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二話 最悪な初・対面

「レナルド殿下、ルベン殿下、御紹介致しますわ。彼女は───」

「お初にお目にかかります。今日から編入することとなりました、ラシェル・キャリーと申します。皆さん、どうぞよろしくお願いします」


 ソレンヌがラシェルを紹介しようと口を開いたその瞬間、声が重なった。紹介の言葉を被せてきたのは、まさに紹介される本人で、ラシェルは一歩前に踏み出し、満面の笑みを浮かべて挨拶をした。


 言葉を遮られたソレンヌは驚き、ラシェル嬢を示すポーズのまま、しばらく動けずに固まっている。ルイーズ、ドナシアン、エド、レオポルドの四人は、ラシェルの行動に唖然とした。

 一連の流れを見ていた群衆も、この行動には驚きが隠せない様子で、他人事のように顔を強ばらせていた。特に平民出自の人々やヒロインの幼馴染は、顔面蒼白となっていた。

 だが、事の重大さに気づいていないのは、どうやら双子王子とラシェル本人だけのようだ。


「ラシェル嬢。君は気づかなかったようだけど、今、ソレンヌ嬢が君の紹介をしようとしていたんだよ。気づかなかったとしても、人の話を遮ってはいけないよ」


 皆の心を代弁するように、シーグフリードが優しく注意を促す。


「君には、覚えてもらわなければならないことが多いようだ。ソレンヌ嬢、君の話を遮ってしまって申し訳ない。彼女には私から指導しておくので、今のことは水に流していただけないだろうか」

「えっ、そうなんですか。ごめんなさい、私ったら。自己紹介くらい自分でできるので、気づかなかったです。ソレンヌ様、ごめんね?」


 シーグフリードが素早くフォローを入れ、ソレンヌに謝罪の言葉をかける。しかし、どうしたものか、当のラシェルは驚いた表情を浮かべ、両手を組んで涙目でソレンヌに詫びを入れているものの、その態度はやはり不遜だ。

 おそらく自分が何をしたのか、全く理解していない様子だ。


 公爵令嬢であるソレンヌの言葉を遮っただけでなく、自己紹介を自分でできると言ってソレンヌの行いを無下にし、頭を垂れることなく両手を組んでタメ口で謝罪する。

 学園では権力を振りかざすことは禁止されているが、それが「全員が対等である」という意味ではない。教師はもちろん、上下関係が存在するのだ。


 国王陛下の指示で、王子たちを教育しているシーグフリードでさえ、きちんと立場をわきまえた態度を取っている。その中で、人道的なことに関してのみ王子たちに厳しく指導している。

 ソレンヌが「気にしないように」と言っても、ラシェルは本来、気にしなければならないのだ。


 ヒロインはこんなにも愚かだっただろうか、と首を傾げていたその時、突如として声が上がった。


「今のはソレンヌが悪いぞ。謝るべきはソレンヌの方だろう」

「自己紹介くらい誰でも自分でできるもんな!」


 このバカ王子たちは一体何を言っているのか。そう思ったのはルイーズだけではないだろう。周囲の目にも、非難の色が浮かんでいる。今の状況を見れば、誰がどう見てもラシェル側に非があることは明白だ。


「そう……ですわね。申し訳ございませんでしたわ、ラシェル嬢」


 レナルドが「ソレンヌが悪い」と発言したことに対して、ソレンヌは一瞬眉をひそめ、唇をキュッと結んだ。

 彼女がこの表情をする時は、決まって傷ついた時だ。

 特に最近では、レナルドの心無い言葉に胸を痛めた際にしばしば見せる表情だ。そのことに気づいているのは、ルイーズ、エド、ドナシアンの三人だけだろう。


 ソレンヌはほんの一瞬、傷ついた表情を見せたが、すぐに気持ちを切り替え、凛とした態度でラシェルに頭を下げて謝罪をした。


「そんなっ、顔を上げてください、ソレンヌ様。誰にだって間違いはありますもの。ね?」


 反省すべきなのはラシェルの方だ。

 ソレンヌは何も間違っていない。

 謝罪する必要が全くないはずなのに、ソレンヌが頭を下げ、逆に謝罪をしなければならないラシェルが彼女を宥める姿に、ルイーズは苛立ちを覚えた。


 ──もしかして、ラシェル嬢も転生者なのか?


