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第二話 惰性

―― 刺さり続けた小さな棘 第五話 ―――――


――サイテー。


 門人(かどひと)に最後に会ったのはもう一月も前。こちらからの電話には出ない、メールは放置。っていうか、この前見たら削除してたし。そうね、家族がいるからね。ウンウン、私だって子供じゃない、言われなくたってわかるわよ、その位。


――バッカじゃないの! そういうことじゃないでしょ! じゃあどうすれば良いって!? 私に聞くな!、そんなこと!!


 確かにこの前、そう言ってやったよね。なんか宥められてウヤムヤにされて、都合の良いように扱われて帰ってきたけどさ。


……いつからさ、こんな風になっちゃったのかな、私たち。


 初めは違ったよね。そりゃあ人目は避けてたけどさ、二人で食事もしたし、買い物にだって行った。並んで歩いてさ、おんなじものを見て、笑ってさ。そりゃさ、そんなのがいつまでも続かないなんてわかってたけど。でも、だからって、これは無いんじゃない?

 それでもきっと、次にメールが来たら、きっと……


……ホント、バッカじゃないかなと、今まで何度も思ってきたことを思い出して。感情を乱されて。ああもう、考えても仕方がないと、ケータイを閉じて、布団にもぐる。


――そうしてまた、今までと変わらない今日が終わり。今までと変わらない明日が始まる。


―――――――――――――――――――――――


「……うわぁ」

「援交の果ての不倫なんて、こんなもんでしょ」

「……ねぇ、ヒナタっち、ホントにキャラ変わった?」


 続く第二話、第三話を投稿して。コトノハさんから返ってきた反応に、影仁(かげひと)はどこかすましたような言葉を返しながら、以前彼女から聞いたことを思い出す。


――そういえばコトノハさん、「感情が前に出た」作品が苦手なんだっけ、と。


 あれは確か、面白い投稿小説を紹介しあっていたときのことだろうか。いくつかお勧めの小説をコトノハさんに紹介したときに、「悪くないと思うんだけど、読めない」みたいな反応をされたことがあったっけ。


……確か、「作品に込められた感情にあてられて、気分が悪くなる」なんて言ってたっけと、そんなことを思い出す。


 パソコンの画面に表示された「キャラ変わった?」という言葉の返事を考えながら、影仁は思う。確かに、今のこの場面を好き好んで書いているかと言われれば違うだろうし、そういった意味では多分、自分らしくないのかなと。

 そう思って、一度は「書きたいものを書くためには、今のこの場面は書かなくてはいけないから」と返事を入力して。その文章を読み返して送信ボタンを押す前に、ふと思いなおして、文章を打ち直す。


「今のこの場面も含めて、書きたいものだから」


――打ち直した文章を見て。うん、やっぱりこっちだなと頷いて、納得をする。


 今書いている場面が、この先に必要になるから書いていたとしても。それでもやっぱり、今の場面だって、嫌々書いているのではないのだから、言い訳のようなことを言うのは違うだろう。そんなことを思いながら、影仁は送信ボタンを押して、入力したメッセージを相手に送信した。


  ◇


 その後も、影仁は今までと同じように更新を続けて。更新後、いつものように感想をくれるコトノハに感謝をしながら、言葉のやり取りを楽しむ。


「卒業して、就職してもそのままかぁ。『愛してるなんて言葉、歯が浮きすぎてアホらしい』って瑞葉(みずは)ちゃん、わかってるのならなんとかしよ? ――無理かなぁ」


 その日もいつものように更新をして。少しだけ間を置いてからコトノハから届いたメッセージに影仁は、「しょうがないんじゃないかな、瑞葉の性格だと、そこで割り切るのは難しいと思うよ」と、少しぼかした返事をする。


 実際のところ、瑞葉を動かしているのは執筆している影仁自身で。そう考えるとこの返事もかなり白々しいと、彼自身思わないでもないのだが。

 それでも、彼は瑞葉がそんな性格をしていないと本気で思っているのも事実で。そのことをわかっていたのだろう、影仁のメッセージにコトノハも「だよね~」という気軽な返事を返してくる。


「やっぱりコトノハさんもそう思うよね。うん、いつもありがとうございます」

「いやいや、こっちこそ楽しませてもらってるよ。じゃ、また~」


 最後にそんな言葉を交わして。影仁はその日のやりとりを終えた。


  ◇


――またあの夢か。


 次の日の朝、目が覚めた影仁は、つい先ほどまで見ていた夢を思い起こす。以前も見た、文字の羅列を覗き込んでは苦しんで、癒されては覗き込むのを繰り返す、あの夢。それはまるで命を削るような行いで。


 それでも、どれだけ苦しくても、その行いを当たり前のように繰り返すことに、心のどこかに引っ掛かりを感じていた。


  ◇


「せっかくのコンパも断っちゃって。瑞葉っち、閉じこもってくなぁ。ほら、その『(ゆう)くん?』、軽そうだけど実は良い人だよ?」


 再び最新話を投稿して。いつものようにコトノハから届いたメッセージを見て、影仁はパソコンモニタの前で、困ったような表情を浮かべる。


……えっと。確かに今回登場させた横櫛(よこぐし)遊之助(ゆうのすけ)というキャラは、確かに「実は良い奴」なんだけど。今はとりあえず名前を出しただけで、性格なんてわかりっこないはずなんだけどなぁと、そう思った影仁は、少し言葉を選びながら、どうして遊之助が良い人だと思ったのか、コトノハに尋ねてみて……


