冒険二十四日目前編 辿り着けた場所
気が付くと真っ白な空間にいた。
見渡す限り、まばゆいばかりの純白で、それ以外には何もない。
動く者はおらず、音は静寂に支配され、ただ不思議と安らぎだけが満ちている。
何度も見たはずの光景。けれど、ああ、辿り着いてしまった。ここが終着だ。
「時間だ。お前の魂を繋ぎ止める物は解放された」
何もいない空間から、声が届く。
私はひとつ大きくため息を吐いた後――その場で拳の素振りを始める。
「……何をしている?」
いやほら。本格的に来たら一回ぶん殴るって言ったじゃない。
「それで姿を現すと思うのか? お前の言動はどこまで本気なのか分からんな」
失敬な。いつも割とだいたい本気だよ。
「曖昧な答えだ。結果としてお前は、自分が生きようとする意志さえ誤魔化した。ほんのわずかな間、何を夢見ることさえ許されたはずの旅の果てがこんな物で、お前は本当に満足だったのか?」
しつこいな。いいんだって。私は納得しているんだもの。
これで終わりなんだから、どこへなりとも――どこへ連れて行くんだか知らないけど、早くしろ。
「そうか。ではさっさと帰れ」
声が言うと同時に、空間に穴が広がる。
そこには先ほどまで私が見ていた光景、つまりは宿の一室が映っていた。
……へ?
「何を呆けている。同じことを二度言わせるな。早くしろ」
え、いやいやいや。何? どういうこと?
私、死んだんでしょ? これから天国や地獄に行くとか、もしくは消滅するとか、そういう展開じゃないの?
「ほう。そういう場所の方がいいのか」
嘘です、やっぱ今のなしで。
……いや、でも何で?
「察しろという方が酷か。簡単だ。お前は別に死んでいない」
は? なんだって?
「黒晶石の補助がある間、お前は類稀な才能の魔法使いとして偽装できた。だが黒晶石が砕けた今、その機能も無くなり、お前はただの人間へ成り下がった。つまり期限が来たことにより、冒険者としてのフィーという存在は終わる、終わったのだ」
私は、声の説明を聞いてしばらくの間、完全に言葉を失った。
……はああああ!? なんじゃそりゃ!?
じゃあ何? 生きているってこと?
「そうだ」
ちょっと待ってよ! だって体動かなくなったり、味を感じなくなったりしてたんだけど!
あれは何だったのよ!
「黒晶石が体内で砕けた反動だ。なにせお前の魂と密着していたわけだからな。耐性があるとはいえ、完全に消え去るまで精神異常は起きる。要は錯覚だ」
錯覚……あれが?
「時間が経てば黒晶石も融けて消えて、元に戻る。お前がのたうち回っていたのは、ただの無駄騒ぎだったわけだ」
うごごごご……ぐわああああ!
「どうした。言語を失って。獣にでも退化したくなったのか」
あるか、そんな事態! 急に言われても頭がついていくかあ!
実は生きていたって何だよ! 思い出作りっぽくマシロまで戻ってきたのは何だったんだ! 徒労か!
「そうだな。あれは見ていてなかなか愉快だったぞ」
いっそ殺せ! いや、私がお前を殺す!
「実現不可能なことを口にするものではない」
知ってるから余計に腹立つんだよ!
あああ、くそう。せめてここにひとつくらい爪痕を刻んでやる。
よし、ゲロだ。ゲロをぶちまけよう。
「やめんか。急に尊厳を捨てるのをためらわなくなるな」
誰のせいだよ。
はあ、もう。生きててよかったね私。でも全然うれしさが湧かないよ、ちくしょう。
「仮にもっと前から分かっていたところで同じこと、素直に喜べはすまい。今のお前には魔法も使えないし、他の職業の才もない。冒険者としてのお前は死んだのだ」
へー、そうなんだ。
「真面目に聞いているのか? お前はもう二度と冒険は出来ない」
分かった分かった。覚えておくよ。
じゃあ、私は帰るから。どうもありがとう。
「……何故礼を言う?」
何でって……どっちにしろ、私が地下から目を覚まして動けるようになったのはあなたのおかげなんでしょ?
だったら感謝くらいするよ。
まあ、本当は拳で礼を入れたいけど無理だし。
「……かつてお前を生み出した外法士は、この世すべての理を解き明かさんとしていた」
唐突に調子を変えて声が語る。
「そのために様々な実験へと手を染めた。異形同士の合成、人間の改造、悪魔の降誕、夢想領域の形成と魂の隔離、果ては神の解剖に至るまで……その者は己が好奇心を満たすため、ただそれだけのために真理の扉を開き続けた」
声は淡々と告げる。私へ聞かせるように。
「やがて外法士は、己自身がひとつの理として君臨し――そして罰を受けた」
罰?
「理になった者はただ役目を果たす。そこに理由や意味は介在しない。そう在るべきだから、そうする」
ルールに囚われてるってこと?
「そうだ。そこから決して逃れられなくなった。もはや外法士は、かつて自分が生きた世界を変転させ続けるためだけに存在する」
声が途切れる。
これが誰の話であるかは、聞くまでもなかった。
そして何故、私へ向けられているのかも、分かりきった話だった。
私は声へ何か言おうとし――それを遮るように穴へと引っ張られる。
「では疾く戻れ、娘よ。私は私の愚かさでここに至った。お前はお前の愚かさで作る道を行くがいい」
ちょ、ちょっと待て、まだ聞きたいこと――
「この会話は目が覚めたら忘れてしまう。覚えておく必要はない。さらば」