 それとも、ただの愚か者なのだろうか。彼女の無知な言動が、まるで茶番のように思えてきた。バカ王子たちとの稚拙な言葉の応酬に、目眩がしそうだ。


 確か、ゲーム内でのヒロインも天真爛漫な性格が拗れていて、ファンからは賛否両論があったように記憶している。彼女の活発で飾らない部分が良いという意見もあれば、礼儀を重んじるべきだという厳しい意見もあった。


 今、ルイーズが思うことは、転生者だろうがただの愚か者だろうがどうでも良い。ただ一つ、分かっていることは──


 ── 妹のように可愛がっているソレンヌを辱めたな??


 その事実だけで十分だ。

 本来ならば、万死に値するところだが、今回はレナルドとルベンが関わっている。


「ラーゲル先生、あとのことはお願いできますでしょうか? きちんとこの学園に馴染んでいただかなければ、彼女自身にも不便が生じますから。よろしくお願いしますね?」

「ルイーズ嬢……。ラシェル嬢にはしっかりと学園について説明しておこう。時間を取らせてしまって申し訳ない」


 ルイーズはポケットから扇子を取り出し、ソレンヌをわずかに隠すように立ち、全く笑っていない口元を隠して双眸を弧に描く。

 ルイーズの口調、態度から、シーグフリードは即座に怒りの波動を感じ取った。

 その態度は、まさに「今回は見逃すが、無礼な者をさっさと連れて去れ」と言わんばかりだ。

 シーグフリードは何か言いたげな表情を見せたが、聞く気はまるでなかった。聞いたところで何の得にもならないことは明白だからだ。

 普段は権力を振りかざす態度を好まないルイーズだが、仲良くしている者に害が及ぶのであれば、話は別だ。


「さあ、行こうか。職員室に行くのがだいぶ遅れてしまった。ほかの教員たちにも軽く挨拶しないといけないからね」


 ルイーズの言葉に込められた意図をすぐに汲み取ったシーグフリードは、ラシェルを連れてこの場を離れようとした。


「あ、でも私、まだ皆さんのことを聞いていないです。ここにはクラスメイトになる人たちもいるんですよね?せっかくなので、クラスメイトの方も、そうでない方も、名前を教えてほしいなと思います。私、この学園の皆さんと仲良くなりたいなって思ってるんです。えへへ。」


 ラシェルは淡く頬を染め、無邪気に笑った。その笑顔はまさに、活発で無邪気、天真爛漫と言った表現がぴったりだった。おまけに美少女と来たもんだ。

 双子王子を含む、その場にいた数名の男子生徒が、彼女の笑顔に見とれているのに気づいた。令嬢令息が多いこの学園では、他の生徒の前で自分の意見をしっかりと口にし、上級貴族の令嬢令息たちに対して無邪気に笑う者など、まずいない。

 平民同士であれば見かけることもあるかもしれないが、貴族社会で生きてきた人々にとって、ラシェルのような存在はまさに異端だろう。

 さすがヒロインと言うべきか、彼女の美少女な容姿も相まって、嫌な印象を与えるどころか、どこか魅力的で目を引くものがあった。


「申し訳ありませんが、私たち、この後の予定がありますので。まだこの場にいらっしゃるのであれば、申し訳ありませんが、私たちは先に失礼させていただきます。……レナルド殿下、ルベン殿下、ご前失礼いたしますわ」


 その沈黙を破ったのはルイーズだった。彼女は冷静な口調でそう言うと、ソレンヌとエドに目配せをして、ついて来るように指示を出した。


 ドナシアンとレオポルドがどうするかについては、特に気にしなかった。二人がヒロインと親しくしたければその場に残ればいいだろうし、もし関わりたくないのであれば、勝手に自分たちに着いて来るだろうと判断した。ルイーズは、レナルドとルベンに一言挨拶をしてから、その場を後にしようと歩み出した。


