再起する子供の楽園
前作エタッてますが、新作です。書きたかったんです……
なお、雑多な設定を最初の1話にまとめたかったので長めです。
「ふ、ぉぉ────……」
それを最初に見たとき、俺は何を口走ったんだったか。
鼻をくすぐるのは、雨上がりの土の匂い。
目に映るのは、入道雲が浮かぶ青空と、森の向こうに広がる大草原。
耳に届くのは、風に揺れる木々のざわめき。
肌を刺すのは、蒸されるようなじっとりとした暑さ。
「────ッ……!」
これが現実なら、なんてことのない夏の風景だ。
だが仮想空間の中だとしたら、話は変わる。
ぼんやりしていた意識がはっきりしていくにつれ、全身の感覚が信じられないほどリアルに迫ってくる。
木陰の揺れに遅延はなく、服の中で張り付く汗が風に乾く感覚すら完全再現。
現実でないのが、信じられない。
「やっ……ば──」
つい最近のVR作品、いや歴史上でも桁違いのクオリティじゃないか?
『まさに異世界』──そんなテンプレ台詞が、ここまで似合うとは思わなかった。
背後にそびえる、雲をも超える白亜壁の巨塔。
あれさえなければ、普通は疑うことすらできないだろう。
「──は──はは──」
ああ、そうだ。俺は笑ったんだ。
状況とか目的とか、全部どうでもよくなるくらいの暴力的なクオリティに、笑いが止まらなかったんだ。
暑さで火照った体が、さらに熱を帯びていく。ボロの初期装備じゃなければさらにキツかったかも。
…………はぁ。
「……やめて、やめろ。そのニヤニヤした顔も、生暖かい目も」
「いやいやぁ、ただ懐かしいなー微笑ましいなーって思っただけですとも。草っぱでゴロゴロ寝転がるなんて、かぁわいぃねぇ」
「キラキラした目で雑草を抜くのもっすね。その見た目の年相応っすよ。本当にいいっす」
「やめろ恥ずい。あと俺と君ら同い年だからな?思い出せ?」
思わず衝動的に行動してしまったが、ここには俺以外にも人がいる。しかも赤の他人ではなく、関係的には半分以上身内のような人達が。
そのことに恥ずかしいやら興醒めやら、体の熱が一気に引いた。
「てかこのアバター、何なの?いくら何でも狙いすぎじゃね?サプライズにしては悪質だと思うんだけど」
「悪質なんてそんな……せっかく子供達が皆で集まって知恵を出し合って、喜んで貰えると期待したプレゼントを悪質だなんてそんな……」
「うっ、それは……でもこれは……」
眼前に展開される、3列に分かれた半透明のメニュー画面、その真ん中からこちらを見つめるアバターに、俺は渋面になる。
踵を超えて伸び広がる、光沢が美しい乳白色の長髪。
髪色とは対称的に浅黒い褐色の肌に、ボロ布のシャツとボロい短パン。
キラキラとキレイなサファイアブルーの左目と、汚く濁り曇ったアッシュブルーの右目。
まあ胸はあまりないから、男の娘って言っても通じそうではあるが……
「別にいいとは思うぞ?観賞用なら。つまり使うのが俺じゃなければ」
「いいと思ってるんならウジウジしないことっす。大体それなら身長をもっと盛ればよかったんすから」
「いやそれは視点酔いが──わかった、わかったってば」
まったく、あの時はこんな光景、想像もつかなかったな……
自分の事だけど、交通事故に遭ったらしい。
らしい、というのは、俺自身がその瞬間を覚えていないからだ。事故の衝撃で記憶が飛んだらしい。
辛うじて、何か妙な声が聞こえたような気が……いや、これは覚えてるとは言わないか。
気が付けば俺がいたのは現実の空気の中ではなく、とある仮想空間だった。
難しい名前を、仮想空間設置型医療支援施設『ネバーランド』。どこぞの政治家の人気稼ぎによって作られたそこはなるほど、確かに理念だけは理解できるものだった。
『現実で動けない子供達に自由を』
──この理念はしかし、その政治家の不祥事によって中途半端なまま放置され、結果『子供の国』という意味でしかなかった施設の名前は、『そこではアバターの姿が成長しない』という意味でも元ネタに近づいてしまった。
俺の年齢も14で止まってしまった。当初の『ネバーランド』は本当に酷く、『子供に自由を』と嘯きながら、あるのは何もない校庭と旧時代的な「凸の字」型の校舎のみ。娯楽は遊具どころか机などの物品含めて「ハコ」以外に一切なく、外の風景すらも真っ白で何もない、ただの隔離施設でしかなかった。
