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(3)



。。。。。。。。。。



「あっ、きたきた!もー遅いですよ、隊長」


「何が遅い、だ。時間ピッタリだろう」


家を出てから約10分。

機動部隊本部前に到着したセレスティアを出迎えたのは、同じく本日付で牙隊に移動したレイだった。


(レイまで牙隊にとばされるなんてな、)


自分にはその命令を受ける理由があるが、レイについては完全にとばっちりだ。


(…まぁ、そっちの方が都合がいいんだろうけど)


腹に抱えた秘密は、誰にも見せない。

誰も信用してはいけない。

セレスティアの心の底に強く根付いている“教え”だ。

初めてレイという部下ができたときに、一番最初に教えた教訓。

ーー秘密を抱えるのは、お互い様だから。


「さ、行きましょう」


そんなセレスティアの心情を知ってか知らずか、レイはセレスティアに笑かけた。




国軍に属する三つの部隊は、それぞれ王都内に本部の建物が置かれている。

建物の大きさはその部隊の構成人数を、王宮からの距離は王との距離を、そして建物自体はその隊の風潮を顕著に写しているものだ。

例えばセレスティアが先日まで在籍していた警備部隊の本部は構成人数がかなり多いため建物も大きく、王宮からの距離もそこそこだ。雰囲気的には役所のような、どこか事務感の漂う空気が感じられるだろう。

それに変わって護衛部隊は王宮に最も近く、そこまで大きくはないが中の調度品や雰囲気は重厚感のある、格式高いものだ。

良くも悪くも、王居に似ている。

そして、セレスティアとレイが今いる機動部隊本部は一言で言うと『要塞』だ。

三つの大隊のなかでも王宮から最も離れた場所にあり、在籍人数は警備部隊に及ばぬものの、演習場などもあるためかなり大きい。

打ちっぱなしのコンクリート壁やずらりと並ぶ武器庫、ほのかに香る硝煙の匂いなど、他の隊ではまず見ないものばかりだ。


「あまりこっちの方って来たことないっすけど、やっぱり空気が異質っすね」


「そうだな。本当に……異質だ」


さっきからふたりとすれ違うここの武人たちは、こちらを気に入らなさそうにジロジロと眺めてくる。


(女子供は戦いの邪魔、とでも言いたそうだ)


国軍に所属する女性軍人は1割にも満たない。

それでも、警備部隊には全くいないわけではなかったから、セレスティアが特段浮いていたわけではなかったのだが、ここは違うらしい。

戦闘を主な仕事とするこの部隊では、非力な女性や戦う覚悟もない子供はお呼びでないのだろう。

その突き刺すような視線に混ざって、種類の違う視線が一つ。


「……見られてますね」


「…建物に入ったときからだ」


二人は変わらずに歩きながら、何事もないかのように表情にも態度にも出さずに会話を続ける。


「一人っすね。殺意は感じられませんが…どう思います?」


「同意見。8割方、監視ってところか」


「どうします?」


「放っておけ」


その嫌な視線は、セレスティアたちが部隊長室に着くまでずっと纏わりついていた。


目の前の機動部隊の部隊長室は警備部隊のそれより、どこか無機質にみえる。

鉄、もしくはステンレス製の厚く重い扉は、まるで罪を犯しその刑罰を待つ犯罪者の断罪場前のような心地だ。


「どんな方なんすかね?機動部隊の部隊長殿は」


「さぁ?食えないタヌキ、という噂は耳にしているが…」


機動部隊長であるマルコ・ジジウォッカは、武人を生み出すのに長けているジジウォッカ家の先代当主であり(現在は息子が当主である)、現役の頃は数々の死戦を勝利へと導いてきた猛者だと聞いている。

先々代の国王に忠誠を誓い、強靭な肉体と精神をもって軍を率いてきた。

出世欲も高く、武人であれば大体が不仲である国軍の上層部とも、利害上の関係だが良好だそうだ。

セレスティアは扉についていたドアノッカーでカンカンとノックし、声を少しだけ張った。


「失礼いたします。元警備部隊第一隊隊長セレスティア」


「おなじく副隊長レイ・ヴァルヒルン」


「機動部隊長殿にご挨拶に伺いました」


扉に向かって話してはいるが、果たして自分たちの声がこの鉄扉の向こうまで届いているかは少し疑問だ。

セレスティアがもう一度ドアノッカーへ手を伸ばしかけたとき。


「どうぞ」


地を這うような低い声がドアの向こうから聞こえた。

レイとチラリと目を合わせ、セレスティアは失礼します、と言って重い扉をゆっくりと開けた。

広い割に殺風景な部屋の正面には大きなデスク。

そこに座っていたのは、がたいの良い厳つめの男。

その彼の左後ろには線の細い70代くらいの男性が控えている。


(…?)


セレスティアはその光景にほんの少しの違和感を覚える。

ただ、何が違和感となっているのかは分からなかった。


「んんっ」


考え込みそうになったセレスティアの一歩後ろで、レイが控えめに咳払いをした。

それによりハッとして意識を目前の武人へと戻す。

まるで怒っているかのような顔つきの上官へ向かって、二人は敬礼をした。


「失礼しました。本日付で機動部隊へ配属となりました、セレスティアと申します」


「同じく、レイ・ヴァルヒルンです」


「あぁ。君たちの話はダント…警備部隊長から聞いている。我々は君たちを歓迎しよう」


ジジウォッカは自らの右手を差し出す。

その手をじっと見つめたセレスティアは、少しだけ眉を寄せた。


「ちょっと、隊長!」


差し出された手を見たまま動かないセレスティアにどうしたんだと耳打ちするレイ。

それもそのはず。配属初日から直属の上官と揉めるなんて、副官としては全力で避けたい事案だ。

だが、そんなレイの心中をセレスティアはまるっきり無視した。


「……失礼ですが、本当に貴方がマルコ・ジジウォッカ部隊長ですか?」


途端、目の前の武人は目を見張り、セレスティアの後ろに控える副官は彼女の頭を反射的に叩きかけた。


(何言ってんすか!?失礼にも程があるでしょう!?)


