冒険十三日目 シノブ=アキハラ
冒険者になって十三日目。私は早速ギルドへと赴いた。
ギルドの中には、カスミちゃんと受付さんがいた。
「おはようございます、フィーさんっ」
「フィーさん、カスミさん、おはようございます」
二人に挨拶され、私も、おはようございます、と返す。
「ところで古城の調査の件ですが。アサグロの町では依頼達成の報が出ています。ただ、妙なことにこちらでは掲載されたままです」
うん? どういうことですか?
「受付の私には、何故なのか判断が付きませんが……とりあえず、引き続き調査は継続していただいて問題ないということです」
ふーむ? 何か思惑を感じるなあ。
「誰か、どうしてもあの場所を調べて欲しい人がいるんでしょうか……?」
その辺、どうなんです?
「さあ? 言った通り、受付の私には事情は分かりかねます」
さいですか。
まあ、私たちとしては仕事があること自体はありがたい。
「頑張りましょうね、フィーさんっ」
気合入っているね、カスミちゃん。
じゃ、ちゃちゃっと済ませに行こうか。
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というわけで一日ぶりの古城である。
もちろん、前と同じくクレイくん一号も作成済みだ。今度こそ活躍させてやろう。
まあ、やっぱり何もいなかった、なんて可能性もゼロじゃないのだけど。
「し、慎重に行きましょうね」
カスミちゃんは息を呑んではいるものの、二回目とあってさすがに緊張は減っている。
まずは二人と一体で、例のマサカゲくんたちと会った角まで向かった。
通路の先には、同じように廊下が続いている。前回と違って天気は晴れているのだが、採光のための窓が曇っているのか、薄暗い雰囲気は相変わらずだ。
私とカスミちゃんは見かけた部屋をひとつひとつ当たっていった。
「……みんなどこも、だいたい空っぽですね」
そうだねえ。一冊も書物のない本棚とか、器の入っていない食器棚とか、クロスもないテーブルとか。
やっぱりこういう場所にあったものって、いなくなる時に誰かが持ち逃げしちゃうのか。
もしくは後から誰かが盗っていくのか。テーブルとかは、傷みが激しいから置いていってるみたいだけど。
「誰もいないから仕方ないんでしょうけど、なんだか物悲しいですね……」
うん。とはいえ、今家探ししている私たちも似たようなものか。
とりあえず、この辺には何もないから先へ――
カツン、カツン。
「えっ……!?」
またしても足音。
まさか今度もマサカゲくんたちか? と思ったが、私の耳に届いた足音はひとつだけだ。少なくとも、三人組ではない。
私は魔法の準備と、いつでもクレイくんを動かせるようにしながら待ち構える。
足音がいよいよ近くなってきた時、相手が声を掛けてきた。
「このゴーレム、ひょっとして……またお前たちか」
現れたのは、シノブくんだった。
クレイくん越しにこちらを見つけたシノブくんは、穂先を向けていた槍を戻して警戒を解く。
一体どうしてまたここに?
「別に……そっちこそ何で?」
シノブくんは、私とカスミちゃんへ順に視線を向けつつ尋ねてくる。
「え、えっとその……」
カスミちゃんは受け答えづらそうにしている。私は代わりに口を開いた。
私たち、仕事できたんだよ。ここを調べて欲しいって依頼で。
「……仕事? 依頼ってこと? お前と、イチジョウが?」
確認するように聞いてくるシノブくんへ、私とカスミちゃんはうなずいた。
「……ここのことなら、一昨日もう何もないってコトハの奴が言っただろ」
コトハって、ミカゲちゃんのことか。そっちで呼んでるのね。
まあ、調査は念のためだよ。そっちこそ、もう調べ終わったなら何でいるの? しかも三人じゃなくて、シノブくんだけ。
「だから別に、って言っているだろ。そっちには関係ない」
ほう? ……ひょっとしてあれか。マサカゲくんたちを出し抜こうとして、ここのお宝漁りとか狙って来たの?
「っ、何でそうなるんだよ。どうして僕があいつらをどうとか思わないといけないんだ」
シノブくんはややあせったように否定する。
ええー、じゃあ何でここに来たのさ。気になるー。
「しつこいな、関係ないって言っているだろっ」
私が執拗に尋ねると、シノブくんもさすがに苛立った様子を見せる。
ふむ。どうも何か隠し事がある感じなのはバレバレだけど、言ってはくれそうにないか。
「もういいだろ。僕は行くからな」
シノブくんは踵を返そうとする。
あ、待った待った。どうせ探索するなら一緒に行かない?
