三話 手合わせ
「さあ、ルイーズ嬢。戦おうか」
ミュレーズ邸に足を踏み入れた瞬間、出迎えよりも先にアドルフから模擬戦の申し出が飛び出した。
傍らではエドが「抜け駆けだ!」と騒いでいるが、突っ込むべきはそこではない。
この国では、十八歳をもって成人と定められている。アドルフは現在十六歳。成人を迎えるまであと二年。
だというのに、なぜ八歳のいたいけな少女が、年齢も体格も遥かに上回る少年と戦わねばならないのか。
「あの……本日は遊びに来ましたので、模擬戦はまた後日、なんて──」
「いや、今日やろう。次があるとは限らないしな。グエナエルの奴、最近はガードが固くてさ」
ルイーズの控えめな提案を、アドルフは軽く却下した。
その軽快さに内心ため息をつきつつも、ルイーズは後悔していた。やはりグエナエルを伴って来るべきだったと。
今から呼ぶこともできなくはないが、彼も多忙な身。軽々しく邪魔をするわけにはいかない。
本来、今日はアドルフではなくエドとの模擬戦を予定していた。エドもまた、狙い通り挑戦の意思を示している。
ならばいっそ、二人同時に相手取るのも悪くない。
今回の“とある計画”を成功させるためには、むしろその方が都合が良いかもしれない。そう踏んだルイーズは、申し出を受けることにした。
「承知致しましたわ。では、アドルフ様とエド、お二人の挑戦をお受け致します」
「お姉様!?二人を相手にするなんて……アドルフ様一人でも、相当な体力を消耗するかと思いますのに!」
心配そうに声を上げたのはソレンヌだ。しかし、問題はない。
この世界には、回復薬のポーションという便利な品が存在する。一瓶飲むだけで、疲労や消耗をたちまち癒す優れものだ。
もっとも、ストレンジ持ちの職人によって製造されるため、希少かつ高価な代物である。
だが、ルイーズはその高い戦闘能力を国家に認められ、特例として個人に支給されていた。
ポーションを使用する機会は滅多にないが、総帥や侍女のサビーヌとの訓練の際には使うこともある。
そのため、支給された分の残りを常に携帯していた。
「ありがとう、ソレンヌ。でも、大丈夫よ。無理はしないわ」
不安そうなソレンヌに優しく告げ、ルイーズは二人の少年と共に中庭へ向かった。
そこは普段、訓練場として使われている場所。程よい広さと遮蔽物のない空間が、模擬戦には打ってつけだ。
「アドルフ様、遠慮は無用ですわ。本気でお越しくださいませ。さもなくば、お怪我をなさるかもしれません」
「ほう……この俺に怪我を負わせると?面白い。まずは御手並み拝見といこうか。本気を出すかどうかは、その後で決めるとしよう」
両者、自然な構えで向き合った。
年下からの挑発にもアドルフは機嫌を損ねることなく、むしろ愉快そうに笑みを浮かべる。
この試合で、彼の注意をルイーズ自身へと集中させなければならない。そのため、ルイーズはあえてアドルフを挑発する言葉を選んだ。
彼女の侍女であるサビーヌは、既にルイーズの密命を受け、屋敷の奥へと姿を消している。
誰にも気づかれることなく、密かに任務を遂行させるため──ルイーズはこの模擬戦を利用しているのだった。
「一本勝負。それでは──始めっ!」
エドの号令と同時に、模擬戦の幕が切って落とされた。
両者、手には何も持っていない。素手による真剣勝負だ。
先に動いたのはアドルフ。地面を蹴って、真っすぐルイーズへと突進する。
その瞬間、ルイーズの姿がふわりと宙に舞った。
ドゴォンッ!
