冒険七日目 休日、マシロの町
冒険者になって七日目。私は早速――ギルドへ向かわなかった。
今日は町を見て回ることにした。要するに休暇である。
割と突発的に休みにしたが、きっかけはある。
昨日の護衛依頼から、ひとりで活動することの厳しさを知った。
受付さん曰く、仲間を探すのも手だと言われた。
で、問題は、果たして私は仲間を増やすべきなのかどうなのか、という点である。
うまくやっていけるならそれに越したことはないが、正直言って私は協調性とか空気を読むことには自信がない。
昨日のドワーフのおじさんの時みたく、半笑いを繰り返す状態になっても困る。
傍から見れば贅沢な悩みなのだろうけど、そういうわけで、昨日の疲れを癒すのも兼ねて、私は町へ繰り出すことにした。
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さて、私がいるこの町は、マシロという。
町中に水路が巡っており、小さなボートの行き交う姿がよく見かけられる。
物資の出入りは多いけど、産業はあまり盛んではないらしい。
悪く言うと独立できていない町、よく言えば他の町村と仲のいい穏やかな町である。
私はのんびり通りを歩いて、お店巡りをする。
装備品に消耗品、日用雑貨に衣服や靴、あとはとにかくお菓子とか、揃えたい物や欲しい物はいくらでもある。
何から行こうかと考えていると、ひどく特徴的な名前をした工房が私の目に留まった。
『“丸こげ”ヴェインの工房』
……すごいネーミングセンスだ。
看板に気を取られていると、工房の中から見覚えのある人物が出てきた。
昨日のドワーフのおじさんである。
「おお? 何だ、嬢ちゃんじゃねえか。うちの工房に用か?」
あ、こんにちは。ここ、おじさんの工房ですか。
「おう、そうだ。武器や防具から日用品、細工物まで何でも引き受ける、男の鑑にしてドワーフの頂点、ヴェイン様とは俺のこと。そしてここがその本拠地ってわけだ。ガハハ!」
豪気だなあ。あと名前ヴェインって言うんだ。
……ところで“丸こげ”っていうのは。
「ああん? 見りゃ分かんだろ。何せ毎日、火の相手をしてっからよ」
ヴェインさんは屈強な肉体をアピールする。その肌はドワーフ特有の、鋼のような色合いだ。
確かに丸こげと呼べなくもない。が、それでいいのか。
本人的には納得しているから、悪口ではないのだろうけど。
「さあ、入った入った!」
半ば強引に私は工房へ連れて行かれる。
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入れてくれたと言っても、さすがに奥には通してもらえない。
お客様用の応接室みたいな場所でお茶を出される。
「んで、何が欲しいよ? 嬢ちゃんは世話になった相手だからな。よほど無茶な注文じゃなきゃ聞いてやるぞ」
いきなり言われると悩むなあ。
まず、私魔法使いだから武器が要らないし。
「そんなら防具がいいか。鎧か? 服か?」
鎧はさすがに無理です。
というか、私そんなに手持ちありませんし、上等な装備一式はちょっと。
「なら外套や靴なんかはどうだ。手甲もあるぞ」
え、そういうのもいいんですか。
「当たり前よ。さすがに縫製は別んとこに任せるがな、布に金属編み込むようなら、うちで用意するってわけよ」
マントとかに直接縫い込めるようにしちゃうのか。さすがドワーフ。
うーん。銀貨五枚までなら出せるんですが、どこまで作ってもらえます?
「そんぐらいだと手袋か靴だな。どっちがいいよ?」
じゃあ靴でお願いします。冒険じゃ一番消耗しそうだし。
「おし、分かった。おーい」
ヴェインさんが奥へ呼びかけると、女の職人さんがやってきた。
ドワーフではなく普通の人間である。
女の職人さんが私の足のサイズを測ってくれた。素足を出すのはなんだか気恥ずかしい面もある。
よく考えたら鎧とかだと胸周りなんかも測るんだから、客によってはもっと困るだろう。そりゃ女の職人さんもいるよねえ。
なんとも気遣いの行き届いた工房だ。ヴェインさんの方針なのだろう。いい人である。
財布は思い切り軽くなってしまったが。
靴は明日には仕上がるという。
お礼を告げて、私は町の散策へと戻った。
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次はどこへ行こうか。
ああ、そうだ。魔法について、もう少し勉強しておきたい。
本屋をのぞいてみよう。
そう思って本屋へ入ってみると、そこにはまたも見覚えのある姿があった。
あれは、受付さんだ。
「おや、フィーさん。こんにちは」
どうもこんにちは。
受付さん、買い物ですか?
