冒険十四日目 転生者
冒険者になって十四日目。私は早速ギルドへと赴いた。
ギルドの中には、カスミちゃんと受付さんがいた。
「おはようございます、フィーさんっ」
「フィーさん、カスミさん、おはようございます」
二人に挨拶され、私も、おはようございます、と返す。
「依頼の紹介の前に、お二人とも少しよろしいですか? 例の黒晶石について、伝えておこうと思いまして」
あれですか。何かトラブルがありました?
「トラブルと言えなくもないですね。黒晶石自体はきちんと回収したのですが、アサグロの方から打診がありまして。『こちらの領地の方に近いのだから、調査のためにも全部引き渡せ』と」
え、全部? 半分とか一部じゃなくて?
「そうです。見つけたのがマシロの冒険者である以上、さすがに受け入れられない話なので、妥協しないなら今のところはこちらで管理する、ということで押し通していますが」
「……アサグロの町の人たちは何を考えているんでしょうか?」
カスミちゃんが心配そうな声を上げる。
いくらなんでも、やり方が露骨すぎるよなあ。
「アサグロの中のどこまでが関わっているのかは分かりませんが、明らかに黒晶石を利用しようとしている者がいるみたいですね」
なんともはや。あれがよくない物だって知らないのかな?
……と思ったけど、私たちもヨミさんから教わったんだから、偉そうなことは言えない。
「何にせよ、お二人もしばらくは気を付けてください」
え、どういう意味ですか?
「黒晶石を見つけてきた冒険者がいる、というのがあちら側に分かっているわけですから。狙われないとも限りません」
「そ、そんな……!」
なかなか物騒な話ですなあ。
「もちろん、本当にそこまでの真似をしてくるとは限らないですが――いえ、思いたくないだけかもしれません。とりあえず今のところ、お二人の名前はアサグロに伝わってはいません。大丈夫だとは思いますが、念のため心がけておいてください」
分かりました。ありがとうございます。
「ありがとうございますっ」
「いえいえ。お二人が頑張っている姿を私は知っていますからね。このぐらいはお安い御用です」
「わざわざ名前を隠してまでいただいて……すみません」
カスミちゃんがいつも通り丁寧に頭を下げ――ふと、私はその台詞に引っかかるものがあった。
私たちはシノブくんと会ったはずだが、それなのにアサグロに名前がバレていないという点だ。
「え、それってもしかして……アキハラくんが隠してくれたってことですか?」
かなあ。少なくとも、昨日古城であったことは話していないんだと思う。
でもその前にマサカゲくんたちとは会ったから、あっちの二人がぴんと来てればバレてそうだけど。
「で、でもそれならアキハラくんはきっと味方ってことですよね?」
もしそうならありがたいことである。
とはいえ、シノブくん、行動はともかく態度まで協力的というわけではなかったからなー。
何か考えや立場があるのかもしれないし、全面的に味方かは分からないね。
「そ、そんな……」
言い方がまずかったのか、カスミちゃんはしょんぼりしてしまう。
うん、まあ、あれだ。敵でないことは確かだから、時機が合えばちゃんと分かり合えるかもしれない。
「そ、そうですか……そうですよね、うん」
カスミちゃんはとりあえず納得した様子を見せた。
「ギルドとしては接触を図ってみたいところですが……アサグロの冒険者ですからねえ。他のルートからうかがう方がよさそうですね。まあこの辺りの謀は町やギルドが行ないますので。お二人はあまり気にせず、冒険へ勤しんでください」
そうしまーす。じゃ、今日は……あんまり町から離れたくないし、スライム狩りでいっか。
「はい、頑張りましょうねっ、フィーさん」
うむ、今日も気合十分だね。では行くとしよう。
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平原でスライムたちと戯れながら、私は魔法の試行錯誤を繰り返す。
前にヨミさんに言われた通り、私は自分の魔法を自分で複雑に制御していたせいで、色んな魔法が上手く発動できなかった。
今回はその辺を反省しながら、上位魔法の試し撃ちをしている。
と言っても、あまり乱発すると危ないから、実際に撃ったのは一発だけで、後は発動の直前に打ち消している。
カスミちゃんはそんな私に驚きつつも、自分でも回復や補助の練習に努めている。
そうだ、そういえば気になることがあった。
私はカスミちゃんへ尋ねかける。
「はい? 何でしょう?」
カスミちゃんはシノブくんのことが好きなのかい?
