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一話 動き出すストワ本編

 ルイーズは今年で十五歳になった。

 そして、今日。ヒロインがストレンジ学園に編入してくる日だ。


 ヒロインの入学を阻止するため、ルイーズは以前から準備を進めていた。

 ヒロインが持つストレンジは、彼女自身には無自覚で、外見上は全くその兆しを見せない。

 一見すると普通の少女に過ぎないが、その力は並外れたものであり、ルイーズにとってはそれが脅威であることを感じていた。


 ゲーム内のヒロインは幼少期に事故に遭い、両親を失った。唯一生き残ったヒロインは、教師になる前のシーグフリード・ラーゲルベックに助けられた。

 シーグフリードは彼女を孤児院に預け、姿を消した。

 余談ではあるが、朦朧とした意識の中で出会ったため、ヒロインはシーグフリードの姿を覚えていない。しかし、誰かに助けられた記憶だけは鮮明に残っている。

 ルイーズがヒロインを探し出した時、彼女はすでに孤児院に預けられていた。


「少しでも懸念を取り除いておきたかったのだけど……」


 想い人であるジェルヴェールは、ゲームの第二章に登場する攻略対象者の一人だ。

 ゲームの強制力がこの世界に影響を与えるのかどうかはわからないが、最悪の事態、そして仮に強制力が働かなくても、二人が出会ってしまうことで、ルイーズではなくヒロインを選ぶ可能性があるのではないかと危惧していた。

 万が一の可能性を完全に潰しておきたかったのだ。


 ヒロインが学園に編入するまでには、ある事件が起こった。

 ヒロインが暮らす孤児院が、ストレンジを有する賊に襲撃され、ヒロインの力が発現する。その結果、国の機関にそのことが発覚してしまう。

 ルイーズは事前に賊を根絶やしにし、力が発覚する事件を未然に防ごうとしたが、結局は失敗に終わった。

 ルイーズが所持しているピッピコの中には、予知夢を司るストレンジを持つピッピコがいる。

 ルイーズはそのピッピコからの予知を受けて、幾つかの未来を予測し、賊による襲撃を防ぐことに成功した。だが、まるで神のいたずらのように、ある別の事件が勃発した。

 ヒロインが事件に関わり、駆けつけた騎士たちによってそのストレンジが露呈し、本日の編入に至ったのである。


「憂鬱だわ……」


 ルイーズは深いため息をつきながら、本音を漏らした。


「お姉様?」

「ルイーズ嬢、大丈夫?何か嫌なことでもあったの?」

「あ、ええ。大丈夫よ。今日小テストがあるから憂鬱だなって思っただけなの。……て、あら?ソレンヌ、ところでエドは何処(いずこ)へ?」


 ソレンヌと第四王子が心配そうな顔をして尋ねてきた。

 ルイーズ、ソレンヌ、エドは、暇さえあれば一緒に行動している。二人が入学してきてから、ずっと変わらずに一緒だった。

 四年前と変わったことと言えば、ルイーズの二つ下である第四王子、ドナシアンがストレンジ学園に入学したことだろう。

 ドナシアンは入学当初、あまり社交的ではなかったため、国王陛下からルイーズに面倒を見て欲しいと頼まれたのだ。

 それがまた、ルベンから逃れる良い言い訳にもなったため、ルイーズは喜んで受け入れた。

 ドナシアンは学園に入学してから、ルイーズと行動を共にすることが増え、すっかりと懐いた。

 ソレンヌとエドも彼に打ち解け、三人は仲良くなった。


 ドナシアンの母君、エミリエンヌは正妃エヴリーヌを本当の姉のように慕っていたが、エヴリーヌが亡くなった後、深い悲しみに沈んでいた。その影響で、ドナシアンは愛情に飢えた結果、甘えん坊に育ってしまった。


 ──あれ?育て方、ちょっと間違えたかしら?とも思わなく無いけど、可愛いので良しとしましょう。


 それよりも、目下の問題はヒロインだ。

 ルイーズは最初に接触するであろうエドの婚約者、レオポルドのところへ行こうと思っていた。しかし、さっきまで一緒にいたはずのエドが見当たらず、どこに行ったのかと気づき、急いで尋ねる。


「エドなら、『レオの匂いがする』とか言って、血走った目でさっき走って行きましたわよ?」

「血走ったエド嬢、怖かったよ~」


 ソレンヌの報告に思わず突っ込みたくなるが、ドナシアンがその時のエドの形相を思い出したのか、プルプルと震えながら怖がっている。

 小動物のように震える姿に、ルイーズとソレンヌは思わず癒されてしまい、二人でドナシアンの頭を撫でた。


 ──それにしても、レオの匂いがするって……。とうとう野生動物並みの嗅覚まで習得したのか。


 エドとレオポルドの関係は婚約者のはずだが、誰がどう見ても戦友だ。

 本来、「ストレンジ♤ワールド」ではレオポルドよりもエドの方が強く、女性に、それも婚約者に負けたレオポルドは自尊心を折られてやさぐれた。自暴自棄に特訓する中で、ヒロインに出会い、やさぐれた心を癒してもらい、恋に落ちる。

