竜と文化人
この作品は(こるつ(滑らか味))さんの作品『ともあれ人類は滅びるべきである(竜並感)』の世界観をお借りしています。二次創作?になるのだろうか。
大陸の東西、ヒトと魔人、この二つが争った戦争は、帝国が、進軍してきた魔人諸部族の連合軍を打ち破り、山脈の向こうに叩き出した結果終わりを告げた。大森林のアールヴの仲介で講和がなされ、帝国は山脈の東側までをヒトの領土として認めさせた。
人魔戦争と呼ばれた戦いから数百年、その間ヒト族は領土に取り込んだ魔人たちを奴隷として使役させ、豊富な労働力によって発生した“暇”によって、ヒトの領域には豊かな文化が花開いた。
これにより、ヒトは豊かになった。しかしそれは同時に、皮肉にも帝国の衰退の原因となる。始まりは戦争で兵士として戦った市民たちだった。曰く、
「自分たちは兵士として武具を用意し、魔人たちと戦い血を流した。しかし国は僅かばかりの金を渡しただけで何もしてくれない。それどころか実際に戦った自分たちではなく、後ろでふんぞりかえっていただけの貴族や王族が富を独占している。自分たちに血税の対価を寄越せ。」
と言い出した。主に西の方で魔人と直接戦った地域の周辺でこの声が強かった。これに王族や貴族が妥協すると、次々に自分たちの権利とやらを叫び出し、遂には反乱を起こすに至った。
一方貴族たちはどうだったのか。彼らは戦争で得た富と新たな土地を使い、着々と影響力を伸ばした。少しずつ、少しずつ、皇帝に取り入り、その実権を奪い、遂には皇帝を脅すことすら厭わないほどの力をつけるに至る。そして市民たちが起こした反乱に乗じて国に反旗を翻す。
こうして国は割れ、帝国は分裂し、消滅した。皮肉なのは、戦争に勝ったばかりに自壊してしまった事だろう。そうして後に十六国時代と呼ばれる時代がやってきた。
先ほども述べたように、この時代、それまで良く言えば素朴で質実剛健、悪くいえば少々貧乏くさかったヒト族の文化は戦争と内乱を機に大きく花開き、負けた側の魔人族諸部族を蛮族と呼んで蔑むほどの文化の差がついた時代でもある。
絵画や彫刻、詩や音楽といった芸術面から哲学や、何より数学といった学問分野など、この時代は間違いなくヒトの黄金時代であった。
さて、そんな黄金時代を迎えているはずのヒトが、一人で、しかも何にも持たずに、あてもなく平野を彷徨っているのを一頭の竜が見つけた。この竜は“始まりの黒竜”の命でヒトの偵察をしている最中だった。(とても遠くから、鉄を纏い団子のような見た目で偽装しつつ眺めていただけではあるが...)
しばらく様子を伺っていると、数日ほどして彷徨っていたヒトはおそらく空腹で倒れたようだった。
彼はしばし考えて、これはヒトの言うところの“文化”とやらをもっとよく知る絶好の機会だと思い、倒れた男を助けることにしたのだった。
竜が近づくとその振動で男は目を覚まし、こう言った。
「ああ、人々のためを思い、偉大な先祖に恥じないように生きてきた結末がこんなところで大岩の化物に喰われて死ぬことだとは!なんと情けない!せめてこのアルカマダスにもう少し時間があれば、祖先の正しさが証明される瞬間に立ち会えたのに。」
さて、これを聞いた竜は少し戸惑ってしまう。自分は相手と話をするために近づいたのに、食われると思われるどころか、竜とすら認識されていないとはどう言うことか。
とそこで彼は自分が鉄を纏ったままだと言うことに気がつく。少し前にドウェルグ達から差し出された技術を用いてヒトの言うところの“鎧”と言うものを作っている最中だったが、まだそれは完成しておらず、彼はこれまで通り偵察に行く前に溶けた鉄に体を浸して鎧の代わりとしていたのだ。
そこで竜は少し離れて鎧をこそげ落とすと再度男に近づくとこう言った。
「ここはヒトが住むには厳しすぎル環境ガ思う。しかしお前ハなぜいるノカ、ここに。」
「......」
「......」
「...え?竜が、喋った!?」
これに男はたいそう驚いた。少々どころではなく片言ではあるが、竜がそれもヒトの言葉を喋ったのだ。
竜というのは太古の昔からヒトを襲ってくる物と相場が決まっている。彼自身はそれを目にしたことも、被害者から聞いたこともないが、昔からそういうものとして扱われてきたのだ。それが自分を襲わないばかりか、自分たちの言葉で話しかけてくるとは誰が想像できようか!
