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四話 神を名乗る少年

「動けば斬る」


 子供だからと容赦するような人物ではないことが、男の殺気からはっきりと伝わってきた。

 相手がルイーズの動きを察知し、凶器での攻撃を仕掛けるまでの時間はわずか0.2秒。

 その間に、ルイーズは何としても危機的状況を打破しなければならない。

 気づかれることなく、男の体の一部に接触し、自慢の力技で突破する。それが唯一の希望だ。

 一か八か、空気を吸い込んだ。


「妙な動きを見せれば殺す。声を発しても殺す」


 全身が粟立つほどの殺気が、ルイーズを包み込む。

 その圧力に、思わず口を閉じ、降参のように肩の力を抜いた。


「お前をこれから仲間の元まで連れて行く。あんたが何者かは、そこではっきりするだろう」


 男の言葉から、ルイーズはすぐにその意味を理解した。

 自分の正体を見破ることができる、ストレンジを持つ仲間がいる可能性があるということだ。

 それが分かると、状況は非常にまずいものになる。

 ルイーズは彼等が誰なのか、もちろん知っていた。

 そして、知っているからこそ、彼等に気づかれることなく、標的に接触しなければならなかった。

 大人しく捕まるわけにはいかない。

 ルイーズは、目を閉じ、心の中でその存在を呼びかける。


 ──トン、百五十キロでお願い。


 その瞬間、頭上に黒い影が現れた。

 男はその気配を感じ、即座にルイーズから離れた。

 頭上から降ってきた物体は、ズドンッという鈍い音を立てて地面に深く埋まった。

 砂埃に紛れて、ルイーズは素早く姿を隠すと、太腿に仕込んだダガーを取り出す。

 足音を殺し、男の背後へ回ろうとした。


「砂埃を目くらましにしたつもりだろうが、甘いな」


 背後から冷徹な声が響く。

 ルイーズはその声に反応し、右手でダガーを振り抜いた。

 だが男は、ルイーズが完全に腕を振り抜く瞬間、その肘に掌を当てて攻撃を阻止してきた。

 肘を抑えられ、動きを封じられたルイーズは、瞬時に左手にダガーを持ち替え、逆回転で身を捩りながらダガーを男の脇腹目掛けて振り抜く。


「かはっ。」


 ──強い。


 ルイーズの額に冷や汗が滲む。

 自分が振り抜いた刃が、男にまるで無力のように弾かれる。

 そのまま、男に腕を捕まれ、脇に挟まれて背部に膝を当てられ、地面に叩きつけられた。

 激しい衝撃が、ルイーズの体を震わせる。


「子供を殺すのは好きではないが、致し方ない」


 男がルイーズの顎に手を添え、力を込めようとしたその時、ルイーズは静かに言った。


「流石ね……陰影」


 男の動きがピタリと止まる。


「……何故その名を知っている」


 反応を示した男に、ルイーズはほくそ笑んだ。

 この名を知っている者は、上層部のごく限られた者だけ。

 それも、両手で足りる人数だ。

 初対面の少女がその名を知っているのは、尋常ではない。

 男が問い詰めずに殺すことはないだろうと、ルイーズは予想していた。


「どうして知っているのか知りたかったら──」

「おまえの死体を、ダルシアク国とマラルメ国両陛下の御前に晒せば、身元も判明し、裏切り者を炙り出すこともできるだろう。」


 男が冷ややかな言葉を吐きながら、再びルイーズの顎に手を添え、頭を捻ろうと力を入れた。

 ルイーズはそれを感じて、自分の力を過信していた浅はかな行動が招いた結果だと、死ぬ覚悟を決めて目を閉じた。

 目を閉じると、瞼の裏に浮かぶのは、両親と三人の兄たちの顔。そして、この馬鹿げた計画に協力してくれたサビーヌの顔も。

 罪悪感が胸に広がったが、なぜか恐怖は感じなかった。


「勝手に殺されちゃ困るなァ。ゲームはまだ始まってもいないのに。」


