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一日ひと狩り冒険者  作者: kuro
19/28

冒険十九日目 始まりを始める心

 気が付くと真っ白な空間にいた。

 見渡す限り、まばゆいばかりの純白で、それ以外には何もない。

 動く者はおらず、音は静寂に支配され、ただ不思議と安らぎだけが満ちている。


「珍しく深刻そうな顔だな」


 何もいないはずの空間から、声が届いた。

 私にとっては初めて聞く声のはずだが、何故か覚えがある。


 ……聞きたいことがあるんだけど。


「お前が何者なのかか?」


 ……うわあ、見透かされてる。


「わざわざ聞きたがることなどそれくらいしかあるまい。だが質問の本意がずれているぞ。お前が聞きたいのは自己の定義ではなく、何があったかについてだろう」


 声は説教するように告げる。

 まあ、うん。どうしてか私、自分の過去を思い出せないんだけど、何があったの?


「一言で表すには複雑だ。まず、お前の体についてだが。素体は人間だが本質的には外れている」


 ……はい? 何だって? 人間じゃない?


外法(げほう)の魔法使いが数百年前に、黒晶石を利用して作り上げた存在だ。いわば人工的なモンスターだな」


 ○×△&%#*!!!???


「バグるな。落ち着け」


 無茶言うな。いきなりぶっ込まれた事実が重すぎる。

 は? え? なんじゃあそりゃあ。


「話を続けるぞ。細かいところはすっ飛ばすが、お前は一種の休眠状態に(おちい)って人目に付かない地下で眠っていた。それが今になって目が覚めた。過去を思い出せないのは、お前が眠りすぎて忘れたからだ」


 は、ほ、うーん。

 えーと……全然理解が追い付かないけど、ひとつだけ。

 私、おばあちゃんだった?


「人間の年齢で換算するならそうだろう」


 にゅおええー。

 ……私、何なんだ、本当に。

 モンスター? 黒晶石で作られた?

 いや、急に言われても全然受け止められない。


「悩むほどのことでもあるまい。その事実が分かったからと言って、お前は自己の定義を曲げるのか? 名前も生き方も目的もあるのに?」


 さすがに少しくらい悩ませてくれたっていいじゃん。


「そんな時間があると思うなら好きなだけ苦悩しろ。止めはせん。期限は否応なしに迫るだけだ」


 くそう。難題を言いやがって。

 ……もしかして私が止まりかけているのって、私の中の黒晶石が限界だってこと?


「そうなる。俺が期限まで動くようにはしてやったが、その前に止まる可能性もある。せいぜい気を付けろ」


 そう言われても、何をどう気を付けろっていうんだか。


 えーい、まあいいや。

 自分の問題も気になるけど、私は冒険をするんじゃい。


「それでいい。この会話は目が覚めたら忘れてしまうから、しっかりと覚えておけ」


▼▼▼▼▼▼▼▼


 冒険者になって十九日目。

 今日は工房で直接待ち合わせである。

 先に来ていたカスミちゃんたちと、いつものように挨拶を交わす。

 装備を整えるのは私とカスミちゃんだけだが、シノブくんも誘っておいた。


「何で僕まで」


 まあ、いいじゃないか。今はパーティーなんだし。

 何ならシノブくんも装備作ってもらったら?


「アサグロよりいい装備がマシロに出回っているわけないだろ」


 もっともな意見で。でもまるきり使えないかどうかは、見てからでもいいんじゃない?