接続された子供達はアクセスすらせず、不自由なはずの現実に逃げていき、残されたのは俺と、その手の判断がまだできないチビッコ達だけだった。
最初は俺も逃げるつもりだったのだが、手つかずのデータ群につい好奇心が疼いてしまった。
小さい時からプログラミングやVR開発が趣味だった俺は、試しに『ネバーランド』の管理中枢にハッキングをかけてみたところ、一切の妨害に遭わないまま管理権を奪えてしまった。
後の展開は、想像するのは簡単だろう。俺の国となった『ネバーランド』は、取り敢えずデータだけで完結するあらゆる娯楽を並べられていった。
純粋なお遊びから知育遊具、スポーツ用品に盤上遊戯まで。
チビッコ達の不満はこれで抑えられたが、俺だけはつまらなく思っていた。
何かVRゲーなどにアクセスできれば良かったのだろうが、医療用のハードは非対応なのか、遊べなかった。一応テレビの再現は出来たが、それも画質は悲惨で実質ラジオ。それ故、一時はあった神のような全能感も、ただただ飽きに食い尽くされてしまっていた。
1つ目の転機が訪れたのは、俺が『ネバーランド』を支配してから2、3年経った時だった。
「は?こんなガキがここの責任者?冗談っしょ?」
見た目は俺よりも年上の人達──大体20前後か?──が、『ネバーランド』に接続されたのだ。
どうやら費用の削減やらなんやらで、いくつかのVR施設が統廃合されたらしいのだ。何故か『ネバーランド』は吸収される方ではなくする方だったのだが……それはまあいいや。
正直、俺は誰が来ようがどうでもよかったが、先方は違ったらしい。
見た目は年下のチビである俺がトップなのが気に食わなかったようで、早々に囲まれ、リンチされかけた。
結果?
管理者権限をフルに使って正面から叩き潰した。それ以降も執念深い連中はアレコレしてきたが、やがて『ネバーランド』から姿を消した。
「前の施設じゃリーダー格だったっすから、そりゃ目障りだったんっすよ」
そう教えてくれたのは特に俺にはちょっかいをかけてこなかった人達だった。
しかしこの統廃合、別にトラブルだけを持ってきたわけではない。
設備がややアップグレードされたようで、古めのゲームだったらアクセス可能に。
画質も改善され、ラジオはテレビへと進化した。
お陰でVR黎明期の数々のクソゲーを堪能できて、満足度としてはプラスだった。
2つ目の転機は、いよいよ俺も実年齢が20になるかという時だった。
『ネバーランド』に、某少年探偵アニメの犯人のように黒ずくめのアバターが降り立った。
「……えっと……どちら様で……?」
「ああ、ごめんね。サーバーに最も負荷をかけないアバターにしたらこうなってしまって」
突然の出来事にやや怯えながら尋ねた俺に、声までモザイクが掛かったようにノイズが走る彼──性別不明だけど──は富岳院 安月と名乗った。
「この度は『ネバーランド』の権利をうちが買い取ることになったから、その挨拶に来たんだ」
「はぁ。ここでリーダー的なものをやってる一 一です。こんな放置された施設を買い取るなんて物好きですね」
「面白そうだったからね」
その後、皆に彼の正体の話をしたところ、全員が目を剥いた。
「……え、一って、富岳院の名前知らないの?」
「いや……そんな有名人なのか?なんとか院って」
「有名なんてもんじゃ──!四天王大学グループの学長だよ!?」
四天王大学グループ、と言われてそれが何かわからないのは今のご時世では赤子ぐらいのものだ。
電子工学や機械工学、数学に建築学の最先端、青龍工科大学。
物理学や化学、宇宙化学に芸術学の最先端、玄武理科大学。
医学や薬学、農学にスポーツ学の最先端、朱雀医科大学。
法学や経済学、人文学に教育学の最先端、白虎文科大学。
『世界最高峰の叡智を人類に』というコンセプトで設立されたこれら4大学は、設立してまだ30年という歴史の浅いグループだが、その躍進は未だに減速することを知らない。
「富岳院 安月」というのはこの内、朱雀医科大学の学長の名だという。教えられて本当にビックリした。
そしてそんな人が最初の挨拶以降も月に何度か遊びに来るのだからさらに戦々恐々とした。
……まあ実際話してみれば、富岳院さんは立場こそすごいけど本質は馴れ馴れしい酒好きだということで、なんだか段々怯えるのが馬鹿らしくなってきた。
一度酔っぱらってきた時は叩き出してやったが。弱いくせに酒好きとは……
