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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

永遠の愛を

作者: りったん

胸糞注意。人身御供注意。

 とても恐ろしくて残酷な神がいる。

 名前はグレン。炎を司る、燃えるような赤い目をした美しい姿の神だ。

 


 彼は人間を憎み、時折狂ったように叫び声をあげて、地上に降りては殺戮の限りを尽くしていた。


 他の神が諫めても彼は一度だって聞き入れることはない。


 ある日、見るに見かねた水の女神マリナが怒り狂うグレンの前に立ちふさがった。

「グレン。ねえ、人間あっての神なのよ。あの人たちの信仰が私たちの糧となる。一体何が気に入らなくてそんなことをしているの?」


 マリナの言葉にグレンは言葉をなくした。

 しかし、しばらくすると体をゆすって笑い出した。

「ははは! 信仰か! たしかに俺たち神にとって重要な要素だ! しかしな、あいつら人間どもは俺を敬っているフリをして、利用しているだけにしか過ぎん。だから俺はあいつらが大嫌いなんだ」


「そんなこと言うもんじゃないわ。人間皆がそんな悪い奴らばかりじゃないよ。いい奴もいれば悪い奴もいる。気に入らないからって虐殺するなんて傲慢すぎると思わないの?」


 マリナの言葉にグレンは薄く笑った。


「マリナ……お前を信仰する国は水が多い実りの多い国ばかりだったな。お前にはどんな供物が捧げられるんだ?」


「果物よ。美味しく獲れたからって欠かさず神殿に捧げてくれるわ。ときたま葡萄酒もあるけれど……。それが何よ」

 マリナの返答にグレンは喉を鳴らして笑う。


「それはなんとも羨ましいな。折角だ。ひとつ昔話をしてやろう。これはお前が女神になる前で俺がまだクソガキだったころの話だ」


 グレンはそう言って話し始めたのは、かつて世界の半分を支配していたナキア帝国のことだった。首都は広大な砂漠に囲まれていたが、属国からの朝貢で国は潤っていた。


 神官はグレンを敬い、日々色んな供物をささげて祈った。当時のグレンは遊びたい盛りで地上に降りては信者に化けて神殿を徘徊した。


 どやされることももちろんあったが、それすらも楽しかった。


「きみ、グレンさまに失礼だと思わないの?」

 ある日、供物をつまみ食いしたグレンを女官見習いの少女が咎めた。長い黒髪が艶やかな綺麗な子だった。

 グレンは少しからかいたくなって、反抗した。

「ぜんぜん思わないね。それにグレン神は他の神ほど有能じゃないって言うぜ? 他の神は慈愛の雨や船のために風を作ってくれるらしいが、グレンは何もしてないじゃないか」

 すると少女はムっとした顔で言った。

「グレンさまは素晴らしい神よ。だって、炎がないと凍えて死んじゃうのよ! あの方の庇護でわたしたちは生きていけるのだから!」

 少女にこんこんと説教され、グレンは圧倒された。

 

 自分をこんなにも認めて信じてくれる存在にグレンは無性に嬉しくなった。


 それ以降、グレンは盗み食いはしなくなり、神の世界に戻っても遊ぶことなく、神として人々の安寧を祈った。



 グレンは少女の事を一度も忘れたことはなかった。会いに行くことも考えたが、しょせん自分と彼女は結ばれることはない。せめて彼女にいる世界を遠くから守ろうとグレンは小さな恋を自分から封じた。


 それから十年後、少女は美しい女性となり、聖女となってグレンの神殿に住んだ。聡明な彼女は皇帝から求愛され、皇后に望まれた。


 グレンは彼女の幸せを喜び、皇帝と彼女を祝福した。



 ある日、かんばつがナキア帝国を襲い、人々の祈りがグレンに捧げられた。


 この世界の災害は、古代魔獣の暴走で生じる。

 今回の暴走は土を食らい、水を吸いつくす牛の姿の化け物が、大河を飲み干して肥沃な土地を食らいつくした。

 

 グレンは炎の矢を放ち、牛の化け物を殺し続けた。荒れ狂う牛の角に肉を裂かれ、鋭い爪で肌を抉られようとも、グレンは神としての責務を全うした。


 今もこの時も、彼女は国のために、自分グレンに祈りを捧げるのだと思うと、どんな苦痛も耐えることができた。



 数か月後、グレンは牛の化け物をすべて殺しつくした。

 荒れ果てた土地はすぐに戻りはしないが、グレンは他の神の力を借りて川に水を与え、大地に実りを与えた。


 これで彼女の国は持ち直すだろう、グレンはそう考えた。


 ふと、彼女に会いたくなってグレンは久しぶりに地上に降りた。

 そこでグレンが見たのは祭壇の上で冷たくなった彼女の身体だった。

 

