冒険四日目 ジャイアントバット&ラット退治
冒険者になって四日目。私は早速ギルドへと赴いた。
「おはようございます、フィーさん。依頼をご覧になりますか?」
昨日と同じく受付さんが笑顔で出迎えてくれた。こちらも挨拶を返す。
すると受付さんは壁の掲示板を手で差し示した。
「本日の依頼はこのようになっております」
おや。いつものように依頼書を見せてくれるパターンではない?
「順調ですから、そろそろ自分で依頼を選んでみていいかと」
そういうことか。
あれ。じゃあ今まで受付さんが依頼書を見せてくれてたのって。
「いきなり難しい依頼を引き受けさせるわけにはいきませんから。なりたての冒険者の方には、こちらで配慮しているんです」
なるほど。優しいなあ。
さて、それじゃ掲示板を見てみよう。
改めて見ると依頼というのはたくさんある。
私が受けてきた、薬草拾いやスライム退治の依頼も載っている。
大きな依頼書には天空の遺跡の探索者募集、なんてものがあったりする。
でも多いのはやっぱりモンスター退治だね。
魔石はもちろん、モンスターの素材そのものが必要だったりして、依頼が途切れることはないみたい。
しかしこう多いと迷うな。うーん。
お、下水道のジャイアントバットとジャイアントラット退治っていうのがある。
これちょっと気になるな。
「あー……フィーさん。それはあまりオススメしませんよ? 何せ下水道ですから、女の子が行くようなところじゃありませんし」
受付さんの言うことはもっともだ。私も別に好んで下水道に行ったりはしない。
とはいえこれ、用紙が若干古い。つまり引き受けている人が少ないってことなのでは。
「そりゃ人気がありませんからね。町の外でスライム退治をするのとさほど報酬が変わりません」
それはつまり銀貨二枚くらいもらえるってこと?
「スライム退治だけでそんなに稼いでくるのはあなたくらいです。普通はもっと安いですよ。せいぜい銅貨二百から三百くらいです」
あ、そうなんだ。私の感覚がおかしいのか。
「まあ大して危険はないですし、町の機能を保全してもらえるのはとても助かります。とはいえ、無理して引き受けなくてもいいですよ?」
平気です。それにちょっとダンジョンぽい所には慣れておきたいし。
「……分かりました。そこまで言うのであれば、ぜひお願いしますね」
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そんなわけで下水道へやってきた。
初めて来たけど、思っていたよりずっと広い。大きな水路が延々と続いている。
私は今、その水路の端にある通路を歩いている。
臭いはするにはするが、そんな激烈な悪臭がするわけではない。
ただゴミとかをけっこう見かける。
町の人の仕業だろうか。ダメだよ、下水道に物を流しちゃ。
通路は多少暗いけど、ランタンの明かりで十分見通せる。
ん? 魔法で光の玉を作ったりとかしないのかって?
確かにMP的には余裕があるけど、そうしてしまうと攻撃に魔法が使えなくなる。
私、まだ二つ以上の魔法を同時に制御出来ないんだよね。
早いとこ使えるようにならないと、この先同じような不便に遭いそう。
そんなことを考えていると、ジャイアントバットの群れを見つけた。
光に反応したバットたちが、一斉にこちらへ飛びかかって来る。
私は即座にウィンドブラストの魔法を唱えた。
カッターとは違って広範囲の突風だ。急に気流が乱されたことで、バットたちはわちゃわちゃして態勢を崩し、何匹かが墜落する。
私は飛び続けている方にもう一回ブラストを叩きつけて、こちらに近づけないようにする。
今度は何匹かが壁にぶつかってぺしゃんこになった。
そのまま私は、最初に落っこちた方にもトドメを刺し、魔石を回収した。
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さて、残るはラットの方だ。
こう広いと巣を見つけるのは時間がかかりそうだ。
あんまり暗くも臭くもないとはいえ、こんな中をずっとさまよい続ける仕事となると、確かに人気がないのもうなずける。
もしダンジョンを攻略するとなったら、今よりさらに大変なんだろうなあ。
ま、こんなこともあろうかとちょっと用意はしてある。
ラットをおびき出すためのエサを買っておいたのだ。
メニューはもちろんチーズ……だけではない。
ネズミはあれで雑食だからわりと何でも食べる。パンや肉でも問題ない。
なんかセッケンまで食うって聞いたけど本当かな?
ついでに自分用のおやつも準備しようかと思ったけど、さすがに下水道の中で食べる気はしないのであきらめた。
そういうわけで、怪しそうな穴を探しつつ、エサを置いていく。
これもゴミ放棄じゃないかって? 後で回収するからセーフ。
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エサを配置しながらうろうろしていると、ようやく一匹のラットを発見した。
けっこう時間がかかったね。といっても、問題はここからだ。
エサを持って逃げだすラットの後を、私は全速力で追いかける。
ここでこいつを倒してしまっては苦労が水の泡だ。何せ仲間も含めて一網打尽にしなければならない。
だから巣穴までこいつに案内してもらわなければ。
よーし、頑張れ私の両足。間違っても乳酸に屈するんじゃないぞ。
ラットの動きは巨大化してもとにかく速く、追いかけっこは熾烈を極めたが、とりあえず巣の場所までたどり着いた。
壁に大きな穴が開いている。ジャイアントラットの体格に合わせた穴だから、人間でも通り抜けられそうだ。
でもまあ、あれだね。私がこの中にのこのこ入っていく理由はない。
はい、じゃあ炎魔法を流し込みましょう。
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たっぷり火を送った後、私は風魔法で壁を壊して穴を拡げた。
おおう。地獄絵図。こんがり焼かれたラットや、あるいは空気が無くて死んだらしいラットが転がっている。
念のため天井も見上げてみるが、まだびっしりラットが残っていました、なんて展開はなかった。
私はホクホク顔で魔石を回収する。
うーん、しかしあれだな。私は魔法でどうにかできるから楽だったけど、これ普通に剣士とかで一匹一匹相手してるとだいぶヤバイよね?
それに正直、巣を一個潰したとはいえ、ラットはもちろん、バットも全滅している気がしない。
一応依頼としては達成できているからいいけど、なかなか考えさせられる案件だ。
ま、細かいことはこれ以上私が悩んでも仕方ない。さっさと帰ろう。
……あれ? 出口どっちだ?
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地上に戻るとすっかり夜になっていた。
自分で置いたエサの痕跡を発見できなかったら今日中に出て来られなかったかもしれない。危なかった。
ギルドに行くと、受付さんも大層心配してくれた。
いやあ、迷惑かけちゃったな。受付さんにはお世話になりっぱなしだ。
本格的に、お礼とか考えておかなくちゃ。
今回の報酬は銅貨四百枚。ラットの巣穴をひとつ潰したということで、三百より少し上乗せされた。
そういえばあの巣穴の壁、壊しちゃったからそれも伝えた方がいいな。あのままじゃまた何が住み着くか分かったものじゃないし。
受付さんへ告げると、依頼で出しておきましょう、とのこと。
町の大工さんが修理に向かうから、その護衛をするという内容で掲示板に用紙が貼られた。
人が来るといいなあ。
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宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。
報酬は多くなかったから、贅沢はやめておいた。でもデザートは付けた。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。