そして3つ目にして最大の転機となったその提案がされたのは、富岳院さんが訪れるようになってから半年が経った頃だった。
「研究用VRMMOの運営を四天王グループが!?マジですか!?」
「この前の忘年会の飲みでさぁ、こうして学長同士のつるみはあるけど大学間での連携ってあまりないよねぇって話になったんだぁ。実際、青龍と玄武、朱雀と青龍の繋がりは多少はあったんだけど、それ以外はねぇ。そしたら話も盛り上がってさぁ、ノリで決めちゃったんだぁ。いやぁ、重大な決定をした後の初日の出ってキレイだよねぇ」
「酒とノリと深夜テンションで決めていいことだったんですか……?」
話の経緯は間抜けだが、それがもたらす影響は凄まじいものを予感させた。
「研究用ってことは、無料で一般公開するんですか?それとも数を絞って?」
「前者かなぁ。半分遊びで作るとは言え、色んな人に触れて欲しいしねぇ。あとはその方がデータも集まるっていうちゃんとした理由も。最終的には海外にまで発信することになるかなぁ」
「スケールが狂いますね……もう開発は始まったんですか?」
「まだまだ。その前にやることがあってさ──ところで一君」
「はい」
それはさらりと投げ込まれた。
「このプロジェクトの中心になってみない?」
「へー、プロジェクトの、中心……え、チュウシン?」
聞き間違いかと思った。
「いやだからさ、一君がVRMMOの作成やってみない?ってお誘いだよ」
「いやいやいやいや!?何でそんなことになってるんですか!?」
「いやぁ、桃源院に君の話をしたら気に入ったみたいでさぁ。早速経歴作って囲い込もうとしてるみたいなんだよねぇ。あ、一応金剛院は反対してないし、竜宮院も君なら問題ないだろうしねぇ」
「いやいやいやいや……何でそんなことに?」
「僕らの誰かがやるより、第三者を招く方が面白いじゃん」
「えぇ……」
富岳院さんは結構「面白さ」を考えに入れることはわかってはいたが、こんなところまでとは思っていなかった。
「いやいや……でも俺、ミニゲームは作ったことあっても、VRMMOは……ストーリーとか出来ないですが……」
「『ネバーランド』の改変が出来るなら問題ないでしょ。それに何事も経験だと思うけどねぇ。まあまずは試しに1度作ってみたら?」
「はぁ」
というわけで富岳院に乗せられて、試しにVRMMOの作成を始めてみた。
──まあ、現実は甘くない。
イベント管理。
「あれ、このエンジンモデルだとフラグ数上限あるの?うわぁスクリプト全部見直さないと……」
NPCの挙動テスト。
「なんでこの村人、同じセリフしか繰り返さないだ?本当にAI積んでる?」
マップデザイン。
「あれ……屋根の上に建物が建ってる……え、どういう判定バグだよそれ……」
戦闘バランス。
「敵、弱すぎるか?いや、俺基準で考えるのは……でもこれじゃあ作業ゲーだし……」
──こんな調子で、一歩進めば二歩下がる日々だった。
調整、調整、また調整。
片方を直せば、もう片方が壊れる。
まるで水漏れのバケツを両手で塞ぐみたいな作業だ。
気付けば作業机(といっても仮想空間の作業環境だが)の上はテスト用データでぐちゃぐちゃ。
寝ても覚めてもコードとにらめっこ。
他のゲームを遊ぶ暇なんて、当然なかった。
「……あれ、俺、何で一人で全部やってんだ?」
そう疑問を抱いたのは、制作を始めて数ヶ月経った夏。
『ネバーランド』の皆にプロジェクトの話をすると、意外なほど乗り気で手伝ってくれることになった。
プログラミングやシステム構築は俺が全てこなしたが、それ以外のテキストや装飾飾はかなり力になってもらった。
冬になる前には一応の形は完成したので、それを富岳院に提出すると。
「それじゃあ早速、αテストしてみよっか」
「え、もう!?てっきり四天王グループで一度確認してからじゃないかと思ってたんですが」
「まあまあ。君が提出できるレベルにはできたと判断したんでしょ?じゃあ問題なしさ。いやぁ、楽しみだなぁ」
そして翌週の『ネバーランド』には、5人の犯人に怯える子供達の姿を見ることが出来た。
「……あの」
「富岳院、あまりこのアバターは受けが良くないようですが」
「ごめんごめんって。でもでもぉ、僕はこれで今まで皆と喋ってて問題なかったしぃ、大丈夫と思ったんだよぉ」
「それで本音は?」
「こういうのも面白くない?」
「はぁ……」
確信犯だ、この人。