「う~ん、ヒナタっちの性格? だってこのままじゃ、瑞葉っちがあんまりじゃない? バカな女が深入りして不幸になるだけの話をヒナタっちが書くはずないかなぁって。で、チャラそうなキャラが出てきたから、ヒナタっちなら『実は良い人だった』って逆をついてくるかなって」


 コトノハから返ってきた言葉に、影仁は軽く頭を抱える。……うん、まあ、非公開メッセージだし、別にネタバレしても良いんだけど。うん、でもやっぱり返す言葉が思いつかないよなぁ。


「……そういう見方をされては困りますな、お客さま」

「大丈夫! ヒナタっちのこと、信じてるから!」


 影仁は悩んだ末に、結局ぼかした返事をして。即座に返ってきたコトノハの返事を見て脱力する。


――ああ、もうこれ、ネタバレしたようなもんだよな!、と。


  ◇


 再び見た、苦しみながらも文字を追う夢に、影仁は気付く。


――ああ、そうだ。あの「文字の羅列」は、命を削ってでも追いたいんだ、と。


  ◇


 その日も影仁は、いつものように小説サイトに投稿して。いつものようにコトノハと、少しバカ交じりのやり取りをして。ふと、以前コトノハの言っていたことが何故か気になって。思い切って彼女に聞いてみる。


「そういえば。以前、『感情にあてられて気分が悪くなる』なんて言ってたけど、大丈夫? 今回の話、正直、あんまり綺麗な話じゃないと思うんだけど」


 質問を入力して、送信ボタンを押して。入力中のメッセージが送信済みに置き換わったのを見た影仁は、なぜこんなことを聞こうと思ったのか、遅まきながらに気付く。


――ああ、そうだ。あの夢のことが気になっているんだ、と。


 この連載を始めてから見るようになった夢。あの夢は、今にして思えばいつも最新話を投稿した日の夜に見ていたと、そんな引っかかりを覚えていて。


……だけど、画面の向こうにいるコトノハは、影仁のそんな漠然とした不安とはまた違ったことを思ったのだろう。いつもよりも少しだけ間をおいてから、影仁に対し、ためらいがちな口調でメッセージを送ってくる。


「そうだね。正直ちょっと読んでいてきつい時もあるんだけど。……ただ、ヒナタっち、これ、少し言いにくいんだけどね」


 コトノハから送られてきた、その先が気になるメッセージを見て、影仁は少し息を飲んで。ほんの少しだけ間をおいてからコトノハから送られてきた「はっきり言ってこの話、ヒナタっちが思っているほどドロドロしてないと思うよ」という言葉に虚を突かれたのだろう、影仁は一瞬だけ動きを止めて。そのあと、大きなため息をつく。


「普通、こういう話を書くと、こう、もっとドロっとした感情が込められててもおかしくないと思うんだけど。これがそんな話だったら、悪いけど私、例えヒナタっちの書いた作品でも読めないよ。

 ヒナタっちはね、こういう話を書いても、なんというか。瑞葉っちもね、ホントにダメなんだけど、それでもどこか一途なんだよね。どこか憎めないんだよ。うん、やっぱりちょっと珍しいと思う。もしもドロドロした話を書きたくてこの話になったのなら、はっきり言ってヒナタっちは向いていないと思う。――大丈夫、これはこれで味があるから。それにヒナタっちは『けがれなき作家』って、ちゃんとわかってたから!」


 最初はためらいがちだったのに、途中から筆が乗ったのかストレートな物言いになって、最後はノリノリになったコトノハの返信を見て、影仁は軽く脱力をする。


……それでも、引っ掛かっていた嫌な気分は晴れたのを自覚しながら、やや軽い口調で返信をする。


「お褒めに預かり光栄です。――実はそうじゃないかとうすうす感じておりました」

「やっぱり~(笑)、気付かない訳ないよね~(笑)」


 即座に帰ってきたコトノハの返信を見て、影仁は思う。


――まあ、コトノハさんは好意的に見てくれてるけど。けどこれって、良いことなのか、悪いことなのか、どっちなんだろう、と。


  ◇


 そうして、コトノハとのやりとりを終えた影仁は、一つのテキストファイルを開く。――今までコツコツと書きためてきた、来週公開する予定の話が書かれたテキストファイルを。

 今もまだ書き途中の、この物語のターニングポイントともいえる話をまずは一読して。カーソルを移動して、手を止めて、打ち込む文章を考え始める。


――影仁は思う。この話だけはしっかりと、「自分が表現したいと望んだ感情」を込めなくてはいけないと。


 そして影仁は、この場面、この状況に直面した瑞葉が抱くであろう「感情」を思い描き、思い浮かべ……


 そして、自分が過去に抱いたことのある感情を、心の奥底から引き上げる。


 それはきっと、嫉妬だったのだろう。怒りだったのだろう。好きな人がいて、その人には好きな人がいて、その好きな人は鈍感で。その時が来るまで、みんな仲がよくて。あれはきっと、どうにもできなかった話で。どうにかできる奴は何も気付かなかった、そんな話で。

 あの時は自分がどんな感情を抱いていたのか、それすらもわからなかったけど。あの時に抱いた感情こそが、影仁が今、表現したいもので。その感情がどんな感情だったのか、今は影仁も理解していて。

 ただ、趣味で小説を書くために必要という、たったそれだけの理由で。影仁は、過去に一度だけ友人に対して抱いたその感情を思い出そうとしていた。


――「殺意」という感情を作品に込める、ただそれだけのために。


  ◇


 その日の夜、影仁はまた、あの夢を見た。

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