「……ええっ!? どどどどいうことですか、どうしてそんな話が、私はまずフィーさんが、いえ、これは人間として尊敬できるという意味でそのあの」
あ、うん、ごめん。違うみたいね。
いや、けっこうシノブくんが味方かどうかを気にかけていたみたいだから、何かこだわる理由があるのかと思って。
「そ、そうですか……びっくりしました……。理由は、その、なくもないです。でもアキハラくんだけじゃなくて、スズナリくんやコトハさんのことも、気にはなっています」
あの二人も? どういう意味で?
「……私は、みんなのことが心配なんです。私が気にする必要なんてないかもしれないけど、それでも同じ出身だから……同じ転生者だから」
転生者……?
「……フィーさん。今まで隠していましたけど、私たちはこの世界の人間じゃないんです。別の世界からやってきた、本来なら死んでいたはずの人間なんです」
カスミちゃんは、普段の弱気をまるで感じさせないような凛とした声音で告げた。
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カスミちゃんは訥々と語ってくれた。
バスとかいう乗り物の事故で死亡し、魂だけになったところを、神様によってこの世界の住人に生まれ変わらされたことを。
生まれ変わったと言っても、赤ん坊からやり直すわけではない。
既に存在するこの世界の住人の体を、いわば乗っ取るような形で生き返るのだ。
当然、それまで過ごしてきた本来の体の持ち主とは、記憶や経験をいくら引き継ごうとも、違ったものとなる。
カスミちゃんの場合、商家の娘として育っていた。だけどそれまで快活だった娘がいきなり豹変したのだから、両親の扱いも変わらざるを得ない。
控えめなカスミちゃんに商人の気風は合わず、だんだんといたたまれなくなったところに、同じ転生者を見つけたのだ。
「それでパーティーを組んだのですが、あとは、その……」
カスミちゃんは顔をうつむかせる。
後は私も知っている通りだ。せっかく同郷のみんなと始めた冒険者も、弱い立場へと追いやられてしまう始末である。
うーむ、ロクな目に遭っていないな、この子。
「すみません、今まで隠していて……」
まあ、そりゃ言いにくい話だろうな。いきなり言われても信じられないし、実際今でも半信半疑ではある。
私に見えているのはしょせん、既に生き返ってここにいるカスミちゃんだけなわけだから、本当は死んでましたなんて告げられても、感想としてはそうなんだーくらいしか湧いてこない。
とはいえ、そんな明かしづらい事情をわざわざ話してくれたのだ。
私はカスミちゃんを労うように、ありがとう、と告げた。
「いいえっ、そんな、お礼なんてとんでもないです。むしろもっと早く話さなくちゃいけないことだったのに」
大丈夫だって、気にしなくても。
何にせよ、カスミちゃんがあの三人にこだわる理由は分かった。そりゃ、心配するよなあ。
厄介なことに、向こうからはそう思われていないみたいだけど。
とりあえず、カスミちゃん。
結局のところ、今まで通り冒険を続けるってことでいいんだよね?
「は、はいっ。それはもちろん、フィーさんがよろしければ」
うん、そこが変わらないなら問題はない。
……しかし、転生者、転生者ねえ?
初めて聞いたはずなのに、何かこう、頭に引っかかるものがあるような。
「フィーさん? どうかしましたか?」
ああ、いやいや。何でもない。
それより次の報酬で何か買おうかね。ヴェインさんのところに行くか、ゴーレムの材料を見に行くか。
でもどっちかしか買えそうにないんだよな。
「必要なら、私からも出しますよ? 今までの報酬の分しか貯めてないですけど」
え、うーん。パーティー間であってもお金の貸し借りはいかんような。
「そんな、遠慮しないでください。私を強化しても戦力にはならないですし、フィーさんのためなら問題ないですっ」
天使か、この子。
じゃあ、前に受付さんと行ったお店のデザートを五十個ほど購入に。
「必要な物じゃないとダメですからね?」
あ、うん、冗談です。そこはさすがにね。
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ギルドへ戻った私たちは、成果を報告して魔石を提出する。
受付さんは、私たちが無事に戻ってきたことへ、いつも以上に安堵しながら報酬を渡してきた。まあ、そうそう事件なんて起きないよね。
今回は銅貨五百枚となった。あまり足しになっているわけではないが、古城の報酬がよすぎただけとも言える。
「それじゃ、フィーさん、また明日!」
また明日。
元気よく挨拶するカスミちゃんに手を振り返し、私は宿へ向かった。
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宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。
一応、節約を気にして一品削る、という形にはしてみた。
デザートも削ればいいんじゃないかって? 鬼の形相で頼むか頼まないか悩んでいた私にそれは禁句ってものよ。もちろん結果は敗北だった。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。