そんな中で、富岳院さんと思われるアバターの言葉に頭を押さえた人が、俺の方を向いた。
「初めまして、一さん。白虎文科大学の学長を務めております、竜宮院 琴菜と申します。と言っても、このアバターでは名乗りもあまり意味がないでしょうが……これを変更する術はありますか?」
「一 一です。すいません、『ネバーランド』は根本の欠陥で、一度登録したアバターを変更できません。こちらもどうにかしようとしたんですが、そこまで深い部分は書き換えるのはちょっと危なくて……」
「あぁ、何かその部分が患者バイタルの測定と繋がってるから、下手すると誤作動しそうで怖いとか言ってたっけ?」
「そうですね」
「ついでに言えば、テストモデルは『ネバーランド』のサーバーを使ってるから、中でもこのままだよ」
「富岳院……」
やっぱり確信犯だな。
黒ずくめで表情は見えないのに、ありありと2人の顔が見えてくる気がする。
竜宮院は溜息を一つ吐くと、表情を引き締めた。
「なってしまったことは仕方ありません。ともかく今回のテストで、あなたが私たちを束ねるに相応しいか見定めさせていただきます」
「それについてなんですけど──」
そして1週間のテスト期間が終わる。
「──まあ、及第点ですね」
「素直じゃないねぇ竜宮院。あ、僕は原案としてはいいと思ったよ」
「ありがとうございます。やっぱり実際にプレイしないとわからない部分が多くて、いい経験になりました──他の方も、満足できたのでしょうか」
「ああ大丈夫大丈夫──」
と言って、富岳院さん(と思われるアバター)はやや遠めの3人のアバターを順に指す。
「桃源院は無口だからね。でもよく見れば口角が少し上がってるし、満足はしてるでしょ。
金剛院はトレーニング中か。ああしてVR内で体を活発に動かしてたら合格だよ。
理事長は……まあ、褒めるようなことは言わないけど指摘はズバズバ言ってくる人だからね、もう何も言ってこないならいいんじゃないかな。見放されたわけでもなさそうだし」
「理事長さんにはとてもお世話になりました……」
テスト中の修正の8割は理事長の指摘によるものだったりする。それも重箱の隅を針先で穿り返すようなものも多数あって……ははっ。
思い出して乾いた笑いをしていると、竜宮院さんが呆れるように言った。
「よくもまぁこのアバターでも区別が付きますね」
「こんなの観察の問題でしょ。一君も、僕と竜宮院とそれ以外ぐらいは付くんじゃないかい?」
「えっと……まあ、確かにそうですね。細かい仕草が違うので」
「……それは、私の未熟ですね。恥ずべきことです」
顎に手を乗せ思案する竜宮院さん。
それをみてニヤニヤしていた富岳院さんが、俺の方を向いた。
「でも、いいのかい?こんなチャンス二度とないかもしれないけど」
「はい。最初にお伝えしたように、俺はプロジェクトから降ろしてください。このモデルは皆さんに託します」
「初日は深く聞きませんでしたが、何故でしょうか」
思考の海から戻ってきた竜宮院さんの問いに、俺は頬を掻きながら答える。
「建前としては、やっぱり皆さんを束ねて中心に、というには俺は力不足です。それに『ネバーランド』からいつまでも引き取られない、現実ではピクリとも体を動かせないだろう俺が入るのは、折角のビッグタイトルに瑕が付きますし」
「建前、ですか」
「で、本当の理由は──」
俺は肩を竦めて笑いながら言った。
「開発側だと、遊べないですよね?俺、こんな面白くなりそうなゲームを遊べないなんて嫌ですよ」
「あ、そっか。君、プログラミングばかりしてるから忘れてたけど、普通にゲーマーだったね」
「『ネバーランド』が他VR作品へのアクセス制限があるのが悪いんですよ。俺だって人気ゲーは遊びたいですよそりゃ。スカイハイとかパラロスとか」
「そ、そんな理由で……」
「そんなとか言わないでください竜宮院さん。娯楽の有無は死活問題なんですよ、俺みたいな人種にとっては、死活問題なんです……ッ」
そりゃまあ、未練がないとは言わないが。
「さすがに誘惑が大きすぎますって。理解してます?四天王グループのネームバリュー」
「その言葉を、まさか断られる時に聞くとは……」
竜宮院さんが苦笑する。
「……わかりました。ならば我々が責任もって、活用させていただきます」
「珍しいねぇ、竜宮院が熱くなるなんて」
「真剣な想いには相応に返すだけです……建前と言った先程の言葉にも、嘘はありませんでしたから」
