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むしって、ひきこまれて。

 彼女のお掃除ルーティーンは、早朝にも行なわれるようだ。

 眩しい朝の光が射す中、死神は、九條愛日を観察する。

 淡々と草をむしる姿。ただそれだけなのに、なぜだかまったく飽きることはなかった。


 ふと、顔を上げた愛日に、死神の心臓は()ねた。

「あの、先生」

「なぁにぃ?」

 彼女は読めない表情のまま、続ける。

「先生は、先生ですよね?」

「まぁ、そーだねぇ」

「言うなれば、生徒にお手本を示す立場」

 真意をはかれず、曖昧に頷く死神。

「うん……?」

「むしってしかるべきだと思うんです」

「は?」

「はみだした草の皆さんを。まずは率先して」

 ぴしり、と軍手をはめた左手でフェンス沿いを指す愛日に、しばし首を傾げた後、死神は間の抜けた声音で叫んだ。


「ええぇえ?! おれがぁ!?」

(泣く子も黙る『死神』だよ、おれぇ!!)


 死神は(あわ)てる。なぜならば。

 ――これ以上なく、面倒だから!

「あ、あははァ。ちょっと、さ。高貴なおれには合わないっていうかぁ」

 必死に、(死神にとっては)苦行から逃れようと顔を引きつらせ、はぐらかそうとする。が。


「……ひとりぼっちは、寂しいです」

 無表情の中にもなぜかしゅんとして見える愛日を前に、脂汗を流す。そのうち、みるみる愛日にしょんもりとした犬耳が装着されているような幻覚まで見えだした死神は、とうとう、


「うぅう〜! んもォ! やればいーんでしょ、やれば!!」

 自棄(やけ)のように声を上げるはめになったのだった。愛日自身の表情は変わらないのに、なんとも不思議である。



✿✿✿✿✿



「あー、面倒面倒面倒ぉ……」

 口を尖らせながら、愛日から貸しだされたスペアの軍手をつけた手で、雑草を抜いてゆく死神。

「手を動かしてくだされば、お口に関しては言及(げんきゅう)しません」

「あっ、そぉですかァ〜」

 作業を続けたまま真顔でそう言う愛日に、死神は嫌味っぽく応えたのち、ちら、と彼女へ視線を走らせた。

(また、脚見せて……)

 相も変わらず、制服のスカートをたくしあげる少女のすらりとした(もも)は、ある意味彼にとって日の光より眩しく、美しい。

(おれって太腿フェチだったのかなぁ……なんならちょっと()めたいし以下自主規制だけどぉ……)


 自身の新たな性癖に若干のショックを覚えながら、ぷちぷちと草むしりを続けていると、不意に下卑(げび)た笑い声が近づいてきた。

「よっちゃ〜ん、まだ残ってんじゃん、酒ぇ。もったいなーい」

「だぁって、これ以上はさぁ。迷惑かかるっつーか、わかってんだろォ」

「あー、あっちで掃除してるし。ついでに捨ててもらおうぜぇ!」

 それは各々、派手な色遣(いろづか)いの服に身を包んだ三人の若い男たちだった。ふらふらした足どりや赤ら顔から、だいぶ深酒をしていることがうかがえる。

「ちょっとさぁ、おにーさんら。これぇ、ヨロシク!」

 そう言ってちゃぷちゃぷと酒缶を鳴らしながら近寄る男。

 死神はその様子を見て、露骨(ろこつ)に顔を(しか)めた。

「はぁ……? なんでそんなことしてやんなきゃなの? お前らごとごみ袋につめようか?」

「先生!」

 愛日が今までになく、(あわ)てた声をあげる。

 男たちは呆然(ぼうぜん)としたのち、死神を取りかこむように立った。

「すげぇ生意気」

「やんのか、ああ?」

「よっちゃん、さーやん、よしなってぇ! 善良なひとが怯えちゃうじゃんギャハハ!」


 そして、缶を持った男のひとりが動く。

「じゃあ自分で片すからいーよ。まずは缶の中身捨てまーす」

 そう言って、男は死神にぱしゃん、と液体をかけた。

 それは死神の黒衣、腹のあたりを侵食(しんしょく)するように()らしてゆく。


 それを見た男たちは、至極(しごく)楽しそうに(わら)った。


 目を()わらせた死神は鎌の所在を確認してから、小さく息をついた。

(本っ当に面倒。まずこいつら消すでしょ、そのあと愛日の記憶を消してぇ……)

 冷静に手順の反芻(はんすう)をしていると、目の前に小さな存在が割りこんで、彼を(かば)うような仕草を見せた。

(は……? 愛日!?)


 彼女はさっとスカートのポケットからスマートフォンを取りだし、掲げる。

「先生をいじめたので、あなたがたを通報します」

「「「はぁ??」」」


 真顔で操作をはじめた愛日を見て、一様に慌てだす男たち。

「ちょっと待ってくれよ!」

「ほんと俺たち、軽い気持ちで……!」


「す、すみません……怖い男のひとたちが寄ってたかって暴行を……っ!! 助けてください……っっ!」

「なんだこの()、顔の真顔加減と声の切迫度が全然合ってないんだけど!!?」


 そうして、恐れをなした男たちは、転がるように逃亡する。

 姿が見えなくなるのを確認して、九條愛日はやりきった、と言いたげに額を拭う動作を()めた。

「……ふぅ。手強い敵でした」

「……あの。電話、まだ(つな)がってるんじゃないの?」

「ああ。お兄ちゃん、来なくていいです。では」

 電話を切る愛日に、はてなマークをぶつける死神。

「お兄ちゃん……?」

「私の兄、今丁度、近くの交番で勤務しているんですよね。あのかたがた、すぐ撤退するかなとは思ったので、まずは警察の中でも身内に直接かけました」

 なんでもないことのように言って、今度はぐいっ、と死神の袖を掴む。

「そんなことより、来てください」

「は……? え?」

「先生にはぬっくぬくになってもらいます」

「??」


 わけがわからぬまま、彼女にのまれ、引きずられてゆく死神だった。

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