鈍く響いた衝撃音に、エドや見守るソレンヌが思わず息を呑む。視線を地面へと向けると、そこには小さなクレーターが穿たれていた。
「これを避けるとは……さすがだな、ルイーズ嬢」
「ふふ。アドルフ様、手加減は無用と申し上げたはずですわ? その程度の力、まだまだ序の口でしょう?」
「一撃で力量を測るとは……思った以上だな」
驚きの色を浮かべたアドルフの瞳が、すぐに戦意の光に変わる。口元に浮かんだのは、獣のように好戦的な笑みだ。
その隙を逃さず、ルイーズが片手を下にかざし、指先から放たれたのは高速の水弾──水泡。一発、二発、三発……連続して撃ち込む。
「くっ……!」
避けることなく、アドルフは正面から水砲を受け止めた。だが、その身は揺るがない。いつの間にか左腕が巨大な盾に変化していた。
アドルフのストレンジ──「武装変化」。身体の一部を自由に武器や防具に変える異能だ。その硬度は、並の鍛冶師が作る装備を遥かに凌ぐ。
先ほどのクレーターも、右腕を戦鎚に変えた一撃によるものだった。
そして今、彼の左腕が再び変化する。──さすまただ。
「っ……!」
前進していたルイーズの足が止まる。さすまたの叉の部分が彼女の動きを封じたのだ。
「……かはっ。さすがですわね」
「真っ向からやり合っても分が悪い。だから、まずは動きを止めさせてもらったよ」
アドルフはさすまたに引っかかったルイーズを軽々と持ち上げ、そのまま上空へと放り投げた。
本来ならば、地面に叩きつけるのが正攻法だ。しかしそれをしなかったのは、アドルフなりの配慮だった。八歳の少女を容赦なく打ちつけるなど、彼にはできなかった。
だが、アドルフの優しさは、甘さでもあった。
上空での戦闘は、ルイーズにとっては慣れた状況。総帥との訓練で幾度となく投げ飛ばされ、そこでの対応も学んできた。
空中で体勢を整え、膝を折る。地上にいるアドルフに向けて、水流を放出した。
即座に盾が生み出され、攻撃を受け止める。しかし、ルイーズの狙いはダメージではない。空中での加速、そして距離の確保だった。
水の反動を利用し、さらに高く飛翔する。頂点で反転した彼女は、頭を下に、両腕を体にぴたりと沿わせる。
「……いきますわよ」
静かに囁くと、彼女の手から勢いよく水が噴き出した。
──水流噴射。
噴射の力を推進力に変え、弾丸のごとく落下しながらアドルフへと突っ込む。
「来い……!」
その落下速度に合わせた攻撃を見抜いたアドルフは、冷静に盾を頭上に構える。ルイーズの体重を耐えきるだけの自信がある彼は、その圧力に対してまったく動じない。
地上に近付くと、左手を伸ばし盾に向かって握り拳程の距離から水を放出した。
即座に地面に着地すると、事前に準備していた右手の握り拳をがら空きとなったアドルフの腹部へと叩き込んだ。
「がっ……!」
思わず息を詰まらせ、アドルフが半歩後退した。
小柄な体からは想像もできないほどの威力。放たれた一撃は、まさしく鍛錬と戦術が合わさった必殺の一打だった。
「ガッ!ゲホッ……ルイーズ嬢もなかなかやるな」
「恐れ入りますわ」
膝をついて咳き込むアドルフは、佇んでいるルイーズに好戦的な笑みと獰猛な光を宿した瞳を向けた。
ルイーズとアドルフの攻防はすでに一時間を超えている。両者は未だに余裕を見せていたが、アドルフの息は少し上がってきていた。
──そろそろかな。
ルイーズはそんな心の中でのタイミングを見計らい、戦いに終止符を打つために両手を上空に掲げた。
「アドルフ様、これが私の取っておきですわ。もしこれを止めることが出来ましたら、私の負けを認めましょう」
「はぁ、はぁ……いいだろう。来い!ルイーズ嬢!!受けて立つ!」
「はあぁぁぁっ!」
