冒険二十日目 マサカゲ=スズナリ
気が付くと真っ白な空間にいた。
見渡す限り、まばゆいばかりの純白で、それ以外には何もない。
動く者はおらず、音は静寂に支配され、ただ不思議と安らぎだけが満ちている。
「次は何を問う?」
何もいない空間から、声が届いた。
覚えのない声であることに、私はもはや違和感さえ抱かない。
私はどうして今になって起きたりしたの?
地下にいたというのに、一体何がきっかけになったの?
「転生者だ。お前の体に、生まれ変わった魂が入り込んだ。きっかけはそれだ」
転生者? いや、でも私は違うって話じゃ。
「そうだ。お前は違う。本来、転生者が入り込めば元の宿主の魂は上書きされ、消滅する。だがお前は、そうはならなかった。魂が黒晶石という別のケースに保管されていたからだ」
えーっと……つまり?
「お前はたまたま消滅から逃れ、お前の体に入った転生者が、体を動かし目覚めたのだ」
うわあ。なんつーレアな事態だよ。
「全くだ。おかげでその転生者は何ひとつ知ることなく終わったわけだが」
終わったって……その人はどうなったの?
「死んだ。さすがに地の底から地上まで這い上がるのは、宿主の記憶も経験も食えなかった転生者には厳しかろう」
ひどい。というかそれ、あなたが原因じゃないの。
「確かにそうだが、転生先はランダムだからな。稀にこういう事故も起きる。一度は閉じた人生に、再び生きるチャンスが訪れた。それだけでも幸運と思ってもらいたい」
責任取る気がまるでない発言だな。邪悪すぎる。
「言ったろう? 俺に決まった形はないと。善に見えるか、悪に映るかはお前たちの視点次第だ」
私には悪にしか思えん。
「そうか。だがお前を動けるようにしてやったのは俺だ」
ん、え。転生者の人が動かしたんじゃないの?
「目が覚めた原因はそうだ。だが休眠したお前の魂が動くきっかけにはならん。転生者が早々に死んだ原因を探った結果が、このありさまだったからな。期限付きではあるが、動かしてやったわけだ。お前の『冒険がしたい』という願いに添って」
ありがたいような、そうでないような。
どうせなら転生した人を生き返すっていう考えはなかったの?
「ほう。なら、今からでもお前の魂に上書きをしてやろうか」
断る。……やっぱり善では絶対ない。
「なんとまあひどい言い草だな」
声は、微塵も実感のこもってなさそうな声色で言った。
……正直、けっこうどうでもいい話だって思えて来たよ。
「そうか?」
うん。いや、私の元に転生した人は、そりゃ不憫だと思うけど。
私の今やっていることにはあんまり関係ないなーと。
せいぜい黒晶石をどうするかくらいで。
「そうか。そうだろうな」
まー、単に私が冷めてるだけかも。
だって他のことより『冒険がしたい』ことが大事なんだし。
「かもしれんな」
否定する気遣いとかないのか、この神みたいな邪悪。
「それを望んでいるわけでもあるまい。では、この会話は目が覚めたら忘れてしまうから、しっかりと覚えておけ」
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冒険者になって二十日目。私たちは珍しくギルドに呼び出された。
「マシロの近辺に、モンスターが流入しているようです。これの掃討をお願いします」
受付さんが真剣な表情で告げてきた。
モンスターの流入、ってことはどっかからマシロへやってきてるって話?
