第六話 旅立ち
朱里が黒騎士に向かって頷くと黒騎士も頷き返した。すると、朱里と黒騎士はその身体から黒い魔力のモヤを溢れさせ始め、さらにプレッシャーが増した。そして朱里はそのまま王たちに向かって告げた。
「短い間でしたがお世話になりました。これからは夫のもとで暮らしていきますのでこの国からは出て行きたいと思います。では。」
「ま、待て!」
突然の朱里の宣言に王は狼狽えた。確かに相手は戦って勝てるような相手ではない。しかもそれと同等かそれ以上であろう強者もいる。だがしかし、王にも矜持ががある。目の前にいる罪人をみすみす取り逃がすという選択は簡単にはできないからである。故に王は時間を稼ごうとした。しかし……
「待って、どうかなりますか?」
「……」
それは悪手であった。もともと朱里との仲や信頼関係はズタボロ。しかも朱里からしてみれば、できるかどうかは別にしても一度殺せと言われた相手からの命令であった。聞く耳を持つ必要がない。言い淀む王にさらに朱里は追い討ちをかける。
「待って、何になりますか?私を世界から追い出しておいて。愛するモノと無理矢理別れさせておいて。たまたまこの世界に戻ってこれたから良かったものの。うら若き乙女が未亡人になっていたというのに。謝りもせず、しまいには殺せ?……どこに待つ理由があるというのですか?」
「…うら若き、乙女?」
「あなた?」
「ヒっ!」
朱里が王に対して追い討ちをかけている最中、言ってはいけないことを言った黒騎士に対して、先程まで王に向けられていた視線以上に冷たい絶対零度の視線が突き刺さる。それに乗せられた殺気を感じたのか黒騎士は姿勢を正しガシャンと音を響かせた。
「はあ。もういいです。初めから期待なんてしてませんでしたし。…そろそろ行きましょうか。ねえ、あなた。お話したいこともたくさんありますしね。」
「ハイ。ワカリマシタ。デハ、サッソクテンイマホウデ…」
「嫌よ。そんなの。」
「ハイ?」
「久しぶりのこの世界よ。この目で見たいの。それに家族にも見せてあげたいし。だから。あなた飛んで。」
「ワカリマシタ。あーなんだ。懐かしいなこのやりとりも。よくお前を背に乗せて空を飛んだもんだ。ふむ。ようやく日常が戻ってきたって感じだな。」
「ゴダゴタ言ってないで早く!ほら。行くよ!」
話の展開に完全に置いて行かれていた弓美乃と優真の方を見ながら朱里が黒騎士に催促した。もはや王に止められるような状況ではなく下唇を噛んで悔しそうにしている。そんな王に黒騎士が言葉をかけた。
「人間の王よ。我が妻が世話になったな。この礼は必ずしよう。さて、我はこれからドラゴンの姿に戻るのでな。人間どもよ。死にたくなければここから逃げるがいい。」
「「「「「!!!」」」」」」
次の瞬間貴族たちはパニックに陥り我先にと部屋の外に退避していった。残ったのは黒野一家と黒騎士、それに王とその側近の僅かな人だけであった。
「あら、ボル。あなたは逃げないのですね。」
「……私はこれでも王だ。賓客を見送るのは当然だろう。」
「……。行きましょう。」
「うむ。」
そういうと黒騎士は部屋の窓の方へ歩いていき、そのまま身を投げ出した。次の瞬間黒い稲妻が走ったかと思うと、雷のような音を鳴らしながら黒い繭ができ、天に上がっていった。それは見ようによってはタマゴのようにも見えた。その繭がまるで羽化するかのように割れると、そこには先程の黒い巨大なドラゴンがいた。
ドラゴンが姿を現すと朱里は弓美乃と優真の手を握った。そしてその次の瞬間には三人の姿は消え、後には赤黒いモヤの跡が残るだけであった。ドラゴンの背に転移したのである。残された王たちは先程まで朱里たちがいたところを眺めていることしかできなかった。
さて、訳が分からないままに母親に連れられて転移した姉弟であったが、今彼らはドラゴンの背に乗り空の旅を体験していた。かなりの高度を飛んでいるが朱里が結界を張ったおかげか全く寒くはない。だが飛行機とは違い生身での旅である。それ相応の怖さがあった。だがもうてんやわんやな展開に慣れたのかふと弓美乃が母親に尋ねた。
「ねえ母さん。結局この後ってどうするの?」
「ん?ああ。この後ですか。そうですね。この後は西に向かって飛んで行って夫の国に行きます。かなりの距離があるのでまだしばらくはこのままですね。」
「え?夫の国?ああ。そこに住んでるっていうこと?」
「いえ。違いますよ。支配しているということです。」
「え?」
「つまり、王様ということです。」
「「ええ〜〜〜!!!」」