「ええ、ちょっと休憩ついでに。フィーさんもですか?」
そんなとこです。町巡りも兼ねて。
「そうですか。今日は冒険をお休みしていたんですね。いつもの時間にお見かけしなかったので、何かあったのかと気になっていたんですが」
あ、そうか。勝手に休みにしてたけど、受付さんには伝わるはずない。
ギルドに顔は出すべきだった。
「いえ、いいんですよ。依頼の途中ならともかく、いつ休暇を取るかは自由ですからね」
毎度ご迷惑をかけて申し訳ない。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。私としては、この辺りに冒険者が増えてくれるのは嬉しいですからね」
??? どういう意味だろう。
「それは……立ち話もなんですから、どこか寄りましょうか」
お、これはお礼のチャンス。
じゃあ私が奢ります、と受付さんに告げる。
「それは悪いですよ。自分で出しますから」
まあ遠慮するよね。でも押し切ろう。
日頃のお礼ということで、ぜひ受け取っていただきたい。
「うーん、分かりました。じゃあお言葉に甘えましょう」
よかったよかった。じゃあ、どこがいいかな。
「行きつけのお店がありますから、案内しますよ」
おお、ありがとうございます。早速行きましょう。
……まあ、さっき割とお金使っちゃったから奢り切れるか不安だけど。
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『清流亭』と書かれたお店に入る。
ここはお茶を主に取り扱っている雑貨店で、奥に試飲用の喫茶スペースを設けてある、と受付さんが教えてくれた。
店のマスターに挨拶をしつつ、奥の席へと座る。
対面の席に受付さんも座った。
「さっきの話ですが、この町はあまり冒険者の数が多くないのです」
初耳だった。
いや、よくよく思い返してみると確かにそうだな。私が来てる時間帯、他の冒険者を全然見かけていない。
「全くいないというわけではないのですが、この辺りはモンスターもおとなしく、脅威が少ないですからね。依頼があってもフィーさんが今まで受けてきたようなものが主体となっていて、それ以外は他の町へ手伝いに行く中規模、あるいは大規模依頼となってしまうんです」
なるほど。遺跡調査とかは貼ってあったけど、この町付近の話じゃないのね。
「なので冒険者に頼る機会自体が多くないのです。その上、マシロの町に居着いてわざわざ中規模の依頼を引き受けるかと言うと……ねえ?」
あー……そりゃ直接別の町を拠点にしますね。
「ええ。といっても、そこは冒険者のみなさんが好きに選んでいい部分ですから、私から言えることはありません。この町のギルド職員としては、出来ればマシロにいて欲しいなあとは思いますが」
受付さんは笑顔こそ見せているものの、少々複雑そうだった。
せっかく冒険者になっても「冒険者の需要がありません」では、なった方も世話する方も悲しい。
「まあ、そういうわけで頑張っている新人さんを見るのが一種の楽しみなんです。フィーさんは順調に依頼をこなしていますから、このまま行けば受けられる仕事も増えると思いますよ」
受付さんはあくまでこっちが成功することを気にかけた言葉をくれる。
うーむ、私も複雑だ。
別に今すぐの話ではないけれど、冒険が順調に進めば進むほどここにはいられなくなるだなんて。
こればっかりは仕方のない話なのかなあ。
あ、そうだ。今の話題とは関係ないけれど、せっかくだから聞いてみよう。
仲間について。
「メンバーの募集ですか? 要望があればできるだけお答えしますよ。ただ、さっき言った通り冒険者自体がこの辺りには少ないので、ご期待に添えるかは分かりませんが」
いや、まあその。私としてはその前段階から悩んでましてね。
仲間を増やすべきなのか、仮に増やしてもうまくやっていけるのかどうか。
「……ふむ。私の見立てでは、フィーさんの協調性は問題ないと思いますよ。ですが、悩んでいるのはそういうことではないですよね?」
えーと、その。
「考えるのであれば、悩むきっかけとなったことを天秤にかけてみましょう。この先、そのリスクを背負い続けてもひとりでやっていけるかどうか」
受付さんに促され、私は昨日の冒険のことを天秤にかけてみる。
ひとりで上手くこなせたかと言うと全然そうは思わない。ヴェインさんに助けてもらわなかったら、依頼は失敗していたかもしれない。
それに、自分の魔法の扱い方がかなりとんがっているという問題もある。そしてこの問題に関して詳しく話せる相手というのが今はいない。
結論として、私には仲間が必要だと思う。
「分かりました。では人数と、どんな相手がいいかを教えてください」
そうですねー。ここまで言っておいてなんですけど、やはり自信がないので一人か、多くても二人。
出来るだけ落ち着いて話が出来る相手がいいです。
あと魔法のことについて相談できるとありがたいかな。
「性別の要望はないですか?」
え、あ、そうか。じゃあ同性で。異性だと気軽に話せないこともあるし。
「承りました。今日明日、とはいきませんが、なるべく早くご紹介します」
あ、はい。ありがたいですけど、大丈夫ですか。休憩中なのに仕事増やしちゃいましたけど。
「いえいえ。むしろどんと来いという感じですから」
受付さんは嬉々としてメモを取っている。
本当に仕事熱心なんだなあ。冒険者の身としてはありがたいことである。
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受付さんと話を終えて別れた私は、早めに宿に戻った。
本当は露店巡りしてお菓子でも買っていきたかったが、ちょっと出費が多すぎたので、諦めた。
そして日が暮れる頃、いつも通り夕食を頼んだ。
今日も贅沢はやめておいた。おかげでデザートの方がメインだった気がする。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。