「はい。……おそらくアサグロ方面からではないかと」
「……あの、もしかしてそれって」
「…………」
カスミちゃんとシノブくんが目の色を変える。
二人とも黒晶石が関わっているのではないかと考えているのだろう。
「まだ単なるモンスターの大移動というだけかもしれません。倒した痕跡の調査も含め、迅速に向かってください」
受付さんはあくまで決めつけはせずに告げる。
まあ、行ってみれば分かるだろうしねえ。
さっさと行って、ぱぱっとやっちゃおう。
「……そうだな。本当に黒晶石だったら、なおさらほっとくわけにはいかないし」
「は、はい。気を付けていきましょうね」
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さて、私たちはモンスターが集まっている場所へと辿り着いた。
古城方面とも重なる道に、妙に気合の漲ったモンスターたちが多数闊歩している。
マシロにいる他の冒険者の姿もちらほらある。
ただモンスターの数も手ごわさも上なせいで、思い切り押されている。
「た、助けてくれえ!」
「い、今行きます!」
怪我人が見えたのか、カスミちゃんが恐れ知らずに突っ込んでいく。
「一人で行くな!」
叱り飛ばしながらシノブくんが並走する。
私も、クレイくんを引き連れて戦線へと加わる。
怪我をした冒険者はカスミちゃんに任せて下がらせ、私はまず先制のファイアボルトをモンスターの前線へと打ち込む。
火球が炸裂し、豪炎が立ち昇る。前面へ出ていたモンスターの何体かが焼き尽くされた。
すぐさまシノブくんが、崩れたその戦端へ飛び込む。真正面から、オーガやコボルトといった、マシロではほとんど見ることのないモンスターを相手取る。
シノブくんの槍は危なげなくモンスターを捌き、一匹一匹を確実に仕留めていく。それでも数が多く、時折掻い潜ってこようとする。
私はクレイくんと魔法を駆使して幾度もそのカバーに入る。
うんうん。数は多いけどいけるいける。
カスミちゃんの治癒を受けて、他の冒険者たちも持ち直している。
時間はかかりそうだけどこのまま押し返せそうだ。
そう思ったのもつかの間だった。
突然、爆発のような轟音と衝撃がモンスターの後方から発生し、ひとりの人物が現れた。
「じゃーん」
出てきたのはマサカゲくんだった。
彼の周りは、モンスターが盛大に吹き飛ばされており、他に立つ者は誰もいない。
「マサカゲ、何でお前ここに……」
シノブくんが驚いた様子でマサカゲくんを見る。
「何だ、アキハラ。お前、生きてたの?」
マサカゲくんも意外そうな顔でシノブくんへ視線を返す。
「生きてたのって……お前」
「お前、こっちの邪魔したらしいじゃん。だからミカゲの奴がどうにかするっつってたけど」
そう言って、マサカゲくんは私とカスミちゃんの方を見る。
「あ、そうか。お前、そのブスどもに助けられたのか。あははは! 傑作だ! イチジョウと一緒か! ネクラ同士気が合うじゃん!」
「……っ、マサカゲお前、僕は違うって信じてたのに!」
シノブくんはマサカゲくんの言葉に怒り、彼へ向けて突進する。
しかし、突き出された槍はマサカゲくんの剣にあっさり受け止められた。
「何で怒ってんの? 使えない奴とか弱い奴を置いてくのなんて当たり前じゃん。ゲームでやるだろ」
「だからって……!」
「ふ、二人とも、それよりモンスターが――!」
カスミちゃんが叫んだ。争うシノブくんとマサカゲくんの元へモンスターたちが襲い掛かってくる。
私は魔法を唱えて援護しようとする。だがその前に、マサカゲくんが剣を振り上げ、大地に向けて一気に打ち下ろした。
再び爆発と衝撃が巻き起こる。シノブくんがモンスター諸共吹き飛ばされた。
「あはははは! すげーな、これ!」
マサカゲくんは歓喜の声を上げている。
こっちはそれどころではない。幸い、シノブくんは生きており、飛ばされたのも私たちの方だったので、すぐにカスミちゃんが駆けつけて治療を試みる。だが酷い怪我には変わりない。
私はマサカゲくんの方へ向き直る。
彼の持つ剣は、異様な黒い輝きを放っているのが見て取れた。
その光を見て、私は無意識に自分の左胸に手を当てていた。
まさか、黒晶石?