ルイーズはその声を上げて、両手を振り下ろす。すると、空間から何もなかったはずの場所に大量の水が現れ、滝の如くアドルフに降り注いだ。
「ぐっうう……!」
アドルフはその勢いに圧倒され、一瞬躊躇するが、すぐに両腕を盾に変えて身を守った。だが、降り注ぐ水の勢いは止まらない。
その水流は尋常ではなく、アドルフの体力を削っていく。しばらくは耐えていたが、次第に力尽き、ついには片膝をついてしまった。
「……これで、私の勝ちです」
ルイーズは水流を止め、アドルフの足元に広がった水たまりを見下ろす。
アドルフは苦しそうに息を吐きながら、肩で息をしつつ顔を上げた。
「想像以上の強さだったよ。また、手合わせを願えるかな」
アドルフは肩で息をしながらも、ルイーズに手を差し出した。
「勿論ですわ。最後はつい本気になってしまいました。お怪我はありませんか?」
「ははっ、本気だった割には、あまり息が乱れてないようだけどな。この後はエドとも一戦するんだろう?みっちり扱いてやってくれ」
エドはすでにフィールドに立ち、大きな戦斧を片手で軽々と振り回して気合い十分の様子。
アドルフは引き続き次の試合を観戦するため、ソレンヌと共にお茶をしている。
「姐さん、今日は本気にさせるからね」
「かかってきなさい、エド」
「よしッ、いっくよー!」
エドは数回屈伸してから、戦斧を両手に構え、地面を蹴り飛び出した。
ルイーズとの対戦は、アドルフとは異なり、ストレンジを極力使わず、力と力で対処する戦いになるだろう。
エドのストレンジは身体強化型だ。十キロ以上はあるだろう戦斧を軽々と振り回し、攻撃のスピードと力が増していく。
ルイーズは軽やかな動きで戦斧を躱し、振り下ろされる軌道を腕でいなしたり、時折小さな水砲を飛ばして攻撃を防ぐが、戦斧の切れ味に比べれば水砲はすぐに切られてしまう。
アドルフと同じ力加減で攻撃をすると、エドの力量ではまだ対応しきれないと自覚しているため、彼女自身も文句を言うことはない。それどころか、口元に笑みを浮かべながら、どうやってルイーズに一撃を喰らわせようかと戦いながら思考を巡らせていた。
ルイーズは、そんなエドのことが嫌いではなかった。だからこそ、毎回エドからの挑戦を受けて、手解きのようなことをしているのだ。
「姐さんッ、楽しいね!」
「ふふっ、そうね。エドも随分とわたくしの攻撃を躱すことができるようになったんじゃないかしら?」
「本当に!?えへへ、嬉しいな。姐さんに一発入れるために、秘密で毎日特訓してるからねッ」
「エド、わたくしに言ってしまったら秘密じゃないわよ」
「はっ、しまった!」
そろそろ三十分が経った頃だろうか。
用事を頼んだサビーヌは、とっくに用事を済ませて戻って来ており、ソレンヌとアドルフの後ろに他の侍女たちと混ざって立っていた。
エドの攻撃を躱しながらも、流れるように視線を向けると、視線に気付いたサビーヌが小さく頷く。どうやら、計画の第一段階は無事成功したようだ。
ルイーズは両足にぐっと力を篭め、エドの前に飛び出した。それに合わせて戦斧を振り下ろすが、即座に軌道修正をし、エドの背後へ回り込み、両脇に腕を通して羽交い締めにする。
「それまでッ」
ソレンヌの掛け声とともに模擬戦は無事終了した。
ルイーズとエドはお茶会に参加し、少ししてから「花摘みだ」と断りを入れ、ルイーズは席を立った。
「サビーヌ、調査は上手くいった?」
「はい。問題ございません。」
サビーヌを伴い、邸内の廊下を進む。人気のない陰に身を潜めて成果を尋ねた。
「そう、流石ね。南の森まではどのくらいで着くかしら?」
「私の足で片道二十五分、お嬢様が全力を出したら十五分程で南の森に到着できるかと思います。」
「制限時間は余裕を見て五十分ね。今日中に見つけられるといいのだけれど…」
