冒険十五日目 リザード狩り
気が付くと真っ白な空間にいた。
見渡す限り、まばゆいばかりの純白で、それ以外には何もない。
動く者はおらず、音は静寂に支配され、ただ不思議と安らぎだけが満ちている。
私はあまりのまぶしさに目をこすろうとし――そこで自分の体がないことに気が付いた。
え、何だこれ、どうなっているんだ。
「うん? お前、また来たのか? まだ期限は来ていないはずだが」
何もいないはずの空間から、声が届いた。
「ああ、そうか。もう半分過ぎているな。そのせいでこっちに引っ張られやすくなっているのか」
声は姿を一向に見せないまま、訳の分からないことを言う。
だが私には何故か、その言葉に、そして声の主にどこか心当たりがある気がした。
「手短に説明しておこうか。これはお前の夢の中だ。ただし今見ている光景は、お前の無意識化が作り上げた物じゃなく、俺の領域だ。もちろん、今話しかけている俺自身も、お前とは別個の存在だ」
声が勝手に説明を始める。
ええと? 私は夢を見ていて、だけどこの光景は外から来てるってこと?
「意外と物分かりがいいな、最初と同じで。……で、何でここが見えているかだが、さっき言った通り期限が迫っているからだな」
期限? 何の?
「うむ、見事に忘れているな。まあ無理もない。どうせ今のこの会話も起きたら忘れてしまう。なにせ夢だからな。だからと言うわけじゃないが、あまり気にしても仕方ない話ではある。俺はやるべきことをやったし、お前はお前でやるべきことをやる。そうだろう?」
やるべきこと?
「……おいおい。それまで忘れたと言うんじゃないだろうな、フィーよ。自分で言ったはずだぞ。『冒険がしたい』とな」
声に言われて、私は戸惑い、続けてはっとなる。
そうだ、確かに言った。この声と会うのは初めてのはずなのに、何故かそう伝えた覚えがある。
「うむ、よろしい。覚えているのなら問題はない。もう一度言っておくが、期限が迫っている。この会話は目が覚めたら忘れてしまうが、しっかりと覚えておけ。いいか、フィー、期限が来たらお前は」
▼▼▼▼▼▼▼▼
冒険者になって十五日目。私は早速ギルドへと赴いた。
ギルドの中には、カスミちゃんと受付さんがいた。
「おはようございます、フィーさんっ」
「フィーさん、カスミさん、おはようございます」
二人に挨拶され、私も、おはようございます、と返す。
「本日の依頼はこのようになっております」
受付さんに促され、私とカスミちゃんは壁の掲示板を見る。
相変わらず平和な依頼が並ぶ中で、『湿地帯のリザード素材求む』という文言が私の目を惹いた。
お、これヴェインさんのところの依頼か。引き受けようかな。
「ちょうど装備を買う相談もしましたし、いいかもしれないですねっ」
カスミちゃんも乗り気でうなずいてくる。
よし、じゃあ準備を整えて行ってみよう。
「湿地帯はぬかるみがひどいですから、足を取られて動けなくなったり、沼に沈んだりしないよう気を付けてください。敵と離れる時も、早め早めを心がけた方がいいですよ」
受付さんが的確に助言をくれる。
いつもと同じつもりで戦っちゃダメってことだね。
長靴とかは役に立つかな? 素材が必要だからリザードたちにも近付く必要があるし。
「荷車とか必要ですかね。リザードを運ぶのに」
む、それもいるか。クレイくんに任せれば行きも帰りも楽ちんだから、持って行こう。
私とカスミちゃんは、受付さんに見送られながら、またいつもの冒険へと出かけた。
▼▼▼▼▼▼▼▼
やってきました、湿地帯。
近付いただけで、じめじめとした空気が不快感を醸し出す。
しかしリザードたちにとっては快適なようで、ばちゃばちゃと水しぶきを撒き散らしながら、そこら辺を這い回っている。
「今回は素材が必要ですから、気を付けなくちゃいけませんね」
カスミちゃんが横から忠告する。
彼女の言う通り、うかつにリザードたちを焼き焦がしたりすると、素材に使える部分が少なくなってしまう。
一番いいのは、風か氷かな。切って血抜きできるし、体を傷める範囲も少ないし。
と思ったが、もっと適切な魔法があった。
私は考え付いた通りに魔力を集中させ、即死魔法を解き放つ。
あまり大規模に唱えると余計な生き物も死んでしまうので、あくまで範囲は絞って、リザードたちの息の根を止める。
「わあ……すごい」
カスミちゃんが、普段の称賛の混じった声ではなく、絶句に近い感想をこぼす。
うん、実際こんな光景、私も恐ろしい。相手がモンスターだからいいけど、うっかり人間に成功しちゃったら大変だよ。
ま、それはそれとして回収しよう。あと、心臓止めただけだから血抜きはしないとな。
「は、はいっ。急いでやりましょう」
そういえばカスミちゃんって、血は見たり嗅いだりするのは平気なの?