 しかし、ゲームと現実の違いは、目下、エドとレオポルドには倒すべき強敵がいて、二人は常に共闘している。もちろん、エドとレオポルドの二人だけで模擬戦を行うこともある。


 規格外であるルイーズを倒すために、二人は常に切磋琢磨し合っていた。

 そんな中、戦友のような関係が築かれていったのだ。かつてルイーズに負けてやさぐれそうになった心は、婚約者であるエドにボロクソに叩き潰され、その後何故かレオポルドが自力で修復して復活していた。


「レオ、覚悟っ!!」


 ドゴォン


 そう遠くない場所で、エドが吠える声と地面が抉れるような音がした。ルイーズ、ソレンヌ、ドナシアンの三人は、「またか」と頭を抱えたくなるのを我慢しながら、その音の元凶へと向かう。

 案の定、そこにはエドとレオポルドがいた。


「甘いな、エド。気配で容易にわかったぞ」

「ふん。不意打ちなんて卑怯だと言われないように、わざと気配を消さなかったんだ」

「負け惜しみだな」

「負け惜しみかどうかは戦えばわかる」

「それもそうだな。本気で来い、エド」


 エドは素手で中庭の地面に小さなクレーターを作り、レオポルドは抜剣してエドと向き合う。

 二人は互いに好戦的な笑みを浮かべ、睨み合い、一触即発だ。このままでは周りに被害が及んでしまう。

 そう判断したルイーズは、軽く地面を蹴って踏み出した一歩で、二人の間に割って入った。


「こんなところでおっぱじめる人がいますか!場所を考えなさいといつも言っているでしょう!?」


 そう言いながら、二人にデコピンを食らわせた。割と強めに。吹っ飛びこそしなかったが、赤くなった額を抑えて、二人とも涙目になっている。


「「ごめんなさい」」


 エドとレオポルドは謝罪すると、何とか好戦的な態度を引っ込め、安堵の表情を浮かべた。その時、ソレンヌとドナシアンも合流し、周りにも野次馬が集まりだした。


「わあ、すごーい」


 ふふふ、と語尾に付けて群衆の中から大きな声を出す人物がいた。その声はなぜか群衆の中でもよく通る声で、中庭にいたルイーズたちは全員、その人物に目を向けた。


 ストレンジ学園に編入した主人公は、担任となるシーグフリードに連れられて職員室へ向かう途中、庭先で剣の訓練を行っているレオポルドと出会う。

 ゲームでは、レオポルドがエドを見返すために必死で風を剣に纏わせて振るっているところにヒロインがやって来る。

 風を纏いながら剣を振る姿はまさに剣舞のような動きで、その姿に感激したヒロインが「わあ、すごーい」と無邪気に声を上げるの。

 ヒロインが声を上げた瞬間、レオポルドがヒロインに気づき、二人の目が合う。ヒロインは慌てて不躾な態度を謝罪し、これが出会いイベントとなるのだが……


「あ、ごめんなさい。私ったら、つい見惚れてしまって…」


 声の主は、ハニーピンクの髪色と、甘い蜜を流し込んだような蜂蜜色の瞳を持つ女性。間違いなく、「ストレンジ♤ワールド」のヒロインである。

 隣には、構内を案内中のシーグフリードもいる。ルイーズは思わずそのヒロインを凝視した。


 一言一句違わない出会い頭の台詞だ。しかし、そのイベント内容は、ルイーズたちの関係性というイレギュラーによってまったく異なっている。

 なのに、なぜその台詞が出てきたのか。

 この場で見惚れるには多少無理がある。十四歳の少女が素手で地面を抉り、女性に剣を向けて好戦的な笑みを浮かべる少年。とても「見惚れる」ような場面ではない。


「あ、わ、私、間近でストレンジを見るのは初めてで…。大声を出しちゃって、ごめんなさい」


 なるほど。確かに、庶民でストレンジを使える者は少なく、田舎の方ではお目にかかることも滅多にないだろう。

 ヒロインは恥ずかしそうに頬を染め、可愛らしく両手で唇を抑えた。


 ──私の考え過ぎだろうか。


 ヒロインの編入が決まったという情報を手に入れた時、ルイーズはすぐに今後の計画の調整を行った。ヒロインの性格は明るく活発で、天真爛漫を地で行くようなタイプだ。素直で真っ直ぐなヒロインの行動は、ある程度予測がつく。

 複数の行動パターンを考えながら、ルイーズはある事に思い至ってしまった。

 それは、もしヒロインがルイーズと同じ転生者であった場合だ。


「ラーゲル先生、そちらの方は? 初めてお見受けするお顔ですわね」

「彼女は今日からこの学園に編入することとなったラシェル・キュリー嬢だ。下町で暮らしていたんだが彼女のストレンジは特殊でね、なかなか人に見つかりにくいストレンジだった為、今の時期の入学となったんだ」


