冒険十八日目 見えない過去
気が付くと真っ白な空間にいた。
見渡す限り、まばゆいばかりの純白で、それ以外には何もない。
動く者はおらず、音は静寂に支配され、ただ不思議と安らぎだけが満ちている。
「四日連続か。来ても問題ないとは言ったが、少しは自重する気はないのか?」
何もいないはずの空間から、声が届いた。
私にとっては初めて聞く声のはずだが、何故か覚えがある。
いや、遠慮しろったって、私も好きでこっちへ来ているわけじゃないんだけど。
「それもそうか。しかしこれだけ引っ張られているというのは、あまりよろしい事態ではない」
え、何かマズいの?
「引っ張られていること自体は問題ではない。何故そうなっているかの方が重要だ。結論から言おう。お前は止まりかけている」
……は? 止まる?
「つまりは死にかけているということだ。お前、最近何か大きな魔法を使ったりしなかったか?」
ん、んー……訓練のためとボスリザード倒すのに使いはしたけど。
「なるほど。消耗はそれか。これは忠告だが、魔法は下位の物に抑えておけ。他の解決法もあるが、あまり推奨はしない」
えー……ちょっと待って、本気で言っているの?
私、別に体の調子が悪いとかなってないけど、それなのに死にかけなの?
「信じたくなければそれでいい。だがお前が自覚していないだけで、変わったことは起きていないか? 例えばデザートがやたらと食べたくなっているとか」
……いやいやいや。デザートは好きで食べているだけだし。数が増えたから何なのさ。
「無自覚に迫る死の恐怖、それをごまかすために食っている。お前が甘味好きなのも確かだが」
……違うし。あり得ないし。
「ふむ、急に物分かりが悪くなったな。まあ、いい。いずれにせよ期限は近い。定めた日数まで保つか、その前に止まるかはお前次第だ」
声は淡々と告げてくる。
マジか、マジですか。
私、そんな切羽詰まった状況だったの?
だって適当に冒険者生活してただけだよ?
大怪我したとか病気になったとか倒れたとか、そういうのもないし。
一体どういうこっちゃ。
……あ、そうだ。一応聞くけど、おススメしない解決法ってのは、どんなの?
「黒晶石を使え」
え、何だそれ。ここに来ていきなりキーパーツになるの?
「使いたければ使えばいい。警告はしたぞ」
またそんな迷わせること言う。
「そうだ。迷うのはお前だ。決めるのもお前だ。好きにしろ」
はいはい。分かりました。どうせ忘れるけど覚えておくよ。
「うむ。では――明日か、それともいつになるか分からんが、出来れば遠い日にまた会おう」
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冒険者になって十八日目。私はギルドへと赴いた。
ギルドの中には、カスミちゃんとシノブくんが待っていた。
私を見つけたカスミちゃんが真っ先に声をかけてくる。
「おはようございます、フィーさん」
うん、おはようございます。
シノブくんもおはよー。
「……おはよう」
シノブくんは私から顔を背けつつも、挨拶は返してくれた。
とりあえず、体の調子はもう戻ったのかな。
「まあ、問題はないよ」
ならよかった。
それで、シノブくんはこれからどうするの?
アサグロにはしばらく帰れないんでしょ?
「それなんだけど」
「シノブさんは少しの間、フィーさんのパーティーへ入れていただけないかと」
受付さんが現れて、シノブくんの代わりに話をする。
うちに加入ですか。まあ、それは構わないけど、何でまた?
「彼の身の安全と監視を兼ねた案です。ギルド内で働いてもらうのも一つの手でしたが、あまり任せられる雑用もないですし、面識のあるフィーさんたちに委ねるのが一番かと思いまして」
「……そういうことらしい」
ほーん、なるほど。
私は全然いいですよ。カスミちゃんは?
「そういうことなら、私も歓迎します。ひとりじゃ危ないですもんね」
「引き受けていただいてありがとうございます」
「……その、悪いけど、よろしく」
シノブくんは複雑な表情を浮かべつつ言った。多分、私たちを巻き込むことに若干後ろめたさがあるのだろう。
さて思わぬことから三人パーティーになったわけだが、今日の冒険はどうしよう。
「なるべくマシロの近くの依頼をお願いしますね」
受付さんが、あまり遠出するなと言外で釘を刺してくる。
じゃあ、シノブくんとの連携も確認したいし、簡単な依頼でいこう。
「簡単って言ったって、どれも弱いモンスター討伐とかばかりじゃないか」
シノブくんが掲示板を見ながら言ってくる。
この辺はモンスターが活発じゃないらしいからね。そういうもんだ。
んー、やはりここはスライム退治だな。王道だ。
よし行こう、二人とも。
「はいっ、頑張りましょう」
「……まあいいけどさ」
元気よく返事をするカスミちゃんと、ぼやくように言うシノブくんを連れて、私はギルドを出た。
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さてやってきましたよ、いつもの平原。
周囲は相変わらずスライムたちが呑気に跳ねているくらいのもので、実に平和である。
そんなスライムたちへ、シノブくんが文字通り横やりを突き入れていく。
シノブくんの職業は槍使いだ。
要は剣士と同じような前衛職だが、リーチが長かったり鎧を貫通するのが得意だったり、細かな違いがちゃんとある。突進力に長けているので、足も速い。
今も、見かけた端からスライムを突き刺していっている。こちらが魔法を唱える必要が無いくらい片っ端から退治している。
ちなみにスライム系は一応相性が悪いらしい。前衛職からしたら、みんな苦手みたいだけど、マシロ周辺だと力量差もあって、さすがに相手にはならないようだ。
いやあ、これなら私たちは見ているだけで問題ないですな。おやつにしよう。
「いや、サボるなよ」
休もうとする私を見て、シノブくんが言い咎める。冗談なのに。
「……そういえばさ、お前の方は何者なんだ?」
うん? どしたい、急に。
「僕たちのことはイチジョウから聞いたんだろ? なのに別に大して驚きもしないし、気味悪がったりもしないし。お前は一体どこから来たんだ?」
……ふっ、私に興味があるのか、少年。
でも私、安い女じゃないからー。デザートとか奢ってくれないと話す気にならないっていうかー。
「……とりあえず、訳が分かんない奴っていうのはよく分かった」
「わ、私でよければご馳走しますよっ」
あら、ありがとうカスミちゃん。でもカスミちゃんに奢ってもらうのは心苦しいから、話してあげましょう。
「え、いいんですか?」
「何で僕に奢らせるのはいいんだよ、おかしいだろ」
細かいことは気にするな。
でー、何が聞きたい?
