もしも三億円当たったら
放課後、部活を終えて一人夜道を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
「そこにいるのは桂木君じゃないですか! これはすごい偶然ですね。部活帰りですか? 実は私もなんです」
振り返った先にいたのはクラスメイトの鈴原美月だった。
たしか吹奏楽部に所属しているとかなんとか。
それにしても、鈴原ってこんなにテンション高い奴だったかな? ほとんど話したこと無いから分からん。
「そりゃあ、お互い大変だな」
なんとなしにそう返すと、彼女は「そうですね」と言った。
暗くて表情は分からないが、何となく楽しそうだった。
どうやら俺と鈴原は帰り道が同じらしく、しばらくの間二人で歩く事になりそうだ。まあ、それがどうと言うわけでもないんだが。
「桂木君。もしも宝くじで3億円当たったら何に使いますか?」
長い沈黙に耐え切れなくなったのか、鈴原がそんなことを聞いてきた。
俺の記憶が正しければ、この手の質問に決まった答えは無い。
貯金すると言うのが正解の場合もあるし、世界征服の為に使うと言うのが正解の場合もある。
ようするに、相手のツボを熟知していないと正解を導き出す事は不可能。
しかし、俺は鈴原の事を殆ど知らない。
結果、正解を言う事は不可能。
つまりは盛り上がらない。
ふーんそうなんだって感じになる事必須だ。
俺は考えた。どうにかしてこの試練を最高の形で切り抜けるナイスな方法を。
そして思いついた。
「悪いな鈴原。俺は生涯、博打には手を出さないことを固く誓っているから、それには答えられないんだ」
恥ずかしながら自分ではけっこうイケてると思っていた。
しかし、肝心の鈴原のリアクションは……
「ええ! その回答はちょっと予想外です。桂木君は物事を固く考えすぎています。もっと軽い感じで考えてみてください」
「そうするよ」
って! これはいったいどういう状況だ!?
道徳か!?
小学校以来やっていない道徳の授業が、時を経て始まったのか!?
「簡単ですよ。自分の欲しい物を言えばいいです」
「へー。そうなんだー」
そんくらい知っとるわ!
彼女は至極真面目だった。
俺の真面目な答えを待っていた。
もう、どうなっても知らないからな!
「えっと……まずは新しいスパイクが欲しい。それと免許は持ってないけど何となくバイクも欲しい。あとは適当にゲームでも買って、それでも余るだろうから残りは貯金だな」
「……他には無いんですか?」
「いや、もちろんあるよ」
なんであるって答えるんだよ俺!
何へんなプライド守り通そうとしてんの?
仕方が無い、とりあえず考えよう。
他に欲しい物……欲しい物……あった!
「あと、今週のジャンプとマガジンが欲しい。あ、そういや消しゴム切らしてたな」
「それだけですか?」
「たぶん……」
なんか色々虚しかった。
沈黙する二人。
民家から聞こえてくる子供の笑い声。
俯いてしまった鈴原。
俺が悪いのだろうか? つまらないことを言った俺が悪いのだろうか?
だとしたら不条理な話だ。
「私は……」
ようやく鈴原が顔を上げたその時、前方から来た車のヘッドライトによって周囲がパッと明るくなる。
俺は何となく彼女を見た。
その顔は真っ赤だった。
それはまるで……
「わ、わた、わたし、私はもしも3億円あったら。スパイクを買って、バイクを買って、ゲームを買って、それでそれで今週のジャンプとマガジンを買って、あと消しゴムを買って桂木君にプレゼントします。余ったお金も全部、桂木君にあげます。それくらい貴方のことが好きです。だから付き合ってください!」
ええええええええええええ!
そんなのありかよ!
ちょ、これどうしよう?
とりあえず宝くじ買えばいいのか?
夜道はまだまだ続いていた。
他のサイトで書いたものを大幅に推敲して投稿しました。