その小声が聞こえてしまい、バレてたと恥ずかしく頬を掻いたことが記憶に残っている。
なお、これを機に『ネバーランド』のシステムも最新のものになったらしくて、俺はついに時代の最先端に追いついた。
「……あったねぇ、そんなことも」
そして、今に至る。
「αテストをやって半年後にβテストが一ヶ月あって、そして満を持しての9月1日なわけですよ」
「ハジメがβ参加しなかったのは意外だったすよねぇ。そんなに他ゲーやりたかったんすか?」
「サーバーアップグレードで制限解除されたからな。贔屓目抜きでもGDOが前代未聞のクオリティになるのは予想できてたし、なら今のうちにってな。人気ゲーに落胆とかしたくなかったし」
実際、このタイトルはβテストの初日からネット界隈を狂乱の渦に引きずり込んだ。
〈Grimm Dreamers Online〉。
俺の手を離れた種は、俺の手に負えない大樹に育ってしまった。
「あ、あとリアルネームで呼ぶな。こっちの俺はドットレスだからな」
「なるほどなるほど、点がないからドットレス、ね。あ、うちはミンストレルでお願い」
「おいらはジャガイモで頼むっす」
「……何でジャガイモ?」
「なんとなくっす!」
さて、そろそろ紹介しよう。
ミンストレルと名乗った男性アバターの彼女は才城 琥珀。
ジャガイモと名乗った女性アバターの彼は高柳 天人。
『ネバーランド』でのアバターを知る俺からすれば、どちらもそのまま歳を順当に重ねた結果に更なる美形属性と性転換を加えた雰囲気がある。
ミンストレルは男装した大和撫子といった感じだが、右目の部分に顔の3割を隠すほどの大きな白い花が咲いている。
ジャガイモは美少女アバターなんだろうけど前髪が長くて両目が隠れてモブっぽい感じに仕上がっているが、頭には平べったく少し大きめの猫耳が。
……さて、勘のいい人は気付いたことだろう。
「あーあ、これでアバターがこんなんじゃなければなぁ……あの同意書、やっぱり早まったよな?」
「いつまでも鬱陶しいことは言わないでくれません?没入感が減るから」
「おいらは……同情だけするっすね」
「ジャガイモは生き生きしてんなぁ……もしかしてネカマ志望だった?」
「やってみたくはあったっす」
正式版が発表された日に『ネバーランド』に届いた「研究協力のお願い」のファイル。
簡単に言えば、「異性アバターでの影響」についての研究協力だ。
フルダイブVR黎明期に異性アバターを使ってた一部の人達がEDになったり月経不順になったりしたということで社会問題になったことがあるらしい。以降、法律でこそ規制はされていないがフルダイブVRでは異性アバターを使うのは暗黙の了解で禁止されていた。
そこを本格的に調べたいのだろう。常に機械と繋がれている俺たちなら、そのデータを得るのも容易いだろうし。
ちなみに、研究協力しているのは俺達年齢が上の層で、ガキたちは普通に現実と同じ性別の容姿をしている。
まあそれも、『ネバーランド』内の小学校低学年な感じから、高学年や中学生へと成長はしているが。
「特別に拠点を1つ、『ネバーランド』用に割り振ってくれてたりするし、やっぱり少しは贔屓してくれてるんでしょうね」
「その分、ここの人数は少ないけどな」
〈Grimm Dreamers Online〉、通称GDOはシミュレーションRPGだ。
プレイヤーは神の遣いとなって、人類文明が滅んだ世界を再興させていくという設定である。
その初期地点は俺の背後にそびえる白亜の巨塔、〈バベル〉。
地理のイメージは、森があって、その中に草原があって、その中心に〈バベル〉がある、という具合である。
……うん、何もないね!文字通りプレイヤーは「着の身着のまま」な状態である。
──着ている物と言えば。
「そういえば……えっと……ドットレス。あんたその服ってさ、まさか──」
「さすがβテスター。知ってるか」
そう、この2人や草原を駆け回っている子供達はしっかりした布地の探検家のような衣服を纏っているのだが、俺はボロボロのシャツと短パンのみだ。
「まあそういうことで。ついでに2人のキャラメイクも教えてくれよ」
お読みいただきありがとうございます。
舞台は近未来のフルダイブVR。初回ということで説明多め。
次回はキャラメイク。まだ説明回は続くんじゃよ。
ブックマーク・誤字報告、いつもありがとうございます!