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一日ひと狩り冒険者  作者: kuro
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冒険十七日目 遠回りの優しさ

 気が付くと真っ白な空間にいた。

 見渡す限り、まばゆいばかりの純白で、それ以外には何もない。

 動く者はおらず、音は静寂に支配され、ただ不思議と安らぎだけが満ちている。


「また来たか。こっちが招いているわけでもないのだが、まあいい。わざわざ閉じる気もないし、お前の相手ならば片手間で行なっても問題はないさ」


 何もいないはずの空間から、声が届いた。

 私にとっては初めて聞く声のはずだが、何故か覚えがある。


 私との会話は仕事の片手間か。確か死人の相手をしているとか言っていた気がするけれど、具体的に何をしているの?


「別の世界へ送り込んでいる。おおざっぱにはそれだけだな」


 何だ、それ。一体何でそんなことを?


「理由については俺に問うべきじゃないな。あえて言うなら、そう望まれてそうなったから、としか」


 望んだって一体誰が?


「言ったろう? それは俺に問うべきではない。鏡でも見ておけ。まあ、お前個人は違うが」


 また意味が分からん。じゃあそこはいいや。

 で、別世界に送っているって、いわゆる転生者ってやつ?


「その通り。死んだ者を、別世界の新たな住人として生まれ変わらせる。そういう仕事だ。おっと、もう一度言うが理由については問うな。そうなったからやっているだけだ」


 ふーん。……で、気になっているんだけどさ。


「何をだ?」


 私は転生者なわけ?


「違う」


 声はきっぱりと否定してきた。


()()()転生者ではない。この世界の元からの住人だ。安心しろ」


 そうなのか。別に不安には思っていないけど。

 なんつーかこう、出会った人の中に転生者がいたから、ひょっとしたら自分も? みたいに考えちゃった。


「そうか。だが仮にそうだったとしても、お前の()そうとすることが特に変わるわけではあるまい」


 まー、そうですな。私は自分が転生者だろうがなんだろうが冒険をするよ。


「うむ。であれば、俺から言うべきことは前と同じだ。この会話は目が覚めたら忘れてしまうから、しっかりと覚えておけ」


▼▼▼▼▼▼▼▼


 冒険者になって十七日目。私はギルドへと(おもむ)いた。

 ギルドの中にはいつも通りカスミちゃんと受付さんの姿があり、私は二人と挨拶を交わす。


 さてさて。問題のもう一人はどうなってるんだろうか。

 私は、カスミちゃんと受付さんと共に、シノブくんのいる部屋へ向かう。


「今朝診た限りだと、だいぶ調子が戻ってました」


 カスミちゃんが告げる。さすがに一晩中というわけじゃないだろうけど、きっと甲斐甲斐しくシノブくんの世話を焼いていたに違いない。

 ところで何か事情を話してくれたりはした?


「いえ……そっちはやっぱり断られていて」


「アサグロ側へ確認したところ、依頼で湿地帯へ来ていたわけではないそうので、この件に関してはギルドも深く追求できないのです」


 受付さんが悩まし気に言った。

 はて。依頼でないっていうなら、なおさらシノブくんは何故あんな場所にいたのか。


 そういや、黒晶石関連のこともあったけど、そっちは何か進展在りました?


「いえ、さっぱりですね。誰かが流してきたルートはあるはずなのですが、見つかっていません。最低限、商人たちが一枚噛んでいる、とは察せられますが、具体的証拠がありませんから」


 よその町のことだしねえ。アサグロの人が見つけてくれないと、そもそもマシロに情報が入ってこないか。


「商人……」


 カスミちゃんが不安そうな顔で呟いた。

 どうかしたの?


「あ、いえ。それよりアキハラくんとお話し出来るよう頑張りましょう」


 うむ、なにせ命の恩人だからね。洗いざらい吐かせてやろう。


「ら、乱暴はしちゃダメですよ?」


 ふふふ、大丈夫大丈夫。


▼▼▼▼▼▼▼▼


 というわけでシノブくん、君に拒否権はない。白状したまえ。

 今のうちならクレイくんの拳がお尻に突き刺さることもないぞ。


「……いきなりやってきて、いきなり何言っているんだよ」


「ぼ、暴力はダメですってば」


 呆れるシノブくんと、止めに入るカスミちゃん。

 いや、これは暴力じゃないから。脅迫だから。


「えーとそれなら……やっぱりダメですよう!」


 ごまかされてくれよ、カスミちゃん。


「僕がお前たちに話すことなんてない」


 お、いいのか? こちとら命の恩人だぞ?


