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三話 研究所と予知夢

 ストレンジ騎士団研究所。

 ここでは、さまざまな実験が行われている。ダルシアク国最高峰のストレンジ研究所だ。

 他の七カ国内では、ダルシアク国の研究所に勝る場所はないだろう。

 それこそが、ダルシアク国がストレンジに関しての知識と実力では他の国を寄せ付けないとされる所以なのだ。


「ルイーズ様、ソレンヌ様、エド様、本日もご足労いただき、誠にありがとうございます」


 宮廷近くに設立されたストレンジ騎士団の本拠地に着くと、紺色のローブに身を包んだ老人がルイーズたちを出迎えた。


「ご機嫌よう、爺や」

「本日もよろしくお願いします」

「爺や、私たちはいつでも飛ばしてもらっていいですよ~」


 ルイーズ、ソレンヌ、エドの三人は、それぞれ目の前の老人に挨拶をした。

 ちなみに、爺やとは本人からそう呼んでくれと言われており、三人とも「爺や」と呼んでいる。

 聞いた話によると、ストレンジ騎士団のメンバーも爺やと呼んでいて、誰も彼の本名を知らないのだとか。

 彼はストレンジ騎士団に雇われた案内人で、こうしてストレンジ騎士団を訪れる者たちを、研究所内でそれぞれ所定の場所へと転送する役目を担っている。

 ルイーズは七歳のころからここに来ているが、未だに建物内の構造を全く理解していない。


「ルイーズ様は副団長の元へ、ソレンヌ様とエド様はいつもの研究所に案内いたします」


 爺やの言葉に、それぞれ頷いて了承の意を示す。


「お嬢様、行ってらっしゃいませ」


 サビーヌの見送りを受け、三人は爺やの差し出した手のひらに手を置く。

 次の瞬間、目の前の景色が一変し、別の部屋にいた。

 ソレンヌとエドはストレンジ能力を測定する部屋に飛ばされ、ルイーズは一人、別の部屋に飛ばされた。


「いらっしゃい、ルイーズ嬢」

「ご機嫌よう、ヒロ様。本日もよろしくお願い申し上げますわ」


 転送先で待ち構えていたのは、爺やと同じ紺色のローブに身を包み、眼鏡をかけた青年が出迎える。

 彼はストレンジ騎士団の副団長、ヒロ・イノウエという。

 彼の名前や国名からも分かるように、ジャポンヌという国から来た者だ。

 ジャポンヌ国は、ルイーズが前世で住んでいた日本に少し似ているが、ヒロから話を聞く限り、前世のルイーズがいた現代日本とはいくつか異なっているようだった。

 それでも、ルイーズはいつかジャポンヌ国に行ってみたいと、密かに思っている。


「今日はネムとユメの状態を確認させていただきます」

「分かりましたわ」


 ヒロはカルテを手に取り、椅子に腰を下ろす。

部屋は病院の診察室のようで、白を基調とした内装だ。隣にはガラス張りの部屋があり、ルイーズとヒロがいる部屋からその中が丸見えだ。

 ルイーズは隣の部屋へと移動し、備え付けのベッドに腰を下ろす。


「ネム、ユメ、おいで」

「今回はネムとユメを同時に調査します。まずネムのストレンジで眠った後にユメのストレンジが発動するように指示してください。ユメのストレンジ発動後、十分後に目覚めるようにしてください。」


 指示に従い、ルイーズは二匹のピッピコを呼び出した。

 ピッピコはそれぞれ、睡眠を促す能力と予知夢を見せる能力を持つ二匹だ。

 ルイーズはベッドに仰向けになり、ネムに合図を送った。ネムには、ストレンジで眠らせるよう指示を出す。そして、ユメにはルイーズが眠った後に予知夢を見せるように指示した。