「……はあ?」
「へっ……あの、ふぃ、フィーさん?」
私たちより先にここを調べてるんだし、他に何かありそうな場所は分かってるんじゃないの? だったら、一緒の方が早いじゃん。
「何で僕がそんなことしなくちゃいけないんだ」
ほう。君もあれか、マサカゲくんみたく、関係ないですー、っていうのか。
「勝手にマサカゲと同じにするな。僕はあいつやミカゲほど他人を悪く言う気はない。でもお前たちに協力する気もない」
別にいーじゃん。こっちからもちゃんと手を貸すよ?
カスミちゃんもいいでしょ?
「え? えーと……はい、助け合えるのなら、私も問題ないです」
だってさ。
「お前……いやイチジョウも、何を考えているんだ?」
私たちは単にきちんと調べて依頼を達成したいだけだよー。
あとこっちのことだけ聞いておいて、そっちは言わないのは不公平じゃない?
「うるさいな……じゃあいいよ。勝手にしなよ。でも邪魔はするなよ」
いいとも。それじゃ、道案内はシノブくんに、先頭はクレイくんに行ってもらうか。
どっちに進めばいい?
「こっちだ。城主の住んでいた区画の方」
シノブくんはそう言って道の先を指し示す。
私たちはその後に続く。
一瞬、シノブくんがこちらを振り返った。視線は私ではなく、カスミちゃんの方に向けられていた。
だけど特に何か言うこともなくシノブくんは前へ向き直って、私たちを城の奥へ導いていった。
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シノブくんに案内され、私たちは暖炉の付いた大きな部屋へと辿り着いた。
手前側は歓談用のスペースで、奥は寝室になっているようだ。
もっとも、ベッドは痕跡だけで姿かたちも無いが。
「この辺りのどこかだ」
どこか、って何が?
「だから、何か隠されているとしたら、だよ。よくあるだろ、抜け道とか隠し財宝とか」
何だ、やっぱりシノブくんもお宝探しに来たんじゃない。
「僕は別にそういうんじゃないって言っているだろ」
まーまー。しかし、そういうことならやはりクレイくんの出番だな。
その辺の重い物なら簡単にどかせるから。
「僕は壁や床を調べる」
「え、えーと私は……」
じゃ、カスミちゃんはクレイくんが持てそうにない細かい物を運んでくれるかな。私、集中してる方が楽だし。
「あ、はい、分かりました」
というわけで分担作業が始まる。
残っていた棚や調度品を片付け、壁材を引っぺがし、床を叩いてみたりする。
「……あったぞ」
シノブくんが、暖炉の中から呼びかけてきた。
「中にスイッチがある」
ずいぶんロマンのある仕掛けだな。
よーし、お宝拝見かな。早く開けよう。
「分かったからちょっと待てって……」
シノブくんが暖炉の中をいじると、暖炉奥の壁が開いて、通路が出現する。
うおー、これは明らかに何かあるぞ。早く入らせてくれ。
「ちょっ、押すなよっ!? 尻を殴るな!」
私が急かすとシノブくんは一足先に奥へと入る。
すぐさま私も後に続く。
奥にあったのは、宝物庫と呼ぶには少々手狭な小部屋だった。
そこで私とカスミちゃんは、見覚えのある重要な物が置いてあるのを目にした。
「ふぃ、フィーさん! これ……!」
なんとそこにあったのは黒晶石だった。
以前に私たちがゴーレム退治の時に見つけ、ヨミさんから良くない代物だと教えられた、あの石である。
「黒晶石? これが?」
シノブくんが驚いた声を上げる。
あ、そっちは知らないんだね。じゃあ、詳しいことを伝えよう。
「……何考えているんだ」
シノブくんが意味ありげなことを呟いた。
今のはどういうこと?
「別に。それより、これどうする? 割っておいた方がいいのか?」
あ、そっか。放置はできないけど、でもどう対処すればいいかは聞いていないんだよな。
「ダメじゃないか……量が多いから運び出すのもきついし」
平気でしょ。暖炉から出せなくはないから、あとはクレイくんに渡しとけば他の場所には移せるし。
城の庭にでも埋めるかな?
「それ、変な影響とか出ないだろうな?」
さあ。でもこのままにしておけないでしょ。
「あ、あの二人とも……」
ん? カスミちゃん、どうしたの?
