冒険二十三日目後編 私の意味
残っている時間は少ない。
今さらあがいてどうにかなるものでもない。
私はカスミちゃんとシノブくんを呼び、あることを告げる。
「今からマシロへ?」
そうそう。戻ろうと思って。
私が冒険者になった町なわけだし、選べるんならそこがいい。
「勝手に終わりみたいなこと言うなよ!」
シノブくんが反論するが、私は静かに首を振った。
諦めないことは大事だし、二人が、方法が残っていないか探してくれるのは嬉しく思う。
けれど今回の場合は違う。
私は自分で自分を助ける気がない。これでいいと思っている。思えてしまっている。
だからもう、二人がわざわざ駆けずり回る必要はない。
なんなら、終わりを見届けて余計な悲しみを背負うような真似もしなくていい。
これでお終いでいいのだ。
「そんなわけ――」
「アキハラくん。ちょっと黙っててください」
なおも食い下がろうとするシノブくんへ、珍しくカスミちゃんがぴしゃりと言い放った。
圧倒するようなその雰囲気にあてられ、シノブくんは押し黙る。
「……フィーさん。いいんですね?」
カスミちゃんが問いかけてくる。表情は真剣で、普段の気弱さなど感じさせない凛とした目でこちらを見据えてきた。
うん。それでいい。
私はゆっくりとうなずいてみせた。
「……分かりました。アサグロとマシロの間には緊急用の転送ゲートがあるそうなので、使わせてもらえないか聞いてみます」
ありがとう、カスミちゃん。
にしても、ゲートか。そんなのあったのね。便利だな。
「今回の事態だと緊急性が低くて使われなかったみたいですね」
ふーん。でもそれ、大丈夫? 私に対しても使わせてもらえはしないんじゃ。
「ゴリ押しします。終末患者同然なんですから、みっともなく人情に訴えようが、何しようが、わがままを通させてもらいます」
わあ、えぐいこと言ってる。たくましくなったなあ、カスミちゃん。
「そうですね。……アキハラくん、行きましょう」
「え、ああ……」
言われてシノブくんは、カスミちゃんに連れられて部屋を出て行く。
……ひどいこと言っているよな、私。
カスミちゃんは、じっと耐えるように笑顔を浮かべていた。部屋を出る時も、手が小刻みに震えているのを、私は見逃さなかった。
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わがままは意外なほどあっさり通った。
一応、事後調査が続いているため、カスミちゃんとシノブくんは事が済んだら戻ってくるようにと言いつけられ、アサグロのギルド職員がひとりついてくることとなった。
私たちは、転送ゲートをくぐってマシロへと到着する。
「どこへ行きますか?」
カスミちゃんに尋ねられる。
そうだなあ。まずはヴェインさんに挨拶しておこう。やってほしいこともあるし。
「分かりました。行きましょう」
カスミちゃんは私と手を繋いで道を歩く。
その後ろからシノブくんが、さらに続いてギルド職員の人がついてくる。
ほどなくして例の看板、『“丸こげ”ヴェインの工房』の文字が目に飛び込む。
ひょっとしたら不在かもしれないが、伝言だけでも頼めるだろうし、遠慮せず工房へと入る。
「おおっ!? 嬢ちゃんたちか! 今日はどうした!」
相も変わらず熱のこもった大声でヴェインさんが出迎えてくれた。
えーと、ちょっと話したいことと装備の相談があって。
「おう、いいぞ! ちょっと待っとけ! おーい、奥へ通してやれ!」
ヴェインさんの一声で、職人のひとりがいつもの応接室へ通してくれる。
お茶を入れてもらって一息ついていると、ヴェインさんが遅れて部屋へ入ってきた。
私は、詳しいことは省略して、もう冒険が出来なくなることをヴェインさんへ告げた。
「何だ、引退するのか?」
まー、そんな感じ。
それで、装備がもったいないからカスミちゃんとシノブくんに譲ろうと思って。
「なーるほど。よっしゃ任せとけ。最高のモンに仕上げてやるからよ!」
よろしくお願いします。
ヴェインさんならマジで二人のための装備に変えてくれるだろうし。
「へっへ、おだてても何も出ねえぞ!」
豪快に笑いながらヴェインさんは私の装備を受け取る。
採寸や転用のための素材の相談を細かく決めてから、私たちは工房を後にする。
「……よかったのか? 一個くらい、何か持っておかなくて」
外に出てからシノブくんが尋ねてきた。
いいんだよ。そういうのは私の手元に残さなくていい。