「……それは感謝しているけど、だからって話す義務はない」


 なんだとー。カスミちゃんを一晩好きなように使って面倒見させたくせに。


「あ、あれは別に僕が頼んだわけじゃないだろっ」


「おや。それではカスミさんの行動はあなたにとってはただの迷惑だったのですね」


 受付さんが(あお)るように言い渡す。


「いや、それは」


「別にいいんですよ。カスミさんがそれで余計なことをしたと思っても、あなたの言葉を借りるなら『あなたには関係ない』というやつです」


 おおう。色々事情が絡んでいるから受付さんも真剣なんだろうけど、だいぶカスミちゃんをダシに使っていますね。

 肝心のカスミちゃんはというと、受付さんの言葉通り、自分の行為が迷惑だったのではないか、と今にも謝りそうな表情をしている。


「アキハラくん……その、私」


「……ああ、もうっ。分かった、分かったよ。話せばいいんだろ」


 観念した様子で、シノブくんはため息を吐いた。

 なんだかんだ完全な拒絶をしてこない辺り、悪い人間ではない。


 シノブくんがまず話してくれたのは、黒晶石に関してだ。

 アサグロ方面でこれを見つけた何者かが、妙な企みを始めて、地域のモンスターの行動が活発化しているという。

 どうも黒晶石を使った実験を行なっているようで、シノブくんたちはまだ遭遇したことはないものの、影響を受けたモンスターとアサグロの冒険者が鉢合わせることが増えているとのことだ。


「おかしいですね? そんな話があるならもっと早くマシロに伝わってきているし、アサグロの町も冒険者も、解決に動いているはずですが」


 受付さんが疑問を投げかける。

 確かにそんな大々的に見つかっているんなら、もっと対策していそうだ。


「黒晶石について知っている人っていうのは案外少ない。僕は、引退した冒険者のじいさんからたまたま詳しいことを聞いたんだけど、実物はまだ見たことがなかった。危険な物だって認識している人自体がいないんだよ」


 ははあ。よく考えたら、私たちもヨミさんに教えてもらったんだもんな。

 つまり、アサグロじゃ広まっていないから対応していないと。


「そう。で、色々あって黒晶石の行方が古城にあるんじゃないかと思って、僕は探しに行ったんだ」


 それは依頼で来た日のことじゃないよね。


「ああ、そのあと一人で来た時だ」


 何でマサカゲくんたちには内緒で来ていたの?


「それは……」


 シノブくんは言いづらそうにしている。

 が、話すと決めたからか、再び口を開く。


「依頼で来ていた時、僕らは城の中で一度バラバラに探索していたんだよ。その時に、二人があの城主の部屋で、黒晶石らしき物を持っているのを見たんだ」


「それは本当ですか!?」


 受付さんが身を乗り出す。


「……はっきりとは分からない。遠目だったから。でもひょっとして、と思って……それでもう一度あの城を探索に行ったんだ。そしたら」


 私たちと一緒に(かたまり)を見つけちゃったと。


「そうだ」


 シノブくんがうなずく。その表情は複雑そうだった。


「なるほど。では急いでその二人の冒険者のことは知らせた方がいいですね」


「ちょっと待った。まだあの二人が何かしたって決まったわけじゃない」


 受付さんの言葉に反応し、シノブくんは彼女をきっと(にら)む。


「そこまで目撃しておいて犯人ではない、あるいは関連がないというのは無理でしょう」


「でも見間違いかもしれない。もっと前に黒晶石が運ばれたのかもしれない。確実じゃないはずだ」


 シノブくんは受付さんの言動を必死に否定しようとする。

 何でまたそんなマサカゲくんたちをかばおうと? 言っちゃあなんだけど、そんなに信用できる?


「だって僕たちは同じところから来たんだぞ。それなのに疑えっていうのか?」


 シノブくんはこちらへ問い返してきた。

 仲間意識みたいなものか。確かに分からなくはない。

 カスミちゃんだって、追い出されたも同然でマシロへ来たのに、マサカゲくんたちを悪く言うことも、恨み言を並べるようなこともなかった。

 二人とも根が善人なんだろう。


「……意味と立場を(わきま)えていますか? あなたがすべきことはマサカゲくんたちをかばうことではありませんよ。事実を問いただして、彼らの所業を明らかにすることです」


 受付さんは容赦のない言葉を浴びせる。

 まあこっちは危険なものだと分かっているからねえ。まして起きているのが他の町だから、そこの人じゃないと正せない。


 シノブくんはうつむいてしまう。彼も本当は分かっているんだろう。

 そうでなければ、黒晶石を探したり、私たちと協力までしたりしない。


 あれ? 待てよ。そしたらもしかして、沼ではまってたのって。


「……多分思っている通りだ。顔は見なかった。でも僕はあそこへ呼び出されたんだ。黒晶石について話があるって言われて」


 わーお。命を狙われたってわけか。


「ひどい……そんな……!」


 カスミちゃんは震えている。

 まさかそんなことまでしてくるなんて。

 これ、私たちもアサグロにいたら、とっくにどうにかされていたのでは。


「僕から話せるのはそんなところだ。……正直、どうしたらいいのかは分からない。黒晶石は危険な物だと言うけど、具体的にどう危険なのか知らせる方法がない。そのせいで『気を付けるけど、あっても問題ないんじゃないか』と思われているんだ」


