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第三話 勇者召喚


◇◇◇◇◇



「おお!成功!成功ですわ。よくやりましたわ、爺や。」

「ええ。そのようですな。」



 誰かの話し声が聞こえて目を覚ました青年が目にしたものは見知らぬ石畳の空間であった。



「…ん。  ここは?」




 座り込んでいる青年が顔を上げると、地面に倒れ伏している二人の黒髪の女性が見えた。気絶しているのか微動だにしない。青年がさらに顔を上げると一組の男女がいた。

 1人は汚れの欠片すらない装飾の多い豪華な白いドレスに身を包んだ色白の美女。歳は大学生かそこらであろうか。美しい藍色の目を持ち、長い金色の髪を靡かさせて腕組みをして立っていた。

 もう1人は高級そうな執事服とモノクルを身につけ、白い髪をオールバックにした長身で高齢の男性であった。立場が違うのか美女よりも一歩程後ろに立っている。

 美女と高齢の男性は一段高いところから青年たちを見下ろしていた。見下ろす視線から目をそらすように青年が周囲を見渡すと、不動のまま待機しているように見える二十人ほどの鎧をまとった人物たちがいた。そのコスプレにしか見えない人たちと同じ場所にいるという非現実感に青年はポカンとした。



「む、気づかれましたかな。」



 高齢の男性は、青年が目を覚ましたことに気がついたようである。



「ようこそおいで下さいましたな、『勇者様』方。」

「はあ〜っ!!!!?」


「ん〜。はっ!?ここどこ?」

「ん。ここは…。」



 青年の大声に倒れていた二人の女性も目を覚ましたようである。



「おや。そちらのお二方も目を覚まされたご様子。どこか体調が悪いところはございませんか。」

「いえ、特には…」

「ええ…」

「それは何より。もし『勇者様』方に何かあったらどうしようかと。」

「ちょっと、『勇者様』方って何よ。もしかして私たちのこと?ねぇ、優真。何があったの?」

「優真?ねえ、弓姉(ゆみねえ)。それ、誰?」

「は!?()()()()()()()()()!」

「えっ。」



 青年―黒野(くろの)優真(ゆうま)は自分の名前を思い出すことができず、呆然とした。自分の姉―黒野(くろの)弓美乃(ゆみの)の名前と自分の母親―黒野(くろの)朱里(あかり)の名前は覚えていた。しかし、なぜ自分の名前だけを思い出すことができないのか、優真には分からなかった。



「むむ。どうかされましたかな。」

「え、いや。あの、弟が、その。自分の名前覚えてなくて、いや、私の名前は覚えているみたいなんだけど。」

「ふむ。『勇者様』方の世界とは違うところがあるのが原因でしょう。そうですな。一度皆さまだけで休憩をとられるというのはいかがですかな。部屋はご用意いたしますぞ、よろしいですかな王女殿下。」

「ええ。構いませんわ。私たちの国の賓客ですもの。相応の部屋を用意しなさい。」

「かしこまりました。それでどうなさいますか。」

「お借りしましょう。」

「母さん…。」

「かしこまりました。ではこちらへ。」



 老紳士の言葉と共に、直立不動だった二十人ほどの全身鎧がちょうど半数ずつくらいになるように分かれた。その分かれた先に目を向けると、直径4メートル程の魔法陣らしきものが現れた。



「この魔法陣にお乗りください。準備ができましたら魔法陣に乗っている全員で同時に三度足音を鳴らしてください。そうすれば、別の部屋に転移いたします。話し合いが終わりましたら、再び足音を三度鳴らしてください。この部屋に戻りますので。」

「分かりました。行きましょうか。」



 朱里はスタスタと魔法陣に向かって歩いていく。優真と弓美乃は顔を見合わせた後、朱里の後を追ってゆっくりと魔法陣の方へ歩いて行った。全員が魔法陣の上に乗ると、老紳士が声をかけてきた。



「では、また後ほど。ああ、用があればお呼びくだされ。すぐに参りますぞ。」

「分かりました。では、せーので行きますよ。いいですか?」

「わかった」

「いいわよ。」

「せーので。」


コンッ コンッ コンッ


 床を鳴らした次の瞬間には、魔法陣は強い光を放ち、三人の姿は消えていた。


◇◇◇◇◇



「「まぶしっ!」」

「着いたみたいですね。」


 三人が強い光を感じた次の瞬間には、先ほどとは違う部屋に景色が変わっていた。広さは学校の教室の半分程度であろうか。緻密な彫刻が施された黒い円卓が一つと座り心地が良さそうな椅子が三つ設けられている。