大体、彼の部屋の、そのデスクに座っているのだから、本人でないわけがない。

空気が張り詰めたものになる。

レイが必死に謝罪と言い訳を考えていたときだった。


「ハハッ!!いい、面白い人材だ」


口を開いたのは目の前の屈強な武人……ではなく、その傍に静かに立っていた老人だった。


「えっ……」


レイは何がなんだか分からない。

一方でセレスティアはその老人をみて、ゆっくりと大きな息をついた。


「……貴方がマルコ・ジジウォッカ殿ですね?」


「如何にも」


老人は楽しそうに笑い、デスクに座っていた武人がスッと退いた席に座り直した。


「彼はわたしの護衛役でね。良い体格と声をしているから、私なんかよりも機動部隊長には適役だろう?」


セレスティアは鼻からゆっくりと息を抜くようにため息をついた。

なるほど。

聞いていた通り、かなりめんどくさいタヌキ親父らしい。


「何故このようなことを?」


「そりゃ、面白いからじゃないか」


この場で頭を抱えたくなったのはレイだ。

シラーッとした目線を向けるセレスティアに、本物のジジウォッカは尋ねる。


「しかし、なぜわかったんだ?私が本物であると」


「…まず、そこの剣の位置です。この部屋に入ってきた時に違和感がありました。神の左手とされる貴方は、剣士には珍しい左利きと聞いています。なのに、剣が立てかけてあったのは椅子に座っていた護衛の方の左側でした」


剣は抜きやすいように、利き手とは逆側の腰にさすのが基本だ。

椅子に座るために剣を腰から抜き、机の傍に置くのはわかる。

だが、左利きだというジジウォッカが右腰から抜いた剣をわざわざ左側に置くことは確率的に考えても低いだろう。


「確信を得たのは、握手の時に出された右手です。彼の右手は握りタコばかりの剣士の手でした。腕の太さも若干ですが右の方が太い。彼が右利きなのは間違い無いでしょう」


「ほう」


ジジウォッカは顎の髭を触りながら、感嘆の呟きをもらし、レイは瞠目したままセレスティアの説明を黙って聞いていた。


「たしかに、この護衛の者は右利きだ。だが、噂の方が間違いである、とは考えなかったのかね?」


「それも考えていました。ですが、後ろに立てかけてある剣、あれは王家の紋章が刻まれていました。特別な武功をあげなければ得られないあの剣をもつのは、ジジウォッカ部隊長でしょう。そして、その剣は後ろに控えていた貴方に最も近く、貴方の右側に置いてありました」


それらの考えから、もっとも可能性が高い真実を選んだまでです、と、セレスティアは淡々と言う。


「なるほど。論理的な理由があったというわけか」


ふぅ、と感心した様子のジジウォッカにたいし、当人のセレスティアは少し眉尻を下げる。


「いえ、最初に違和感を感じたのは、お二方の目をみたときです」


「目…かね?」


セレスティアはゆっくりとうなずき、ジジウォッカの瞳をまっすぐに射抜く。


「……これは感覚で、としか言いようがなく、あくまで私の主観になってしまうのですが。兵士の中でも、人を何百人も斬った人間と、そうでない人間は雰囲気でわかります。特に目は、その者がどんな戦いをしてきたかを最も如実に表すのです。失礼ながら、護衛の方からは歴戦の覇者と言われているジジウォッカ部隊長の雰囲気は感じられませんでした」


軽く頭を下げるセレスティアに、屈強な身体の護衛の男はいえ、と遠慮がちに首を振った。


「逆に、隣に控えていた貴方からは、歴戦の覇者と呼ばれるほどの空気を感じました。本人は意図していなくとも、同業者である我々には隠すことのできない空気が。それで、貴方が本当の部隊長殿ではないかと疑ったのです」


「…なるほど。野生の獣は、同じ野生の獣の匂いがわかるという訳かな」


血生臭い戦場を生き延びてきたものたちの匂い。

大量殺戮兵器ともなる剣技をもつ者たちの空気。

それは、いくら戦線から引退したとはいえ、そう簡単に消えるものではない。

そしてそれを感じ取った彼女もまた、場所は違えど同じ“戦場”を生き残ってきた者だ。


「わたしのソレは貴方のものと比べたらまだまだ可愛いものです」


表情を大きく崩さないセレスティアは、どこか翳った微笑を浮かべた。


「……うむ、よろしい。では、本日よりセレスティアを特殊機動部隊“牙”の戦隊長に、レイ・ヴァルヒルンを副戦隊長に任命する。その小さくも尊き命、国家と大将軍へ捧げよ」


ジジウォッカの号令に、セレスティアとレイは同時に敬礼を返す。


「セレスティア、拝命いたします」


「レイ・ヴァルヒルン、拝命いたします」


こうして、セレスティアにとっての地獄への片道切符は切られた。



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