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続いて『清流亭』へ向かう。
七日目に受付さんとお茶をした雑貨店だ。
ここのメニュー、そういえばまだ制覇していない。
奥の喫茶スペースへと入り、みんなで色んなお茶を飲み比べする。
「こんなに甘い香りのするお茶もあるんですね……」
「……うぐ、こっちはちょっと、香りがきつい」
えー、そうかなあ。下水道に入った時の匂いと割と似てるけど。
「ほめてないだろ、それ」
カスミちゃん、ちょっとそっちとブレンドさせてー。
「はい、どうぞ」
はしゃぎながら、私は受付さんと交わした会話を思い返す。
マシロには冒険者が多くなく、また必要もあまりないと教えられた。
そんな町で私は、冒険をし、仲間を増やし、誰かを助け、また誰かに助けられてきた。
私は果たして、立派にやり遂げられたのだろうか。
好き勝手、楽しむことは出来たと思うけど、何か残すことの出来るものがったのかどうかは、よく分からなかった。
私たちは、ひと通りお茶を堪能したところで店を後にし。
パキッ――
あ。
意識が遠のく。どこか深い所へ持って行かれそうになる。
「……フィーさんっ。フィーさん、しっかり!」
ふらついた私をカスミちゃんが横から支えている。
その呼び声で、何とかまだ残っている。
「どこかで休んだ方が」
シノブくんもカスミちゃんと反対側から私に肩を貸している。
だけど私は、その言葉には首を振った。
「でもっ」
まだ時間があるから、見て行かなきゃ。
「……今度はどこへ?」
――冒険の始まる場所と、終わる場所。
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マシロのギルドへたどり着く。
既に時刻は夜だけど、冒険者が帰ってくるのは日のある内とは決まっていない。だからこんな時間帯でも開いている。
ギルドの中を見て、思いを馳せる。
初めてここへ来た時のこと。受付さんに色んな手助けをしてもらったこと。魔法使いの冒険者になったこと。
依頼書の張り出された掲示板をなでる。
まだ引き受けたことのない仕事も、いつものように見かけるスライム退治や薬草拾いなども、みんな一緒くたに載っている。
人からすれば起伏のない冒険だったかもしれない。
だけど私にとっては、どれもそこにいるだけで楽しい出来事だった。
パキッ――
「フィーさ」
……うん、あとちょっと。もうちょっとだけ。
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宿へ戻ってきた。いつも私が冒険を閉じる場所。
食堂で座ると立ち上がれなくなりそうだったので、私は無理を言って、部屋へデザートを持ってきてもらうように頼んだ。
いやあ、やっぱり一日の終わりはこれでないとね。時間もないし、早速いただこう。
「……本当はあんまり急いで食べちゃダメですよ?」
カスミちゃんがたしなめるように言ってくる。
分かってる、分かってる。私もお行儀よく食べる方が本来のスタイルだよ。
そう返して、私はスプーンを口に運ぶ。
…………。
「フィーさん?」
「どうしたんだ?」
……いやあ、やっぱりデザートはいいね。元気が出るよ。
二人へわざとらしく大声で言いながら、私は味のしないデザートをひたすら食べていった。
胸の中で、さっきからやかましいほどに何かが壊れる音が響いている。
失われていっている。私の中から、私の機能が。
途中から腕も持ち上がらなくなり、カスミちゃんが代わってスプーンを動かしてくれた。
何の甘さもないデザートを口に含むことは苦痛だったが、それでも無理矢理飲み込んでいく。
ここで楽しくない素振りなど、意地でもしてやるものか。二人に、そんな終わり方を見せてやるものか。
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ベッドで仰向けになる。体も、もう動かない。
そばで二人が囁いている気がする。
いや、本当はもっとはっきりしゃべっているのかもしれない。だけど私の耳にはもう届かない。
パキンッ――
胸の中で、ひときわ大きく音が響いた。
私の魂を保護する物は完全に砕け、消え失せた。
一日が終わる。冒険が終わる。
私の存在は、誰に何を遺せただろう。
きっとそれは、私の決めることではないし、知ることも叶わない。
終わりの先をこれからも生きていくみんなへ何もかも委ね、私は静かに眠りについた。




