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九話 エドとレオポルド

 昼休み、ルイーズはサビーヌと共に校舎の周りを散策していた。


「お嬢様、そんなに落ち込まないでください。皆様、いきなりお嬢様が声をかけたから、驚いただけですよ」

「声をかけただけで驚くって、わたくしはお化けでも何でもないわよ!ただ、お友達になりたかっただけなのに……」


 ルイーズはため息をつきながら言う。


「公爵家なんて!公爵位なんて!そんな地位、要りま……すわね。スタン様に見合う女性になるならば必要だわ」

「お嬢様のその、第一王子至上主義なところ、私は好きですよ」

「ありがと…。でも、それとこれとは別で、やっぱりお友達も欲しいわ」


 ストレンジ学園に来て二年が経つというのに、ルイーズは未だに同い年の友人が一人もいなかった。

 一緒にお昼をどうかと声をかけても、「滅相もない!」と、手と首を全力で横に振られ、断られたこともある。

 貴族令嬢じゃなくてもいいからと、数少ない庶民出身の生徒にも声をかけてみたが、近づくと脱兎のごとく逃げられてしまった。


 ──みんな、そんなにも私と仲良くしたくないのかしら……


 サビーヌは毎回「家格の問題です」と宥めてくれるが、それだけが問題ではないように思える。

 もし、色彩だけで言えば、母のように儚げで、垂れ目に泣きぼくろがあれば、可憐で守ってあげたくなるような女の子になれたかもしれない。

 だが、目元は父に似ていて、目尻がキュッと上がり、容姿は母譲りであっても、性格の悪さが滲み出ていて、美人だけど性格が悪いという典型になってしまっている。

 ソレンヌのように、目尻が少し上がっていても妖精のような容姿でカバーされるか、エドのように気の強さがにじみ出ていても、姉御肌のように美人でかっこよくなれればよかったのに。

 そんな風に思わずにはいられないが、これはどうしようもない。


「お嬢様…お友達なら、ソレンヌ様とエド様がいらっしゃるではございませんか」

「ソレンヌもエドも大好きよ。だけど、同い年の友達が欲しいと思うのは、少しくらいはいいでしょ?一人で移動するのって、寂しいもの」


 ルイーズはしゅん、と肩を落とすと、サビーヌに頭を撫でられた。

 その瞬間、何かに気づいたサビーヌは、急に後方に移動する。


「姐さーーん!覚悟っ!!」


 そう言って、横から飛び出してきた物体を、ルイーズは屈んで素早く避けた。


「あ。」


ガンッ!!


