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第一話 影仁 ――ヒナタヒロ――

―― 刺さり続けた小さな棘 第一話 ―――――


 真っ暗な、自分の部屋の入口で。大森(おおもり)瑞葉(みずは)は、チカチカと点滅をするケータイの着信ランプを見て、期待に胸を膨らませる。


 いつものように、一階の居間で家族と一緒に夕食を食べて。しばらくテレビを見てから二階にある自分の部屋に戻ってきてた彼女は、点滅するケータイの着信ランプを横目に、まずは部屋の電気をつける。

 そのままベッドの上に寝転がって、枕元の台の上に置かれたケータイを手に取って。メールの着信履歴を見て、期待した相手じゃないことに少し落胆をして。

 でも珍しい相手だよね、何だろうとメールを開いた瑞葉は、その内容に思わずアリエネーなんてこぼしつつ、「ごめんなさい」と打ち込んで送信をする。


……いやあ、頑張って書いたんだと思うけどさ。でも、大して仲が良いわけでもないのにメールで告白してくるとかさ、ダメダメだよね。全く、コーコーセーはこれだからなんて思いながら、携帯電話を待ち受けに戻して充電スタンドの上に置く。――まあ、自分も同じ高校で、しかも同級生だから偉そうなことは言えないんだけどねと、そんなことを思いながら。


 まあ、その気があるっぽいのは薄々感づいてたし、私も()()()()フリーってことになってるけどさ。でも悪いね、実はもう相手がいるんだよねと、心の中で呟いて。


……ま、もうちょっとレベルが高かったら考えてあげても良かったかも、だけど。でも、こんなメールを送ってくるようじゃねと、そんなことを思いながら、ここ最近なかなか会えないでいる「彼」のことを思い出す。


 自分よりも十以上も年上の、出会い系サイトで知り合った「彼」。何度か会っている内にお金のことも「まあいっか」なんて思うようになってしまった、表向きはとてもそんなことをするようには見えないような、優しくて家庭的な若いパパとして振舞っている人の姿を。


――大森瑞葉は気付かない。単に背徳的な遊びに興じているだけだと思いながら、自分が既に、深く昏い何かに足を踏み入れていることを。


―――――――――――――――――――――――


 いつもの小説投稿サイトにいつもの時間。推敲を終えて記念すべき第一話を投稿した影仁(かげひと)は、あとは結果を待つだけと、パソコンデスクから目と鼻の先にあるキッチンにまで足を運び、流しの横に置いたコンビニ袋から夕食に買っておいたのり弁を取り出して、レンジに入れる。

 特徴的な音を立てながら文明の利器が冷めたのり弁を温めている間に、一緒に買ってきてあったサラダとペットボトルのお茶を手早くパソコンデスクに並べて。最後に、「準備完了」なんて言いながら、チンした弁当をパソコンデスクの中央、空けておいたスペースに置く。


 そうして、飾り気のない事務的な机の上に所せましと並べられた、たった五分で出来上がったいかにもな夕食に、影仁は思う。――うーん、見事なまでに「男の一人暮らし」だなぁ、と。


――だが、影仁は知らない。「男の一人暮らし」が生み出す異世界を。


 そもそも男という生き物は、掃除洗濯を毎日きっちりとこなせるようにできていない。掃除は足の踏み場がなくなってからすれば良いと思っているし、ゴミはたまってから出せばいい、洗濯は週に一度まとめてやるものだと、そう信じて疑わない生き物だ。しかも、仕事が忙しかったり遊びに誘われたりするだけで、そんな大切な生活にかかわるアレコレを、あっさりと先延ばしにしてしまうのだ。


 彼らは知らない。異世界はいつも、目の届かない場所で、ひっそりと育つということを。そして、すくすくと元気に育った異世界を目のあたりにして、ようやく悟るのだ。


――これが男の一人暮らしか!、と。


 そんな世の中の真理も、普段からマメに掃除洗濯をこなす影仁には無縁な話。狭い中、常に整理整頓を欠かさず小ぎれいな状態に保たれた影仁の部屋は、むしろ自信を持って客を呼べる部類の部屋だろう。