「治癒士ですから、少しは慣れてます。大丈夫ですよ」
お、よかった。じゃあ、ささっとやってしまおう。
▼▼▼▼▼▼▼▼
リザード狩りは順調に終わった。
やはり遠距離から一方的に倒せるというのは大きい。つくづく魔法使いでよかったと思う瞬間である。
大量にリザードを持ち帰った私たちは、そのままヴェインさんの工房へと向かった。
私たちが素材を納品すると、ヴェインさんは珍しく目を丸くしていた。
「ありがたいが、置く場所に困るぜ」
言われてから、こういう物は狩りすぎもよくないのだと教えられた。
確かに、薬草みたくすぐに消耗して無くなる代物じゃないからなあ。
ごめんね、ヴェインさん。今度から気を付けます。
「ガハハ、気にすんな。それよりどうだ? 何か新調していくか?」
ヴェインさんが豪快な笑い声を上げながら尋ねてくる。
相変わらずいい人だなあ。私もそれ以上は気を使う素振りをしないよう努めつつ、上着の新調を頼んだ。
と言っても鎧とかは着こなせそうにないので、靴の時と同じくドワーフの技法で編まれた衣である。
「どうせなら、このリザードを使うか? 丈夫になるぞ」
いや、それはちょっと。可愛くならなそうだし。
「カーッ、職人の腕を何だと思ってんだ! 見た目と機能の両立くらいしてやらあ!」
あ、何かプライドを刺激しちゃったらしい。ま、まあやってくれるのならいいのかな?
カスミちゃんも何か作っておく?
「私は魔力の制御が上手くないので、杖にしようかと」
涙ぐましい。……なんて私が思うと嫌味になるな。
カスミちゃんはひとりで冒険するのが難しい職業だからなあ。しっかり支えてあげなければ。
▼▼▼▼▼▼▼▼
ギルドへ戻った私たちは、成果を報告して魔石を提出する。
「特に変わったことはありませんでしたか?」
大丈夫ですよ。特に何もないです。
「そうですか。このまま杞憂で済めばいいのですが」
受付さんは前回と同じく、私たちが無事に戻ってきたことへ安堵しながら報酬を渡してきた。
話し方からして、多分向こうの町のことはまだ調査が進んでないんだろう。
さて、今回の報酬は銀貨十五枚となった。珍しく割り切れない数字になってしまった。
「このパーティーのリーダーはフィーさんですから、どうぞ」
カスミちゃんはそう言って余った銀貨一枚を差し出してきた。
私としてはそんな自覚は全くないのだが、断るわけにもいかず受け取る。
今日みたく、先立つ物は必要だからね。ありがたく使わせてもらおう。
「無駄遣いは、しちゃダメですよ?」
アッハイ。デザートを豪勢にしようだなんて考えてませんよ、そんな。
「約束ですよ? それじゃ、フィーさん、また明日!」
また明日。
元気よく挨拶するカスミちゃんに手を振り返し、私は宿へ向かった。
▼▼▼▼▼▼▼▼
宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。
デザートは、デザートは……普通に一品にした。
カスミちゃんに言った手前、約束は守ろう。くすん。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、今日も冒険が終わったことを、冒険が出来た喜びを噛みしめる。
明日も頑張ろうと思いながら、一日目の時からずっと、本当はもう来ないはずだった明日を待ちわびながら、私はベッドで眠りについた。