルイーズ・カプレの発言を許そう」


 その許可に一礼し、ルイーズはヤニクに向き直る。


「恐れながら、外務卿に幾つか質問がございます」

「答えられる範囲で応えよう」


 ヤニクは一瞬、眉をわずかに釣り上げたが、すぐに頷いて答えた。ルイーズは改めて礼を述べ、核心に触れる。


「六カ国すべての留学申請を受理されたと、そう理解してよろしいのでしょうか」

「ああ、その通りだ。留学申請はすべて受け入れた。君の認識に誤りはない」


 ──この老獪な狸。やはり一番重要なことは伏せたままか。


 ヤニクは、口元の髭を撫でながら当然のように答える。ルイーズは内心で溜息をつきながら、次の質問へと移った。


「承知いたしました。それでは、留学生の人数と、彼らの来訪時期について教えていただけますか?」

「人数については、まだ確定していない国もあるため変動の可能性があるが……現時点で申請が来ているのは十五名ほどだ。今後さらに増える見通しだな。来訪時期については、マラルメ国とオルディアナ国からの留学生が、ひと月後の六月に到着予定だ。他の国の生徒たちは、二学期からの留学を予定している」


 その言葉に、ルイーズは目を見開いた。


 二学期からの留学は予測の範囲内だった。実際、ゲームでも留学生たちが登場するのはそこからだったからだ。

 だが、マラルメ国とオルディアナ国の留学生が六月、一学期のうちに来るとは明らかに予定外だ。


 ──やはり、そうだったのね。


 以前、研究所で見たユメの「予知夢」の中に彼らの姿があった。その時から、何らかの形で彼らが事件に関わる可能性を感じてはいた。

 そうでは無いかと予測してはいたが、まさかこんなにも早く来るとは思ってもみなかった。


「わたくしからも、発言を許していただけますか?」

「ソレンヌ・ペルシエ、発言を許そう」


 ルイーズとヤニクの応答を真剣な面持ちで見守っていたソレンヌが静かに口を開き、国王がそれに頷いた。


「ありがとうございます。わたくしからの質問は、中等部には何名の留学生が入る予定なのかという点ですわ」


 ソレンヌは陛下に礼を述べた後、ヤニクに視線を向けて問うた。


 例年、留学生の受け入れは中等部と高等部のみ。それゆえ、中等部で関わる可能性のある人数を正確に把握するのは、応対の準備を整える上でも重要な質問だった。


「マラルメ国とオルディアナ国からは、中等部に合わせて八名の申請が来ている。他国については、ボルテルノ国とムルエラ国から高等部に計七名の予定だ。ジャポンヌ国とルーノ国については、まだ正確な人数の連絡はないが、近日中には申請が届くだろう」

「畏まりましたわ。それでは、ルイーズ様のご協力もお借りして、例年通り生徒会より留学生の応対にふさわしい者を選出し、後日ご報告いたします」


 ソレンヌは即座に対応策を示し、落ち着いた口調で答えた。六カ国からの留学生という情報には驚いたが、全員が中等部に配属されるわけではないと分かり、わずかに胸をなでおろす。

 例年、留学生の受け入れに際しては、生徒会の中から成績・素行ともに優秀な者を選び、接遇の役を任せてきた。人数こそ多いが、いつものように手分けをすれば何とかなる。そう考えていた、矢先だった。


「その必要はない」


 ヤニクが何でもないことのように淡々と告げた。


「今回の接遇は、中等部からドナシアン殿下、ソレンヌ嬢、ルイーズ嬢の三名で務めてもらう。高等部については、すでに私のほうで人選を終えてある」


 当然の決定事項であるかのように言い切ると、ヤニクは顎をさすりながら、ルイーズとソレンヌを見やり、わずかに口角を上げた。その意図に気づいたのか、ソレンヌの片眉がピクリと動いた。


「それは……どういったご判断からでしょうか? 理由を伺っても?」


 ソレンヌの問いには、慎重ながらも明確な違和感が含まれていた。

 本来であれば、こうした留学生の件は、各部の生徒会に学院を通じて通知される。だが今回は異例づくしだった。

 生徒会役員でもないルイーズまでが、宮廷に直々に呼ばれたのだ。違和感に気づかないほうが不自然だろう。

 そんな問いに、ヤニクはようやく重い口を開いた。


「実はな、今回留学して来るのは、各国の王族か、またはそれに準じる上級貴族の方々ばかりなのだ。彼らのような高貴な方々を、たとえ優秀であっても一介の生徒に任せて不敬があってはならん。だからこそ、君たちに直接お願いしている」