「……じゃあ、何で助けたのか、とか。何で古城で手伝ったのか、とか」
ああ、それね。大した理由なんてないよ。強いて言えば『やりたいからやった』。それだけ。
「……だから訳が分かんないんだって」
そう言われてもなあ。そもそも何かするのに『自分がやりたい』って以上の理由が必要なの?
シノブくんもそう思ったから黒晶石のことを調べたんじゃないの?
「それは……そうだけど」
「あ、あのフィーさん。私、フィーさんが冒険者になる前のことを聞きたいです。どんな所に住んでいたんですか? どんな暮らしをしていたんですか?」
お、カスミちゃんもぐいぐい来るねえ。
いいとも、教えよう。マシロに来る前の私は――
「はいっ」
私は――……
ええと。
「? どうしたんですか?」
……うん、あれだ。今と同じでテキトーに暮らしてたんだよ、はっはっはっ。
「まあ、そうだろうね。何かノリと勢いだけでどうにかしてそうだから」
ふっ、私のノリと勢いを舐めるなよ。道行く人がみんな脇へどき、子供からは後ろ指を差されるほどなんだぜ。
「す、すごいですっ、フィーさん」
「すごくない。避けられてるだろ、それ」
私の存在感に嫉妬しちゃいかんぞ、シノブくん。
「誰がするか」
ちなみにお話料のデザートは後日でもいいからね。
「だから何で払わなくちゃいけないんだよっ!?」
「け、ケンカはダメですよ~」
「ケンカじゃないっ。ていうか、イチジョウも色々ズレてるからな!」
「え、ご、ごめんなさい?」
お、私のカスミちゃんを悪く言うのは許さんぞ。
クレイくんの両手が火を噴くぜ。主に尻に。
「だから何なんだよ、それは!? 何で尻ばっかりなんだよ!」
私はクレイを操作してシノブくんを追いかけ回す。シノブくんは必死に逃げ回る。カスミちゃんはおろおろしている。
そうして私は、何も話せなかったことをどうにかごまかした。
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ギルドへ戻った私たちは、成果を報告して魔石を提出する。
そしていつものように受付さんから報酬を受け取る。
今回は銅貨三百枚。三人になったので一人百枚である。
「特に変わったことはありませんでしたか?」
大丈夫ですよ。危ないことはなかったです。
「約一名が色々変で困りました」
シノブくんはここぞとばかりに受付さんへ告げ口する。
全く繊細過ぎるな。あれぐらい笑い飛ばしなさい。
「無茶言うな。……そういえば、黒晶石のことは何か進展ありましたか?」
シノブくんは真剣な表情で受付さんへ尋ねる。
「アサグロに向かう旅人や商人、逆にこちらへ来る人たち、それぞれに当たってみていますが、モンスターが活発化しているという以上の話は聞けませんね」
ふーむ。やっぱり黒晶石の認識が行き届いてない感じなのか。
「周知するように伝えてはいますが、何分アサグロの町が積極的な姿勢を見せていないもので。困ったものです」
いっそ乗り込んで文句言いたくなる状況ですね。
「……やってはダメですよ? もどかしい限りですが、細かいことはギルドやマシロの町が担当しますから」
受付さんのたしなめるような言葉に、私たちはうなずいた。
「そうそう。ようやく渡せそうだから明日工房へ来て欲しい、とヴェインさんから伝言がありましたよ」
お、完成したんですね。可愛く出来ているのかな。
「楽しみですねっ」
うむうむ。なんてったって新装備だからね。
じゃ、そろそろ解散しよう。
「はい、それじゃ、フィーさん、アキハラくん、また明日!」
「……ああ、うん。また」
また明日。
みんなに手を振りながら、私は宿へ向かった。
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宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。
節約はするべきなのだろうけど、そうなるとデザートを食べない方がいいのだろうか。
でも、口にしないとそれはそれで大変な気もする。
結局また、誘惑には勝てなかった。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。