驚く男を無視してさらに竜は問いかける。
「竜が、話す。オカシイカ?」
「はい、正直に申しますと竜のような強大な存在が私たちの言葉を話すことなど想像もしていませんでした。」
先程は驚きすぎて思わず素の反応をしてしまったが、相手はこの世で最強の生物である。そう思い直した男は取り敢えず遜った応答をした後自己紹介をする。
「私はレイヴンのアルカマダスという者です。先ほどの問いかけに関してですが、私も好きでここにいるわけではありません。実は...」
そう言って彼は自分の身の上話を始めた。
この男、アルカマダスは、ハルニス連合と言う都市国家が寄り集まった地域の出身だった。この地域は元帝国領で最初に反乱が起きて独立した地域であり、その成立過程の影響から市民の力が非常に強い国だった。中にはその勢いのままに都市に暮らす元貴族階級の力を少しずつ削いでいき、最終的に市民が国を収める都市すらも出てきた。他にも貴族達が力を残したままの都市も有れば、貴族を排した後釜に僭主を称する独裁者が現れたところもある。
そんな地域のヘラヌスと言う都市で彼は生まれ育った。元々この街は市民が交代で政治を執り行っていたが、つい最近政変が起きて僭主が国を支配するようになった。
しかしアルカマダスは元々街の有力者の家系で、哲学を修め、詩文の才も有り、おまけに人望もあった。「彼に足りないのは野心だけ」と言われた程で、そんな彼を新しい僭主はひどく恐れた。そして色々と難癖をつけて悪い噂を流し、彼の味方を取り込んだ末に国から追放してしまった。
当初彼は相手の動きに気づかず、気づいたのは全てが手遅れになった後だった。そして彼はほとんど何も与えられることなく草原まで運ばれて置き去りにされてしまったのだ。
話を終えると、アルカマダスはこう言った。
「竜よ。私の話はこれで終わりだ。そこで聞きたい。貴方はこんな場所で、岩に擬態してまで一体全体何をしていたのか。」
話している内に打ち解けてきたのか、はたまた単にめんどくさくなったのか、アルカマダスの口調は丁寧な言葉から素の口調に戻っていたが元々片言の竜はあまり気にしていない。
諜報役の竜は、まさか馬鹿正直に後に脅威となるであろうヒトを偵察していた、などと言えるはずがない。はてどう答えたものか、と少し悩んだ後で真実の一部だけを伝えることにした。
「私の主、人間、の持つ道具や文化?に興味を持っている、とても。しかし我々がヒトの前に姿を現す、たら、お前達は困惑する、だろう。そのため、私、似たもの、が定期的に遠目からヒトの営みを眺めているのだ。」
先程はまでのアルカマダスの身の上話の中である程度語彙を拾えたからか、片言がだいぶよくなっている。
さてそこまで言って竜は、
ーところでこのヒトは私を見て恐れないのだろうか?は!まさかもう竜というのは人間にとって容易く殺せる相手に見られているのか?!いや、まさか。まだまだヒトの使う武具は我らを殺すには到底至らないはずだ。ではなぜこの男はこうも平然としているのだ?ー
ということを考えたが、何のことはない。このアルカマダスという男が特別図太いだけの話である。言い方を変えると極端に鈍いとも言う。何しろ自分の立場が悪くなっていることにほとんど気付いていなかった程なのだ。
さて、竜がそのようなことを考えている間にアルカマダスはアルカマダスでこの竜を観察していた。何しろ彼は哲学を修めた者で、この時代の哲学者というのは数学や魔法学を含む様々なものを内包していた。そんな彼にとってみれば、目の前の巨大な、そして賢い生物はそれだけで貴重な研究対象だ。しかしずっと観察しているのも不自然なので、彼は会話を続けることにした。
