冒険六日目 壁補修の護衛
冒険者になって六日目。私は早速ギルドへと赴いた。
「おはようございます、フィーさん。依頼をご覧になりますか?」
昨日と同じく受付さんが笑顔で出迎えてくれた。こちらも挨拶を返す。
受付さんが壁の掲示板を手で差し示した。
「本日の依頼はこのようになっております」
私は掲示板を見る。
いつものスライム退治や薬草拾いなどが張り出されている。
それと昨日に引き続いて、下水道の壁修理の護衛依頼が出されている。
あー。やっぱり人が来てないっぽい?
じゃあ、一日空けてからでなんだけど、自分で引き受けよう。
私は依頼書を持って受付さんに伝える。
「分かりました。今回は初の護衛依頼ですね。十分に気を付けて臨んでください」
そっか。今までみたくモンスター倒して終わりじゃないんだよね。
あんまり長引かないといいなあ。念のためMP回復アイテムは多めに持って行こう。
「修理をしてくれる大工の方は、下水道の入口で直接待ち合わせるそうです。遅れないように向かってください」
了解です。行ってきます。
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さて準備を終えた私が下水道の入口まで向かうと、そこには立派なヒゲと妙に横幅のでかい体が特徴のおじさんが、ハンマーと工具箱を持って立っていた。
「おおっ? もしかして嬢ちゃんが護衛の冒険者か!?」
おじさんが私を見て話しかけてくる。体だけでなく声もでかい。背は低いのに。
私はおじさんの言葉に頷いて近寄る。うわ、なんかお酒臭い。
「そうかそうか! 今日は俺が壁を直しに行くからよ。護衛は任せるぜ!」
おじさんはヒゲを揺らしながらガハハと笑い飛ばす。
その樽みたいな体型といい、お酒の臭いといい、しゃべり方といい、あなたもしかしてドワーフですか。
「ん? ああ、その通りだ。……って樽みたいは余計だコラァッ!」
ひえっ、すみません。
「ま、とにかく今日はよろしく頼む。しっかり守ってくれや」
ドワーフのおじさんは、私の言葉をさほど気にしたわけではないらしく、にっと快活な笑顔を見せてくれた。
声がでかいからびびったけど、いい人だ。
「んじゃ、さっさと行くか」
そうしましょう。
私はおじさんと共に下水道の中へと入っていった。
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一日ぶりの下水道くん。お元気ですか?
お変わりないですか。そりゃそうだ。
私? 私はうん、なんというか。
「それでな。酒場の姉ちゃんが言うには、他の職人たちには姉ちゃんの指輪を直すのはお手上げだっていう話でな。そんでウチに持ち込まれたわけだが、俺ぁそういう細工物は本業じゃねえからよ。断ろうと思ったんだが、何でもばあちゃんの形見だって言うじゃねえか。さすがにそんな話聞いちゃほっとけねえ。同業共の尻を叩いて材料集めに行かせたんだが、ここで問題が起きてよ。元に戻すにはよその町のモンスター素材が必要で、そのために依頼を出しに行ったんだが、そこでまたひと悶着があって」
微妙につらいです。よくしゃべるなあ、このおじさん。
どこまで本当なのか分からない武勇伝を聞かされ続けているものだから、私はさっきから愛想笑いや相槌を打つ機械になっている。
たいがい、こうゆう話って本来より大げさになっていること多いよね?
まあ無言で下水道を進むよりはずっといいんだけど。
そんなこんなで二人で歩いているうちに、件の壊れた壁の所へたどり着いた。
「よしっ。それじゃあ取りかかるからよ、その間は頼むぜ」
おじさんはそう言うと、てきぱき動き始める。工具と材料を出し、まずは半端に壊れた穴の形を整え出した。
うわ、手ぇめっちゃ早っ。
ノミとハンマーが凄まじい勢いで振るわれ、壁が削られていく。さすが職人。
おっと、見惚れている場合じゃない。
私は私で、周りを警戒しないと。
といっても、ここにあった巣は潰したわけだからジャイアントラットが来ることはないだろう。
ジャイアントバットの方は飛んでくる可能性があるけど、あっちは基本、天井に張り付いてて大人しいからなあ。
だけど、そんな風に気を抜く暇をモンスターは与えなかった。
ふと、私が視線を向けた対面の壁に、音もなく蠢く巨大な生き物の姿があった。
八本の細い足で壁に張り付き、小さくたくさんの無機質な目でこちらを見てくる生き物。それは蜘蛛だった。
うぎゃあああ。気色悪い、キモいよ!