「お嬢様」
「分かってるわ。焦りは禁物だって言うんでしょ?でも、一年以上よ。一年もこの日を待っていたんだもの」
この日をどれだけ待ったことか。作戦を練りに練り、時にはピッピコの力を借りて、今日この時のために万全の準備をしてきた。
サビーヌは、眉尻を下げたルイーズを見て困ったように微笑みながら、両の肩に手を置いた。
「お嬢様、そう気負わないでください。森の入口で引き返しましたが、森の中から複数の人の気配を感じました。その中に、かの御方がいらっしゃることを信じましょう」
「そうね。ありがとう、サビーヌ。わたくし絶対に見つけてみせるわ」
「その意気ですお嬢様。その前に、体力を消耗してしまっているようですので、ポーションをお飲みください」
サビーヌの言葉に、沈んでいた気持ちが少し浮上する。彼女が言うのならば、南の森に誰かがいるのは確実だろう。
ルイーズは体力にまだ余裕があったが、サビーヌの忠告を聞き入れて、体力を回復するためにポーションを一つ飲み干す。
ルイーズは、サビーヌに絶大な信頼を寄せていた。
コーデリアの配慮により、彼女の侍女として仕えることとなったが、ルイーズが他の使用人たちから距離を置かれている中、サビーヌは自ら進んでその役目を引き受けた奇特な人物であった。これが、ルイーズの彼女に対する第一印象だった。
サビーヌは元々、コーデリアの侍女である。
ストレンジを持つ者は貴族に多かったが、サビーヌは平民でありながら、その能力を持っていた。
サビーヌが育ったのは、ストレンジの存在がほとんど浸透していない小さな村で、彼女の持つストレンジは非常に特殊であった。それは、【熱視力】と呼ばれる能力であった。
姿が見えなくとも、目に映る場所であれば、生き物の存在を感知できる。その能力によって、サビーヌはただの視覚に頼ることなく、空間を認識することができた。
直接生き物の存在を目にすれば、その人物や生き物に関する能力の有無や強さに至るまでのデータを一瞬で認知できるのだ。
だが、ストレンジの存在が浸透していない地域では、こうした能力が異端視され、差別の対象となることは珍しくなかった。
サビーヌもその例外ではなく、村の人々から疎まれ、孤立することが多かった。
ストレンジは特殊な能力ゆえに、各国に設立されているストレンジ騎士団が、平民でストレンジを使える者を保護するために赴くことはよくあった。
だが、サビーヌのストレンジは非常に難解で見つかりにくいものであり、村の者たちもその存在を外部に漏らさないようにしていた。そのため、ストレンジ騎士団に発見されることはなかった。
ある日、コーデリアが偶然サビーヌの村を訪れた際、彼女は両親や村人たちから疎まれるサビーヌを見つけ、その能力を認めて保護した。それ以来、サビーヌはコーデリアに忠誠を誓い、彼女の側で仕えることとなったと聞き及んでいる。
ルイーズ付きの侍女となってからは、サビーヌは彼女を妹のように可愛がり、ルイーズもまた彼女を姉のように頼るようになった。
サビーヌへの信頼は絶大で、ルイーズは何事も彼女に相談し、共に行動することを楽しんでいた。
「お嬢様。ゲンのコピーは完璧ではありますが、分かる人にはバレる可能性があります。くれぐれも時間は厳守でお願い申し上げます」
ルイーズは二匹のピッピコを呼び出した。ゲンとテンと名付けられたそのピッピコは、それぞれサビーヌとルイーズの手のひらに乗った。
サビーヌが受け取ったゲンは、ドッペルゲンガーのストレンジを使い、サビーヌの手から飛び降りると、瞬時にルイーズと瓜二つの姿に変貌した。
「ゲンには、私が南の森へと向かう間、影武者としてお茶会に参加してもらうわ」