 背後から声が聞こえた瞬間、何か液体が降り注ぐ。

 男の手が緩み、がっしりと掴まれていた左腕が自由になった。

 直後、ルイーズを覆うように男が倒れた。

 ルイーズは何事かと、男の下から体を抜くと血に濡れた男が地面に伏していた。

 首から大量の血を流す男だが、まだ息がある。


「ライ!この人の傷を治して!」


 ルイーズは、目の前で倒れている男を助けるために、治癒能力を持つライを呼び出した。


「自分を殺そうとした相手を助けるの?」

「これは、あなたがやったの?」

「そうだよ」

「何故?」

「ダメだよ。僕の質問に答えてくれないんだったら、僕の答えも教えてあげないよォ?」


 突然声をかけられて、ルイーズは顔を横に向けた。

 ナイフを持った少年が立っている。

 焦げ茶色の髪に、顔にはそばかすが散らばっており、狩人のような衣装を身に着け、頭にはとんがり帽子をかぶっている。

 年齢は、ルイーズと同じか、少し年下のように見える。

 警戒しながらも、ルイーズは男を隠すようにして少年から視線を外さず、向き直った。

 少年の気配は、全く感じなかった。今まで、いつから彼がいたのか、まったく察することができなかった。


「殺すつもりはないわ」

「君を殺そうとしたのに?」

「彼は違反者を罰しようとしただけよ。それに、私は彼を殺すことが目的じゃないから」


 少年は真顔で首を傾けながら言った。

 ルイーズはその答えを受け入れたように一度黙ったが、まだ警戒を解くことはない。


「ふーん。だから相手を殺せば助かったはずなのに死を選んだのか」


 少年が興味を失ったかのように適当な相槌を返し、手に持ったナイフをくるりと一回転させた。

 そのナイフは、瞬時に消え、少年は腕を組んでルイーズを見つめた。


「今度はわたくしの質問に答えて」

「いいよ。何で殺そうとしたのかだったっけ?」

「ええ」

「それは、面白くないからだよォ」


 少年は意図的に顔にニヤリとした笑みを浮かべた。

 ルイーズはその不気味な笑顔に眉を寄せ、じっと少年を見つめた。


「面白くない?」

「そ。物語はまだ始まったばかりなんだし、折角僕が呼んだ玩具を、スタート前に殺されちゃ面白くないでしょ?」


 少年はやけに楽しそうに言った。

 ルイーズはその意味がまるで理解できず、さらに睨むように目を細めた。


「あなたの言っている意味がわからないわ」

「ストレンジ♤ワールド」


 その言葉に、ルイーズは一瞬目を見開いた。

 「ストレンジ♤ワールド」──この世界の誰かがその言葉を知っているとは思わなかった。

 ルイーズは思わず警戒を強めた。もしや、ここには何か特別な力が働いているのだろうか。


「あなたも転生者なの?」

「ぶっぶー、ハズレェ。僕は神様だよ」


 少年は満面の笑みを浮かべて言った。

 その答えに、ルイーズは困惑し、胡乱げな目を向けた。


「神様?」


 その言葉が意味することは分からないが、少年の言動がさらに不安を募らせる。

 少年が妄想癖を持っているのか、それとも本当に何か異常な存在なのか──。


「あ、信じてないでしょー!ひっどいなァ」

「いいえ、信じるわ。あなたが神様ってことは、始祖神様ってことでいいのかしら?」


 ここはルイーズの思弁を超えた世界。

 神は実在し、始祖神が仕掛けた戦争を防ぐために、ルイーズは国の機密に関わっている。

 彼が始祖神であるのなら、この瞬間に捕えれば戦争を回避できるかもしれない。

 そのため、ルイーズは水球を使って捕縛する準備をし、両手を前に構え臨戦態勢をとった。


「残念。神は神でも、始祖神ではないよ。僕は、君たちが探している始祖神よりも、もっとずっと高貴な存在なんだ」

「もっと高貴な存在?」