「あの、考えたくはないんですけど……これ、誰かがここに運んで隠したってことですよね?」
……まあ、そうだねえ。
「それでその、もうひとつ、考えたくないんですけど。一昨日、コトハさんは私たちに会った時、『ここには何もない』って……」
そうだねえ。
シノブくんは、何か知っているの?
「……関係ない」
「えっ……で、でも」
「昔、城の誰かが置いておいた物かもしれないだろ。僕たちのパーティーが関係あるかどうかなんてわからないし、あったとしてもそっちが首突っ込む問題じゃない」
シノブくんは一気にまくしたてる。こっちが反論するのを許さないかのように。
でもどうかな? 正直、私たちもこれを見つけたんだから、無関係とはいえない気がする。
ギルドに伝えなきゃいけないし、いったん対処しなきゃ。
「黒晶石のことは別にそれでいい。でも僕たちのことは、お前たちには無関係だ」
「そんな……ここまで協力し合ったんですから、その話にだって相談くらいなら」
「関係ないって言っているだろ!」
シノブくんが声を張り上げた。
カスミちゃんは、ひっ、と小さく悲鳴をこぼして、黙り込んでしまう。
私はカスミちゃんの背中をなでてやりながら、シノブくんの方を見る。
そこまで言うんなら、じゃあいいや。
この石だけ協力して、ここからどかしちゃおう。
あとのことは、それぞれでやるってことで。
「……ああ、それでいいよ」
あ、シノブくん。ちゃんと、カスミちゃんに怒鳴ったのは今謝ってね。
「え。いや、別に後で」
後でとか言うと謝らなくなるから早くするんだよ。じゃないと今度はクレイくんに尻を殴らせるよ。
「何でだよ、理不尽だろ……悪かったな、イチジョウ」
シノブくんは、ぶっきらぼうな言い方ではあるが、きちんと謝罪を口にした。
「い、いえ……こちらこそ、ごめんなさい」
よし。それじゃあ持ち帰れる分は持ち帰って。あとはいったん地面に埋めておこう。
ギルドに報告すれば、手伝いも来るだろうし。
そうして私たちは黒晶石を暖炉から運び出した。
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作業が終わる頃には日が傾き始めていた。
少し時間がかかり過ぎたけど、まあ仕方ない。
私は、あることが気にかかり、カスミちゃんがそばにいない状態でシノブくんへ問いかけた。
シノブくん、最初から何かあることを確信してここへ来ていたよね?
「……だったら何さ」
特に否定もせずシノブくんは言った。
そうだなあ。どうしてそれを知ったのかっていう質問はまた関係ないって言われそうだから。
シノブくんがこれを見つけに来たのは、誰のためなの? マサカゲくんや、ミカゲちゃんと関係ある?
「別に」
じゃあカスミちゃんは?
「……別に。自分で勝手にやっているだけ」
ふむふむ。なるほど。答えてくれてどうもありがとう。
「……何で今のでありがとうなのさ」
だって質問に答えてくれたじゃん。
「嘘かもしれないだろ」
何だってー。私は嘘を吐かれたのか。
「いや、吐いてないけどさ」
なーんだ。だったらいいじゃない。
「……変な奴」
お。何だ、このヤロウ。クレイくんにケツスパークさせるか?
「嫌だよ。何だよ、ケツスパークって。やるなよ」
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シノブくんと別れてギルドへ戻った私たちは、詳細を報告した。
受付さんは黒晶石のことを聞いて難しい顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔に戻って報酬を渡してくれた。
今回は銀貨十枚となった。本来の報酬よりはもちろん多い。黒晶石の情報の分、上乗せされたのだ。
しかし、何やら妙なことになって来たなあ。
「どうなっちゃうんでしょう……それに、アキハラくんたちも」
カスミちゃんも気にせずにはいられないようだ。
正直私としては、黒晶石に関わる陰謀劇なんて出てきて欲しくない。
まあ、まだ何があるかなんて分かっているわけじゃないし、私たちの知らないうちに解決する可能性もあるけれど。
「……そうですね。気にしすぎても、ダメですよね」
うむ。 依頼として出てこない限りは、私たちは今まで通り冒険するだけだ。
「はいっ。それじゃ、フィーさん、また明日!」
また明日。
元気よく挨拶するカスミちゃんに手を振り返し、私は宿へ向かった。
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宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。
報酬を多くもらえたので少し豪華な食事にした。
しかしそうしてから、これじゃいつまでたっても装備が更新できないことに気が付いた。
もっとお金の使い方を考えなくちゃなあ、と思いながらデザートを食べた。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。