諦める者、諦めぬ者
戦闘回、ですが……
基本はラートリア視点ですが、最後だけ主人公視点です。
「す、すごい──」
思わず演奏の手を止めそうになりました。
相手は『茨の悪魔』こと、ソールラムス。奉納ギルドの中級者でも死者が出る厄介なマモノです。
それを、そんな相手を、まさか──
「っし!随分スリムになってきたんじゃねぇかウニ野郎!」
『@@@@@@@@@!』
「図星だからってムキになんなよぉ!」
こうも翻弄するなんて。
目にも止まらない俊脚はありません。全てを薙ぎ払う豪腕もありません。あらゆる攻撃を弾く鉄壁もありません。かつて見たギルドの頂点のような、理不尽はありません。
他の人と違うのは、頭に浮かぶ天使様の光輪のみ。
ただ未来でも見えているかのように、まるで形を持たず捉えられない水のように、スルリスルリと枝の隙間を縫ってすり抜けて、焼き切り、穿つ──その技術が圧倒的でした。
最初に天使様にお会いした時、光輪に目が奪われて、私は恐怖しました。
天使とは神話の住人。生きている内に見るはずのない存在に出会ってしまい、ああ、私は死ぬんだなぁと思っていました。
けれど天使様は腰が低く、驚くほど人間的で、私のような者に丁寧に接してくださった。
話が通じない存在ではなく、偉ぶった存在でもありませんでした。
そこまでしていただいて愚鈍な私は、ようやく天使様のお姿を認識しました。
人間ではまだ齢1桁程度の神秘的な幼子。小魔族だとしてもまだ成人はしていないだろう姿の天使様は、ご自分のことをひよっこだと仰いました。
最初は私の緊張を解く冗談かと思いましたが、その後の振る舞いは本当に、それこそギルドの初心者のようにも感じました。
そして、あの言葉。
「その、見捨てないで貰えると──」
『こんな奴ら、最初から見捨てておけば──!』
幼馴染みの声が胸に刺さり、そこからは私の中で天使様の扱い方に迷いが生まれました。
男勝りな部分はあっても、見た目相応に何も知らない無垢な幼子。愚図な私なんかを慕ってくれる姿を、私のせいで不幸にしたくはなくて、目一杯お助けしようと決意しました。
……ですが、やはり天使様は天使様のようでした。
「おい行動パターン少ないぞ!そんなんでゲーマーが満足すると思ってんのか!?」
『@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ッッッ!!!』
ソールラムスに挑むと宣言した天使様を非力な私には止める術がなく、一度痛い思いをすれば引いてくれるだろうと勝手に考えていました。
でも天使様は、そんな私の浅慮を軽々と飛び越えていきました。逆にその枝を焼き切って迎撃し、鎧も焼き貫いています。素人目に見ても苦しんでいるソールラムスが、その奮戦が有効である証拠です。
とりあえずやってみる、困難でも喜々と挑む。
まるで昔の私のような無鉄砲さが、何よりも嫌悪しているはずのその有り様が、妙に眩しく感じます。
「お?ウニ辞めて今度はクラゲか?」
そこへ、ソールラムスが新たな行動を起こしました。枝の鎧を解き、台座のような形に変え本体をせり上げます。
『@@@@@@!!』
「そんな大振り──は!?」
「天使様!」
次の瞬間、私の横の木々が砕け、水しぶきが顔にかかりました。
まるで風に揺れる花のようにしなっていたソールラムスから水球が射出されたのです。
マモノ──魔力を持ったケモノ。魔法を使える分知能も高く、非常に厄介です。
「っ痛……オーラなければ肩が吹き飛んでたか?」
辛うじて正面から受けることは避けたようですが、清貧なお召し物の右肩が破け、血のように赤い霧が細く滲んでいます。
大事はないようでホッとしました。今なら撤退できます、そう思って声を──
「っは、いいねぇ!仕切り直して第2ラウンドといこうじゃねえか!」
出そうとして、その楽しそうな表情に喉が止まります。
何故、そんな表情が出来るのでしょうか。何故、止まらないのでしょうか。
ああ、やはり天使様は天使様で、卑小な私では理解できない──
「ラートリア!」
「っ」
びくりと肩が跳ねます。一体何を言われるのでしょうか。
足手纏い?役立たず?それとも囮に──
「悪い!もう少し攻撃寄りの支援に!変えられるなら頼む!」
それは私を対等に見た、お願いでした。
どうして。そんな思いが過ぎりますが、私の手はすぐに行動に移っていました。
慎重に演奏中の曲をフェードアウト。そして、別の演奏を入れます。
「『鉱神奉納楽・祝福の調』」
同時に天使様から赤い魔力は消え、代わりに薄い青色の魔力が立ち上がる。
基礎属性である火属性は攻防のバランスに優れていますが、純化属性の鉱属性は攻撃特化。そして水属性に強い。理屈は簡単。けれど──
「うおマジか!?一撃でヒビ入ったぞ!?」
『@@@@@@@@@@@@@@!?!?』
「サンクス、ラートリア!想像以上にやっべえわ!」
……どうして、どうして私なんかに礼などを。
「あ!おいごらあぁぁ!実を自分で食うのはなしだろうがああああああああ!」
天使様。
「っし、奪ってやったぞもう死ね!死ね!さっさと死ねやああああ!」
天使様。
「これで、ラストおおおおおお!」
鉱の加護を纏った拳がソールラムスを砕く。
その偉業に天使様は浸ることなく、なにやら慌てて手元のルブランベリーの実を見て、そしてホッと息を吐きました。
「ありがとうラートリア。お陰で楽に倒せた」
「い、いえ」
……また、お礼を言われてしまいました。
どう返せばいいのでしょうか。私なんかに礼は不要です?当然のことです?それとも……
「でさ、半分ぐらい食われちゃったんだけど、これ」
天使様が差し出してきたのは戦利品である、ルブランベリーの実がたくさん生った房です。
確かに半分ほどは食いちぎられてしまいましたが、それでもこの量は豊作と言って問題ないもので──
「プレゼント。これで俺への好感度を上げてくれたまへ?」
……………………
…………え?
「プレゼント……ですか?」
「そ。俺から、ラートリアに。受け取ってくれると嬉しい」
「そんな、私なんかにこんな!?う、受け取れません!これは天使様にこそ相応しい物です!」
「えー、でもなー」
天使様は困ったように眉を寄せますが、一転、悪戯を企む子供のような顔をして実を1つ摘まむと、私の唇へ。
「な、何をむぐ!?あ……」
甘くておいしいです。
「食べたね?なら受け取ってよ」
そう言って、天使様は私に強引に房を押し付けると離れていきます。
それにハッとして返そうとしますが、天使様は木の上に器用に逃げ、そして仰いました。
「いいじゃんそれぐらい、受け取ってよ。これからまだまだプレゼントするからさー」
……天使様。
どうして私なんかと必要以上に親密になろうとするのですか?
どうして私なんかを対等に扱おうとするのですか?
天使様にこそ相応しい物を、どうして私なんかに……
「……何をミスった?」
俺は敷物の上に置かれたベリーの房を睨んで、ただ独りぼっちで呟いた。
お読みいただききありがとうございます。
ちょっとしつこいかなとは思いながらも、ネガティブさが消えないラートリア。
次回は進展が?
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