「待ってください!!」


 甲高い声で叫ばれ、ルイーズは眉をひそめ、足を止めた。


「どうして無視するんですか!?私が庶民だからですか!?」


 ラシェルは悲痛な表情で叫んだ。これまで経験したことのないほどの目眩と頭痛が一気に押し寄せ、ルイーズは思わず頭を抱えたくなるのを必死でこらえながら、冷静に問いかけた。


「それは、わたくしに言っているのでしょうか?」

「そうです!私はちゃんと自己紹介したのに、挨拶もなく無視するなんて酷いです!!」


 ──彼女は人を煽るのが好きなのでしょうか?それとも、自らを追い込むのが好きなマゾなのでしょうか?


 ルイーズの胸中で燻っている怒りに気づいていないのか、ラシェルは無自覚に自分の立場を悪化させる行動を繰り返していた。その愚かさに、ルイーズは呆れを覚える。


 平民だろうと貴族だろうと、上下関係はこの社会で最も基本的な常識であり、それを知らない者は少ない。一般的な社会でも、貴族に対して目下の者が口を利くことはあり得ないし、道を阻むことすら許されないことくらい、誰もが子供の頃に教わるはずだ。それを理解していないラシェルの態度に、ルイーズはますます腹が立つ。


「君さぁ、さっきから聞いていれば───」


 目に余るラシェルの態度にエドが憤り、口を開こうとしたが、ルイーズはその前に扇子を開いて、静かにエドを制した。

 当事者である自分が、ラシェルと正面から向き合うべきだ。


「無視だなんて酷い言いようではございませんか?もし、聞いていなかったのであれば申し上げますが、わたくし達にはこの後、予定があるとお伝えしたはずです。ですから、先に失礼させていただきますと申しましたわ」

「でも、名前を言うくらいすぐじゃないですか。」


 ──これがヒロインだというのか。


 ラシェルは真っ直ぐにルイーズを見つめ、まるで何の問題もないかのように正当なことを言っているつもりだろう。しかし、その言葉の一つ一つが自分の立場を更に悪化させていることに、彼女は全く気づいていない。


 ゲーム内でヒロインを虐める悪役令嬢じゃなくても、彼女の態度には誰でも不満に思うし小言の一つや二つ言いたくもなるだろう。

 ゲームではそのような描写が細かく描かれていなかったかもしれないが、もし普段からこんな態度で接しているのであれば、悪役令嬢たちの不満や苛立ちも理解できる。今、この瞬間に、ルイーズはそれを痛感していた。


「貴女に忠告致しますわ。貴女は先ず教養と礼儀を身に付けた方が宜しいかと思いますの。貴女が確りと教養と礼儀を身に付けた暁には、わたくしも貴女を一人の淑女と認め、改めてご挨拶致しますわ。」


 ──ああ、嫌だわ。これじゃあ本当の悪役令嬢じゃない。


 此処は公爵令嬢として、また中等部の年長者として、皆に上に立つ者として示しをつけなければならない。たかが名前程度と思うかもしれないが、厳しいようだが、彼女の態度を認める訳にはいかないのだ。

 本来、ヒロインと接触することがあっても一切関わる気はなかった。

 ルイーズの大事な者達を傷付けない限り、誰と恋に落ちようが、周りに迷惑をかけない恋愛ならば、大人しく見守るつもりでもあった。


 だが、実際に対面してみるとどうだ。

 ソレンヌを公の場で辱め、ルイーズ達の態度が非常識だと非難する。ゲームキャラであるルイーズならば、表は大人しく裏で動く狡猾な性格のため、ヒロインに直接食ってかかられれば苛烈さを胸に秘めながらも身を引いただろう。しかし、生憎と今のルイーズはゲーム内のルイーズとは真逆の性格をしている。