姿形はルイーズそのものであったが、戦闘力を真似ることはできない。エドやアドルフに再度手合わせを挑まれたら、ルイーズではないことが露呈してしまう恐れがあったが、その辺りはサビーヌに完全に任せていた。
「ゲンのことはサビーヌに任せるわね」
「承知いたしました」
「何かあれば、テレパシーのストレンジを持つピッピコのネンで連絡を取るわ。それじゃあ、行ってくるわね」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ、お嬢様」
ルイーズはサビーヌに見送られ、南の森へと向かう準備を整えた。
肩に乗せたテンは転移のストレンジを持ち、ルイーズの命じに応じて邸の外へと転移を行った。
「テン、邸の外にテレポートをお願い。」
ルイーズの言葉とともに、テンがその能力を使い、二人は邸の外に一瞬で移動した。
「ありがとう、テン。戻っていいわよ。」
テンは行ったことがある場所にしか転移できない。だから、邸の外に出ると、テンにピッピコたちがいる異空間へと戻るように命じた。
門の外に出たルイーズは、周囲を見渡す。
ルイーズが住むダルシアク国は、西欧の街並みをしている。広がる市街地には、ルネサンス建築の建物が所々に見受けられる。
ルイーズはそのうちの一つ、ルネサンス建築の建物を目指し、屋根に登った。
遠くには、南の森と思しき森が薄煙のように見えていた。
サビーヌの報告通り、南の森までの距離はかなりのものだ。しかし、身体能力が常軌を逸したルイーズにとって、それはさほど問題ではなかった。
建物から別の建物へと屋根を伝って、南の森を目指して駆け抜ける。
途中、街は途絶え、広大な荒野が続く。
荒野に出ると、ルイーズは人の目では追い付けない速さで荒野を駆け抜けた。
「ここがマラルメ国との国境の森。南の森か…」
サビーヌが言っていた通り、複数の人の気配が確かに感じられる。
「この中に、あの方がいることに賭けるしかないわね」
南の森の入り口に到達したが、昼間だというのに森の中は薄暗い。
南の森は立ち入り禁止区域であり、王族でさえもここに入るには正式な手続きが必要だとされている。
南の森に足を踏み入れたら最後、生きて帰れる者はほとんどいないと言われている。
ルイーズはその話を知っていたが、無意識に唾を飲み込み、気合いを入れ直して森の中へ足を踏み入れた。
人の気配がする方へと慎重に近づき、気配を消しながら森の中腹まで進んだ。
少し開けた場所が見えたが、そこには誰もいない。
それでも、確かな気配がある。
どこかに隠れているのか?
そう思い、木に登って上から探し始めようとした瞬間、ルイーズの首に冷たい刃物が当てられた。
「ガキがこんなところで何をしている?」
ルイーズは背後からの攻撃を予想していなかった。
まさか背後を取られるとは思いもよらず、喉元に刃物が触れると、緊張で喉がゴクリと鳴った。
それでも、ルイーズは動じず、冷静に息を吐き、心を落ち着けた。
「ただ、散策していただけですわ。」
「気配を消してか? それに、この森は立ち入り禁止区域だってことは、子供でも知っているだろう。」
子供だから知らなかったという理由では、ここに足を踏み入れることは許されない。
住宅街から荒野へ出る途中には関門があり、その関門を通るには通行手形が必要だ。
一人でその関門を突破するのは、普通の子供にはできるはずがない。
「お前、ただのガキじゃねえな。何者だ?」
背後からの声は、低く冷徹で、どこまでも淡々としていた。
一歩でも動けば首が飛ぶだろう、その殺気が全身を包んでいる。
眼球だけを動かし、男の影を捉えようとするが、視界に浮かぶ影は見えない。
ただ、背後に感じる気配は、まるで冷気のように、全身に圧をかけてきた。