「さて、いろいろと話したいことはありますが。まずはこれからですね。」

「母さん?一体何を言って」

「ふーっ、これも()()()()()()()()()。パッパとやっちゃいましょう。」



 朱里はそういうといきなりフィンガースナップをした。パッと見た感じでは何も変化がない。優真と弓美乃は何が起こっているのか見当もつかないようでポカンとした表情で朱里(母親)を見ていた。ポカンとしている二人をよそに、朱里は瞳を閉じた。それと同時に朱里の身体から紅い粒のようなモヤが溢れ出した。紅い粒のようなものは部屋全体に薄く広がったかと思うと、朱里が目を開けた瞬間にフッと消えていった。赤い粒が消えたことを確認した朱里はおもむろに椅子に腰掛けて二人がこっちの世界に戻る(我に帰る)のを待っていた。先に我に返った弓美乃が朱里に聞いた。



「ねえお母さん。一体何をしたの。」

「ひとまず、結界を張りました。これでこの場所で話したことは私たちしか知りません。ああ、でも、まだやることがあるのでもう少し待っててください。あ、次は分かるようにやりますね。んー?えーっと?なんだったっけ名前。久しぶりってのもあるけど。無詠唱(・・・)に慣れすぎましたかね。」

「え、ちょ、ちょっと待って!え?何を言って

「あーっと、【守護結界】?いや違いますね、ん?あ、【守護之王(しゅごのおう)】でした。【守護之王・三宝結界】。はい。終わりましたよ。」

「「はい終わりましたよ」じゃないって母さん!は?今何したの?」

「ちょっと落ち着きなさい。ちゃんと説明するから。とりあえず座りなさい。」

「「う、うん。」」



 朱里に言われるがままに二人は椅子に腰掛けた。椅子は明らかに高級品で、見た目以上に座り心地がよく、混乱していた二人も落ち着いてきたようであった。二人が多少落ち着いたのを見た朱里はタイミングを見計らって説明を始めた。



「えーっと、何から説明しようかな。あ、そうだ。まず、ここは日本ではありません。」

「「知ってるよ!!」」

「地球でもありません。」

「「知ってるよ!!こんな時にまで天然発揮しないで!」」

「異世界ジョークなのに。」

「「知らないよ!!」」

「ふう、冗談はさておき、私たちは元の世界からこの世界にやってきました。そして、母さんはここが初めてきた場所ではありません。」

「え、どういうこと?」

「母さんね、昔この世界に呼び出されたことがあるの。今みたいに『勇者』としてね。」

「マジか。え、お母さん実は昔死んでたってこと?幽霊?」

「死んでないわ。その時は転生じゃなくて転移だったの。」

「転移…」

「なるほど。でも、納得だよ。母さんがやけにこの世界のことを詳しかったこと。」

「その時の話をすると長くなるからまた今度ね。だからまずは簡単にこの世界の話をしましょう。」

「分かった。」

「了解。」



 朱里の口から二人に告げられたことは衝撃的であった。

 この世界は三つの大陸からなっているということ。人やエルフ、ドワーフなど人に与する者たちが多く住む人類大陸。人類と敵対する魔物などの勢力がいるとされる魔大陸。神話に記されているらしい戦いとその余波によって大陸一つが丸ごと荒廃し、生物が住めるような環境ではないとされる不毛大陸。不毛大陸や魔大陸のみならず人類大陸であっても、完全に安全なところはなく、場所によってはずっと昔から戦争をしている地域や魔物と呼ばれる危険なものたちが生息しているところもあるということ。つまりは自衛する力がないと生きていくことも厳しい可能性もあるということ。人類大陸では王国、帝国、神聖国の三つの強大な国がそれぞれ大陸の覇権を握ろうとしていること。

 『勇者』とは、『魔王』を倒すための存在であり、異世界人を示す言葉でもあるということ。『魔王』は魔物を束ね軍勢をなし、世界を混沌に包もうとする存在であること。異世界人は世界を渡る際に特異な力を手に入れるという傾向があるということ。先程使ってみせた【守護之王(しゅごのおう)】もまたその一例であり、『スキル』と呼ばれるものであること。『スキル』は、異世界人だけの能力ではなく、世界に根付いた原理(ルール)であるということ。自分が持っている『スキル』を知りたい時は、『ステータス』と唱えるか念じれば開けるということ。『ステータス』は、信頼している人にだけ見せるように注意するということ。

 優真の記憶を元に戻す方法に心当たりがあるということ。しかし、その心当たりの場所は今自分たちがいる場所から遠い場所にあるうえに、昔の記憶のため確実とは言えないということ。




 





 最後に自分たちを呼び出したこの国― エパルリーム王国―もまた、他の二つの超大国と同様に勇者を戦争に利用していたこと。そのためにこの国から脱出するということを考えておくべきだということ。




「まあ、そんなところですかね。」

「「…」」



 母親から告げられた情報のあまりの多さに二人は固まってしまったようであった。

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