 皇帝の側には見知らぬ女が勝ち誇ったように笑っている。皇帝はそんな女の肩を抱いて声を張り上げる。

『この女は自分を聖女と偽って神を騙した。それゆえ、この国はかんばつに見舞われた。しかし、皆の者、安心しろ。ここにいるメルニダが真の聖女だ。彼女の祈りで雨が降ったことこそ何よりの証拠!彼女が聖女となり、この国の皇后になる!』


 皇帝が叫ぶと人々は歓声をあげて応えた。

 皇帝は天を見上げて再び叫んだ。


「神よ! 偽の聖女を祭り上げたこと、この女の命をもってお詫びいたします! どうかナキア帝国に永遠の繁栄を!!」



 再び民衆は大きな声をあげて皇帝と神を讃えた。


 そのなかでグレンだけは言いしれない怒りに震えていた。

「ふざけるな! 聖女なんてお前たちが勝手に作りあげた役職でしかないだろう! それにもし、聖女というものがあるのなら、彼女こそ相応しい!!」

 グレンの叫び声に周囲がどよめき、皇帝は気分を害したように顔を顰める。

しかし、グレンの姿が下級神官のものから次第に豪華な黒い毛皮を纏った長身の偉丈夫になったとき、皇帝は怯みながら叫んだ。


「皆の者! この化け物を殺せ!! 神と聖女を冒涜した罪、断じて許せん!!」


 皇帝の声を聞いてすぐに警備兵が駆け付けたが、すぐにグレンに殺された。

 何もない所から炎が躍り出て人を焼き付く様をみて、その場の人間は逃げ惑った。

 メルニダは腰を抜かした皇帝を見捨てて走り去った。



「ひ、ひぃ……。か、金ならやる! や、身分もやるぞ。宰相なんてどうだ? いや、副王にしてやろう。どんな望みも思いのままだ!」

 皇帝は歪に笑いながらグレンに言った。

 グレンは何も言わず、皇帝の首を腰に差した剣で跳ねた。

 次に、逃げた人間をすべて殺した。



 動くものがなくなった神殿でグレンは祭壇の上で横たわっている彼女の身体をそっと抱き上げた。やつれていたが、その顔は今も昔も変わらず美しかった。


 グレンは冷たい体をずっと抱いていた。

 夜が来て再び朝が来た。


 それをずっと繰り返し、彼女の身体が朽ちてなくなるまでグレンはその場から動かなかった。



 グレンを心配した神が彼を迎えに来た時、グレン自身も変わり果てた姿になっていた。

 不死の神は飢えと渇きに喘いでも、体がやせ細って骨と皮になっても、苦しみながら永遠に生き続ける。


 できることなら、グレンは彼女と共に逝きたかった。

 グレンの願いは叶えられることなく、グレンは神々の力でもって回復した。

 だが、見た目は元に戻ってもグレンの心は荒んだままで、激しい憎悪が沸いている。



「見ろ、マリナ。ナキア帝国が滅亡した後、色々な国が興った。この王国はメリアドル王国といってな、聖女の選定を行って王子の妻にするらしい。じつに愚かだと思わないか? こいつらが信仰する俺は聖女なんて認めていないし、欲してもいない。それなのに、ここの連中はなんど滅ぼしても同じことを繰り返すんだ!」


 グレンは水晶球に一人の少女を映し出した。純粋そうな少女は王子に求婚されて戸惑った顔をしている。そして周囲を見てみると、聖女の選定から漏れた少女たちが意地の悪い顔で睨みつけている。

 

 予言などしなくても、聖女に選ばれた少女の末路が頭に浮かんだ。

 後ろ盾のない彼女は政治にいいように利用され、用がなくなったら供物と称して殺されるのだろう。


 マリナが何も言えないでいると、グレンは小さく笑った。

「……俺を心配してくれたのに変われなくてごめんな」


 グレンはそう言って地上へと降り立った。この日も彼は怒りに任せて虐殺を繰り返した。



 その後も、聖女が生まれるたびにグレンは地上に降りた。いつしか、彼は炎の神ではなく、残酷な神と呼ばれるようになった。

 自我がなくなるほど気が狂った彼を、一人の正義に燃える若い神が倒した。不死身の彼の身体は鉄の鎖で巻かれ、錘をつけて冥府の地下にある水牢へ沈められた。


 グレンを哀れに思った冥府の王は、たった一人で牢獄にいる彼が寂しくないように人間の魂を一つ、世話役として顕現させた。それはかつてグレンが恋した人間の魂だった。

 

 こうして、不死身の神と一人の人間の魂はずっと寄り添って永遠に生き続けた。

 それはもう、幸せに。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何故グレン神が怒り狂い殺戮をしたのか?が後世の人々に伝わらなくて 同じ過ちが繰り返されるのか。……もしかしなくても、その時その時聖女を苦しめ亡き者とした連中を含めた国全体を皆殺しにして…
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