 ルイーズは屈んで直ぐにしまったと思ったが既に遅かった。

 飛んできた物体は、ルイーズの横にあった木に激突し、音を立てて撃沈している。


「姐さん!模擬戦やろう!!」


 その言葉と共に、エドは即座に起き上がり、ルイーズに抱きついてきた。

 ちなみに、ぶつかった本人はまったく問題なく元気そうだが、追突された木の部分だけがぼこりと凹んでいる。


「エド、いきなりの攻撃はやめなさいとあれほど言ったでしょう。それに、こんなところで誰かに見られたら───」


 ルイーズが注意しようとしたところで、言葉が途切れる。

 エドが飛び出してきた場所、つまり校舎側を振り返ると、そこには開け放たれた窓の前に立つ一人の少年がいた。


 ──何故か目がキラキラしているけど、きっと気のせいよね。うん。絶対気のせいだわ。


 その顔に見覚えがあった。

 茶色を基調に、緑のメッシュが混じった髪、そして澄んだ緑色の瞳。彼の名前はレオポルド・ラクロワ。エドの婚約者であり、名門ラクロワ家の三男坊だ。

 レオポルドは中央騎士団団長である祖父、そして北方の危険な地域を守る北軍騎士団長である父を持つ、戦闘狂の家系に育った少年である。


「すっげー!今の不意打ち、どうやって避けたんだ!?すげー!すげー!!」


 どうやら気のせいではなかったようだ。目を輝かせて「すげー」を連発するレオポルド。それに、何故か胸を張って得意げな顔をしているエド。


「姐さんは最強なんだ。誰にも負けないんだからっ!」


 エドのその言葉に思わず苦笑しつつも、ルイーズは心の中で思う。


 ──余計なこと言わないで…。


 と思ったものの、すでに遅かった。

 レオポルドは窓から飛び降り、軽やかにルイーズの元までやってきた。


「なあなあ、模擬戦するんだろ!?俺も一緒にいいか?」


 レオポルドは目を輝かせながら、ルイーズに詰め寄った。

 さらに、エドも両手を合わせておねだりポーズを取って、訴えてくる。


 二人の圧力に根負けしたルイーズは、渋々と学園が管理する演習場へと向かうことになった。

 ストレンジ学園には、肉弾戦や武器を使った戦闘を得意とする騎士を目指す者や、ストレンジを使った戦闘や研究を主とするストレンジ騎士団を目指す者たちのために演習場が設けられている。

 ルイーズは、最初にレオポルド、次にエドとの手合わせをすることになった。


 レオポルドのストレンジは風を司る。

 彼はその風の力を剣に纏わせることで、攻撃の威力を倍増させることができる。


「レオポルド様のストレンジとは相性が悪いですわね」


 振り下ろされた剣を、水の球体で受け止めたが、風のストレンジにより水を弾き飛ばされ、その球体はあっさりと真っ二つに切り裂かれた。

 相手との相性が悪いことは承知しているものの、ルイーズはさらに連続して水球を放つ。


「無駄だ。こんなもの、俺の剣でいくらでも切ってやる」


 レオポルドの言葉に対し、ルイーズは冷静に答える。


「水球を捌くことに夢中で、足元が疎かになっていますわよ」


 複数の水球がレオポルドの目を眩ませ、彼の視線を逸らせる。

 その隙をついて、ルイーズはひとつの水球の陰に隠れて、レオポルドに接近する。

 そして、相手の間合いに入り込み、注意を怠っている両足を払った。


「うわっ!」


 レオポルドはバランスを崩し、地面に倒れる。

 ルイーズは彼の喉元に貫手を突きつけ、勝敗が決まった。


「勝負あり……ですわね」


 剣術の腕前はなかなかのものだったが、レオポルドはまだまだ子供だ。

 そして、現段階では、エドの方が戦闘力ではレオポルドを上回っている。


 敗北を味わったレオポルドは、女であるルイーズに負けたことにかなりショックを受けている様子だ。

 その落ち込み具合に、ルイーズは少しだけ罪悪感を覚えた。

 エドと二人で協力して攻撃してくることを提案するも、レオポルドはますます拗ね、いじけてしまった。まったく、面倒くさい。


「いつまでうじうじしてるんだよ!負けたのはお前の力が足りなかったからだ!悔しければオレに勝ってみろよ。そうやって、いつまでもこーじょーしん持たないお前にはイッショーかかっても倒せんだろうがな、アッハッハッハ!」


 見かねたエドが、レオポルドの前に仁王立ちで立ち、声高らかに笑いながら宣言する。


 ──というか、戦って勝ったのは貴方じゃないでしょ!


 と思いつつも、突っ込みを入れることもせず、ルイーズとレオポルドは唖然とした。

 一頻り笑い声を上げたエドは、腕を組んでビシッとレオポルドを指さす。


「アドルフ兄さんが言ってた。あんたはあの時の私だ。悔しがったって、行動しなければ強くならない。倒したいと思うなら、いじけるんじゃなくて倒す方法を考えろ。負けるのは弱いからだけど、だからこそ、もっと強くなれるってことだ。今の自分より、更に強くなれるんだ。一番難しいのは、自分に打ち勝つことだって、父様も言ってた」