「そうだよ。僕は、君たちをここに呼んだ者。そして、今君たちが戦おうとしている始祖神を創りだした者」

「私を呼んだ者?私以外にも転生者がいるの?始祖神を創ったってどういうこと?」


 少年は冷静に答えるが、その言葉が謎めいていて、ルイーズの頭の中に疑問が次々に湧いてくる。

 しかし、少年は顔を歪めて不満げに言った。


「ぶー、時間切れ。質問は終了。でも、一つ目の質問には答えてあげる。君は僕が日本から連れてきた。だから、君を日本に返すことだってできる」

「!?どういうこと?」

「君は自分が死んでここに転生したと思っているようだけど、本当に死んでいるのかな?日本での最後の記憶をよーく思い出してみてよ」


 少年は、距離を一気に縮めて、瞬きの間に耳元で囁いた。

 ルイーズは驚き、心の中で急速に思考を巡らせた。

 前世の最後の記憶。それは、「ストレンジ♤ワールド」のミュージカルを観に行った際に、大地震が起き、頭上からスピーカーが落ちてきてその下敷きになったというものだった。

 その瞬間が、最後の記憶だったはずだ。しかし──


「私は……生きているの?」


 思わず、ルイーズとしてではなく、前世の人物として零れた言葉が口をついて出た。


「さあ、どうだろう。生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない」


 少年は楽しげに言うが、その目はどこか鋭く、ルイーズの心に不安の波を起こす。


「そう……」

「あれ?生きてるかもしれないのに興味無いの?日本に戻れるかもしれないんだよ」


 少年のニヤリとした笑みが、ルイーズの神経に触れた。

 だが、ルイーズはその挑発に応じることなく、無言で彼を見つめ続けた。


「ふふっ。ごめんね。君には酷な質問だったかな?戻ったところで君のことを待っている人は──」

「うるさいッ」


 突然、ルイーズは声を荒げた。

 少年は少し驚いた様子で息を呑んだが、すぐに微笑みを浮かべた。


「ごめんごめん。君は僕の条件にピッタリの人間だったんだ。自分勝手で愛情に飢える可哀想な罪深き子」


 少年はルイーズの頬に手を滑らせる。その冷たい触感に、ルイーズは一瞬震えたが、何も言わなかった。

 少年はそのまま微笑みながら、さらに言葉を続ける。


「僕は前の人生に未練が無い者を呼んだんだ。そして、自分勝手で狡猾で、物語をきちんと進めてくれる人間を……ね」


 一度言葉を切り、少年はふと真顔で首を傾げた。


「ただね、疑問なんだ。君は本来、好きなキャラクターは別の人だよね。なのになんで、ダルシアク国の第一王子を選んだの?」

「彼が好きだから」

「それは、ルイーズ・カプレがでしょ?日本人としての記憶もあるんだから、君の本来好きなキャラクターだって攻略できるでしょ?」

「私が今生きている場所はここ。彼等はキャラクターじゃない」


 ルイーズの言葉は、少し震えていたが、その瞳は少年をじっと見据えていた。

 少年は楽しそうに笑い、再び言葉を重ねた。


「ふふふふ。君はそう考えたんだね。そしてやっぱり……君は自分勝手だ。」


 微かに、少年は瞠目して恍惚とした笑みを浮かべた。


「これから先の物語を楽しみにしているよ」


 少年はそう言い残して、ルイーズの頬から手を離すと、踵を返して歩き出した。

 その背中にルイーズが何かを言おうとした時、少年が振り返った。


「そうそう、言い忘れてたことが一つ。僕が姿を消すと、僕と出会った記憶はなくなる……でも、君とはまた会えるかもしれないし、会えないかもしれない」


 その言葉とともに、少年の姿は笑い声と共に消えていった。

 ルイーズはその場に立ち尽くし、しばらくその余韻を感じ取った。


 

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