 ソレンヌの問いに、シーグフリードはラシェルのことを、周囲の観衆にもわかるように告げた。


「まあ、そうでしたのね。ところで、先生が案内をしているということは、もしかして彼女はわたくし達のクラスに編入されるのですか?」

「流石、ソレンヌ嬢。察しがいいですね」

「まあ、そうなのですね。……初めまして、ラシェル嬢。わたくし、ソレンヌ・ペルシエと申します。何か分からないことがありましたら、いつでも頼ってくださいね」

「え? あ、はい。あ、ありがとうございます」


 シーグフリードの肯定を受け、ソレンヌはさすがと言うべきか、見本となるような凛とした佇まいでラシェルに自ら挨拶をし、困り事があれば頼るように申し出た。

 背筋を伸ばし、指先は綺麗に両手を重ね、聖母のような微笑みを浮かべる。

 その姿に群衆から恍惚とした嘆息が漏れた。


 本来、ゲーム内でのソレンヌは甘やかされた家庭で育ち、公爵家の令嬢として矜恃にまみれた女性に成長する。しかし、ゲーム内では庶民を下に見る性格だったものの、実際には子供のうちから領地の孤児院を回ったり、ルイーズ、ソレンヌ、エドの三人で下町にお忍びで遊びに出掛けたりしていた。

 そのため、庶民を見下すような性格では一切なくなった。


 ソレンヌは聖母のような容姿と相まって、令嬢令息はもちろん、平民出自の生徒達からも崇拝される程の存在となっていた。

 ラシェルはそのソレンヌの様子に若干驚いた様子で目を見開き、御礼を言った。

 今のところ、彼女が転生者であるかどうかを見極めるのは厳しいかもしれない。

 ソレンヌの美しさに目を奪われて驚いただけの可能性もあるし、サビーヌがよく口にするように、早とちりは良くない。


「こんなところで人集りなど作って、何をしている」

「何の騒ぎだ。お前達、道を開けろ」


 群衆の奥から、これまた耳によく届く声が聞こえた。

 ルイーズは思わず、げんなりとした表情を浮かべそうになるのを堪えた。


 ──この傍若無人っぷり、間違いなくあの方達だろう。


 声を聞いた瞬間、ドナシアンの肩が小さく上がり、筋肉が萎縮するのがはっきりと見て取れた。

 その様子に気づいたルイーズとソレンヌは、素早く動いた。群衆が道を割るように開けるのを見計らい、彼らが現れる準備を整えるべく、ドナシアンを背後に隠す形で背筋を伸ばして待ち構えた。


「何だ、お前達だったのか」

「こんなところで何をしているんだ」


 姿を現したのは、レナルドとルベン。

 そしてその後ろには、クラスメイトと思しき男子生徒たちが数人連れていた。双子王子はクラスを支配しており、時折こうしてクラスメイトたちを伴い、まるで下僕のように扱うことがある。


「「レナルド殿下、ルベン殿下、ご機嫌麗しゅうございます」」

「騒々しくしてしまい、申し訳ございません」

「実は、本日この学園に新入生がいらっしゃるとのことで、御挨拶をしていたところですわ」


 ルイーズとソレンヌは、頭を軽く下げて挨拶をし、現状を伝えた。


「新入生だと? 初等部ではなく、この中等部に?」

「中等部からとは珍しいな。それで、その物珍しい奴はどこだ?」


 レナルドが訝しげに問うのも無理はない。通常、ストレンジの発見は幼少期に行われ、遅くとも初等部の最高学年である十二歳までにはストレンジ学園に入学することが一般的だ。それが、中等部からの編入となると驚くのも当然だろう。


 ちなみに、初等部、中等部、高等部は同じ敷地内にあるが、それぞれ校舎が別になっている。そのため、ここで編入生というと中等部への編入が確定したことになる。

 レナルドは懐疑的な表情を浮かべているが、ルベンは完全に好奇心からその人物について尋ねた。


 ──それにしても、この状況……


 双子王子にレオポルド、クラスメイトの男子生徒たちに、ストレンジ騎士団長の息子フェルナン、さらに群衆の中で様子を伺っているルイーズと同い年であるヒロインの幼馴染、隠しキャラであるシーグフリード。もしルイーズの兄ラファエルが高等部から駆けつけたら、初日にしてヒロインは第一章の攻略対象者全員と顔合わせを済ませたことになる。


 乙女ゲーム版では登場していないが、ソーシャルゲーム版では追加キャラとしてすでに登場しているドナシアンもこの場にいる。

 まさに事実は小説よりも奇なり。想定に一切なかったカオスな空間が広がっている。遠い目をしつつ、ヒロインであるラシェルをレナルドとルベンに紹介することとなった。

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