 だが、そんなこの世の異世界のことを知らない影仁は、この部屋を見て「そのうち何とかしないとな」なんて少しピントがずれたことを思いながら、毎日を過ごしていたのだ。


 そんな、狭いながらも手入れの行き届いた、機能的にまとめられた部屋の片隅で。お手軽でお値打ちな夕食を平らげて、手早く後片付けまで済ませた影仁は、再びパソコンデスクに座って、パソコンの電源ボタンを押す。

 しばらくして、パソコンが省電力(スタンバイ)から復帰したのを確認して、慣れた手つきでマウスを動かして。いつものようにブラウザを立ち上げて、小説投稿サイト、SNSの順に開いた影仁は、早速SNSの方にメッセージが届いているのを確認ををする。


「昭和な現代物! それものっけから不穏ワードが! ヒナタっち、いつからそんなそんなキャラに!」


 いつもの相手からいつものように届いた、気安い言葉。その言葉に軽く笑いながら、影仁はキーボードの上に手を置いて。このお得意さまになんて返事をしようかと考え始める。


 コトノハコダマ。影仁がヒナタヒロという名前で小説家サイトに投稿を始めた頃からの読者で、生まれて初めて書いた自分の小説に「どこか透明で、だけど強く響くような言葉で紡がれた物語ですね」という、むしろ自分の書いた小説よりも心に残るんじゃないかというような詩的な感想を残してくれた人。

 その後もずっと自分の小説を読んでくれていて。気が付いたらお互いにSNSで気軽に言葉を交わすようになっていて。

……とはいえ、互いにプライベートには立ち入るわけでもなく。あくまでも作者と読者という距離感を保ちながらも、他愛もないことを話し合ったり、時に忌憚のない意見を交換しあったりして交流を深めていった相手。


 そんな、互いに顔も年齢も知らないような関係でありながら。コトノハコダマという人は影仁にとってとても大切な、ただのいち読者と割り切ることの難しい相手でもあった。


 そんな彼女からのメッセージに影仁は、頭の中に浮かんだ返事を素早く打ち込んで、返信をする。


「読んで頂いてありがとうございます。……って、そこまでレトロじゃないから」

「え~! でも、このケータイって、アレでしょ? 昔懐かしの折りたたみケータイ!」

「昭和は1980年代まで。ケータイが普及したのは1990年代。ケータイ文化は平成の文化です」

「相変わらず調べてるよね~」


 次から次へと、まるでチャットのようにメッセージを送りあいながら。普段と変わらない相手の様子に、影仁はそっと安堵する。コトノハに指摘されるまでもなく、影仁は今回の話が、今まで自分が書いてきた小説と違う方向性の話になることをはっきりと自覚していたのだから。


 別に僕はコトノハさんのために小説を書いているわけではないけれど。それでも、彼女は大切な読者の一人だから、できることなら読んでほしいし楽しんでほしいよねと、そんなことを思いながら彼女とやり取りをして。他の人からの感想に目を通して、返事をして。そろそろ次の話の準備をするかなと、書き溜めておいた次の話を読み返し始める。


――まったく、何度読み返しても手直ししないといけないところが出てくるのは何とかならないかなと、そんなことを思いながら。


  ◇


 その夜、影仁は夢を見る。それは、ねばりつくような空気の感触と、表現しがたいような重苦しさと生々しさに溢れた夢で。その夢の中で影仁は、何か文字の羅列を見ては空っぽの胃の中を吐き出して。遠くから聞こえてくる心地よい言葉に癒されて。そしてまた、文字の羅列を見て、吐き出して。

 文字の羅列から目を背ければ苦しむことはない、そう理解しながらも覗き込んで、限界まで文字を追って。吐き出して、癒されては覗き込んで。


――そんなことを夢の中で、目が覚めるまで繰り返した。

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