 ははあ。それは難しいとこだね。私たちも直接何か起きたのを見たのは、ゴーレムの暴走くらいだしなあ。

 説得や周知の材料が無いってのは困る。だからと言って放置もできないし。


「……大体のことは把握(はあく)しました。とにかくマシロの方では黒晶石のことをもっと広めておきます。それとシノブさん」


「……何ですか?」


「あなたの身柄は一時マシロ預かりになります。今向こうに戻ってもまた命を狙われるだけでしょうし。ま、私は受付なので決定権はないですから、そうなる予定とだけ」


「……そうですか。分かりました」


「では私はいったん下がりますから、何かありましたらまたどうぞ」


 そう言って受付さんは部屋を出た。上司へ報告に行くのだろう。


「アキハラくん、あの。聞きたかったんですけど、どうしてひとりでやろうとしたんですか?」


 じっと話を聞いていたカスミちゃんが、シノブくんへ問いかける。


「……どういう意味だよ」


「あのその。アキハラくんは違うかもしれないけど、私だったらひとりでやるなんて無理だから。他の人に手伝ってもらったりとか、思わなかったのかなって」


「……別に。黒晶石のことは伝えても伝わり切らないんだから、ひとりでやるしかなかっただけだよ」


「本当にそれだけですか? ひょっとして、周りを巻き込みたくなかったから言わなかったんじゃ」


「そんなわけない。勝手なこと言うな」


「あ、ご、ごめんなさい……」


 カスミちゃんはシノブくんに強く否定され、うつむいてしまう。

 シノブくんの言動からして、カスミちゃんの言うことも当たってそうだけど、本人は認めないだろう。

 多分、カスミちゃんとしてはシノブくんと仲良くなりたいみたいだし、せっかくだから助け舟を出してあげるか。


 カスミちゃん、きっとシノブくんは話すのが下手だから仲間を誘えなかっただけだよ。


「えっ、そ、そうなんですか……?」


「違う。なんで僕が話下手だってことになるんだよ」


 おや~。違うんですか~。じゃあ何でおひとり様なんでしょ~。他に理由があるんですか~。


「変な喋り方するなっ。誘える人間なんて……少しくらいいるに決まってるだろっ」


 一瞬考えたな。友達少ないのか。


「だったら何だよ!」


「え、ええとその、アキハラくん! 私も友達少ないから、大丈夫だよ!」


「何が大丈夫なんだよ!? 意味が分かんないよ!」


 まあまあ落ち着きなさい。


「騒がせたのはお前だよ」


 まあまあちゃんとこっちの言うことを聞きなさい。

 いいかい? カスミちゃんは今こうおっしゃったのだ。「私が友達になってあげる」とね。


「え、ええっ!? 私!?」


 いや、カスミちゃんが驚くのか。君、無自覚だったの?


「いや、別にいらな」


 いらないとか言ったらケツボルケーノする。


「だから何だよ、その技名!?」


 私のカスミちゃんを友達として扱っていいと差し出してるんだぞ。ありがたく受け取りなさい。


「わ、私の……!?」


「恩着せがましい」


 今ならオプションで超絶美少女魔法使いのフィーさんもついてきます。一日金貨一枚で。


「色々おかしい。自分で美少女っていうのか。あと金取るな。しかも高い」


 全部余すところなく突っ込んできたな。

 なるほど。こんな感じで一人で苦労を背負い込んで色々やるのが君なのか、理解した。

 ま、せいぜい仲良くしよう。


「……イチジョウもお前も、本当に変な奴だ」


 シノブくんは思い切り呆れていたが、私とカスミちゃんが差し出した手を拒むことはなかった。


▼▼▼▼▼▼▼▼


 ひと通り話し終わってから、私はヴェインさんの工房へ寄った。

 頼んだ物は、残念ながらまだ調整しているということで、出直しとなった。

 カスミちゃんはシノブくんに付いているし、今日はもはやこれから冒険に行くという空気でもない。

 私は素直に宿へ戻った。

 冒険行きたかったな。ま、たまにはこんな日もある。


▼▼▼▼▼▼▼▼


 宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。

 最近気づいたのだが、一品減らせばその分デザートの数が増えるのではなかろうか。

 我ながら素晴らしい考えだと思ったが、どういうわけか節約にはつながらなかった。不思議だ。


 一日が終わる。

 部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。

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