「では、始めてください」


 隣の部屋からの指示で、合図と共に二匹のピッピコは力を発揮し、ルイーズは瞬く間に眠りに落ち、予知夢を見た。

 ユメの能力は不安定で、見たい予知夢を設定することはできない。

 いつ、どこで、どんな人物が出てくるのかは一切わからないが、的中率は今のところ百発百中だ。

 ルイーズが保持するピッピコは、全てルイーズとしか共鳴を示さないため、実験を行う際は、ルイーズ自身が被検体や実験体となることが多い。

 ネムとユメの能力測定は今回が初めてではなく、ルイーズは油断していた。


 ユメのストレンジは、見たいものも見たくないものも関係なく見せてしまう。今までは全く知らない人の日常生活や、ルイーズとは関係のない未来ばかりが映し出されていた。


 ──ここはストレンジ学園?それに、職員室かしら?


 学園には騎士やストレンジ騎士団のメンバーが出入りしている。学園の教師たちも慌ただしく駆け回り、場内は騒々しい。


「行方不明者の人数は分かったの!?」

「結界で防御されているのか、手がかりが掴めません」

「敵は賊なのか、組織で動いているのか、まだ分からないのか!」

「子供が無事到着しているのか、親御さんからの問い合わせが殺到しています」

「生徒たちを寮から一人も出すな!」

「学園にいる高等部の生徒たちを、初等部寮と中等部寮に全員移動させたので、直に生徒たちの騒ぎも落ち着くと思います」


 これは…“知っている”。

 ゲームの中で、連休中に帰省した生徒たちが、連休も終わり学園に向かう途中で相次いで誘拐される事件があった。


「救出に行こう!」


 正義感溢れるレオポルドの発言で、双子王子率いるクラスの男子生徒たちが盛り上がり、賊に誘拐されたクラスメイトや学園の生徒たちを助け出すという話だ。

 この事件は第一章の終わり頃、一学期の終盤、夏休み前の大型連休で起きる事件だったはず。

 ヒロインは誘拐された側で、この時に好感度が最も高いキャラが救出してくれるのだが、


「俺が相手になろう。かかって来い」


 ──何故。何故貴方がそこにいるの!?


 《《彼等》》が来るのは二学期のはず。

 賊に立ち向かう者たちの中にいるはずのない者たちの姿があった。

「姐さん、大丈夫?」

「ええ、ソレンヌ、エド、行くわよ。」


 ──これは、私?


 エドやソレンヌも戦闘モードで、各々が得意な武器を手にしている。


「ソレンヌ嬢、怪我はないか?」

「は、はい。助けていただきありがとうございます。…──様」


 その瞬間、景色が急に暗転する。

 真っ暗で、何も見えない。先ほどの事件の詳細をもっと見たかったが、そんな願いも虚しく、予知夢では望んだものを映し出すことはできないだろう。

 夢の中にいるのだと、はっきりと認識できる。

 予知夢が消えたのは、もうそろそろ十分が経った証拠だろうか。冷静に状況を考えながら、意識が現実へ浮上するのを待っている。

 そして、ふとした瞬間。


「お姉様、しっかりしてください!」

「姐さん!起きて!起きてよ!!」


 真っ暗だった視界に、急に光が差し込む。

 その光の中に映し出されたのは、ライの治癒の光に包まれる自分の姿。横たわるルイーズに必死に縋りつくソレンヌとエドの姿が目に入る。


「ジェルヴェール!!目を開けろ!!」

「心臓が動いていない……」

「うそ…だろ。死んだなんて嘘、だよなっっ」


 ルイーズの傍らには、六年前よりも大きく成長した愛しき人の姿があった。

 その愛しき人は、ルイーズの隣で息絶えており、彼の周りにもまた彼を慕う者たちが囲んでいる。


 ──これは、何?こんなの”知らない”。


「じ、る……さま」

「お姉様!!」

「姐さん!!」

「ルイーズ嬢!!」


 ルイーズはゆっくりと目を開ける。

 それに気づいた面々は、口々にルイーズの名前を呼んだ。


「ライ、……ジル様を。怪我して……わたくしより、先に……治してさしあげて」


 横たわるルイーズは、ジェルヴェールに向けて手を伸ばし、ライに命令する。

 しかし、ライはルイーズに治癒のストレンジを施したままで、離れようとしない。


「ライ……ジル様に。はや、く」


 それでもライは動かない。

 ルイーズとジェルヴェールを囲む面々は、声を押し殺して泣きながら、言葉を発しない。


 ──何故皆は泣いているの?心臓が止まった?そんなの、そんな事あるはずがない!!