「主、とは?貴方のような力のある者を従える者がいるのか?」
「そうだ。我々、祖である『始まりの黒竜』、そうだ。他にも私が、敵わない相手、竜の国の中、では、普通、いる。」
「なんと!竜が国を持っているのか?!」
そう驚くアルカマダスを見て、竜は、これはしまったかもしれない、と思った。何しろヒトとは竜達が想定する仮想敵である。で有れば自分たちが国を建国したことのような情報は安易に流すべきではなかったかもしれないと思ったのだ。
そんな竜の内心を知ってから知らずか、アルカマダスは更に続ける。
「ああ、竜が国を建てていたとは驚きだ。いや、竜よ、これは別にあなた方を侮っていたわけではない、怒らないでほしい。ただやはりあなた方は素晴らしい。巨大で力強く、なによりも賢い。こうして相対して少しばかり話をするだけであなた方はの目が知性に満ちているのが感じられるようだ。神々はヒトにはほとんど何もくれなかった癖に竜をこんなに優遇するなんて、全く酷いものだ。」
確かにそうかもしれない。と竜は少し思った。そして続けようとすると、アルカマダスは衝撃的なことを言った。
「だが、やはり私は人間で良かった。」
意外だった。先ほどまで竜を褒め称えていた口が、一転して人間の方が良いと言い出したのだから当然かもしれない。
「なぜ?だ」
竜が聞くと、アルカマダスは答える。
「竜よ。この世に完全な存在などいないのだ。もしいるとすればそれは神々やなんらかの超常的な存在であろう。いずれにせよ、少なくとも“この世”にいないことは確かだ。そして私達はこの生を通して自分なりの『完全』を目指さないといけない。そうして人々がそれぞれに高め合う中で、道具を生み、知恵をつけ、それらを改良して今に至るのだ。我々は一人では到底勝てないような魔人達に打ち勝った。気を悪くしないでほしいが、いずれ私達はアールフも、そしていつかは貴方がた竜にすら、この手を届かせるだろう。」
竜はとても驚いた。自分の主が、最初にヒトに脅威を覚えた竜と同じ考えを、まさにその恐れた対象が既に抱いていたのだ。そんな彼の驚愕に気づかず、アルカマダスは続ける。
「翻って貴方がたはどうだ?か弱い我々が、強き物を打ち倒すために工夫を重ねるなら、何もしなくても強い貴方がたは私達と同じように、同じだけの速さで自分たちを高められるのだろうか?」
ここまで聞いて、竜は我慢できなくなって口を挟んだ。
「アルカマダスよ。我々の国、に、来ない、か?きっと、面白いもの、を、見ることが、できる、だろう。」
「いいのか?私は先ほどから失礼なことしか言っていないぞ?」
「ああ、その代わり、竜の国、の外に、出ることは許されぬ。」
「...分かった。行こう。」
こうして竜の国に一人の人間が訪れた。彼は大山脈を見て驚き、世界樹を見て興奮し、様々な半神獣を見て喜んだ。そして彼は竜の武具を、鍛治を、そこで暮らすドウェルグを、興味深々に観察して、最後にこの状況を作った張本人(竜)と対話して、考えを改めさせられた。
アルカマダスは竜の国に着いてから、様々なものを考案し、創り出し、広めた。彼こそは後に竜の国に於いて「文化の創始者」とされる人物で有り、鍛治と牧畜しかなかった竜社会に彫刻、文字、詩や歌、そして学問をもたらした人物である。
お読みいただきありがとうございました。良ければ本家の方も面白いと思うので是非読んでみてください。
https://ncode.syosetu.com/n4584gj/
↑は本家です。作者様曰く「フリー素材」らしいので要望通り試しに書いてみました。