第七話 旅
「お、王様!?」
「そうよ。」
「このドラゴンが?」
「ええ。でもそう言うとちょっと語弊がありますね。」
「ん?どういうこと?さっきは人になってたけどそういうドラゴンじゃないの?」
「うーん。今説明してもいいかしら。」
「うむ。いいぞ。国に着いたらいろいろ説明しようかとも思ったが、おそらくそれどころではないからな。」
「さてはまた城抜け出してきましたね。」
「ぐぅ。そ、そのことは良いのだ。さあ。」
「はいはい。」
朱里から説明されたのは次のようなことであった。
今自分たちが乗っているドラゴンが実は魔神であること。魔神とは全ての魔なるものたちの祖であり、全ての魔のオリジナルは魔神によって生み出されたものであること。全ての魔とは魔物や魔人(人型に変化する力を持つもしくは人型をしている上位の魔物)のことであること。魔神が魔を生み出す過程で特有の因子を作り出し、それを活用することで自由自在に姿を変えられること。特有の因子とは自然にある魔力の形である魔素と呼ばれるものを変質させたものであること。魔素には濃度があり人にとって濃すぎるものは死を招く危険なものであること。魔素濃度の濃いところは魔素溜まりと呼ばれ、肉眼で観察可能であること。魔神が創り出した魔は、魔素溜まりの中から自然発生することもあるということ。魔素濃度が高いほど危険性の高い魔が生まれやすいということ。
そこまで話して、ふと朱里の説明が止まった。不思議に思った二人が朱里の目線の先を追いかけるとその理由がわかった。海である。先程まで見えていたと思っていた森や平原は消え失せ、見渡す限りに大海原が広がっている。後ろを振り返ってみるがもはや陸地は見当たらなかった。一面に広がる青い海に波が揺らめいている。その絶景に二人も息を呑んだ。あちらこちらに不自然に海の色が濃いところが見えた。それらは巨大な海洋生物の影か魔素溜まりである。山のような大きさのクジラらしき生き物や島のような大きさの亀らしき生き物、長く太い海蛇のような生き物も見えた。どの生き物も遠目にしか見ることができなかった。進行方向にそれらがいても近づいてくるのはドラゴンである。逃げるに決まっている。
あちらに目を向け、こちらに目を向けとやっていると、遠くの方に虹が見えた。地球では見たこともない大きさであり、まるで彼らの旅立ちを祝福しているかのようであった。
しばしの間、三人はそれらの景色に見惚れていたが、少し経つと再び朱里は話し始めた。
海を渡っていることから察するかもしれないが、今向かっている国があるのは魔大陸であること。魔大陸は基本的に人類大陸よりも魔素濃度が高いこと。魔素濃度が高いため、危険な魔物も多く、危険地帯が多々あること。魔大陸でも比較的安全なところにあるのが今向かっている国であること。国の名はイムガイエン魔神国であるということ。ただし人類大陸の国々からは大抵魔国と呼ばれていること。魔神国の民は基本的に魔人であり、たまにエルフやドワーフといった亜人がいて、人は珍しいこと。人が一人で国の中を移動するのは安全でないこと。極力朱里と一緒にいる方がいいということ。
「まあ、今言えることはこのあたりですかね。まだありますがもっと落ち着いてからでもいいでしょう。」
「「……。」」
相変わらずの情報の濁流に二人とも黙り込む以外に道はなかった。
「まあ、知らんことを一度に言われたらそうもなるわな。」
「うるさいですよ。」
「少しずつ慣れて行けばいい。時間はいくらでもあるのだからな。」
「それもそうですね。……あ、見えてきましたか。相変わらず大きな樹ですね。」
「ぬ?ああ、世界樹か。となるともうじきに着くな。」
慣れていけばいいと言われた直後に再びの情報投下である。
二人は混乱している!
だが朱里はドラゴンとの会話を楽しんでいてそれに気づく素ぶりを見せない。二人が会話に導かれるように顔を上げると、遠くの方に天まで届く柱のようなものが見えた。その上の方は雲がかかっていてよく見えない。下の方には久方ぶりに見かけた大地がうっすらと見えるようになった。かなり遠くにあるはずなのに縮尺がバグったかのように見えるそれに驚きを隠せなかった。
「もうここまで来たなら転移してもいいか?ここから先はある程度国を知ってからの方が面白いからな。」
「んー。まあいいでしょう。」
「よしわかった。」
「た・だ・し、いずれ家族旅行で来ましょうね。」
「う、うむ。約束しよう。いずれな。」
「約束、しましたよ。」
「何故だ。とてつもない誤りをした気がするぞ。」
「気のせいです。さあ、行きましょう。」
「う、うむ。」
朱里の脅しに屈したドラゴンは空に浮いたまま魔法陣を構築し始めた。ドラゴンの身体がすっぽり収まる大きさの積層型の魔法陣である。複雑に陣が絡まって構築されていき、バチバチと白と黒の光がチラついている。少しずつ魔法陣自体が白い光を放つようになり、次第に白色からさまざまな色に変わっていき点滅し始めた。カッと雷のような光を放ったかと思うと、もうそこには何も残っていなかった。