深い森の盗賊団
ある村の教会で老人が祈りをささげていた。
「このままではこの村は終わりじゃ。どうすればいいんじゃ…」
「村長、いかがされましたか?そんなにも必死な顔をして」
現れたのは教会のシスター。
彼女は才能あふれる神官で、まだ年若いにも関わらずこの村の教会を1人で任されている。
「シスターも知っているじゃろう?森での被害を。このまま奴らがわしらを襲い続ければ村は全滅じゃ」
村長は今にも泣きだしそうな顔で頭を抱えている。
シスターはそんな村長を見ながら、しばらく何事かを考えていたかと思うとおもむろに手をたたいた。
「なるほど。森にいる彼らを退治すればいいということですね?そうしましたら私にいい考えがあります」
「本当か?教えてくれ!どうしたらいいんじゃ?」
村長はすがるような瞳でシスターの肩をつかみ揺さぶった。
シスターは衝撃に目を回しながらもこう答えた。
「わわわ…。か、簡単です!ギルドに依頼を出せばいいんです!」
途端村長はがっくりと肩を落としうなだれた。
「わしらの村は何の特産品もない貧しい村じゃ。どこにそんな金があるというのじゃ…。
やはりわしらは滅びる運命なんじゃ」
「いえいえ、落ち着いてください、村長。
私にいい考えがあると言いましたよね?どうか私にお任せください」
落ち込む村長とは対照的に、自信ありげにシスターは胸を張るのであった。
村長とシスターのやり取りから1週間後、村には50人を超える冒険者や賞金稼ぎが集まっていた。
そこへシスターがメガホンを片手にやってきた。
「皆さーん、私たちの村にようこそおいでくださいました。
私がギルドへ依頼をお出ししましたシスターです。よろしくお願いいたします。
それでは早速ですが、依頼について簡単にお話しします!」
「おー!」
思いの外可憐なシスターの登場に男たちの野太い歓声が響く。
「今回の依頼は村の北側にある森での盗賊退治です。
彼らを探し出し、見事退治していただけましたら報酬100万マニーをお支払いします」
「おー!」
今度は先ほどよりもさらに大きな歓声が沸き、冒険者たちは我先にと森へと向かっていった。
それもそうであろう、100万マニーといえば庶民が数年遊べるだけの大金だからだ。
たかが盗賊退治でそれが得られると聞けば冒険者たちの士気が上がるのもうなづける。
しかし1週間がたっても退治したというものが現れない。
それどころか予想外に強い魔物に阻まれて怪我を負うものなども出てきた。
冒険者たちは、チームを組み魔物を掃討しながら地道に捜索を続けたり、
あえて盗賊に狙われやすい格好をして森を徘徊したりと、各々工夫を凝らして盗賊退治を行っていたが、一向に成果は出ない。
そんな中ついに盗賊を退治したというものが現れたが、
他の冒険者の調査によりそれは虚偽の報告であることがわかったりと色々な騒動も起きていた。
また同時に村も大忙しであった。
というのも大量の冒険者に装備や物資、寝床の調達が求められたからである。
そのためそれぞれ村に一軒ずつしかない宿屋・道具屋・居酒屋などは大盛況となった。
中でも居酒屋は創業以来初めての行列ができるなど、店主は涙を流して喜んでいた。
もちろんシスターからの事前の警告があったとはいえ、村始まって以来の大混雑に村民たちは大いに驚くのであった。
そして一月後、冒険者たちは森のほとんどすべての部分の捜索を完了したが、やはり依頼を達成するものは現れなかった。
そのため既に盗賊は逃げ出したという噂が流れ、徐々に冒険者たちも姿を消していった。
そして二月後、すっかり落ち着きを取り戻した村を見て、村長は首を傾げた。
「シスター、今回の件はどういうことなんじゃ?
冒険者たちはみな見事に依頼を達成してくれたのに、彼らは何も要求せずに去って行ってしまった」
「何を言っているんですか、村長?彼らは誰も依頼を達成できなかったんですよぉ」
シスターはいつもと同じような微笑みを浮かべながらこともなさげに言った。
「ん?彼らはわしらがずっと悩まされていた森の魔物を退治してくれたじゃないか。
おかげでわしらは今後もこの村で暮らしていける」
「あれ、村長にはお話ししていませんでしたっけ?今回私がギルドに出した依頼は”盗賊退治”です。
でもどうやら森に盗賊はいなかったみたいですね。私、盗賊ってみたことなかったので見てみたかったんですけどねぇ」
シスターはいつもと同じような、いや多分に邪悪に見える微笑みを浮かべながら言った。
「な。じゃあシスターは居もしない盗賊退治を依頼して、ついでに魔物退治もさせたというわけか!」
あんまりな言い草に驚愕する村長であったが、シスターは澄ました顔でこう言い放った。
「人聞きが悪いですわ。誰も森に盗賊がいるとは言ってませんわ。私は盗賊を”探し出して”退治してほしいといっただけです!」
「ななな…それではツチノコと同じではないか」
「盗賊は見つかりませんでしたが、魔物は居なくなりましたし、冒険者さんが大勢いらっしゃったおかげで村も潤いましたね!
ちなみに怪我人の治療で教会も寄付がたくさん集まりました!いいことづくめですね」
「くっ、なんと恐ろしいシスターじゃ…」
笑顔で話すシスターを見て、このシスターには決して逆らうまいと決めた村長であった。