冒険五日目 訓練&スライム退治
冒険者になって五日目。私は早速ギルドへと赴いた。
「おはようございます、フィーさん。依頼をご覧になりますか?」
昨日と同じく受付さんが笑顔で出迎えてくれた。こちらも挨拶を返す。
受付さんが壁の掲示板を手で差し示した。
「本日の依頼はこのようになっております」
私は掲示板を見る。
昨日の下水道の壁修理の護衛依頼がもう出ている。
これ、どうしようかな。自分に責任の一端があると思うと引き受けておきたい。
でも二日続けて下水道というのも気が滅入る。できれば今日は外に行きたい。
それに、少し今の職業についてやっておきたいことがあるんだよね。
というわけで、引き受ける依頼を受付さんへと伝える。
「はい、えー……スライム退治ですか?」
はい、それでお願いします。
「問題はないですけど、あなたの実力ならもっと報酬のいい依頼もありますよ?」
いいです、いいです。ちょっと試したいことがあるので、簡単なものがいいんです。
「訓練か何かですか? 分かりました、ではこれで受諾しておきますね」
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さて、やってきました平原。
いつも通りスライムたちがぽよぽよ跳ねている。
初日も思ったけど、この子たち何か害があるように見えないな。
意外とペットとかに出来たりする?
思い付いてしまったので、試しに近づいてみる。
うねうねと動くゼリーみたいな軟体に、私はそっと触れてみる。
おお、すべすべだ。これが玉のお肌か。モンスターのくせにうらやましい。
少しくらい私に分けてくれイッタ!?
痛い! 何だ今の!? 手が痛い! 噛みついたの!? それとも酸か何か!?
私は驚いて、いったんスライムから離れた。
手を見ると、火傷したように真っ赤になっていて、じくじくと痛む。
うぬぬ。害がなさそうに見えてもやっぱりモンスターか。
薬草塗っておこう。
つい好奇心に負けてしまったが、仕切り直して。
訓練だよ訓練。
先日の下水道の件で、今の自分には複数の魔法を同時に扱えないってのが分かったから、逆に現状で何が出来るか色々試そうと思ったのだ。
というわけでスライムちゃんよお。お前たちは私の訓練のための実験材料だ。
くっくっくっ、覚悟しろい。これはさっきいきなり攻撃された恨みなどはこもっていない、決して。
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魔法を調節しながらスライムを狩ること数十分が経過。
MPにはまだまだ余裕があるけれど、小休止して今までの立ち回りを振り返る。
結論として、私はどうも二つ以上の魔法を操るのに向いていない。
全くできないってわけじゃないのだが、ひどく難しい。
例えるなら、右半身だけ全力でバック走しながら、左半身は前へ向かってダンスを踊るみたいな、無茶苦茶な操作を要求される。
一応、立ち止まって思い切り集中するなら何とかなる。
だけどやりたいのは、辺りを照らす光を維持したまま攻撃魔法も使うという行動だから、はっきり言って意味がない。
それに攻撃魔法は動く相手を狙うわけだから、更に集中が必要となる。
多分、本格的な実戦でそんなことしたら頭がパンクする。
何ともネガティブな結果になってしまった。
でも収穫がなかったわけじゃない。
複数の魔法を扱うのは苦手だが、その反面、単独の魔法を扱うのには苦労しない。
大半の魔法使いは、扱える個々の魔法に得意不得意が少なからず生じるものだそうだ。
火は得意だけど氷は苦手、風は扱えるけど他はからきし、みたいな。
私はそういったことが特にない。光を使える一方で、闇とか呪いとかだって不自由なく発動できる。
おまけにそれらの魔法の範囲や威力を自在に制御できる。
何だろうね、一点突破というのかな、こういうの。
とりあえず、これが私の今の特徴というわけだ。
ただやっぱり問題はある。
何しろ上位の魔法は基本的に、複数の魔法を組み合わせて発動するものだ。
このままだと、私はいくら鍛えても上位魔法を使えるようにはならない。
別に困らないんじゃないかって?
モンスターを攻撃する分にはそうかもしれないけど、補助魔法も併用できないからね。不便ではある。
それに、やっぱり上位の魔法を撃てる方がロマンがある。
職業適性では魔法使いが飛び抜けている、と言われたから、何か方法はあるはずだと思うんだけどな。
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じっと考えを巡らせていると、聞き覚えのある鳴き声が私の耳に届いた。
「ギョーーーーーーッ!」
ん? え、この声は。
振り向くと、そこには目を血走らせた一匹のサハギンが立っていた。
「ギョギョギョギョッ! フィシャー! シャー!」
サハギンは川の方を手(ヒレ?)で示しながら喚く。続けて私の方にも手を突き付ける。
「ギョ、ギョギョギョ! ギョッ!」
……ああ、うん。言葉は全然分からないけど、意味はとても伝わる。
川底に冷凍され、仲間から置き去りにされたことに、物凄く腹を立てているのだろう。
ていうかコイツ、自力で脱出したのか。すごいな。
「ギョーーーーーーッ!」
甲高い鳴き声を上げ、サハギンが襲い掛かってくる。
間髪入れずに私は、もう一度アイスボルトで氷漬けにする。
「ギョッ!? ……ギョ~、ギョォッ!」
なんとサハギンは全身の血流を漲らせ、一気に肉体を膨張して氷を弾き飛ばした!
どうなってんだコイツ。ひとりだけ別次元に到達しているぞ。
「ギョッフォ~……!」
暑苦しそうな息を吐きながらサハギンはぎらりと私を睨む。
まるで「お前の技は私には通じん!」とでも言いたげだ。
うん、そうか。じゃあ焼こう。
「ギョーーーーーーッ!?」
私が火を放つと、せっかくの膨張した肉体もなすすべなく焼き焦げた。
しょせんはサハギンか。
倒した証に魔石が転がる。別にいつもより大きいとか色が違うとかそういうことはない。
氷じゃHPが削り切れなかっただけか。なんて空しい。
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色々悩んでみたものの、やはり今はどうしようもない。簡単に解決案が出てくるはずもなかった。
まあ、冒険を始めてからまだ五日目だ。行き詰ったと感じるには早すぎる。
そのうちなんとかなるだろう、と楽観的に考えながら、私はギルドへ戻った。
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冒険者ギルドに戻ってきた私は、すぐさま受付さんの元へ向かった。
「無事にこなせたみたいですね。それでは魔石を提出してください」
私は言われた通り魔石を手渡した。
「はい、確かに。では報酬です」
銅貨二百枚。今回は乱獲はしなかったから少なめだ。
「どうですか? 何かつかめました?」
んー。ぼちぼちです。
「そうですか。困ったら、いつでも相談してくださいね。出来る限り力になりますから」
ありがとうございます。
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宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。
報酬は多くなかったから、贅沢はやめておいた。でもデザートは譲らない。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。