 ゲームでは、そんなシナリオは無かった。

 ジェルヴェールが死ぬのは乙女ゲーム版でのバッドエンドの時だけだ。ルイーズの心中計画が成功して、ルイーズに殺される時だけ。

 今見ている場面は、ゲームのシナリオとは色々と異なっている。

 まず、断罪イベントの場所も違うし、ヒロインもこの場にはいない。それに、ゲーム内で見たことが無い初めて見る顔触れがいる。

 何より、未来のルイーズはジェルヴェールを殺そうとしているのではなく、助けようとしている。


「ジル様?返事を。声を聞かせて…くださいませ。」


 未来のルイーズは手を伸ばし、隣で眠る彼の手を握る。その瞬間、一瞬強張った顔をして懸命に呼びかけた。


 ──もう、やめて。


 見たくない。いやだ。やめて。こんなの信じない。

 これが、これから先の未来だなんて信じない。認めない。

 目を閉じたくても耳を塞ぎたくても、これは夢の中だから、目を閉じることも耳を塞ぐこともできない。


 ──どうして?どうしてこんな未来になってしまったの?


 ルイーズが必死にジェルヴェールを呼びかける声が、徐々に遠ざかった。

 時間の感覚がぼんやりと失われる。やがて、現実世界に意識が浮上した。


「お疲れ様でした。今回の予知夢の内容を教えてください」


 目を覚ますと、ヒロが温かいお茶をルイーズに差し出した。

 お茶を一口飲み、カラカラに乾いた喉を潤す。

 差し出されたお茶は緑茶で、ジャポンヌ国のみで栽培されている茶葉を煎じたものだった。

 緑茶はルイーズの昂った気持ちを少しずつ落ち着けてくれる。


「ルイーズ嬢?如何されましたか?顔色が優れないようですが」


 異変に気づいたヒロが心配した表情で尋ねる。


「いえ、大丈夫ですわ。ただ、ちょっと宜しくないものを見てしまいまして」


 ルイーズは苦笑を浮かべて誤魔化し、予知夢で見た内容を報告する。

 報告した内容は最初に見た生徒誘拐事件のことだけ。

 後半見た内容については、報告することができなかった。

 口にしてしまうとジェルヴェールの死を認めたようで、百発百中とはいえ、あの不確定な未来を肯定することに恐れを感じた。

 ユメの予知夢が当たるといっても、事前にそれを回避すればいいだけの話だ。

 予知夢で見た未来を辿らないためにも、事前に準備していれば回避できるはずだと考えた。


 ──だけど、もし本当になったら?


 一瞬その考えが頭を過ぎ、ゾッとした。恐怖に身体が震えそうになる。

 自分が序盤からシナリオを捻じ曲げたことによって、歪みが生じたのだろうか、と思い、ルイーズは(かぶり)を振ってその考えを振り払った。


「これは、団長や騎士団の方々と相談しなければなりませんね。ルイーズ嬢、本日の実験は終了です。エド嬢とソレンヌ嬢がいる研究所までお送り致します」


 ヒロは話した誘拐事件について考え込んでいて、ルイーズの様子には気づいていなかった。

 その後のことはあまり覚えていない。無理矢理笑顔を貼り付け、しっかりと受け答えをしていたと思うが、誰と何を話していたのか、全く覚えていなかった。

 その日の夜、ルイーズは早めに寝床に就き、一人で予知夢について考えながら、震える身体を抱きしめて丸くなって眠った。

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