 時折、噛みそうになりながらも、エドはアドルフと父親の受け売りを口にする。

 レオポルドはしばらくその言葉に耳を傾けていたが、次第に瞳に力を取り戻し、顔に再び光が戻ってきた。

 「弱い」とはっきり言われ、彼の自尊心は打ち砕かれたのだろう。しかし、エドの言葉の中に、何かを感じ取ったようだ。

 弱さに打ち勝つため、彼は再び剣を握りしめた。


「エドに言われなくとも分かってる。俺だって伊達に兄上達と訓練してないんだ」


 騎士の家系で育ったレオポルドは、エドに負けじと反論した。

 その言葉に、エドは満足そうに笑みを浮かべる。


「それにな、私の姐さんに勝とうなんて、お前おこがましいぞ。姐さんはあのアドルフ兄さんにも勝ったんだからな!」


 エドは胸を張り、えっへん、と得意げに言った。

 レオポルドは驚愕し、口を開けたままルイーズとエドを交互に見つめた。

 気持ちは分からなくもない。だが、事実だ。

 ルイーズは苦笑いを浮かべながら、それを誤魔化すように言った。


「最後は二人一緒にかかって来なさい」


 模擬戦が再開された。

 二人は息がぴったり合い、次々と攻撃を繰り出す。その連携に、ルイーズは感心し、これはいいコンビになるなと思った矢先だった。


「レオ、その剣に最大の風を纏って!」


 エドがレオポルドに指示を出す。

 レオポルドは即座に頷き、剣の周りに最大出力で風を纏わせた。

 何をするのかと見守っていると、エドは一気にレオポルドの方へと全力疾走し始めた。

 彼のストレンジを纏った剣が足掛かりとなり、バネのように突っ込んで来るのかと思いきや、予想は外れた。

 エドは手に持っていた巨大なハンマーを投げ捨て、急に屈んでレオポルドの膝をホールドした。


「レオ、気合い入れていっくよーーー!」

「え?え?ちょ、エド?何を……」


 突然膝下を持ち上げられ、レオポルドは慌てふためく。何が起こっているのか理解できぬまま、エドにぐるぐると振り回され始めた。

 その動きは次第に加速し、風は剣だけでなく二人をも巻き込んでいった。

 二人の周りには小さな竜巻が生まれ、その力で空気が渦巻く。

 これは、と思った瞬間、エドはレオポルドをルイーズに向けて放り投げた。


「行ってこーい!」

「ぎゃあああああああ!」


 エドの掛け声と共に、レオポルドは容赦なく放り投げられた。

 彼の絶叫が響き渡る。

 風を纏い、竜巻のように渦巻きながら、レオポルドは一直線にルイーズへ向かって飛んで行った。

 避けることは可能だが、もし避けてしまえば、テンパっている今の彼では、受け身を取ることさえ忘れてしまっているだろう。

 受け身を取らなければ、大惨事になるのは目に見えていた。

 エドのように身体強化ができれば、多少のダメージは防げるだろうが、レオポルドにはその力がない。

 風の力が彼を運ぶ中、ルイーズは瞬時に判断を下す必要があった。


 ──これは……私が受け止めなければ危ないわね。


 竜巻の風力は、もはやレオポルドの制御を超えていた。

 風は彼の意志とは無関係に暴れ、予測をつけることすら難しいほどの強さに変わっていた。

 ルイーズはその瞬間、冷静に判断を下す。

 心の中で、結界のストレンジを持つピッピコに指示を出し、すぐさま体の周りに結界を纏わせた。


「これで……」


 無風帯、いわゆる竜巻の目を目掛けて、ルイーズは一気に飛び込む。

 回転しながら空を舞ってくるレオポルドをキャッチしたその瞬間、彼女は素早く地面に水流を放出した。

 水流が地面を滑ると共に、上空へと進路を変更。

 風を纏う二人を水で包み込み、その力で霧散させると、ゆっくりと回転しながら地面に降り立った。


 その時、レオポルドはぐったりと意識を失っており、ルイーズは急いでサビーヌに彼を預け、介抱を頼む。


「彼が目を覚ますまで、少し時間がかかるわね」


 ルイーズはエドに一瞥をくれた後、長い間にわたり彼女を説教し続けた。

 無茶をして、仲間を危険にさらすようなことは許されない、という厳しい言葉が続く。エドは真摯に反省しながら、何度も頷いた。

 それからの数日間、エドは無理をせず、レオポルドと共に技を完成させるために努力を惜しまなかった。

 二人は以前よりも一層強い絆を感じながら訓練に励んだ。


 そして、ルイーズはそれを遠くから見守りながら、心の中で微笑んだ。

 自分には新しい友達、レオポルドという存在ができたことに喜びを感じる。

 それにしても、またしても年下の友達だわ──と少し苦笑しながら、彼の成長を見守り続けるのだった。

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