 とりあえず入ろう。ヴェインさんも待ちくたびれてそうだし。


「楽しみですね」


 カスミちゃんは新しい装備がもらえることにワクワクしている。

 シノブくんもそれ以上空気を壊すような発言はせず、渋々ではあるが私たちについていく。


「おおっ、来たか、嬢ちゃんたち!」


 ヴェインさんは相変わらずの大声で私たちを歓迎する。


「ようやく完成したからな! 早速お披露目(ひろめ)と行こう!」


 よほど満足いく出来だったのか、ヴェインさんはかなり上機嫌である。

 私としては普通に用意してもらうだけのつもりだったのだが、そこまで打ち込んで作ってもらったとなると、さすがに期待が増してしまう。


 私たちは以前と同じように奥の部屋へ通してもらい、そこにヴェインさんのお弟子さんが装備を運んでくる。


「フィーの嬢ちゃんには、ボスリザードを中心に、ウチにあった素材をぶっ込んで作ったベストだ。生地が余ったんで上下一式とマントも付けてやったぞ」


 ヴェインさんが、(つや)やかな黒い衣装を差し示して語る。


「軽くて破れにくい。だけどよく伸びる。刃はもちろん、火や氷もそこそこ弾く。雷は無理だが」


 おお、色々性能が詰まってますねえ。

 でも可愛いという要望はどこへ。


「ええい、いいから、とっとと着てみろ。肌触りもいいから驚くぞ」


 んじゃ、遠慮なく。もちろん、ちゃんと仕切りの向こうでね。

 私は衣装を身に付け、女の職人さんに細かいサイズ調整をしてもらう。

 言われた通り着心地のいい生地で、何度も服の表面をなでてしまう。

 仕上がったところで、鏡を使って自分の姿を確認する。

 いかにも魔女っぽい()で立ちで、我ながらけっこう(さま)になっていた。

 いいじゃない、格好いい。


「カスミの嬢ちゃんにはこっちの杖だ。運よくウィル・オー・ウィスプの結晶が手に入ったからな。組み込んでやったぞ。治癒士にはもってこいの魔杖になっただろう。ガハハ!」


「あ、ありがとうございますっ」


 ヴェインさんがカスミちゃんへ杖の説明をしている。

 私の衣装とは対照的に、白い色をした杖である。反応を見る限り、こちらもいい装備のようだ。


「……この工房、採算取れてるの?」


 シノブくんが誰ともなく尋ねる。

 確かに、今着ているベストにしろ、カスミちゃんの杖にしろ、元を取ることは度外視していそうな雰囲気だ。


「なあに、細けえこたあ気にすんな! どうだ、ボウズ! お前のも見繕ってやろうか!」


「……いや、いいよ。まあ、その。いい工房だと思うから、今の装備を使い潰した時に頼むよ」


 感心と申し訳なさの混じった様子でシノブくんは答える。工房に入る前と意見が変わったんだろうなあ。


 よし、せっかくだから、このまま装備の性能を確かめに行こう。


「確かめにって、この辺のモンスターは弱いからあんまり意味ないと思うんだけど」


 そういう空気を読まないことは言わない。カスミちゃんの杖を使う練習にはなるんだし。


「あ、ありがとうございますっ、フィーさん」


 うむうむ。というわけで冒険じゃあ。皆の者続けー。


「お、お供しますっ」


「どんな掛け声だよ……」


 ヴェインさんたち、ありがとうねー。


「おう、頑張って来いよ!」


 職人さんたちに見送られながら、私たちはギルドへ向かった。


▼▼▼▼▼▼▼▼


 はい、いつもの平原。


「……別に文句はないんだけどさ。イチジョウたちは、いっつもこういう依頼ばっかりなの? 飽きないの?」


「えっと、私は誰かと一緒に冒険できることがとても楽しいので」


 いいじゃん。スライム退治。十年くらい倒し続ければ、けっこう強くなれるかもしれないし。


「どんだけ気長なんだ」


 引き受けられるんなら、そのくらいやったっていいのさ。

 それに――どんなに小さな依頼でも、私にとっては冒険していることそのものが楽しいんだ。


「……よく、分からないよ。冒険って、もっと難しいダンジョンや強敵に挑んだりする物じゃないのか?」


 それももちろんあり。でも私は、冒険を始めることが目標だったから、どういう冒険であるかは、あんまり気にしてない。


 ()()()()()()()()()()()。それはきっと誰だってそうでしょう?

 難しいことは後でいい。誰かが止めたって、やめたりしない。

 冒険に挑むってそもそもそういうことでしょう?


 私の言葉にシノブくんは唖然(あぜん)とする。

 そんな引くほどのことは言ってないと思うんだけど。


「わ、私はそれ、分かりますっ。私は……向こうで自分の思う通りには、出来なかったから」


 カスミちゃんがうつむきがちに言った。

 色んなことへ気を遣っていても優しくはされなかった彼女にとって、今の冒険は遠慮なく自分を出せている状態なんだろう。


「……やっぱり、二人とも変な奴だ」


 シノブくんは呆れたようにこぼす。続けて、こうも言った。


「でも悪くないと思う。とても」


 その声はとても小さい呟きだったが、はっきりと耳に届いた。

 私たちは自然と笑い合った。


▼▼▼▼▼▼▼▼


 ギルドへ戻った私たちは、成果を報告して魔石を提出する。

 そしていつものように受付さんから報酬を受け取る。

 今回も銅貨三百枚を三人で分ける。


 じゃ、そろそろ解散しよう。


「はい、それじゃ、フィーさん、アキハラくん、また明日!」


「……ああ、うん。また」


 また明日。

 みんなに手を振りながら、私は宿へ向かった。


▼▼▼▼▼▼▼▼


 宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。

 メインディッシュが既にデザートに取って代わられつつあるが、細かいことは気にしない。


 一日が終わる。

 部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。

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