 まるで待っていたかのように、ヤニクはその理由を語った。彼の表情からは、いつになく満足げな感情が見て取れる。

 普段は感情を表に出さないとされる彼が、それを隠そうとしないのは、あえて二人にわかるようにしているのだろうと、ルイーズは内心でため息をつく。


「ヤニクよ、あまり二人を困らせてやるでない」


 ルイーズとソレンヌが苦い表情を浮かべたところで、陛下がやや呆れたような声で口を挟んだ。


「困らせるなどとんでもない。私はただ、聡明と名高いお二人の真価を確かめたかっただけですよ」


 そう言いながら、ヤニクはソレンヌとルイーズの父、ジョゼフとマルセルへと視線を送った。旧友を前にしたその表情には、苦笑とも照れ笑いともつかぬ感情が浮かんでいた。

 ヤニクもまた、陛下の側近として長く仕えており、若き日をジョゼフやマルセルと共に過ごしてきた盟友の一人なのである。


「ルイーズ嬢、ソレンヌ嬢。試すような真似をしてしまい、申し訳ない。今回の留学生は各国から王族の方々が来られるということで、その接遇を任せるに足る人材かどうか、私の目で直接見極めたかったのだ。ご不快な思いをさせてしまいましたな」


 ヤニクは二人に向き直り、深々と頭を下げた。

 確かに試されていたことに苦味は感じたが、ルイーズもソレンヌも不快とまでは思っていなかった。むしろ、重要な役割に値するかを確認されるのは当然のことだと理解していた。

 王族の世話をするとなれば、その対応一つでダルシアク国の信頼や威信が問われるのだ。


「どうか顔をお上げくださいませ、カニャール様。不快などとは思っておりませんわ」


 ソレンヌがすぐさま言葉を返し、ヤニクの頭を下げるのを制する。


「こればかりは、国の沽券に関わる問題ですもの。慎重になるのは当然ですわ。それで、わたくし達は、カニャール様のお眼鏡に適いましたでしょうか?」


 ルイーズの問いに、場が一瞬静まりかえる。ソレンヌもまた固唾を飲んでヤニクの答えを待った。


「ええ、それはもう。噂に違わぬ見識と慎み深さだ。軽率に引き受けるのではなく、話の核心に耳を傾ける姿勢と、真意を見抜く目とをお持ちだ。まさに、私が求めていた人材。どうか、お二人に各国王子の接遇をお任せしたい」


 先ほどの厳めしさが嘘のように、ヤニクは柔らかな笑みを浮かべて二人を称賛した。少し持ち上げ過ぎでは、とルイーズは内心思いながらも、素直に褒められて嫌な気はしない。

 こそばゆさを覚えながらも、ルイーズとソレンヌは笑顔で頷き、快く引き受けた。


「けれど、なぜわたくし達三人だけなのですか? レナルド殿下やルベン殿下には、お話は通されていないのですか?」


 ソレンヌの問いに、空気が一変するのをルイーズも感じた。先ほどまでの穏やかな場が、一瞬で張り詰めたような緊張に包まれる。


「陛下、その件は僕からご説明いたしましょう」


 国王が口を開こうとしたその時、ドナシアンが一歩進み出て声を上げた。


「うむ、よかろう」


 国王はドナシアンに視線を向け、静かに頷いた。


「ありがとうございます。まず結論から申し上げますと、兄上たちにはこの件については一切伝えておりません」


 ドナシアンの静かな一言に、ルイーズは「やはり」と思い、ソレンヌは驚きに目を見開いた。


「最近の兄上たちの素行について、王族としてあるまじき振る舞いが幾度か見られました。これは、決して看過できるものではありません」


 その説明に、ソレンヌはハッとし、思い当たる節に表情を曇らせる。レナルドの最近の態度──軽薄な振る舞いや、生徒会を私物化するような行動が脳裏を過ぎった。


「そのため、中等部からは私が。一方、二・三年生の中からは素行が良好で、家格・資質共に申し分ないとされるルイーズ嬢とソレンヌ嬢に白羽の矢が立ったのです」

「そう……でしたのね。丁寧なご説明、ありがとうございます。ドナシアン殿下」


 ソレンヌは礼を述べ、静かに頭を下げた。

 ここ最近、双子の王子とラシェルを中心とした取り巻きの態度は目に余るものがあった。生徒会の活動はそっちのけで、茶菓子を食べ散らかし、書類にも目を通さず、役員たちに負担ばかりをかけていた。


 ルイーズもまた、そのような彼らの行いを諌めたことがあった。しかし、ルベンは逆上し、彼の【物質化】のストレンジでその場にない物体を突然出現させ、時には拳大の石を彼女に投げつけたことさえあった。


 最悪なことに、その様子を他の生徒に見られてしまい、高等部にまでその噂が広まった。ラファエルが噂を耳にするなり高等部からすっ飛んで来た時には、諌めるのも一苦労だった。


 ラシェルの気を引くためにだけ動き、学園で好き放題に振る舞う彼らには、他国王族との関わりなど到底任せられるはずもない。

 ルイーズはその場を思い出しながら静かに息をついた。

 ソレンヌは生徒会としての務めに加え、留学生の接遇という重責を担うことになる。だが、それを支えるために、ルイーズとドナシアンがそばにいる。三人であればこの任を乗り越えられる。ルイーズはそう確信していた。

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