「それでは、皆様今度こそ失礼させて頂きますわ。御機嫌よう」


 ルイーズはカーテシーをし、群衆に別れを告げた。

 ソレンヌとエドもカーテシーをして後に続いた。それでも、何か言い募ろうとしたラシェルをシーグフリードが即座に止めに入ったため、再び呼び足を止められることはなかった。


「お姉様、助けて下さりありがとうございました。しかし、わたくしの所為であのような事を言わせてしまい申し訳ございません」


 中庭から離れたルイーズ達は今、馬車の中にいた。立ち去る際、ドナシアンとレオポルドも着いてきたのだが、彼らとは学園内で別れた。

 今はルイーズ、ソレンヌ、エド、そして護衛兼侍女としてサビーヌが同乗し、ストレンジ騎士団の研究所へ向かっている途中だ。ソレンヌは僅かに震える手を抑えながら、頭を下げた。


「顔を上げて、ソレンヌ。わたくしの可愛い妹を傷付けられたのだもの、黙っていられないわ。それに、あの場で彼女の言い分を聞いてしまうと他の方々に示しがつかなかったもの。到底、公爵令嬢としても年長者としても、彼女の態度を認める訳にはいかなかったのよ。だからソレンヌの所為ではないわ。」


 眉尻を下げて顔を上げるソレンヌに、にこやかな笑顔を向ける。

 少しだけ安堵したのか、彼女が小さく息を吐くのが分かった。


「それにしても、何あいつ!幾ら庶民だとしても、礼儀を弁えて無さ過ぎるよ!」


 エドが怒るのも最もだろう。普段の彼女からは到底考えられないが、エドは礼儀に関しては実は完璧だ。

 夜会やお茶会に出席すると人が変わったように綺麗な動作をする。ミュレーズ夫人の指導の賜物だろう。

 エドはゲーム内でもそうだが、姉御肌気質で誰にでも平等なため、庶民の女性達からも大変な人気者で、庶民の友達も複数いる。なので、幾ら平民出自といえど、ラシェルの態度は有り得ない事だとよく分かっているのだ。そのエドが言うのだ。ラシェルの態度はやはり常軌を逸しているのだろう。


「エドが怒る気持ちもよく分かるわ。でも、早まった行動だけはしないようにね?」


 ソレンヌとエドはラシェルと同じクラスだ。ソレンヌはゲーム内の性格と大分変わり、高飛車で権力を振り翳すような性格ではなくなったため、大丈夫だとは思うが、エドが心配だ。エドは自分の事だと無頓着なのだが、他人が傷付けられるのを大いに嫌う。それが、懐に入れた者となると尚更のこと。


「何かあれば直ぐにわたくしに報告する事。勝手に動いては駄目よ?特にエド。いいわね?」


 エドは既に不満だとその顔にありありと書いているが、渋々了承した。

 ラシェルに関しては、動向を見守りつつどう対処していくか考えなければならない。今のところ一番厄介なのは、レナルドのルートに入った場合だろうか。

 レオポルドとドナシアンに関しては今のところ問題ないだろう。

 あの場でもし残るようなことがあれば、エドの人生に関わってくるため、レオポルドに関しては対策を立てる必要があったかもしれない。しかし、レオポルドもエド同じでラシェルの態度に憤っていたようだし、大丈夫だと信じることにした。

 あの場での空気は異常だった。異常さに気付いた男子生徒は、群衆の一部の生徒とドナシアン、レオポルドくらいだろう。

 もしラシェルが対象者達を”攻略”しに来た場合、確実ではないが彼らが陥落する予感があった。その場合、傷付くのはソレンヌだ。

 ルイーズは研究所に着くまでの道のりで、今後の動向に思考を巡らせた。

 一番の悩みどころはやはりソレンヌとレナルドだろうか。

 どうにかソレンヌを傷付けずに学園生活を送りたいものだが、ルイーズには人の心を左右する特殊能力など持ち合わせてはいないし、難しいところだ。

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