表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一度だけ

作者: 桐原まどか



ここにひとりの駆け出し錬金術師がいる。

先日『錬金術師養成学校』を無事卒業し、<錬金術師>資格を得た新米だ。

彼の名をテリー・ルクファという。


「テリー!遅いぞ!」

先輩に叱咤される。工房の朝は早い。

新米のやる事は一に蒸留水の精製、二に蒸留水の精製、三に蒸留水の精製だ。

蒸留水はありとあらゆる薬や錬成の要となるもの。

これの善し悪しでその錬成が左右されると言っても過言ではない。

テリーが就職した、ここ、ナタヤ工房は、歴史の古い、薬を主に扱う店だ。

持ち場につき、蒸留水の精製を始める。朝6時から夕方6時まで、黙々と行う。

その後は住み込みの錬金術師達が持ち回りで夕食の支度をし、風呂に入ったり、勉強したり、各々自由に過ごす。


テリーは主人マスターに許可を取り、錬成の練習をしていた。

今日は<瑞兆花>を作るつもりだった。

材料は、白百合、火の妖精の羽、蒸留水、薬草だ。

錬成といっても、魔法のように、ポンッと出来上がるわけではない。

地道に材料を計り、フラスコやビーカーやら温度計やらを使い、作業する。

果たして、ツヤツヤとした葉を持つ、見た目がくすんだ黄色の百合の花が完成した。

―見た目は成功だな…とテリーは思った。

この<瑞兆花>はお守りのような効力を持つ。

飾っておくと、災難から守ってくれ、なおかつ、幸運を呼ぶ、というものだ。

テリーは出来上がった<瑞兆花>を早速、自室のテーブルに飾った。

「良い事、あるといいな」

呟いて、ふぁわっとあくびがでた。

―明日も早い。寝よう。

テリーは何となく<瑞兆花>に「おやすみ」と声をかけた。

電灯を消し、ベッドに身を横たえると、あっという間に眠りに引き込まれた…。


工房に来て、半年が過ぎた。

試験だ。これをクリアーすれば、蒸留水作りからは卒業し、薬の調合―まだ簡単なものではあるが―を任されるようになる。

課題は<悪夢払い>。

必要な物は、バクの毛、水の妖精の羽、リリベア(低級の魔物である)の涙、蒸留水だ。

試験内容には材料採取も含まれる。

テリーと同時期に工房に就職した者達とともに、近くの森へ向かう。

まずはバクの毛。

彼らは大人しい生き物なので、簡単に採取出来た。次にその森のなかの清流のそばで待機。ひたすら待機。ふわふわと現れた空色の髪の毛を持つ、水の妖精を特殊な捕虫網で捕らえる。「ごめんね」と言いながら、羽をむしる。

しばらくしたら、再生するとはいえ、心が若干、痛む。

最後はリリベアだ。

彼らは大型の犬のようなサイズの魔物で、特に人間に悪さをしない。草食な為、たまに畑が荒らされる事があるが、目立って酷い事はしない生物である。

簡易の結界魔法を張り、かかったところを捕らえた。またしても「ごめんね」と言いながら、その前足に針を刺した。キーッと声をあげ、ポロリと涙をこぼす。それを上手く瓶に受け止められた。

集めたそれらを持って、工房に戻る。さぁ、錬成開始だ。

…。

果たして、ツヤツヤとした黒い丸薬が完成した。

それを主人マスターに提出する。

これらの薬は、悪夢症に悩んでいるお客達の中から、協力してくれる人物に無償で渡される。

結果は一週間後だ。


テリーは自室に戻った。

テーブルの上では<瑞兆花>がまだ頑張っている。

通常、ふた月程で枯れてしまうはずなのだが…。

テリーはふと思い出した。

確か<瑞兆花>を原料にする薬があったな…。

本棚を探し、<薬学史>を取り出す。

…作ってみよう。


果たして、錬成は成功したように思われた。

<明けの明星>だ。

瑞兆花と火の石、金粉で作る、魔法石だ。身に付けていると一度だけ、持ち主の身代わりになってくれる、という代物だ。

こちらも主人マスターに提出した。


一週間後。合格者の名前にテリーの名前があった。

明日からは晴れて、薬の調合が出来るようになる。

静かに喜びを噛み締めていると、主人マスターから呼び出された。

何だろう?と思いながら、部屋を訪ねた。

そこには、粉々になってはいるが、<明けの明星>が置かれていた。

主人マスターは言った。

「テリー、君のおかげで助かったよ。」

主人マスターは先日、人魚の真珠を採取しに、冒険者二人とともに、海へ行った。

人魚の真珠はレアアイテムだ。採取はかなり難しい。主人マスターは海に引きずり込まれた。

クスクス笑う人魚。その獰猛な笑みに死を覚悟したが...<明けの明星>が砕け散り、隙が出来た。

採取は諦めざるを得なかったが、冒険者共々、無事帰って来れた。

「感謝するよ。そのお礼と言ってはなんだが、望みはあるかい?」言われて、テリーは迷ったが、「では」と言った。

それを聞いた主人マスターは目を丸くしたが「良い心がけだ」と朗らかに笑った。


更に一週間後。

特別試験の結果が発表された。

結果は合格。

テリーは喜んだ。

あの時、テリーが頼んだ事は、半年後に行われる試験の前倒しだったのだ。


―頑張ろう!

テリーはそれまでにも増して、努力した。


数年後、独り立ちする事になったテリーは様々なものに感謝した。

厳しくも優しかった先輩、

見守ってくれた主人マスター、そうして...「ずっと見守っててくれて、ありがとう」

あの時、花を一輪だけ、材料にした<瑞兆花>は、なんとまだ咲き続けていた。

一度だけ、作ったこの花が幸運を運んできてくれたのかもしれない。


その後、テリーは錬金術師として、様々な人々を助け続けた。

彼がうつる写真にはどれも、くすんだ黄色の百合の花が傍らに置かれていた...。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