冒険二十二日目後編 一緒の強さ
フィーたちが古城でマサカゲと対決していた頃。
ミカゲ=コトハは、協力者たちと共にアサグロを脱出し、遠く離れた街道を、馬車で進んでいた。
「あーあ、もったいない。せっかくあれだけ黒晶石を渡してもらったのに、結局使い捨てにしか出来なかったし」
ミカゲは同席している商人たちをじろりと睨む。
「ねえ、聞いてる? イチジョウさん? あんたたちの娘や兄弟のせいで、せっかくちょっとずつ流通に乗せようと思ったのに、台無しになっちゃったんだけど」
ミカゲがあてこするように言っている相手は、カスミの両親、イチジョウ家の商人だ。
黒晶石は元々、ミカゲとマサカゲが知り合った魔法使いから入手した物で、イチジョウたちにはその販路を裏で作ってもらっていた。
しかし、マシロにいた彼らの兄弟――カスミを両親に代わって面倒を見ていた商人たちが、実家でよくないことが起きていると察して、アサグロ・マシロの両方に古城調査の依頼を出した。
その後は黒晶石が危険な物だという情報がマシロの方から入り、結果としてアサグロに行き渡らせるといる目論見は崩れた。
「それは我々の責任が及ぶところではないっ。だいたい黒晶石を見つけられたのはそっちだろう」
「あれはマサカゲの奴が、黒晶石は自分だけが使う、とか馬鹿なこと言い出したせいよ。狂暴なモンスターを黒晶石で作る、それに対抗するために黒晶石を売る、っていう形にするはずだったのに」
「ならば我々ではなく、そちらのせいではないかっ」
「はあ? マサカゲの責任でしょ。私には関係ない。しかもあなたたちだって黒晶石の商売にノリノリで飛びついたじゃない。身内のことといい、失敗ばかりしてる商人が私に責任があるなんて言わないでよ」
ミカゲが冷たく告げると、イチジョウは堪忍しきれなくなったのか、理屈抜きにひたすら罵声を上げ始めた。不毛な責任のなすり合いだった。
ミカゲは完全に聞き流しながら、別の場所でまた黒晶石を行き渡らせることを考えた。
ミカゲには、マサカゲのように分かりやすい場所で君臨する気など毛頭ない。
皆が皆、眼の色を変えて黒晶石に飛びつくようになる流れを作り、それを支配しているのが自分だという優越感が欲しいだけだ。
対象が黒晶石であったのは、これが危険な代物だからこそ、自分には取り扱える、という点が彼女の自尊心を満たしてくれるからだった。
ミカゲが思索にふけっていると、唐突に馬車が動きを止めた。
「どうしたの?」
不審に思ったミカゲが御者へ声をかける。すると、御者の体はぐらりと傾いで倒れてしまった。
「な、何……ひっ」
御者をのぞき込んだミカゲは小さく悲鳴を上げる。御者は口から血と泡を吐きながら絶命していた。
不可解な死に、イチジョウたちも瞠目する。
「何だ、追手か!? どこにいる!」
叫ぶイチジョウを尻目に、ミカゲは後ずさり、馬車の後方から逃げ出そうとする。
そこへ、微かな魔力の気配。
馬車の真後ろに、ミカゲには見覚えのある相手が立っていた。
黒晶石を渡してきた謎の魔法使いだ。
「どうしてここに――」
問い質そうとするより先に、相手が魔法を唱える。
呪殺の魔法――ただしフィーとは違い、人間の殺害に特化した系統である。
死が間近に迫る。その恐怖と冷たさに、ミカゲは声さえ上げられず立ち竦む。
だが魔法は、術者の横から突如として飛んできた光弾によって中断された。
魔法使いは光弾の飛んできた方を見やる。そこには占い師のヨミが、ぜいぜいと息を切らしながら立っていた。
「やれやれ、本当はここまで来るつもりはなかったんじゃが。さすがに放置するのは寝覚めが悪いんでのう」
魔法使いは、構えるヨミと馬車の方とを交互に見て、このまま始末を続けるか思案する。
「アサグロとマシロから冒険者たちも追ってきておる。だいぶ腕に覚えがあるようじゃが、戦えば手がかりを残さず逃走というわけにもいくまい。お主にとって、それは得策かのう?」
ヨミは分かりやすいハッタリを利かせ、魔法使いが退くように仕向ける。
魔法使いにとっては、目の前の占い師も冒険者たちもさしたる脅威ではないが、些末事にこれ以上時間を割くつもりもなかった。
転移の魔法を使って、魔法使いはあっという間にその場から消え失せた。
「……ふう。全く寿命が縮んだわい。今の一発だけですっからかんじゃぞ」
ヨミがぼやくと同時に、ミカゲたちが一斉に気絶し、倒れ込む。死の魔力にあてられたことと、その恐怖から解放された反動が来たのだろう。
ヨミはミカゲの元に近寄り、その身を助け起こす。
「まだまだ問題が長引きそうじゃのう」
難しい顔で呟きながら、ヨミは冒険者たちが救援に来るのを待った。
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私たちがアサグロへ戻り、マサカゲくんをギルドへ引き渡していると、冒険者の人たちがたくさんやってきた。
どうやら彼らは、ミカゲちゃんたちを捕まえて帰ってきたらしい。ちょうど鉢合わせをしたようだ。
連れて行かれるマサカゲくんとミカゲちゃんを、カスミちゃんとシノブくんが複雑な表情で見送っている。特にカスミちゃんは深刻だった。
捕まられた一味の中に、カスミちゃんの両親が混じっていた。転生者とはいえ、この世界では実の親が悪事に加担していたと知らされては、心の傷は深いに違いない。
私は、カスミちゃんへ大丈夫かと尋ねる。正直、何と慰めればいいのか分からない。
「大丈夫ですよ」
カスミちゃんは、ちょっぴり悲しそうではあったが、それでも笑顔で答えてみせた。
シノブくんの方は大丈夫?
「……僕だって平気だ。マサカゲの言葉を借りるんなら、あいつらが弱くて負けたのが悪いんだ。自業自得だよ」
そっか。まあ、私はあの二人と深い付き合いがあるわけじゃないから気の利いたことは言えないけど。シノブくんもカスミちゃんも元気出してね。
「うん……ありがとう」
「ありがとうございます、フィーさん」
うん。それじゃ、そろそろマシロへ帰ろう――
そう言いだそうとして、私はまた一気に視界がぼやけ、足元がふらつく。
「フィー?」
「フィーさん!?」
二人の声が届く。しかしそれでも意識を繋ぎ止められず、私の自我は深い闇の底へと沈んでいった。




