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八話 もう一つの恋の悩み

「お姉様、聞いて下さいましっ。レナルド様が……レナルド様が……うわあああん!」


 ソレンヌ達が入学して半年が経った頃。

 ルイーズ、ソレンヌ、エドの三人は学園内にある喫茶店に来ていた。今日は、VIPルームの一室を貸し切って、定例となりつつあるお茶会の日だ。

 しかし、ソレンヌはお茶会が始まるや否や、約三秒で早々に泣き崩れてしまった。


 何事かと、思わずエドに目を向けるも、彼女はテーブルの上に並べられた大量の茶菓子を頬張るのに夢中で、まるで説明してくれる気配はない。


「ソレンヌ?レナルド殿下がどうかしたの?」


 エドからの説明を諦め、ソレンヌにハンカチを差し出しながら、ルイーズは心配そうに問いかけた。

 ソレンヌは涙を拭いながらも、やっと顔を上げ、事情を話し始めた。


「レナルド様は、本日もまたルベン殿下と一緒に悪戯に勤しんでおりましたの。わたくしもお姉様を見習って、将来レナルド様の隣に立つ者として、他の方々に迷惑をかけないようにと注意をしたのですが……」


 ──本当にあのバカ王子共は、学習しないらしい。


 常日頃から、一歳年上であるルイーズが矢面に立ち、レナルドとルベンの行動を諌めていた。

 レナルドとルベンは、自分たちに注意されることを嫌っている。それが分かっていたので、ソレンヌには、もし双子王子がまた何かやらかしたら、自分を呼んでほしいと伝えていた。

 レナルドとルベンには幼少期から深い闇があり、前世の知識からその理由も分かっている。

 ヒロインの行動と同じ方法を取れば、二人の闇はすぐにでも拭い去ることができるだろう。しかし、ルイーズはその方法を取らなかった。

 彼女はソレンヌにアドバイスをし、二人をフォローしてもらうつもりだったが、幼馴染という立場が裏目に出て、ソレンヌが二人の尻拭いをすることが増え、結果として悪戯に拍車がかかる一方だった。


 他にも方法はあった。ルイーズが前世の知識を使ってレナルドとルベンを手中に収める方法や、ソレンヌにルベンを攻略させる方法も考えた。

 それでも、ルイーズはその方法を選ばなかった。

 もしルイーズが二人を手なずけてしまった場合、彼女に対するレナルドとルベンの好意が強くなり、最終的には二人とも彼女に恋愛感情を抱くことになるだろう。

 一方で、その役目をソレンヌに任せると、ソレンヌはルベンの心も攻略しなくてはならない。そうすると、レナルドとルベンの両方から好意を向けられることになり、最終的に三人全員を傷つける結果になってしまう。

 どんな方法を選んでも、誰かが傷つく。

 ルイーズはそのジレンマに悩んでいた。


「だから、わたくしが口煩い幼馴染を演じれば、優しく受け止めるソレンヌに靡くと思ったのだけど……」

「え?」

「いえ、こちらの話だから、気にしないで頂戴」


 思案に耽るあまり、つい口に出してしまったようで、慌てて取り繕う。

 それよりも、とうとうレナルドに注意してしまったのか。ルイーズは内心で思った。

 元々、ゲーム内ではレナルドとルベンを諌めるのがソレンヌの役目だった。

 「ストレンジ♤ワールド」の中で、ソレンヌはエドの従姉妹であり、戦闘狂と言われるほどの戦闘民族の血を引いているため、気性が強い方だ。

 第一王子のスタニスラスがいなくなった今、次期王太子はレナルドである可能性が高い。

 現在、ソレンヌはレナルドの正式な婚約者となっており、順調にいけば王太子妃となるだろう。

 そのため、イタズラ好きな双子王子たちを注意できる唯一の存在として、口煩くも上に立つ者としての自覚を持ち、日々彼らに注意していた。

 それもこれも、レナルドの将来を心配し、愛しているがゆえの行動だったのだが。

 だが、残念なことに、レナルドにはソレンヌの気持ちが届くことはなく、結局、ぽっと出のヒロインにその座を奪われてしまうのだ。

 ゲーム内でのレナルドは、ソレンヌの口煩さに辟易していた。

 心を鬼にして注意をするソレンヌではなく、包み込んで甘やかしてくれるヒロインに心を奪われるのである。

 そこで、ソレンヌの役目をルイーズに任せ、ヒロインの役目をソレンヌに引き継ぐことにしたが、世の中はそう甘くはなかった。

 実際、年上であるルイーズよりも、常に一緒に過ごすソレンヌの方が二人を諌める役目としては適任だった。

 今まで、ソレンヌは宥める程度だったが、恐らく我慢の限界に達し、ついに厳しく注意してしまったのだろう。


「注意したら、レナルド様にもルベン殿下にも、『指図するんじゃねぇ!』と怒られてしまいましたのっ。怒ったお二人は、わたくしのことを無視し始めて……わたくし、わたくし、……レナルド様に嫌われてしまいましたわああぁぁ」