「何でお前が知ってんの? まあいいや。びっくりしただろ。超つえーもんな、これ」
マサカゲくんは楽しそうに笑っている。
一体何で、それをマサカゲくんが使っているのか。
「見つけたら使うだろ。アイテムなんだから」
返答は至極単純だった。
それは多分、正しいに違いない。だけど。
「アキハラくん、しっかりしてください!」
背後でカスミちゃんがシノブくんへ賢明に治療を続けている。
いくら正しくとも、私には理解できない。
どうして笑いながら他人を殴れるのか。
どうして自分以外の誰かを、そんな簡単に捨て置けるのか。
マサカゲくんは私たちを放置して、モンスターの討伐へと移っている。
こちらのことは全く顧みていない。
どうしたものだろう。
そう自問するが、答えは既に出ている。
事情はいくらでもあるのだ。私たちが黒晶石を見つけたこととか、アサグロが黒晶石を利用しようとしていることとか、シノブくんが命を狙われたこととか。
マサカゲくんが、カスミちゃんやシノブくんを弱い奴、いらない仲間だと認識していることとか。
そういったことを全部含めて――私は、この状況がちょっと頭にきた。
壊滅寸前までモンスターの群れを追い込んでいるマサカゲくんへ向け、私は風魔法を打ち込んだ。
「ぶっ!?」
突風がマサカゲくんを襲う。だけどその威力は剣の放つ輝きによって遮られた。
「テメエ、何してんだよ、ブス! ザコが邪魔すんなよ!」
実に身勝手な言い草で、マサカゲくんがこちらへ敵意を向けてくる。
何というか、人のことは言えないけれど、単純だ。
とりあえず、謝らせる。あとその剣、置いていってもらう。
「はあ~? お前なんかにこれをやるわけないだろ、クソザコブス――」
言い終える前に、私は魔法を放つ。
氷で足止め、光で視界を封じ、呪いで防御力を下げ、クレイくんに突撃させる。
「ぐえっ!? ふ、ふざけんな、何すんだ!」
マサカゲくんが反撃でクレイくんを斬り裂いた。
黒晶石の抵抗がかなり魔法のダメージを減らしているようだ。半端に撃っても大した成果にならない。
これ以上の上位魔法を、となるとさすがに人に撃つのはためらう。
それに『魔法は下位の物に抑えておけ』って――どこで聞いたんだっけ。
「ああ、うっざい。何で弱い奴っていっつも邪魔してくんだよ! 死ねよ、バーカ!」
マサカゲくんが剣を構える。
まずい。恐らくもう一回さっきの爆発が来る。でも向こうはためらう様子が全くない。
おまけに、剣は倒れたモンスターから何かのエネルギーを集めている。魔力とか瘴気とか、そういうのか。
後退――カスミちゃんたちが後ろにいる。下がったら巻き込む。
私は覚悟を決めて、対抗するための魔力をかき集める。
マサカゲくんが剣を振り下ろした。気色悪さを伴ったエネルギーが、その場の全てを吹き飛ばす勢いで爆散する。
対する私は、光の魔法を闇と反発させて暴走させ、無理矢理に威力を増幅して撃ち出した。
青黒いエネルギーの波と、黒白色の光がぶつかり合い、弾けた。
目も眩む閃光に包まれながら、私とマサカゲくんは、お互いの攻撃に吹き飛ばされた。
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一瞬、意識が飛んでいた気がする。
私は起き上がり、同時にあちこちにできた傷の痛みに顔をしかめる。
どうなったんだ?
疑問を浮かべると同時に、正面の離れた位置でマサカゲくんが起き上がるのが見えた。
「クソッ、何だよ、これは! ふざけんな! 何で楽勝にさせないんだよ! お前……後で絶対ぶっ飛ばしてやる!」
マサカゲくんは恨みのこもった視線で私を睨み付けると、懐から小さな石を取りだして、それを地面へ叩きつける。砕けた石は奇妙な靄のような物を生み出してマサカゲくんを包み、そのまま彼の姿を消し去ってまった。
多分、どこかへ避難するためのアイテムだろう。止める間もなく、剣を置いていくことさえ叶わず、逃げられてしまった。
なんとも煮え切らない形で終わってしまった。
とりあえず、モンスターたちは倒されているからいいのか。
後はこいつらに黒晶石がないかどうかの確認を――
足がふらふらする。景色がぼんやりとしている。
あれ? どうなってるんだ?
「フィーさん!?」
カスミちゃんの声が遠くに聞こえた。
だけど私はそれ以上、自分の意識を保っていられなかった。