世の中にはあれが可愛いとかいう人もいるそうだが、私には無理だ!
どどどどどうする私。
とりあえず、まだ対面にいるだけで遠いから、さっさと魔法をぶつければいいんだけど、何を撃つ?
えーとえーと、風魔法だけはない。潰れたり斬り裂いたりした死骸とか絶対見たくない。
困ったときは氷だ氷! 足止めにもなるし。
私は急いでアイスボルトの魔法を蜘蛛に放つ。
普段と違って威力も範囲も思い切り上げてある。万が一にも撃ち漏らしてこっちに来るのを避けるためだ。
蜘蛛は特に氷の範囲から逃れることなく、その場で丸ごと冷凍された。
た、助かった。あんなものが飛び掛かってきたらさすがに泣く。
何事もなく終わってよかった。
「おい、嬢ちゃん! まだいるぞ!」
なんですと?
おじさんの声に振り向けば、今度は大きな羽虫が飛んでいた。
蠅じゃないけど、多分何かポピュラーにいるタイプの羽虫である。
こっちもこっちで生理的嫌悪感がある。でも飛んでいるんなら風じゃないとマズい。
私は仕方なしにウィンドブラストを唱える。
おらあ! こっち来んな!
羽虫たちは突風に打ちのめされて倒れていく。
いつもだったら魔石が気になるところだけど、そんな余裕はない。というかあってもすぐには近付きたくない。
「また来てるぞ!」
再びおじさんの声。向こうは手慣れた仕事だからか、私より周りを見る余裕があるらしい。
騒ぎに乗じてジャイアントバットがおびき寄せられてきた。
くそう、大人しくしてろよ。さっきまでの連中より見た目で驚かないから、そういう意味ではマシだけど。
私はてんやわんやしながらひたすらモンスターたちに魔法を撃っていった。
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「いやー、思ったより早く終わった。助かったぜ、嬢ちゃん」
……そうですか。よかった。
「何だ、元気ねえな。依頼は完了だぜ。もっと喜べよ」
いやこう、精神的に色々削られて。
おじさんの所にモンスターを近づけちゃいけないっていうプレッシャーもありましたし。
「そんなに張り切ってたのか? 気にしなくてよかったのによ。よっぽど近づいてきたらこのハンマーと拳でぶっ倒してたし、いつもならそのまま仕事してるからな」
……え? マジですか?
「ガハハ、当ったり前だ! それぐらい職人なら出来るに決まってらぁ!」
私の苦労した意味とは。
「だからおかげで早く済んだんじゃねえか。じゃあな。また何かあったら頼むぜー!」
おじさんは豪快に笑いながら帰っていった。
いや、うん。おじさんが悪気ないのも、全く悪くないのも分かってはいるんだけど。
釈然としない。冒険者とは一体。
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冒険者ギルドに戻ってきた私は、すぐさま受付さんの元へ向かった。
「無事にこなせたみたいですね。魔石があれば提出してください」
私は言われた通り魔石を手渡した。
なお半分はおじさんに手伝ってもらって集めたものである。
「はい、確かに。では報酬です」
銀貨三枚に、銅貨四百枚。今回は苦労した分、見返りも大きい。
でも素直に喜べない。モンスターの察知といい、魔石の回収といい、うまく立ち回れていなかったように思う。
「どうかされました? だいぶお疲れのようですが」
いやあ、護衛ってこんなに大変なものなんだなあと。
「自分以外の人間の安全がかかっていますから。苦労するのも無理はありません。ただフィーさんの場合は、ソロの冒険者だということも大きいでしょう」
言われてみれば。
実際、今日はおじさんに助けられまくってたし、ひとりじゃ危なかっただろうなあ。
「よければ、仲間を探してみるのも手かもしれません。一応、ソロだと報酬を分けずにそのまま受け取れますからメリットはあります。でもこの先ダンジョンなどに行くのであれば、少々難しいでしょうね。もちろん、仲間が増えたら増えたで、そちらの心配をしなくてはいけないですけど」
仲間、仲間かー。ふーむ。
ちょっと考えてみます。
「そうですか。急がなくてもいいですからね。じっくり検討して、自分に合う方を選んでください」
はい、ありがとうございます。
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宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。
報酬は多かったけど、疲れが大きかったので控えめに注文した。デザートには毎回癒される。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。