 そこで気にするのがレナルドだけというのが、ソレンヌらしい。

 ソレンヌはまるでこの世の終わりかのような形相で泣き叫ぶ。

 防音設備の整った部屋で良かったと思いつつ、ルイーズはソレンヌを慰めようとするが、その時、今までケーキを食べることにしか意識が向いていなかったエドが口を開いた。


「ソレンヌ、気にすることないって言ってるじゃん。男なんて殿下だけじゃないんだし。あの性格、治らんだろうから、もう諦めなよー。嫌われたもんは仕方ないって」


 ──おいこら。追い討ちかけてどうする。


 エドの言葉に、ルイーズとソレンヌは一瞬、唖然としてしまった。

 すると、案の定、ソレンヌはさらに泣き出してしまった。


「エド、しっ。貴方は何も喋らず、大人しくケーキを食べていなさい」

「はあーい」


 これ以上、エドがソレンヌに追い討ちをかけないように、ルイーズはすかさずテーブルに並べられた色とりどりのケーキを指さして、彼女を宥める。

 再び、エドが大人しくケーキを食べ始めたのを確認してから、ルイーズはソレンヌの席に歩み寄った。

 テーブルに泣き伏すソレンヌの頭を撫で、穏やかな声で語りかける。

 ソレンヌは顔を上げ、ルイーズの優しい瞳を見つめた。


「おねえ、さま?」

「ソレンヌは正しい行いをしましたわ。確かに、注意をするのはわたくしが請け負うべきことかもしれませんが、常に一緒にいるわけではありませんものね。注意するのは勇気がいったでしょう?殿下に物申して良いのかと怖かったでしょう?」


 ルイーズは極力穏やかな声で宥める。


「他のご令嬢では殿下に意見するなど到底できませんから、レナルド殿下の婚約者である貴女が注意したのでしょう?よく頑張りましたね」


 レナルドとソレンヌの仲を取り持つ方法はまだ思い浮かんでいない。だが、彼女の行いが次期王太子妃としてふさわしいものであることは確かだ。少しでもソレンヌが気負いしないように、ルイーズは彼女を褒めることにした。

 その途端、ソレンヌの感情は昂り、ルイーズに抱きついて泣き始めた。

 ソレンヌの嘆き様は見るに忍びなく、胸が締め付けられる。レナルドとルベンには後日お灸を据えさせてやろう、とルイーズは心に誓った。


「それにしても、ソレンヌはどうしてそんなに酷いことをされても、レナルド殿下が好きなの?それに、レナルド殿下とルベン殿下、どっちがどっちか未だに見分けがつかないし、見分けがつくのってソレンヌと姐さんだけだよね」


 ソレンヌの涙がようやく落ち着いた頃、エドがぽつりと口を開く。

 実際、ルイーズ自身も二人を見分けるのは難しい。ルイーズと顔を合わせると必ず何かしら突っかかってくるのがルベンだから、すぐにどちらかが分かるだけだ。本当に二人を見分けているのは、今のところソレンヌだけである。


「あら、エドには話してなかったかしら。五歳の頃、登城した時にお母様とはぐれて迷子になったのよ。わたくしが泣いていた時、レナルド様が現れて、『僕も一緒に探してやるから、もう泣くな』って言って、手を握って一緒にお母様を探してくださったの。その後、城内の兵たちがすぐに探しに来てくれたけれど、その時の男らしいレナルド様と言ったらもう……」


 ソレンヌは両手で頬を押さえ、うっとりとレナルドとの出会いを思い出す。

 ソレンヌの恋を応援してあげたくもあるが、レナルドとルベンは常に一緒にいる。

 レナルドは、どこかルベンに合わせているように見える。直接レナルドと話せる機会があればいいのだが、ルイーズがレナルドに近付こうとすると、毎回ルベンに邪魔されてしまう。


 ──それとも私だから、ルベン殿下が邪魔してくるのだろうか。


 ソレンヌには何度となくレナルドと上手くいくように口添えをしているのだが、なかなかうまくいかない。

 同じ恋する乙女として、また妹のように可愛い幼馴染であるソレンヌには、ぜひとも幸せになってほしい。

 できれば、想い人であるレナルドと上手くいってほしいものだが、現状では相思相愛とは言い難い。

 ルイーズは今日も一人、ソレンヌとレナルドの恋の行方に頭を悩ませていた。

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